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黒猫の一番を争う

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 最近晴也は、副業先である女装バー「めぎつね」の常連客から教えてもらった保護猫カフェに、ちょっとハマっている。
 晴也は動物が好きだ。でも実家では金魚を飼った経験しか無く、晶の実家にいるラブラドールレトリバーのエリザベスも、しょっちゅう顔を見ることはできない。エリザベスに会いに来たと言って、単身吉岡家に乗り込むのも躊躇われる。
 猫たちは引き取り手を探す目的でその店にいるので、マンション住まいの晴也が行っても何の役にも立てないと思ったのだが、飼うことができない人が猫とふれあう場でもあると、店員は話してくれた。そんな訳で、そのカフェは晴也の願望を結構満たしてくれている。
 しかし、晶と一緒にそのカフェに行ったある時から、晴也は軽いストレスを覚えるようになった。晴也が気に入っている黒い雑種の猫が、晶に懐いてしまったようなのである。
 黒猫のネロは推定4歳の女の子で、丸い金色の目に迫力がありどきりとさせられる。だが見かけによらず甘えたで、初めて店を訪れた時に膝に乗られ足踏みされた晴也は、その愛らしさにきゅんとしてしまった。あまりこの子はこんな風にしないんですけど、と店員が言うのを聞いて、好かれているらしいと嬉しくなった。
 土曜日の午後、駅の反対側に位置するその猫カフェに、また晶がついて来た。晴也は微妙な不満を顔に出さないようにしながら、ネロのいるスペースに案内してくれる店員について行く。

「ネロちゃん、こんにちは」

 晴也が呼びかけると、ベッドで丸くなりぽやんとしていた黒猫が、ぱっと頭を上げた。金色の目を晴也のほうに向け、常連客の姿を認めたらしく、立ち上がって伸びをする。
 みゃあ、とネロはひとつ鳴いて、カーペットに正座した晴也の膝に身軽に乗ってきた。晴也は彼女の頭を撫でて、柔らかい黒い毛の感触と温もりを楽しむ。目を細めるネロを、可愛いなあ、と思う。
 すると、横に座っていた晶が手を出してきた。

「ネロ」

 晶は優しい目でネロを見つめ、呼ばれた黒猫は晶に向かって、みゃ、と小さく鳴き、晴也の膝から彼の膝にすたすたと渡っていく。
 今日も! またかよ! かちんときた晴也は、遂に癇癪玉を破裂させてしまった。

「おまえ何なんだよ、どうしてネロを取るんだよ!」

 いきなり言われた晶はへっ? と目を丸くする。ネロも驚いたように首をねじり晴也を見た。

「おまえが来てからネロがいっつもそっちに行くじゃないか、俺が先にネロと知り合ったのに、ずるいだろうが!」
「おいおい何怒ってるんだ、ネロがそうしたいんだから仕方ないだろ」

 晴也は晶の言葉にますます腹が立つ。猫までイケメンのほうが好きなのか。顔がいいってだけで動物にまで好かれるとか、本当にずるい。晴也はぼやく。

「納得いかない、何で俺が2番目なんだよ」

 晶はネロを宥めるようにその頭を撫でていたが、あっ、とにやにやし始めた。

「何だハルさん、最近スキンシップが足りないから拗ねてる? 疲れてるのかなと思って遠慮してたのに、したいならそう言って……」
「関係ないだろ、そんなことひと言も言ってないっ」

 晴也は自分の噴火が止まらないことと、晶がくだらない冗談を言うことが悔しくて、泣きそうになる。何にキレてんだ俺?
 するとネロが、晴也の膝に戻ってきた。あっ、と言う間もなく、ネロは膝の上でくるりと丸くなり、黒い毛玉と化した。
 晴也は、ネロに憐憫をかけられたようで恥ずかしくなる。しかしやはり可愛らしいので、まあいいかと思った。
 二人の小競り合いに気づいていたのかどうか、店員が話しかけてきた。

「実はネロは昨日里親さんが決まったので、店に出るのは今日が最後になるんです……可愛がってくださっていたから、来ていただけてよかったです」
「えっ」

 ショックな反面、何処かほっとしている自分を、晴也は見出す。寝息を立て始めたネロの背中を撫でながら、自分が二番目になって悔しかったのは、ネロに対してではなく、ネロを可愛がる晶に対して、のような気がしてきた。
 でも、この子がいなくなるのは寂しい。しゅんとなる晴也の髪を、晶がそっと撫でる。

「ペットOKの家探そうか?」
「ううん……お互いあまり家にいないから可哀想だよ」

 晴也の言葉に、晶は納得したようだった。しばらくそのまま、晴也はネロの頭を撫でつつ、晶に頭を撫でられていた。

「まあ俺は、もしペットが来たらハルさんの2番目にしかなれないから、微妙だけど」

 晶が呟く。もしかしたら、自分も同じ気持ちかもしれないと晴也は思う。

「幸せになれよ、ネロ」

 晴也が膝の上の毛玉に話しかけると、彼女は首をもたげて晴也の顔をじっと見た。

「あんたもね」

 そう言われた気がして、晴也はちょっと笑った。


〈初出 2023.5.22 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:ずるい人、2番目〉
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