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さくらんぼとバカップル
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晴也と晶は、久しぶりに渋谷のとある喫茶店に来ていた。道玄坂をちょっと脇に入ったところにあるその店は、古い書斎やレトロな事務所をイメージしているのか、古い洋書や文房具が壁に沿った棚に並び、静かにジャズが流れている。
この店はコーヒーも紅茶も美味しいが、デザートや数量限定のケーキも人気があり、休日はよく混む。だから2人は、火曜日の仕事の後に早めの外食を済ませて、わざわざこの店に足を運んだのだった。
晶はプリンアラモードを頼んでいた。晴也が頼んだ、ピーチのジュレで飾られた小ぶりのケーキと一緒に、それはやってきた。
「うわぁ、昭和のデザートだよ……」
ステンレスの器の中央に鎮座するプリン、それを取り巻くカットされたりんごやバナナ、プリンの上にとぐろを巻いた生クリーム、更にその頂上に載せられた、濃い色のさくらんぼ。
「ダンサーとしてどうなんだよ、それ」
思わず晴也は突っ込んだ。晶はいやいや、と言いながら、先の割れた柄の長いスプーンを取り上げた。
「そんなにカロリーは高くないと見た」
「そうかなぁ」
晶が生クリームとプリンにスプーンを入れるのを見て、晴也もケーキをフォークで切った。晶は口をもぐもぐさせてから、さくらんぼを摘み上げる。
「懐かしい、これ見るの久しぶりだよ、ロンドンでも買ったなぁ」
「へぇ、イギリスにも売ってるんだ」
今は分からないけど、と晶は前置きした。チェリー缶は、日本のものが輸入されていたのだという。
「ハルさんは同類だから、これをあげよう」
晶がさくらんぼを差し出すのを見て、晴也はムッとした。晶と出会った頃、晴也は童貞処女だった。処女ではなくなったのだが、未だ童貞、ではある。
「はい、あーん」
この店に来る時は、晴也が女装していることが多い。晶はいつもケーキをフォークに刺してあーん、と言ってくるのだが、今日は会社帰りのため、晴也は完全に男の姿である(晴也が女装していても、その行為がバカップル的であることに変わりは無いのだが)。
「……恥ずかしいだろ、馬鹿」
「お客さん少ないしいいじゃん」
晶はこういう時、言い出すと聞かない。晴也は周りに素早く目を走らせ、仕方なく口を開けた。ぷにっとした食感の甘いものが晴也の舌に触れて、口を閉じると、晶が柄を引っぱった。ゆっくり噛むと、甘酸っぱさが口の中で広がる。
「あっ、久しぶりの味」
思わず晴也が言うと、晶はそうだろ、と何故か我が意を得たりといった口調になる。
その時晴也の背後から、失礼いたします、という男性の声がした。いつも会計をしてくれる、ベテラン男性店員だった。もしかして自分たちのバカップル行為が済むのを待っていたのだろうか。晴也は種を口から出しながら、焦って言った。
「あっ! はいっ! 俺のコーヒーですねっ!」
「はい、お待たせしました」
店員はにこやかにカップをテーブルに置いて、ちらっと晴也の顔を見た。その目に驚きの色が浮かんだのを、晴也は見逃さなかった。
「……どうかしましたか?」
「あっ、いや、仲良しでいらっしゃると思ったんですが、えっと……」
店員は晶のほうを見た。りんごを齧っていた彼は、はい? と応じた。
「失礼なことを伺いますが、お連れ様は、いつも一緒にいらっしゃる女性の、ご兄弟……?」
晶は晴也の顔を見た。そして2秒後、あっ、と言う。
「同一人物ですよ、この人いつもここに来る時女装してますからね、そういえば」
ええっ! あっけらかんと答える晶に、頭がくらくらした。晴也は今や女装趣味を隠す気は無いが、わざわざこちらからカミングアウトする必要があるのか。
店員は、ああ、そうでしたか、納得いたしました、とやけに楽しげに言い、一礼してキッチンに戻って行った。
「暴露することないだろうが!」
晴也は晶に迫ったが、彼は小さく笑った。
「行きつけてる店で、そろそろ分かっておいてもらってもいいんじゃないかと思って」
晴也はそれを聞いて、何だそれ、と呟いたものの、まあいいか、と考え直した。そして自分の気持ちの変化に気づく。女装をする時、昔は絶対誰にも知られてはいけないと思っていたけれど、最近は化粧が上手くいくと、晶以外の人にもちょっと自慢したくなるくらいだ。
それにしても、この店はいつもよく客が入っているし、特に目立つわけでもないであろう自分たちが、あの店員の印象に残っているのは何故なのか?
「……どっちにしても、バカップルだから覚えられてるんじゃないのか?」
晴也はコーヒーにフレッシュを入れながら言った。バナナをスプーンに刺した晶は、やはりあっけらかんと笑って答えた。
「かもな」
〈初出 2023.6.24 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:さくらんぼ、ノスタルジック〉
この店はコーヒーも紅茶も美味しいが、デザートや数量限定のケーキも人気があり、休日はよく混む。だから2人は、火曜日の仕事の後に早めの外食を済ませて、わざわざこの店に足を運んだのだった。
晶はプリンアラモードを頼んでいた。晴也が頼んだ、ピーチのジュレで飾られた小ぶりのケーキと一緒に、それはやってきた。
「うわぁ、昭和のデザートだよ……」
ステンレスの器の中央に鎮座するプリン、それを取り巻くカットされたりんごやバナナ、プリンの上にとぐろを巻いた生クリーム、更にその頂上に載せられた、濃い色のさくらんぼ。
「ダンサーとしてどうなんだよ、それ」
思わず晴也は突っ込んだ。晶はいやいや、と言いながら、先の割れた柄の長いスプーンを取り上げた。
「そんなにカロリーは高くないと見た」
「そうかなぁ」
晶が生クリームとプリンにスプーンを入れるのを見て、晴也もケーキをフォークで切った。晶は口をもぐもぐさせてから、さくらんぼを摘み上げる。
「懐かしい、これ見るの久しぶりだよ、ロンドンでも買ったなぁ」
「へぇ、イギリスにも売ってるんだ」
今は分からないけど、と晶は前置きした。チェリー缶は、日本のものが輸入されていたのだという。
「ハルさんは同類だから、これをあげよう」
晶がさくらんぼを差し出すのを見て、晴也はムッとした。晶と出会った頃、晴也は童貞処女だった。処女ではなくなったのだが、未だ童貞、ではある。
「はい、あーん」
この店に来る時は、晴也が女装していることが多い。晶はいつもケーキをフォークに刺してあーん、と言ってくるのだが、今日は会社帰りのため、晴也は完全に男の姿である(晴也が女装していても、その行為がバカップル的であることに変わりは無いのだが)。
「……恥ずかしいだろ、馬鹿」
「お客さん少ないしいいじゃん」
晶はこういう時、言い出すと聞かない。晴也は周りに素早く目を走らせ、仕方なく口を開けた。ぷにっとした食感の甘いものが晴也の舌に触れて、口を閉じると、晶が柄を引っぱった。ゆっくり噛むと、甘酸っぱさが口の中で広がる。
「あっ、久しぶりの味」
思わず晴也が言うと、晶はそうだろ、と何故か我が意を得たりといった口調になる。
その時晴也の背後から、失礼いたします、という男性の声がした。いつも会計をしてくれる、ベテラン男性店員だった。もしかして自分たちのバカップル行為が済むのを待っていたのだろうか。晴也は種を口から出しながら、焦って言った。
「あっ! はいっ! 俺のコーヒーですねっ!」
「はい、お待たせしました」
店員はにこやかにカップをテーブルに置いて、ちらっと晴也の顔を見た。その目に驚きの色が浮かんだのを、晴也は見逃さなかった。
「……どうかしましたか?」
「あっ、いや、仲良しでいらっしゃると思ったんですが、えっと……」
店員は晶のほうを見た。りんごを齧っていた彼は、はい? と応じた。
「失礼なことを伺いますが、お連れ様は、いつも一緒にいらっしゃる女性の、ご兄弟……?」
晶は晴也の顔を見た。そして2秒後、あっ、と言う。
「同一人物ですよ、この人いつもここに来る時女装してますからね、そういえば」
ええっ! あっけらかんと答える晶に、頭がくらくらした。晴也は今や女装趣味を隠す気は無いが、わざわざこちらからカミングアウトする必要があるのか。
店員は、ああ、そうでしたか、納得いたしました、とやけに楽しげに言い、一礼してキッチンに戻って行った。
「暴露することないだろうが!」
晴也は晶に迫ったが、彼は小さく笑った。
「行きつけてる店で、そろそろ分かっておいてもらってもいいんじゃないかと思って」
晴也はそれを聞いて、何だそれ、と呟いたものの、まあいいか、と考え直した。そして自分の気持ちの変化に気づく。女装をする時、昔は絶対誰にも知られてはいけないと思っていたけれど、最近は化粧が上手くいくと、晶以外の人にもちょっと自慢したくなるくらいだ。
それにしても、この店はいつもよく客が入っているし、特に目立つわけでもないであろう自分たちが、あの店員の印象に残っているのは何故なのか?
「……どっちにしても、バカップルだから覚えられてるんじゃないのか?」
晴也はコーヒーにフレッシュを入れながら言った。バナナをスプーンに刺した晶は、やはりあっけらかんと笑って答えた。
「かもな」
〈初出 2023.6.24 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:さくらんぼ、ノスタルジック〉
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