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月の砂漠のかぐや姫 第288話
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もちろん、羽磋の後方でこの声を上げたのは、理亜でした。理亜を守ろうと身体の上に覆いかぶさっていた王柔が、激風の塊が消えたことで力を抜いたとたんに、彼女は勢いよく立ち上がっていました。そして、自分たちの前で対峙している母親と羽磋の様子を目にしたのでした。
「や、止めろ、理亜!」
王柔は慌てて理亜の手を取ると、地面に伏せるかしゃがむかをするように促しました。それは、母親がまた激風の塊を飛ばしてきた時に、少しでも危険を減らすためでした。
ただでさえ興奮している母親に向かって声を掛けるなんて、王柔には考えられませんでした。これまでの経緯を思い返すまでもなく、その声が母親の怒りをさらに刺激することが目に見えていたからでした。
案の定、投げかけられた声に反応して動かした母親の顔は、その目に理亜の姿を捉えたとたんに、真っ赤に染まりました。
「お前はっ! まだ、あたしを騙そうというのかっ!」
母親は理亜が言うことは嘘だと断じています。その理亜から、またもや「お母さん」と呼び掛けられたものですから、母親の怒りの感情はさらにグワッと吹き上がりました。理亜の手前には羽磋が立ちふさがっていて、自分に対して小刀を向けているのですが、先ほどまでは気になってしかたがなかったその姿は、完全に母親の意識の中から消えてしまいました。
母親は理亜の身体を吹き飛ばすことだけを考えて、全力を振り絞りました。両手を頭の上で組み合わせて大きく反り返ると、「ィアアアアッ!」と血を吐くような大声を上げました。
グワワンッと、この心象世界全体に震えが走りました。ここは地下世界ではなくて母親が変化した濃青色の球体の内部、母親の意識の中ですから、この震えは地震ではなくて、降りあげた両の手の先に母親の意識が極度に集中されたことの現れでした。
母親の周囲の地面から細かな砂が舞い上がりました。そして、それらは渦を巻きながら手の先に向かって上がっていきました。
羽磋の尖らせていた神経が、肌に触れる空気がいままでとは違う動きを始めたことを捉えました。これまでは母親の方から自分たちへ向けて威圧的な風が吹いていたのに、それとは逆に母親の方に向けて空気が流れ始めていました。
周囲の空気が「母を待つ少女」の母親の方へ引き込まれていました。そして、その流れ込んだ空気は、シュアアアンッと鋭い音を立てながら、母親の頭上で渦を巻き始めました。その渦には途切れることなく新たな風が送り込まれるので、羽磋が二つ三つ重苦しい息を吐いた後には、これまでのものとは比べ物にならないほど巨大で黒々とした竜巻にまで成長していました。それが母親の頭上でブルンブルンと身体を揺すっている様は、まるで母親が空へ飛んでいこうとする竜のしっぽを握って、何とか頭上に留めているようにも見えました。
母親の放ったもっと小ぶりな竜巻でさえ、王柔を弾き飛ばして地面に叩きつけるだけの力を持っていました。この巨大竜巻はそれよりももっと大きくてもっと勢いよく風が巻いていますから、これに飲み込まれたりぶつかったりすれば、即座に身体はバラバラにされてしまうことでしょう。
それがどれだけ恐ろしいものであるかを察した羽磋の視線も、周囲の風と同じく母親の頭上で暴れているものに引き寄せられていました。彼は小刀を握って突き出している手を、身体の前に引き戻しました。
「アレは、駄目だ!」
羽磋の目が、耳が、肌が、これまでの経験全てが、彼の心に警告を叫んでいました。「あの竜巻は圧倒的な暴風の塊だ。アレを放たれてはどうしようもない。自分も、王柔も理亜も、みんな死んでしまう!」と。それはあまりにも鋭い警告であったので、それだけで彼の心がキリリッと痛むほどでした。
羽磋は「母を待つ少女」の母親を攻撃しようとは思っていませんでした。でも、彼がどう考えていたかは、もはや関係がありませんでした。炎が燃え盛る松明を顔に押し付けられた人は、その熱さと痛みで咄嗟にそれを押しのけるではありませんか。それは考えてからの行動ではありません。この時の羽磋の行動も、命の危険を回避するための、無意識での行動だったのでした。
「ウアアアッ!」
羽磋は、小刀を腰の前に構えたまま姿勢を低くし、母親に向けて一気に走りました。母親が巨大竜巻を自分たちに向かって放つ前に、その身体に小刀を突き立てるためです。そうして、母親の手から巨大竜巻を離させて、自分たちの命を守るのです。
「母を待つ少女」の母親の目も、羽磋の動きを捉えました。小刀を構えて自分に向かって来る羽磋の背後には、やはり手を伸ばしてこちらに駆けだそうとする理亜と、それを必死に止めようとしている王柔の姿があります。彼ら三人は一つになって自分に向かって来ようとしているのだと感じた瞬間に、母親の胸に怒りとは別の感情が走りました。それは、寂しさであり、孤独でした。そして、その感情は、これまで以上に熱く激しく、三人に対する母親の怒りを燃え立たせるのでした。
彼女は振り上げていた両手をギュッと握りました。手の中に肌を削るほど激しく動き回る竜巻の尻尾を感じました。自分を再び騙そうとしている少女を消し去ろうとして集めた力ではありましたが、これだけの激しくて荒々しい力であれば、自分に向かって来る少年も、その先にいる少女と男も、一度に吹き飛ばしてバラバラにしてしまえるに違いないと、彼女は確信しました。
「や、止めろ、理亜!」
王柔は慌てて理亜の手を取ると、地面に伏せるかしゃがむかをするように促しました。それは、母親がまた激風の塊を飛ばしてきた時に、少しでも危険を減らすためでした。
ただでさえ興奮している母親に向かって声を掛けるなんて、王柔には考えられませんでした。これまでの経緯を思い返すまでもなく、その声が母親の怒りをさらに刺激することが目に見えていたからでした。
案の定、投げかけられた声に反応して動かした母親の顔は、その目に理亜の姿を捉えたとたんに、真っ赤に染まりました。
「お前はっ! まだ、あたしを騙そうというのかっ!」
母親は理亜が言うことは嘘だと断じています。その理亜から、またもや「お母さん」と呼び掛けられたものですから、母親の怒りの感情はさらにグワッと吹き上がりました。理亜の手前には羽磋が立ちふさがっていて、自分に対して小刀を向けているのですが、先ほどまでは気になってしかたがなかったその姿は、完全に母親の意識の中から消えてしまいました。
母親は理亜の身体を吹き飛ばすことだけを考えて、全力を振り絞りました。両手を頭の上で組み合わせて大きく反り返ると、「ィアアアアッ!」と血を吐くような大声を上げました。
グワワンッと、この心象世界全体に震えが走りました。ここは地下世界ではなくて母親が変化した濃青色の球体の内部、母親の意識の中ですから、この震えは地震ではなくて、降りあげた両の手の先に母親の意識が極度に集中されたことの現れでした。
母親の周囲の地面から細かな砂が舞い上がりました。そして、それらは渦を巻きながら手の先に向かって上がっていきました。
羽磋の尖らせていた神経が、肌に触れる空気がいままでとは違う動きを始めたことを捉えました。これまでは母親の方から自分たちへ向けて威圧的な風が吹いていたのに、それとは逆に母親の方に向けて空気が流れ始めていました。
周囲の空気が「母を待つ少女」の母親の方へ引き込まれていました。そして、その流れ込んだ空気は、シュアアアンッと鋭い音を立てながら、母親の頭上で渦を巻き始めました。その渦には途切れることなく新たな風が送り込まれるので、羽磋が二つ三つ重苦しい息を吐いた後には、これまでのものとは比べ物にならないほど巨大で黒々とした竜巻にまで成長していました。それが母親の頭上でブルンブルンと身体を揺すっている様は、まるで母親が空へ飛んでいこうとする竜のしっぽを握って、何とか頭上に留めているようにも見えました。
母親の放ったもっと小ぶりな竜巻でさえ、王柔を弾き飛ばして地面に叩きつけるだけの力を持っていました。この巨大竜巻はそれよりももっと大きくてもっと勢いよく風が巻いていますから、これに飲み込まれたりぶつかったりすれば、即座に身体はバラバラにされてしまうことでしょう。
それがどれだけ恐ろしいものであるかを察した羽磋の視線も、周囲の風と同じく母親の頭上で暴れているものに引き寄せられていました。彼は小刀を握って突き出している手を、身体の前に引き戻しました。
「アレは、駄目だ!」
羽磋の目が、耳が、肌が、これまでの経験全てが、彼の心に警告を叫んでいました。「あの竜巻は圧倒的な暴風の塊だ。アレを放たれてはどうしようもない。自分も、王柔も理亜も、みんな死んでしまう!」と。それはあまりにも鋭い警告であったので、それだけで彼の心がキリリッと痛むほどでした。
羽磋は「母を待つ少女」の母親を攻撃しようとは思っていませんでした。でも、彼がどう考えていたかは、もはや関係がありませんでした。炎が燃え盛る松明を顔に押し付けられた人は、その熱さと痛みで咄嗟にそれを押しのけるではありませんか。それは考えてからの行動ではありません。この時の羽磋の行動も、命の危険を回避するための、無意識での行動だったのでした。
「ウアアアッ!」
羽磋は、小刀を腰の前に構えたまま姿勢を低くし、母親に向けて一気に走りました。母親が巨大竜巻を自分たちに向かって放つ前に、その身体に小刀を突き立てるためです。そうして、母親の手から巨大竜巻を離させて、自分たちの命を守るのです。
「母を待つ少女」の母親の目も、羽磋の動きを捉えました。小刀を構えて自分に向かって来る羽磋の背後には、やはり手を伸ばしてこちらに駆けだそうとする理亜と、それを必死に止めようとしている王柔の姿があります。彼ら三人は一つになって自分に向かって来ようとしているのだと感じた瞬間に、母親の胸に怒りとは別の感情が走りました。それは、寂しさであり、孤独でした。そして、その感情は、これまで以上に熱く激しく、三人に対する母親の怒りを燃え立たせるのでした。
彼女は振り上げていた両手をギュッと握りました。手の中に肌を削るほど激しく動き回る竜巻の尻尾を感じました。自分を再び騙そうとしている少女を消し去ろうとして集めた力ではありましたが、これだけの激しくて荒々しい力であれば、自分に向かって来る少年も、その先にいる少女と男も、一度に吹き飛ばしてバラバラにしてしまえるに違いないと、彼女は確信しました。
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