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見習い魔女とかぼちゃのプリン
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新宿2丁目の女装バー「めぎつね」は、渋谷でハロウィンを楽しめなくなった人たちがこちらに流れてきているのか、開店直後から大層賑わっていた。今日は晴也は出勤日ではないのだが、ヘルプに駆り出されていた。
今日ホステスたちは、イベントを意識して軽く仮装している。晴也はレンタルブティックが送ってきた、ラメ入りの黒のニットとチュールスカートに、ショートブーツを合わせている。とんがり帽はバックヤードにあったものを借りた。
「ハルちゃん、落ち着いたからショウのために帰ってやれば?」
黒いサテンのドレスにオレンジのコサージュを合わせたミチルが、ハイヒールの踵を鳴らし、帰った客のグラスを引いてきた。ミチルが大魔女でハルは見習い魔女だと、開店早々客に突っ込まれたが、そう見えなくもない。
今日は英子ママも顔を出してくれていて、そうだな、とミチルに同意する。22時を過ぎ、客入りのピークは越えたようである。
「ショウくんもハルちゃんのその姿が見られなくて残念だろうなぁ、風邪でもひいたのか?」
晴也はママにうーん、と応じ首を傾げた。
「朝は元気でした、でも会社から定時に帰ったみたいで、めぎつねにも行かないって」
「明日も舞台だろ、元気出るもの食わせて……ああ、かぼちゃのプリン持って帰ってやれよ」
ママはハロウィンメニューとして、渋谷のケーキ店からパンプキンプディングを仕入れていた。頼み過ぎたということらしい。とにかく晴也も晶が心配だったので、ママとミチルこと美智生の言葉に甘えることにした。
女の姿のままでバックヤードから出ると、閉店の23時まで居座るつもりの常連客たちに驚かれた。
「わぁおハルちゃん、そのまま帰るの?」
「え、帰っちゃいまっす」
店内を突っ切る以上、冴えないサラリーマン姿には戻れない。晴也は明るく言い、男もののコートの下から網タイツの脚を覗かせて、めぎつねを後にした。
女装で出歩くのも慣れたとは言え、マンションのエレベーターで住人に会うとやや気まずい。晴也は愛想笑いでおやすみなさい、と、エレベーターで一緒になった見覚えのあるサラリーマンに挨拶し、そそくさと降りた。
家の中は真っ暗でひんやりとして、静まり返っていた。帰る前に晶に送ったLINEは既読になったものの、返事が無かったこともあり、晴也はちょっと心配になってきた。倒れてないだろうな。
晴也は廊下の明かりをつけ、プリンを冷蔵庫に入れてから、寝室に向かった。
「ただいま……ショウさん、寝てる?」
扉をそっと開くと、晶が壁の方を向き、布団に潜り込んでいるのが見えた。
「熱あるのか? 何か食べた?」
近づきながら訊いたが、晶はぴくりともしない。おい、生きてるだろうな!
その時布団が跳ね上がり、中から出て来たものが、晴也に襲いかかった。上半身をベッドに引き倒され、何が起きたのかわからない晴也の口から、勝手にぎゃあっと叫び声が出る。
「Trick or treat !」
耳に響いたキングス・イングリッシュに晴也はほっとしたが、同時に猛烈に腹が立つ。
「何やってんだよおまえはっ! 心配して早く上がってきたのにっ!」
晴也に覆い被さった晶は、リモコンで明かりをつけた。確かに寝ていたらしく、彼の黒い髪はくしゃくしゃだったが、顔色は悪くない。
「そんな怒るなよ、膝が痛んで気分が上がらなかったんだ」
えっ、と晴也は小さく叫んだ。晶は昔、左膝を手術している。古傷が痛むのは、ある意味風邪より心配だ。
晴也の気も知らず、晶は楽しげに言った。
「てかハルさん、どんくさい魔女みたいで可愛いな……帽子被って箒に乗ってみて」
「どんくさくて悪かったな、お客さんに似たようなこと言われたよ」
晶の笑い声に毒気を抜かれて、晴也はベッドに座る。何事も無かったように横に並ぶ晶の膝を撫でてやった。
「今も痛いのか?」
「少し……冷えたんだと思う、温かくして寝たら大丈夫だ」
晶は晴也に笑いかけた。晴也はほっとして小さく息をつく。
「……温かくないけどお菓子あるぞ、かぼちゃのプリンをママから貰った」
「食べる食べる、チンパスタしか食べてないから小腹が減った」
風呂に入る前にプリンを食べることにした。どんくさい見習い魔女は、横着なダンサーを従えてキッチンに向かう。
「俺に見せるためにその格好のまま帰ってきてくれたの?」
「自惚れるな、お客さんの前で男に戻れなかっただけだ」
つっけんどんに答えた晴也だが、晶にもハロウィンコーデを見て貰えたのは、まあ良かったかなと思っていた。魔女のようにはいかないが、手早く紅茶を入れるべく、電気ポットに水を汲んだ。
〈2022.10.29初稿 Twitter(X)用ハロウィン小編を改稿〉
今日ホステスたちは、イベントを意識して軽く仮装している。晴也はレンタルブティックが送ってきた、ラメ入りの黒のニットとチュールスカートに、ショートブーツを合わせている。とんがり帽はバックヤードにあったものを借りた。
「ハルちゃん、落ち着いたからショウのために帰ってやれば?」
黒いサテンのドレスにオレンジのコサージュを合わせたミチルが、ハイヒールの踵を鳴らし、帰った客のグラスを引いてきた。ミチルが大魔女でハルは見習い魔女だと、開店早々客に突っ込まれたが、そう見えなくもない。
今日は英子ママも顔を出してくれていて、そうだな、とミチルに同意する。22時を過ぎ、客入りのピークは越えたようである。
「ショウくんもハルちゃんのその姿が見られなくて残念だろうなぁ、風邪でもひいたのか?」
晴也はママにうーん、と応じ首を傾げた。
「朝は元気でした、でも会社から定時に帰ったみたいで、めぎつねにも行かないって」
「明日も舞台だろ、元気出るもの食わせて……ああ、かぼちゃのプリン持って帰ってやれよ」
ママはハロウィンメニューとして、渋谷のケーキ店からパンプキンプディングを仕入れていた。頼み過ぎたということらしい。とにかく晴也も晶が心配だったので、ママとミチルこと美智生の言葉に甘えることにした。
女の姿のままでバックヤードから出ると、閉店の23時まで居座るつもりの常連客たちに驚かれた。
「わぁおハルちゃん、そのまま帰るの?」
「え、帰っちゃいまっす」
店内を突っ切る以上、冴えないサラリーマン姿には戻れない。晴也は明るく言い、男もののコートの下から網タイツの脚を覗かせて、めぎつねを後にした。
女装で出歩くのも慣れたとは言え、マンションのエレベーターで住人に会うとやや気まずい。晴也は愛想笑いでおやすみなさい、と、エレベーターで一緒になった見覚えのあるサラリーマンに挨拶し、そそくさと降りた。
家の中は真っ暗でひんやりとして、静まり返っていた。帰る前に晶に送ったLINEは既読になったものの、返事が無かったこともあり、晴也はちょっと心配になってきた。倒れてないだろうな。
晴也は廊下の明かりをつけ、プリンを冷蔵庫に入れてから、寝室に向かった。
「ただいま……ショウさん、寝てる?」
扉をそっと開くと、晶が壁の方を向き、布団に潜り込んでいるのが見えた。
「熱あるのか? 何か食べた?」
近づきながら訊いたが、晶はぴくりともしない。おい、生きてるだろうな!
その時布団が跳ね上がり、中から出て来たものが、晴也に襲いかかった。上半身をベッドに引き倒され、何が起きたのかわからない晴也の口から、勝手にぎゃあっと叫び声が出る。
「Trick or treat !」
耳に響いたキングス・イングリッシュに晴也はほっとしたが、同時に猛烈に腹が立つ。
「何やってんだよおまえはっ! 心配して早く上がってきたのにっ!」
晴也に覆い被さった晶は、リモコンで明かりをつけた。確かに寝ていたらしく、彼の黒い髪はくしゃくしゃだったが、顔色は悪くない。
「そんな怒るなよ、膝が痛んで気分が上がらなかったんだ」
えっ、と晴也は小さく叫んだ。晶は昔、左膝を手術している。古傷が痛むのは、ある意味風邪より心配だ。
晴也の気も知らず、晶は楽しげに言った。
「てかハルさん、どんくさい魔女みたいで可愛いな……帽子被って箒に乗ってみて」
「どんくさくて悪かったな、お客さんに似たようなこと言われたよ」
晶の笑い声に毒気を抜かれて、晴也はベッドに座る。何事も無かったように横に並ぶ晶の膝を撫でてやった。
「今も痛いのか?」
「少し……冷えたんだと思う、温かくして寝たら大丈夫だ」
晶は晴也に笑いかけた。晴也はほっとして小さく息をつく。
「……温かくないけどお菓子あるぞ、かぼちゃのプリンをママから貰った」
「食べる食べる、チンパスタしか食べてないから小腹が減った」
風呂に入る前にプリンを食べることにした。どんくさい見習い魔女は、横着なダンサーを従えてキッチンに向かう。
「俺に見せるためにその格好のまま帰ってきてくれたの?」
「自惚れるな、お客さんの前で男に戻れなかっただけだ」
つっけんどんに答えた晴也だが、晶にもハロウィンコーデを見て貰えたのは、まあ良かったかなと思っていた。魔女のようにはいかないが、手早く紅茶を入れるべく、電気ポットに水を汲んだ。
〈2022.10.29初稿 Twitter(X)用ハロウィン小編を改稿〉
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