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しおりを挟む寺の境内の家について行くと、芸人はまず頭に手をあげると何かを取った。縮れ毛の下に普通の黒い頭が出てきた。顔の何かを撫でるとしわのない顔になった。口を開けて手で歯を引っ張ると出っ歯でない歯がある。
「お前は誰だ」六郎は叫んだ。
「わしか誰でもよい。そんな形をして狙われたならなんとする」と不審な男がいう。
「軽業師のようなことをするが、わしらのことまで知っているのは、お前は伊賀か甲賀かのどちらかだな」
さすが六郎いいところに目を付けた。さらっと「わしは伊賀ものよ」と答えたものだ。
「大阪にはいろんな者が入ってきている。お前たちのように人の集まるところをうろうろしていて素性が知れぬはずもなかろう」二人は無言でこの男を睨んでいる。
「命じられたことは知れたのか、どうだ、秀吉の人気と九州出陣であろうが」ズバッと言われて立ち往生である。しかしそうだとも言えぬ。「また、ここまで来い。わしが教えてやろう」「お前の名は聞いておらぬぞ」「わしか猿飛よ、名は佐助」二人は猿飛の家をしょしょと去った。小介が小さい声で「若殿にあのような家来がいれば良いな」好意を持ったらしい。六郎は黙っている。また安宿に帰り任務のことをひとっひとっと確認しあって、そろそろ引き上げ時だと話し合った。
翌日大阪城の南、四天王寺の境内を歩いていた。「おい越後へ帰るのか」猿飛佐助が声をかけてきた。良いこと教えてやる秀吉殿は妹御を家康殿に嫁がせる。数日後浅野長政殿が送って浜松へ行く。西はこれで抑えがきく。これはまだ上杉殿は知らぬから教えてやれ、さらば」佐助はすっすっと行ってしまう。呆気にとられていた時、「おい待て待て」と声がかかった。肩衣をつけた侍が近づいてくる。豊臣の侍らしい。「ご用か?」と六郎は言った。顔の長い侍が後にいるのに目で合図をした。二人は三方から囲まれてしまった。
再び六郎が「何の御用か」と声を張って聞いた。「おぬしたち、この数日、大阪の街をなんのために徘徊しておる。何の国のもので名は何という」無礼なと六郎は思った。
「まずおぬしの名から聞こう」と六郎。「わしは豊臣の臣、蜂須賀正勝殿が家来にいて筧十蔵」と近きんきんした声で言った。六郎は聞いたこともない名だと、油断すなと小介に目配せした。「我らは信州の浪人にて大阪の街を見物のため歩いている。不審なものではない」「名は?」「山野八郎、これなるものは穴田大介」とかねて用意の名を言った。
筧という若侍は薄笑いを浮かべて「引っくくれ」と命じた。「手取りにできると思ったら、かかって参れ」と小介の手を取って六郎は飛び下がった。
この事、二人は驚いて何も知らぬが、裏に謀がある。蜂須賀屋敷に連れて行かれ、病臥中の目の鋭い殿様にも会うことになる。「真田源次郎幸村どのがこと聞いている。何時までも越後春日山城にじっとしている若者であるまい」と言った。「小冠者二人に九州攻めを探らせたは、景勝殿の知恵であろう」とずばずば言って、「明日二人に城を見せてやれ」と言った。こんなわけで二人は思っていなかった大阪城を見せられてますます疑心暗鬼になったが、幸村が秀吉に近づきたい意思を持っていることを思い、「大阪城とはすごい城だぞ」と感心した。
筧なる侍が「わしについて来い」横柄に言って、昼間から料亭のようなところにすいーっと入って行く。部屋に通されると床の間を背に筧が座り、「ゆるりとせい」と威張り腐っている。二人といくらも歳は違わないのに酒をぐいぐい飲む。相手が子供だから料理の膳を前に置かせた。小介はもう煮魚をうまそうに食っている。六郎はじっと筧を睨んでいた。
しばらくして、海焼けした図体の逞しい男が案内されて入ってきた。ぎろっと二人を見たが、筧のの横に座った。意外や丁寧な言葉で筧が「手筈は上手くいっておりますか?」「おうー段取りどうり当りはつけた。海を行くのだから敵も手出しはできぬよ」と言っている。筧が「土産をやったぞ、お前たちは帰れ」と素っ気なく言った。
小介は妙な顔でついてきたが、六郎は秀吉の軍は船で九州へ渡るのだと理解したようだ。大阪での任務を無事に終えたようだ。肝をつぶしたり、捕らえられたり、いろいろあったが、意外な展開もあった。陰ながら助っ人もあった。上杉景勝の奇抜な行為も必ずしも間違いではなかった。子供なる故に大人以上の収穫も向こうからやってきた。上々であった。
海野六郎と穴山小介、主人真田源次郎幸村に報告を待って大阪を発って、越後春日山城に帰って行った。微笑ましい二人の初仕事であった。
平成15年11月20日
母は歴史小説が大好きでした。自分でも書いてみたかったのでしょう。読んでくださってありがとうございました。
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