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ある朝のちょっと大事な話

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 休日の朝、晶の横でぬくぬくと目覚めるのが晴也は好きだ。
 大概晶のほうが早く起きるが、たまに彼がよく寝ているのを観察できる朝がある。彼と暮らし始めた頃は、落ち着かないことの方が大きかった。今はちょっと余裕をかまして、晶の整った顔を眺めたり、温まって立ち昇る肌の匂いを嗅いだりして、悦に入っている。
 晶の瞼が持ち上がり、黒い瞳が覗いた。

「あ……おはよ、また俺の寝顔に欲情してた?」

 真っ直ぐ見据えられ、晴也は照れ隠しをした。

「おはよう、おまえと一緒にするな」
「今ハルさんと明里あかりさんと姉貴と4人で、タカラヅカ観に行く夢見た……今から始まるとこだったのに」

 明里は晴也の妹で、舞台芸術のコアなファンだ。タカラヅカが大好きで、もちろん晶が踊るのを、新宿まで観に来る。
 晶の姉のまりは、晴也と同学年で、英国ロイヤル・バレエ団で踊るダンサーである。エレガントな美貌の持ち主なのに、口を開くと面白い人だ(そこがこの姉弟は似ている)。

「お義姉さん帰国したら誘ってみようよ、明里も喜ぶよ」

 明里にとって鞠は雲の上の大スターである。妹が初めて義姉と話した時、感激して泣きそうになっていたのを晴也は思い出す。晶は少し口角を上げ、そうだな、と言った。

「ハルさん、俺たちの関係を歓迎するきょうだいばかりじゃないけど……」

 晶は静かに言う。一緒に暮らすと報告した時、晴也の姉夫婦と晶の兄はいい顔をしなかった。

「ごめんショウさん、うちは姉ちゃんというより、姉ちゃんのだんなが……」

 晴也が言いかけると、晶がもぞもぞと腕を伸ばして、晴也をゆっくり抱いてくれる。晴也は言葉を切り、深呼吸して、自分のものでない温もりに安らぐ。

「まあ周りの全員に認めろってのも無理な話だ、男女のカップルでも難しいんだから」

 普段ふざけてばかりの晶だが、こんな時は晴也より大人である。晴也は頷いた。

「でも1回、俺たちがこうして結構上手くやってるのを報告してさ、皆の前で約束とかしてみたくない?」
「約束?」

 晴也は晶の腕の中で顔を上げる。晶はやたらに優しい笑みを浮かべていた。

「これからもずっと、仲良くやっていきますって」

 晶の言葉を理解するのに、やや時間がかかった。晴也はじわじわと、驚きと嬉しさが湧き上がってくるのを感じたが、ついいつものネガティブな否定癖が口をついて出た。

「なっ、何言ってんだよ、ずっとかどうかわからないじゃないか、出来ないかもしれない約束をするなんて不誠実だ」
「おいおい晴也、結婚式をする全てのカップルにそれ言えるのか?」
「よそ様は別だ、おまえと俺の話をしてる」
「ウエディングドレス着たいだろ?」

 目の前の晶の瞳には、晴也を揶揄う光は無かった。

「姉貴と明里さんにブライズメイドを頼もう」

 晴也はあ然とするばかりだ。否定したい訳ではないだけに、反論も出ない。
 そういえば、と晴也は思い出す。昨日晶の定例メンテナンスである整形外科通いにつき合ってから、プチ贅沢と称して、ランチをすべく近くのホテルに向かった。その時、ホテルのチャペルで結婚式を済ませたばかりのカップルが、フラワーシャワーで祝福されている場面を見かけたのだった。笑顔の絶えない2人の様子や、列席者の歓声と拍手に、晴也はちょっとじんとしてしまった。

「きっ、昨日、通りがかりに結婚式をチラ見したからって、思いつきでそんなこと」
「あ、それは否定しない、ジューンブライドって梅雨の日本でも人気なんだなぁ」

 晶はふっと表情を緩めて、晴也を抱き直した。

「全くの思いつきじゃないけど……ちょっと早かったかな、この話は」

 頬をつけた場所から聞こえる声に、晴也はどきどきするばかりである。早くはない、と思う。お互い副業持ちなのですれ違ってばかりとは言え、一緒に暮らし始めて、2年近くになるんだから。
 でも晴也は、晶がそんな風に考えてくれているだけで十分だった。以前2人で交わした緩い約束を、家族や友人知人の前で誓いにしてぶち上げるなんて、恥ずかしい。ただ、昨日見かけたように、チャペルで式をして、色とりどりの花びらを家族や親しい人から浴びせてもらうのは、とても素敵かもしれない。
 あーあもう、おまえのせいで今日は1日、ドレスを着る想像ばかりしなくちゃいけないじゃないか! 晴也は自分を抱く男の鼓動を感じながら、彼に胸の中で悪態をついた。


〈初出 2022.11.20 #創作BL深夜の60分一本勝負 お題:兄弟、約束 *6月向けに書き直しました。〉
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