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ダンサーたちの願い
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ショーパブ「ルーチェ」で、男5人のダンスユニット、ドルフィン・ファイブが出演する金曜日23時。今年は七夕に被ったということで、「みんなのお願い叶えます! リクエストデー」が開催されていた。
今回は過去に演ったダンスではなく、誰に何を踊ってみてほしい、こんな場面が見てみたいといった、妄想演出を中心に構成したとリーダーのユウヤは説明した。そのため斬新だったり笑えたりして、会場はテンションが高かった。
途中、ルーチェのマスターがキーボード、ユウヤがマイクを準備した。晴也は驚いたが、横に座る常連の美智生は、俺のリクエスト、と晴也に嬉しげに囁いた。
「マスターピアノ上手だし、ユウヤいい声なんだぞ」
「マスターのピアノは噂に聞いてます、優弥さんの歌も初めて聴きますね」
照明が少し落ち、シンプルな前奏から、ユウヤが歌い出す。
「ああ、マジェルさま……」
ショウを含む4人のダンサーが、黒い羽根を散らしたタイトな衣装で登場した。ショウの長い腕がそよぐのを見て、晴也は烏だと理解する。
「どうか憎むことのできない敵を、殺さないでいいように、早く……」
4羽の烏は敵対している様子だが、ショウだけはその表情や仕草から、争いたくないと訴えているのがわかる。
「この世界がなりますように、そのためならば……わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません」
ユウヤの深みと力のある声と、盛り上がるピアノに客席が引き込まれる。争っていた烏たちのばらばらだった踊りが、ショウを中心に少しずつシンクロし始める。
「早くこの世界が、なりますように」
烏たちが舞台前方に走り出てくる。祈るように腕を客席に向かって伸ばし、照明が眩しくなった。彼らの願いが聞き届けられたかのようだった。
「早くこの世界が、なりますように……」
ユウヤの歌が高まって、ピアノの後奏がそれに続いた。烏たちはショウを中心に集まりポーズを取る。ほんの数分の音楽と踊りが終わると、満席の客は拍手と口笛で喝采した。
晴也はユウヤの歌の力もさることながら、やはりショウの踊りから彼自身の祈りを聞いた気がして、胸が熱くなった。美智生は感動のあまり、涙をじゃあじゃあ流していた。
「いい歌だろ、あれ」
家に帰ると、客からの差し入れだという星の形をしたクッキーを開けて、晶は話した。
「優さんが歌うってのは美智生さんのリクエストで、あの歌……『祈り』って曲なんだけど、60代の常連さんからのリクエストなんだ」
「へえ……何か反戦歌っぽい?」
「詩は宮澤賢治だって……その人、父方も母方もお祖父さんが戦死してて、写真でしか顔を知らないらしい」
世界で争いが絶えず、ネットの中でもいつも誰かが傷ついている。こんな時だから、これをリクエストしたい。その女性はそう言ったという。
晶はクッキーを口に入れて、晴也にも箱を差し出す。もう2時を過ぎているのだが、明日は休みだからいいか、とつい手を伸ばした。
「でも今日は全体的にメッセージ性高くなかった?」
晴也が訊くと、さっすがハルさん、と晶はウインクしながら親指を立てた。
「俺や優さんは外国で暮らした経験があるから、人種差別はやめろ、戦争反対って、舞台人も主張するのが普通と思ってたんだけど、日本じゃそれ、否定的にイデオロギー扱いされて嫌がられるだろ?」
「うーん、舞台人でなくても、発信の仕方によっては忌避されそう」
晴也は言葉を選びながら答えた。そんな恋人の様子を見て、晶は微笑する。
「ハルさんもこういう話は苦手?」
晴也が黙って首を横に振ると、晶は話を継ぐ。
「今夜はそういう遠慮とか、モヤっとする風潮にオラついてみたんだ、主張のはっきりしているリクエストを演目化してね」
晴也はふと、考えを伝えることは難しいのだなと思う。戦争が嫌だと思うのは、当たり前だろうに。当たり前の願いであり、祈りではないのか。
「舞台芸術は平和な環境で誰もが楽しめるものであってほしいというのが、優さんと俺の考えな訳です」
「うん、たまにはいいこと言うな」
晴也は晶の言葉に共感しながら言った。しかし一番素晴らしいのは、ドルフィン・ファイブがああいう舞台を作ってくれると信じて、深夜のショーパブには不似合いかもしれない曲をリクエストした、60代の常連さんかもしれない。
「今日その人来てた?」
「来てたよ、泣いて喜んでくれた」
「あ、ミチルさんも優弥さんが歌ったから泣いて喜んでたぞ」
晴也の言葉に晶は笑った。
「あーリクエスト楽しいな、今回結構キツかったけどな」
晶は本来、世の中の理不尽や不当な差別に対して厳しい姿勢で臨む人間である。長いものに巻かれて目立たないように生きてきた晴也にとっては、舞台に立ってきたということも相まって、彼はやや異世界の人間だ。でも晶と一緒でなければ、男同士暮らすことや、女装を続けることを決意できなかった。
「人がその人らしく振る舞うのって、それだけで難しいなあ」
晴也がつい口にすると、そうだな、と晶は応じた。
「だから定期的にそういうことを考えるきっかけを作らないとな」
ショウさんはかっこいいなと、こういう時、晴也は思う。そんな彼に釣り合う自分になりたいから、晴也は胸を張って歩いて行こうと考える。
基本的に晴也は晶をおバカだと思っているので、彼の言う通り、たまにこんな姿を見せてくれると、ちょうどいい。
「さて、明日はのんびりできる日かな? 風呂入って寝るかぁ」
晶は伸びをする。晴也もクッキーの箱に蓋をした。
今夜沢山天に届くであろう願いが、ひとつでも多く叶えられるといいなと晴也は思った。
「祈り」(1995年初演)
曲:林光
詩:宮澤賢治(『烏の北斗七星』より)
〈書き下ろし〉
7月8日のBLワンライで「ねがいごと」「祈り」というお題をもらい、一番にこの林光の歌が出てきたのですが……うまくまとまらず時間オーバーしてしまったので、ゆっくり仕上げました。
今回は過去に演ったダンスではなく、誰に何を踊ってみてほしい、こんな場面が見てみたいといった、妄想演出を中心に構成したとリーダーのユウヤは説明した。そのため斬新だったり笑えたりして、会場はテンションが高かった。
途中、ルーチェのマスターがキーボード、ユウヤがマイクを準備した。晴也は驚いたが、横に座る常連の美智生は、俺のリクエスト、と晴也に嬉しげに囁いた。
「マスターピアノ上手だし、ユウヤいい声なんだぞ」
「マスターのピアノは噂に聞いてます、優弥さんの歌も初めて聴きますね」
照明が少し落ち、シンプルな前奏から、ユウヤが歌い出す。
「ああ、マジェルさま……」
ショウを含む4人のダンサーが、黒い羽根を散らしたタイトな衣装で登場した。ショウの長い腕がそよぐのを見て、晴也は烏だと理解する。
「どうか憎むことのできない敵を、殺さないでいいように、早く……」
4羽の烏は敵対している様子だが、ショウだけはその表情や仕草から、争いたくないと訴えているのがわかる。
「この世界がなりますように、そのためならば……わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません」
ユウヤの深みと力のある声と、盛り上がるピアノに客席が引き込まれる。争っていた烏たちのばらばらだった踊りが、ショウを中心に少しずつシンクロし始める。
「早くこの世界が、なりますように」
烏たちが舞台前方に走り出てくる。祈るように腕を客席に向かって伸ばし、照明が眩しくなった。彼らの願いが聞き届けられたかのようだった。
「早くこの世界が、なりますように……」
ユウヤの歌が高まって、ピアノの後奏がそれに続いた。烏たちはショウを中心に集まりポーズを取る。ほんの数分の音楽と踊りが終わると、満席の客は拍手と口笛で喝采した。
晴也はユウヤの歌の力もさることながら、やはりショウの踊りから彼自身の祈りを聞いた気がして、胸が熱くなった。美智生は感動のあまり、涙をじゃあじゃあ流していた。
「いい歌だろ、あれ」
家に帰ると、客からの差し入れだという星の形をしたクッキーを開けて、晶は話した。
「優さんが歌うってのは美智生さんのリクエストで、あの歌……『祈り』って曲なんだけど、60代の常連さんからのリクエストなんだ」
「へえ……何か反戦歌っぽい?」
「詩は宮澤賢治だって……その人、父方も母方もお祖父さんが戦死してて、写真でしか顔を知らないらしい」
世界で争いが絶えず、ネットの中でもいつも誰かが傷ついている。こんな時だから、これをリクエストしたい。その女性はそう言ったという。
晶はクッキーを口に入れて、晴也にも箱を差し出す。もう2時を過ぎているのだが、明日は休みだからいいか、とつい手を伸ばした。
「でも今日は全体的にメッセージ性高くなかった?」
晴也が訊くと、さっすがハルさん、と晶はウインクしながら親指を立てた。
「俺や優さんは外国で暮らした経験があるから、人種差別はやめろ、戦争反対って、舞台人も主張するのが普通と思ってたんだけど、日本じゃそれ、否定的にイデオロギー扱いされて嫌がられるだろ?」
「うーん、舞台人でなくても、発信の仕方によっては忌避されそう」
晴也は言葉を選びながら答えた。そんな恋人の様子を見て、晶は微笑する。
「ハルさんもこういう話は苦手?」
晴也が黙って首を横に振ると、晶は話を継ぐ。
「今夜はそういう遠慮とか、モヤっとする風潮にオラついてみたんだ、主張のはっきりしているリクエストを演目化してね」
晴也はふと、考えを伝えることは難しいのだなと思う。戦争が嫌だと思うのは、当たり前だろうに。当たり前の願いであり、祈りではないのか。
「舞台芸術は平和な環境で誰もが楽しめるものであってほしいというのが、優さんと俺の考えな訳です」
「うん、たまにはいいこと言うな」
晴也は晶の言葉に共感しながら言った。しかし一番素晴らしいのは、ドルフィン・ファイブがああいう舞台を作ってくれると信じて、深夜のショーパブには不似合いかもしれない曲をリクエストした、60代の常連さんかもしれない。
「今日その人来てた?」
「来てたよ、泣いて喜んでくれた」
「あ、ミチルさんも優弥さんが歌ったから泣いて喜んでたぞ」
晴也の言葉に晶は笑った。
「あーリクエスト楽しいな、今回結構キツかったけどな」
晶は本来、世の中の理不尽や不当な差別に対して厳しい姿勢で臨む人間である。長いものに巻かれて目立たないように生きてきた晴也にとっては、舞台に立ってきたということも相まって、彼はやや異世界の人間だ。でも晶と一緒でなければ、男同士暮らすことや、女装を続けることを決意できなかった。
「人がその人らしく振る舞うのって、それだけで難しいなあ」
晴也がつい口にすると、そうだな、と晶は応じた。
「だから定期的にそういうことを考えるきっかけを作らないとな」
ショウさんはかっこいいなと、こういう時、晴也は思う。そんな彼に釣り合う自分になりたいから、晴也は胸を張って歩いて行こうと考える。
基本的に晴也は晶をおバカだと思っているので、彼の言う通り、たまにこんな姿を見せてくれると、ちょうどいい。
「さて、明日はのんびりできる日かな? 風呂入って寝るかぁ」
晶は伸びをする。晴也もクッキーの箱に蓋をした。
今夜沢山天に届くであろう願いが、ひとつでも多く叶えられるといいなと晴也は思った。
「祈り」(1995年初演)
曲:林光
詩:宮澤賢治(『烏の北斗七星』より)
〈書き下ろし〉
7月8日のBLワンライで「ねがいごと」「祈り」というお題をもらい、一番にこの林光の歌が出てきたのですが……うまくまとまらず時間オーバーしてしまったので、ゆっくり仕上げました。
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