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豚しゃぶパーティ@福原家
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炬燵でみんなで鍋が食べたいな。
晴也も晶も今日から冬休みである。台所の掃除をしながら、晶がちらっと洩らした言葉を、随分地味な希望だなと晴也は思ったが、実はハードルが高いことに気づかされた。
このご時世、大人数で鍋をつつき合うのは嫌だという人のほうが多い。誰かの家で鍋パーティをするにも、マンション住まいの人は炬燵なんか持っていないだろう(晴也と晶も使っていない)。
晶の希望を叶えてやれないかと考えていると、妹の明里がLINEをしてきた。お正月のタカラヅカのチケットが余っているので観に行かないかという、なかなか魅力的な誘いだった。
「ショウさんと行きたい」
「ごめん一枚しか無い」
「じゃあパス、悪い」
そんなやり取りは、炬燵で鍋に話題を移した。明里は意外な提案をしてきた。
「今夜ショウを家に連れてってあげなよ」
晴也はえ、と驚くネコのスタンプを送る。
「いきなりかよ」
「お父さん友達とカニ食べに行ってるらしい。お母さん一人だし、歓迎してくれるんじゃね?」
なるほど。晴也は晶に声をかけた。
「急だけど、今夜うちで鍋パできるかも」
本から顔を上げた晶は、今夜? と眼鏡の奥の目を丸くする。
「いきなりご迷惑じゃないの?」
「晶さんがいいなら、ちょっとお母さんに訊いてみる」
数時間後、上等の豚しゃぶ肉を持って、晴也は晶と電車に乗り、佐倉市の実家に向かった。母が大歓迎してくれるのはわかっていた。自分よりむしろ、晶を。
「まぁ晶さん久しぶりねぇ、お父さんが勝手にカニ食べに行ったことなんか、何にも羨ましがることなかったわ!」
出てくるなり言う母は、ダンサーのショウのファンである。晶が礼を言うと、だらしない笑顔になった。晴也が男と交際していることを家族に受け入れて貰えたのは、晶がイケメンダンサーだからこそ、である。
奥の部屋から明里が顔を覗かせたので、晴也は呆れる。
「何で明里までいるんだよ」
「え? だって人数多い方がいいじゃない」
居間の炬燵にはガスコンロが置かれ、土鍋が用意されていた。明里は早速野菜や豆腐を、出汁の中に入れ始める。母は缶ビールを持ってきた。
皆で乾杯してから鍋の蓋を開けて、豚肉を入れた。肉の色が変わると、一斉に箸を持つ。部屋が一気に温もった。
食べながらの話題は、最近の舞台芸術のことばかりだ。母と妹は何でも観に行くので、本業の晶より動向に詳しい。
晶が律儀に二人の話をきちんと聞いてやるので、食べることができない。晴也は彼の椀を取り、白菜や椎茸を入れた。
「豆腐は?」
「あ、食べる」
「白ネギ食えよ」
「食べるよ、入れといて」
横並びに座る二人のやり取りを見る母と明里は、何となくにやにやしている。
椀を渡すと、晶は箸を口に運びながら、炬燵の中で膝をくっつけてきた。……何やってんだ。晴也は母と明里に気づかれないように炬燵布団の中に手を入れ、晶の太腿をつねってやった。
「あつっ」
晶は言ってびくりとなった。母は彼が舌を火傷したと勘違いする。
「晶さん、慌てなくても大丈夫よ、お肉入れるわね」
晶は晴也を横目で睨んできたが、晴也は無視した。彼が懲りずに膝をすりすりしてくるので、今度は軽く叩く。
「お兄ちゃんどうしたの、脚痛いの?」
明里に訊かれて、晴也はしれっと返す。
「ショウさん足痺れたんじゃないか?」
「えっ、ショウさん、大事な足なんだから伸ばして座って」
明里に言われた晶は苦笑し、すみません、と言った。そして晴也の膝を叩き返してきた。
こんなことがしたいから、炬燵で鍋パとか言ったのか。晶が馬鹿なので、晴也は胸の内で溜め息をついた。……まあ母も明里も晶も楽しいみたいだから、良しとしよう。
ビールも程よく晴也を酔わせてくれる。ここには正月にも来る予定だが、これはこれで思いがけなく楽しい夕食だった。肉も美味しいので、晴也は満足だった。
〈初出 2022.12.17 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:炬燵、鍋パ〉
晴也も晶も今日から冬休みである。台所の掃除をしながら、晶がちらっと洩らした言葉を、随分地味な希望だなと晴也は思ったが、実はハードルが高いことに気づかされた。
このご時世、大人数で鍋をつつき合うのは嫌だという人のほうが多い。誰かの家で鍋パーティをするにも、マンション住まいの人は炬燵なんか持っていないだろう(晴也と晶も使っていない)。
晶の希望を叶えてやれないかと考えていると、妹の明里がLINEをしてきた。お正月のタカラヅカのチケットが余っているので観に行かないかという、なかなか魅力的な誘いだった。
「ショウさんと行きたい」
「ごめん一枚しか無い」
「じゃあパス、悪い」
そんなやり取りは、炬燵で鍋に話題を移した。明里は意外な提案をしてきた。
「今夜ショウを家に連れてってあげなよ」
晴也はえ、と驚くネコのスタンプを送る。
「いきなりかよ」
「お父さん友達とカニ食べに行ってるらしい。お母さん一人だし、歓迎してくれるんじゃね?」
なるほど。晴也は晶に声をかけた。
「急だけど、今夜うちで鍋パできるかも」
本から顔を上げた晶は、今夜? と眼鏡の奥の目を丸くする。
「いきなりご迷惑じゃないの?」
「晶さんがいいなら、ちょっとお母さんに訊いてみる」
数時間後、上等の豚しゃぶ肉を持って、晴也は晶と電車に乗り、佐倉市の実家に向かった。母が大歓迎してくれるのはわかっていた。自分よりむしろ、晶を。
「まぁ晶さん久しぶりねぇ、お父さんが勝手にカニ食べに行ったことなんか、何にも羨ましがることなかったわ!」
出てくるなり言う母は、ダンサーのショウのファンである。晶が礼を言うと、だらしない笑顔になった。晴也が男と交際していることを家族に受け入れて貰えたのは、晶がイケメンダンサーだからこそ、である。
奥の部屋から明里が顔を覗かせたので、晴也は呆れる。
「何で明里までいるんだよ」
「え? だって人数多い方がいいじゃない」
居間の炬燵にはガスコンロが置かれ、土鍋が用意されていた。明里は早速野菜や豆腐を、出汁の中に入れ始める。母は缶ビールを持ってきた。
皆で乾杯してから鍋の蓋を開けて、豚肉を入れた。肉の色が変わると、一斉に箸を持つ。部屋が一気に温もった。
食べながらの話題は、最近の舞台芸術のことばかりだ。母と妹は何でも観に行くので、本業の晶より動向に詳しい。
晶が律儀に二人の話をきちんと聞いてやるので、食べることができない。晴也は彼の椀を取り、白菜や椎茸を入れた。
「豆腐は?」
「あ、食べる」
「白ネギ食えよ」
「食べるよ、入れといて」
横並びに座る二人のやり取りを見る母と明里は、何となくにやにやしている。
椀を渡すと、晶は箸を口に運びながら、炬燵の中で膝をくっつけてきた。……何やってんだ。晴也は母と明里に気づかれないように炬燵布団の中に手を入れ、晶の太腿をつねってやった。
「あつっ」
晶は言ってびくりとなった。母は彼が舌を火傷したと勘違いする。
「晶さん、慌てなくても大丈夫よ、お肉入れるわね」
晶は晴也を横目で睨んできたが、晴也は無視した。彼が懲りずに膝をすりすりしてくるので、今度は軽く叩く。
「お兄ちゃんどうしたの、脚痛いの?」
明里に訊かれて、晴也はしれっと返す。
「ショウさん足痺れたんじゃないか?」
「えっ、ショウさん、大事な足なんだから伸ばして座って」
明里に言われた晶は苦笑し、すみません、と言った。そして晴也の膝を叩き返してきた。
こんなことがしたいから、炬燵で鍋パとか言ったのか。晶が馬鹿なので、晴也は胸の内で溜め息をついた。……まあ母も明里も晶も楽しいみたいだから、良しとしよう。
ビールも程よく晴也を酔わせてくれる。ここには正月にも来る予定だが、これはこれで思いがけなく楽しい夕食だった。肉も美味しいので、晴也は満足だった。
〈初出 2022.12.17 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:炬燵、鍋パ〉
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