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夏の夜の妖怪
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「暑いぞ、おい」
晴也は自分の背後にべったりくっついている晶に、意を決して言った。
サラリーマン業の後に1時間半のハードな舞台をこなして、晶が疲れているのはわかっているので、起こしたくなかった。しかしエアコンの温度設定27度の部屋で、自分より身体の大きな男に覆い被さられるとさすがに暑く、晴也も副業の後で疲れているのに眠れなくなってしまう。
「ショウさん、ちょい離れろ」
晴也は肩を揺すり、腰に巻きついている晶の腕を軽くぺちぺち叩いた。しかし晶は、うーん、と言うだけである。
この妖怪ペッタリ(などと名づけている自分が、劣化していると感じるこの頃の晴也である)は、冬に現れると気持ち良いのだが、今年の夏は本当に困りものだ。仕方なく晶の腕を両手で引き剥がすと、晴也はそのまま壁に寄って彼から距離を取った。
すると背後から悲しげな声がした。
「ハルさん……何て冷たい仕打ち……」
晴也は肩越しに、そっと晶を振り返った。この妖怪はこうしてすぐに憐憫の情に訴えてくるのだが、目を閉じているあたり、半分寝ぼけているらしい。
「今日はハグの日だから、ハルさんをハグしていたいのに……」
晶の声に、今日は店でも「8月9日はハグの日!」などと言って抱きついてくる客を数人制したことを晴也は思い出した。
もちろん客と晶を同列には置かない。しかしここは突き放しておく。
「もう日付け変わってるから」
「じゃあ今日は健康ハートの日……」
「何それ? くっついて体温が上がったら心臓がばくばくして良くないだろ」
それに、と晴也は思う。明日は仕事で、明後日から2人とも盆休みに入る。本業はもちろん、副業先もお互い営業日がぐっと減るので、ハグでもキスでも、盆休みに好きなだけすればいいのだ。
「今夜ちゃんと寝て明日はしっかり働こうぜ」
晴也の提案に、晶は不満げに応じる。
「俺は今ハグしたいんだよ、寝られないみたいに言うけどセックスしたいとは言ってない」
やれやれ、これは引っこめてくれないパターンだな。晶はどうも、疲れている時のほうが妖怪ペッタリに変身する確率が高い。仕事で厄介なことでもあったのかもしれない。
晴也は諦めて、晶のほうに身体を向けた。そしてまた距離を詰めて、晶の腕の中に収まる。すぐにほわっと暖かくなった。
「暑いならエアコンの温度下げたらいいよ」
晶は言うが、寝入った後に部屋が冷えきってしまうのは避けたい。体調が狂うし、晶の膝の古傷にも良くない。
「……ううん、ショウさんが暑くないならこれでいい」
晴也は言って目を閉じた。抱かれた胸からいい匂いがして、無条件にそれには安らげる。エアコンの風は、静かに優しく2人の身体の上を通り過ぎて行った。
うつらうつらし始めたその時、脚のつけ根にごりごりと何かが当たっていることに晴也は気づく。
「……おい、ちんこ擦りつけてくるな」
低く言うと、晶はうん? と寝呆けた返事を寄越した。
「躾のなってないちんこで申し訳ありません」
「今夜はしないからな」
「はい、捨て置いてくださいまし」
そう言われても気になってしまうが、晴也は眠ることに集中することにした。
ハグの日か。こんな風にして朝まで眠るのも当たり前になってきてるけど、やっぱりいいな。気持ちが落ち着くと、暑さも気にならなくなってくる。
おやすみ。晴也は晶の心臓がゆっくり鳴るのを頬で感じながら、それに自分の呼吸を合わせていった。
〈書き下ろし 2023年ハグの日〉
晴也は自分の背後にべったりくっついている晶に、意を決して言った。
サラリーマン業の後に1時間半のハードな舞台をこなして、晶が疲れているのはわかっているので、起こしたくなかった。しかしエアコンの温度設定27度の部屋で、自分より身体の大きな男に覆い被さられるとさすがに暑く、晴也も副業の後で疲れているのに眠れなくなってしまう。
「ショウさん、ちょい離れろ」
晴也は肩を揺すり、腰に巻きついている晶の腕を軽くぺちぺち叩いた。しかし晶は、うーん、と言うだけである。
この妖怪ペッタリ(などと名づけている自分が、劣化していると感じるこの頃の晴也である)は、冬に現れると気持ち良いのだが、今年の夏は本当に困りものだ。仕方なく晶の腕を両手で引き剥がすと、晴也はそのまま壁に寄って彼から距離を取った。
すると背後から悲しげな声がした。
「ハルさん……何て冷たい仕打ち……」
晴也は肩越しに、そっと晶を振り返った。この妖怪はこうしてすぐに憐憫の情に訴えてくるのだが、目を閉じているあたり、半分寝ぼけているらしい。
「今日はハグの日だから、ハルさんをハグしていたいのに……」
晶の声に、今日は店でも「8月9日はハグの日!」などと言って抱きついてくる客を数人制したことを晴也は思い出した。
もちろん客と晶を同列には置かない。しかしここは突き放しておく。
「もう日付け変わってるから」
「じゃあ今日は健康ハートの日……」
「何それ? くっついて体温が上がったら心臓がばくばくして良くないだろ」
それに、と晴也は思う。明日は仕事で、明後日から2人とも盆休みに入る。本業はもちろん、副業先もお互い営業日がぐっと減るので、ハグでもキスでも、盆休みに好きなだけすればいいのだ。
「今夜ちゃんと寝て明日はしっかり働こうぜ」
晴也の提案に、晶は不満げに応じる。
「俺は今ハグしたいんだよ、寝られないみたいに言うけどセックスしたいとは言ってない」
やれやれ、これは引っこめてくれないパターンだな。晶はどうも、疲れている時のほうが妖怪ペッタリに変身する確率が高い。仕事で厄介なことでもあったのかもしれない。
晴也は諦めて、晶のほうに身体を向けた。そしてまた距離を詰めて、晶の腕の中に収まる。すぐにほわっと暖かくなった。
「暑いならエアコンの温度下げたらいいよ」
晶は言うが、寝入った後に部屋が冷えきってしまうのは避けたい。体調が狂うし、晶の膝の古傷にも良くない。
「……ううん、ショウさんが暑くないならこれでいい」
晴也は言って目を閉じた。抱かれた胸からいい匂いがして、無条件にそれには安らげる。エアコンの風は、静かに優しく2人の身体の上を通り過ぎて行った。
うつらうつらし始めたその時、脚のつけ根にごりごりと何かが当たっていることに晴也は気づく。
「……おい、ちんこ擦りつけてくるな」
低く言うと、晶はうん? と寝呆けた返事を寄越した。
「躾のなってないちんこで申し訳ありません」
「今夜はしないからな」
「はい、捨て置いてくださいまし」
そう言われても気になってしまうが、晴也は眠ることに集中することにした。
ハグの日か。こんな風にして朝まで眠るのも当たり前になってきてるけど、やっぱりいいな。気持ちが落ち着くと、暑さも気にならなくなってくる。
おやすみ。晴也は晶の心臓がゆっくり鳴るのを頬で感じながら、それに自分の呼吸を合わせていった。
〈書き下ろし 2023年ハグの日〉
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