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第二章

80話 あの日について

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 時は少し遡り、二年生に進級して一週間が経った頃、ゴットフリートは学校の教室で苛立っていた。

 纏いつく視線が鬱陶しい。
 新学期が始まってから、やたらと見られる。
 原因は分かっているが、それについて他人と話す気はないので、顔には出さない。
 誰かが自分に声をかけるきっかけを作りたくないからだ。
 他人に干渉されるのは好きじゃない。
 入学した頃は、毎日いろんな奴らから話しかけられて辟易した。
 気が合って友達になる奴はまだいい。
 交友関係は狭く深くが基本だから、一人か二人、新しい友達ができれば満足だった。
 それ以外の奴らが問題だ。

『ラインハルトと本当にそっくりだよね』
『ゴットフリートは何の食べ物が好き?』
『お休みの日は何してるの?』
『将来はお父様と同じで騎士になるの?』
『ヴィルヘルム殿下と親しいって本当?』

 ラインハルトと似ているのは双子だから当たり前だし、それ以外の質問に関しては、それを聞いてどうするんだ、と正直思う。
 そして、ヴィルヘルムに関する質問は要注意だ。
 第二王子であるヴィルヘルムは、珍しい雷属性の魔力持ちということもあり、幼い頃から注目を集めていた。
 気難しいことも有名で、貴族であろうとも迂闊に声をかけることはできない。
 どんなことで不興を買うか分からないからだ。
 それでも、お近づきになりたいと思う奴らはいて、ヴィルヘルムと親しい俺やラインハルトを利用しようと寄ってくる。
 そんな奴らは馬鹿だ。
 分かってないな、と思う。
 俺たちを利用しようとする時点で、そいつらはヴィルヘルムのお眼鏡には敵わない。
 ヴィルヘルムと本当に友達になりたいなら、直接自分で声をかけるだけの度胸がないと駄目だし、分をわきまえた行動を心がけつつ、親しくなるようアプローチし続ける根気強さも必要で、大変ハードルが高い。
 媚を売られるのが嫌い。
 軽く見られるのも嫌だ。
 急に馴れ馴れしくなる勘違い野郎は虫唾が走るし、殿下のためと言って自分の意見を押しつけてくる馬鹿は地面に沈めたくなる。
 甘い蜜を吸いたいだけの愚か者は、視界にも入れたくない。
 我らが主君は我儘王子様なのだ。

『ヴィルは繊細だよね』

 見た目だけ繊細なフィンは、ヴィルヘルムのことをそう評していた。
 傷つきやすいから警戒心も強いし、些細な事に過敏に反応する。
 自分の心を守るために、意地を張り見栄を張り、他人を寄せ付けず、信頼できる人にしか本当の自分を見せない。
 王族で第二王子という立場もあり、外では弱みを見せないように仮面を被り、気を張っているヴィルヘルム。
 幼い頃も今も、そんなヴィルヘルムを煩わせる奴を排除するのが、俺とラインハルトの役目だった。
 ヴィルヘルムの敵は俺たちの敵。
 大事な友だから、守ってやりたい。
 大切だから、何があっても味方であり続けたい。
 だから、誰に何を聞かれても、俺はヴィルヘルムに関することは一切答えなかった。
 その一言が、ヴィルヘルムにどう影響するか分からないからだ。
 ラインハルトは、上手いこと当たり障りのない範囲で答えてるみたいだが、俺はそんな器用なことはできない。
 自分のことにしろヴィルヘルムのことにしろ、何を聞かれても無愛想な受け答えしかしない俺に、声をかけてくる奴は減っていった。
 ただしそれは、は、である。
 
「なぁ、ゴットフリート。宰相の息子と勝負したって本当か?」

 前の席に座っているアルフレートが、疲れたような顔で聞いてきた。
 アルフレートとは、一年生の時に同じクラスになり、唯一気が合って友達になった。
 裏表がなく、さっぱりとした性格で、温和だ。
 騎士を目指しているという点でも話が合うし、よく一緒に鍛錬もしている。
 フィンと勝負したことは話したはずだが、急に何を言い出すんだと訝しげな視線を向けると、困ったような瞳と目が合った。

『頼むから答えてくれ』
『何でだよ』
『察しろ!』

 目だけで会話する。
 アルフレートは一瞬、すっと横に視線を逸らした。
 先程までアルフレートと話していた奴や、それ以外の教室にいた奴らまでが聞き耳を立てていることが分かった。
 俺が答えないから、その矛先がアルフレートにいき、聞いてこいとせっつかれ、仕方なく教室で話題に出したというところか。
 お人好しめ。
 アルフレートは押しに弱いわけではないので、それほどしつこく言われたのだろう。
 俺が話した内容をアルフレートは安易に他人には話さない。
 俺が注目を集める立ち位置にいることをよく理解していて、知っていても知らないふりをしてくれる。
 そういうところも、アルフレートは好ましい。
 だから、俺は気兼ねなくアルフレートといろんな話ができる。
 フィンと勝負した件についても、聞いてない、もしくは詳しくは知らないとでも答えたのだろう。
 他の奴らが、何でそんなことを聞きたがるのか、俺にはさっぱり理解できない。
 フィンと騎士団で勝負したことが噂になり、それがここ最近視線を感じていた原因だった。
 
『少しだけでいいから』

 再度アルフレートに目で訴えられ、少し話せばこの鬱陶しい視線も消えるのならと、俺は渋々口を開く。

「本当だ」
「木剣を使ったって?」
「あぁ」
「相手は魔法を使ったと聞いたけど、お前は使わなかったのか?」
「使わなかった」

 剣と魔法のどちらが強いかの勝負だから、剣の強さを証明する俺が、魔法を使うわけにはいかない。
 だが、例え使ってもいい状況であったとしても、俺は使わなかっただろう。
 いや、使えなかったと言う方が正しいか。
 剣を持ちながら魔法を使うのは、実は難しい。
 魔剣なら、剣を杖の代用品として使って魔法を放つことや、フィンが使ったように魔法を宿らせて使用することは可能だ。
 基本的に、普通の剣に魔力を込めると、剣が魔力に耐えられず壊れてしまう。
 木剣なら尚更、魔力を込めた瞬間に粉々になってしまう可能性が高かった。

『どうやったのかって?木剣に強化魔法をかけて強度を上げてから、周りを風魔法で覆って、剣を振った瞬間に風の刃になるように術式を込めたんだよ』

 フィンはあっさりとそう言った。
 それを聞いた瞬間、魔法のレベルが違い過ぎると思った。
 呪文も唱えず、魔法陣も用いず、魔道具も使わない。
 それであの細やかな魔法を放つのだ。
 魔法を手足のように自在に扱う相手に、同じ分野で勝てるわけがない。
 それでなくても、剣で騎士を目指している俺では、剣を片手に持ったまま使える魔法の技は限られており、手持ちの魔法でフィンに通用しそうなものはなかった。
 それなのに、フィンは俺には敵わないと言う。

『ゴットすごいよね。全部避けられるか防がれちゃった。空中で体を捻って剣も受け止められるし、いつまで経っても勝てないなぁ』

 嫌味ではなく、フィンは本気でそう思っているみたいだった。
 これで剣でまで負けてしまったら、俺はフィンの側にいられない。
 情けなさ過ぎる。
 父上に言われるまでもなく、もっと強くなる努力をしようと、改めて決意した出来事であった。
 お互い本気で勝負したわけではない、お遊びの戯れのようなフィンとのやりとり。
 勝負をした時のフィンは、生き生きとした顔をして、とても楽しそうだった。

『行くよ!』

 あの嬉しそうな顔を見れただけで、数年分の幸せを貰った気分だ。
 あの後の寝顔も可愛かったし、と途中から回想に浸っていた俺は、アルフレートに現実に引き戻された。

「おい、ゴットフリート!」
「あ?」
「勝ったのか?って聞いてんだよ」

 アルフレートはこの茶番を早く終わらせたいのか、とりあえず質問に答えろと返事を急かしてくる。

「まぁ、一応」

 勝ったのは勝ったが、お互い手加減しており、騎士団主催の子ども教室でやったこともあって、多分フィンは俺(というか剣)に花を持たせてくれたのではないかと思う。
 剣に興味を持ち、憧れて参加した子どもたちの前でやったのだ。
 剣の方が弱いのかと、がっかりして夢を諦めてしまっては可哀想だとか思ったんだろう。
 あいつは、そういう気遣いをする奴だ。
 自分のことを自慢げに言ったレオンたちに対しては、大技の魔法を披露してすごいと思わせることで、負けを見逃してもらおうと思っていたに違いない。
 結果、レオンとラルフはフィンの思惑通り、見たこともないような魔法の連続技に興奮して絶賛していたし、満足そうだった。
 弟たちに褒められて、嬉しそうな顔をしていたフィンを思い出す。
 フィンのことを思うと、胸が温かくなった。
 
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