32 / 68
ある朝のちょっと大事な話
しおりを挟む
休日の朝、晶の横でぬくぬくと目覚めるのが晴也は好きだ。
大概晶のほうが早く起きるが、たまに彼がよく寝ているのを観察できる朝がある。彼と暮らし始めた頃は、落ち着かないことの方が大きかった。今はちょっと余裕をかまして、晶の整った顔を眺めたり、温まって立ち昇る肌の匂いを嗅いだりして、悦に入っている。
晶の瞼が持ち上がり、黒い瞳が覗いた。
「あ……おはよ、また俺の寝顔に欲情してた?」
真っ直ぐ見据えられ、晴也は照れ隠しをした。
「おはよう、おまえと一緒にするな」
「今ハルさんと明里さんと姉貴と4人で、タカラヅカ観に行く夢見た……今から始まるとこだったのに」
明里は晴也の妹で、舞台芸術のコアなファンだ。タカラヅカが大好きで、もちろん晶が踊るのを、新宿まで観に来る。
晶の姉の鞠は、晴也と同学年で、英国ロイヤル・バレエ団で踊るダンサーである。エレガントな美貌の持ち主なのに、口を開くと面白い人だ(そこがこの姉弟は似ている)。
「お義姉さん帰国したら誘ってみようよ、明里も喜ぶよ」
明里にとって鞠は雲の上の大スターである。妹が初めて義姉と話した時、感激して泣きそうになっていたのを晴也は思い出す。晶は少し口角を上げ、そうだな、と言った。
「ハルさん、俺たちの関係を歓迎するきょうだいばかりじゃないけど……」
晶は静かに言う。一緒に暮らすと報告した時、晴也の姉夫婦と晶の兄はいい顔をしなかった。
「ごめんショウさん、うちは姉ちゃんというより、姉ちゃんのだんなが……」
晴也が言いかけると、晶がもぞもぞと腕を伸ばして、晴也をゆっくり抱いてくれる。晴也は言葉を切り、深呼吸して、自分のものでない温もりに安らぐ。
「まあ周りの全員に認めろってのも無理な話だ、男女のカップルでも難しいんだから」
普段ふざけてばかりの晶だが、こんな時は晴也より大人である。晴也は頷いた。
「でも1回、俺たちがこうして結構上手くやってるのを報告してさ、皆の前で約束とかしてみたくない?」
「約束?」
晴也は晶の腕の中で顔を上げる。晶はやたらに優しい笑みを浮かべていた。
「これからもずっと、仲良くやっていきますって」
晶の言葉を理解するのに、やや時間がかかった。晴也はじわじわと、驚きと嬉しさが湧き上がってくるのを感じたが、ついいつものネガティブな否定癖が口をついて出た。
「なっ、何言ってんだよ、ずっとかどうかわからないじゃないか、出来ないかもしれない約束をするなんて不誠実だ」
「おいおい晴也、結婚式をする全てのカップルにそれ言えるのか?」
「よそ様は別だ、おまえと俺の話をしてる」
「ウエディングドレス着たいだろ?」
目の前の晶の瞳には、晴也を揶揄う光は無かった。
「姉貴と明里さんにブライズメイドを頼もう」
晴也はあ然とするばかりだ。否定したい訳ではないだけに、反論も出ない。
そういえば、と晴也は思い出す。昨日晶の定例メンテナンスである整形外科通いにつき合ってから、プチ贅沢と称して、ランチをすべく近くのホテルに向かった。その時、ホテルのチャペルで結婚式を済ませたばかりのカップルが、フラワーシャワーで祝福されている場面を見かけたのだった。笑顔の絶えない2人の様子や、列席者の歓声と拍手に、晴也はちょっとじんとしてしまった。
「きっ、昨日、通りがかりに結婚式をチラ見したからって、思いつきでそんなこと」
「あ、それは否定しない、ジューンブライドって梅雨の日本でも人気なんだなぁ」
晶はふっと表情を緩めて、晴也を抱き直した。
「全くの思いつきじゃないけど……ちょっと早かったかな、この話は」
頬をつけた場所から聞こえる声に、晴也はどきどきするばかりである。早くはない、と思う。お互い副業持ちなのですれ違ってばかりとは言え、一緒に暮らし始めて、2年近くになるんだから。
でも晴也は、晶がそんな風に考えてくれているだけで十分だった。以前2人で交わした緩い約束を、家族や友人知人の前で誓いにしてぶち上げるなんて、恥ずかしい。ただ、昨日見かけたように、チャペルで式をして、色とりどりの花びらを家族や親しい人から浴びせてもらうのは、とても素敵かもしれない。
あーあもう、おまえのせいで今日は1日、ドレスを着る想像ばかりしなくちゃいけないじゃないか! 晴也は自分を抱く男の鼓動を感じながら、彼に胸の中で悪態をついた。
〈初出 2022.11.20 #創作BL深夜の60分一本勝負 お題:兄弟、約束 *6月向けに書き直しました。〉
大概晶のほうが早く起きるが、たまに彼がよく寝ているのを観察できる朝がある。彼と暮らし始めた頃は、落ち着かないことの方が大きかった。今はちょっと余裕をかまして、晶の整った顔を眺めたり、温まって立ち昇る肌の匂いを嗅いだりして、悦に入っている。
晶の瞼が持ち上がり、黒い瞳が覗いた。
「あ……おはよ、また俺の寝顔に欲情してた?」
真っ直ぐ見据えられ、晴也は照れ隠しをした。
「おはよう、おまえと一緒にするな」
「今ハルさんと明里さんと姉貴と4人で、タカラヅカ観に行く夢見た……今から始まるとこだったのに」
明里は晴也の妹で、舞台芸術のコアなファンだ。タカラヅカが大好きで、もちろん晶が踊るのを、新宿まで観に来る。
晶の姉の鞠は、晴也と同学年で、英国ロイヤル・バレエ団で踊るダンサーである。エレガントな美貌の持ち主なのに、口を開くと面白い人だ(そこがこの姉弟は似ている)。
「お義姉さん帰国したら誘ってみようよ、明里も喜ぶよ」
明里にとって鞠は雲の上の大スターである。妹が初めて義姉と話した時、感激して泣きそうになっていたのを晴也は思い出す。晶は少し口角を上げ、そうだな、と言った。
「ハルさん、俺たちの関係を歓迎するきょうだいばかりじゃないけど……」
晶は静かに言う。一緒に暮らすと報告した時、晴也の姉夫婦と晶の兄はいい顔をしなかった。
「ごめんショウさん、うちは姉ちゃんというより、姉ちゃんのだんなが……」
晴也が言いかけると、晶がもぞもぞと腕を伸ばして、晴也をゆっくり抱いてくれる。晴也は言葉を切り、深呼吸して、自分のものでない温もりに安らぐ。
「まあ周りの全員に認めろってのも無理な話だ、男女のカップルでも難しいんだから」
普段ふざけてばかりの晶だが、こんな時は晴也より大人である。晴也は頷いた。
「でも1回、俺たちがこうして結構上手くやってるのを報告してさ、皆の前で約束とかしてみたくない?」
「約束?」
晴也は晶の腕の中で顔を上げる。晶はやたらに優しい笑みを浮かべていた。
「これからもずっと、仲良くやっていきますって」
晶の言葉を理解するのに、やや時間がかかった。晴也はじわじわと、驚きと嬉しさが湧き上がってくるのを感じたが、ついいつものネガティブな否定癖が口をついて出た。
「なっ、何言ってんだよ、ずっとかどうかわからないじゃないか、出来ないかもしれない約束をするなんて不誠実だ」
「おいおい晴也、結婚式をする全てのカップルにそれ言えるのか?」
「よそ様は別だ、おまえと俺の話をしてる」
「ウエディングドレス着たいだろ?」
目の前の晶の瞳には、晴也を揶揄う光は無かった。
「姉貴と明里さんにブライズメイドを頼もう」
晴也はあ然とするばかりだ。否定したい訳ではないだけに、反論も出ない。
そういえば、と晴也は思い出す。昨日晶の定例メンテナンスである整形外科通いにつき合ってから、プチ贅沢と称して、ランチをすべく近くのホテルに向かった。その時、ホテルのチャペルで結婚式を済ませたばかりのカップルが、フラワーシャワーで祝福されている場面を見かけたのだった。笑顔の絶えない2人の様子や、列席者の歓声と拍手に、晴也はちょっとじんとしてしまった。
「きっ、昨日、通りがかりに結婚式をチラ見したからって、思いつきでそんなこと」
「あ、それは否定しない、ジューンブライドって梅雨の日本でも人気なんだなぁ」
晶はふっと表情を緩めて、晴也を抱き直した。
「全くの思いつきじゃないけど……ちょっと早かったかな、この話は」
頬をつけた場所から聞こえる声に、晴也はどきどきするばかりである。早くはない、と思う。お互い副業持ちなのですれ違ってばかりとは言え、一緒に暮らし始めて、2年近くになるんだから。
でも晴也は、晶がそんな風に考えてくれているだけで十分だった。以前2人で交わした緩い約束を、家族や友人知人の前で誓いにしてぶち上げるなんて、恥ずかしい。ただ、昨日見かけたように、チャペルで式をして、色とりどりの花びらを家族や親しい人から浴びせてもらうのは、とても素敵かもしれない。
あーあもう、おまえのせいで今日は1日、ドレスを着る想像ばかりしなくちゃいけないじゃないか! 晴也は自分を抱く男の鼓動を感じながら、彼に胸の中で悪態をついた。
〈初出 2022.11.20 #創作BL深夜の60分一本勝負 お題:兄弟、約束 *6月向けに書き直しました。〉
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
森永くんはダース伯爵家の令息として甘々に転生する
梅春
BL
高校生の森永拓斗、江崎大翔、明治柊人は仲良し三人組。
拓斗はふたりを親友だと思っているが、完璧な大翔と柊人に憧れを抱いていた。
ある朝、目覚めると拓斗は異世界に転生していた。
そして、付き人として柊人が、フィアンセとして大翔が現れる。
戸惑いながら、甘々な生活をはじめる拓斗だが、そんな世界でも悩みは出てきて・・・
彼はオタサーの姫
穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。
高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。
魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。
☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました!
BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。
大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。
高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。
鬼に成る者
なぁ恋
BL
赤鬼と青鬼、
二人は生まれ落ちたその時からずっと共に居た。
青鬼は無念のうちに死ぬ。
赤鬼に残酷な願いを遺し、来世で再び出逢う約束をして、
数千年、赤鬼は青鬼を待ち続け、再会を果たす。
そこから始まる二人を取り巻く優しくも残酷な鬼退治の物語――――
基本がBLです。
はじめは精神的なあれやこれです。
鬼退治故の残酷な描写があります。
Eエブリスタにて、2008/11/10から始まり2015/3/11完結した作品です。
加筆したり、直したりしながらの投稿になります。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる