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月の砂漠のかぐや姫 第281話
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羽磋と王柔には、こちらに向けて駆けてくる理亜の姿が見えました。強風に吹き飛ばされた王柔の事を心配して、彼の名を呼びながら走ってきます。でも、羽磋と王柔に見えたのは、理亜の姿だけではありませんでした。彼女の後ろ側で、母を待つ少女の母親が大きく右腕を振り上げている姿も、目に飛び込んできました。母親は、またしても王柔を吹き飛ばした激風を巻き起こそうとしているのです。
「あ、あぶないっ、う、ううっ」
王柔は理亜に危険が差し迫っていることを察すると、反射的に彼女を守るために走り出そうとしました。ところが、強風に吹き飛ばされた後に激しく地面に叩きつけられたその身体は、彼の想いの通りには動いてくれませんでした。支えとなっていた羽磋の手を離れたとたんに足を踏み出すことができなくなり、進もうと焦る上半身だけが前へ傾いたために、固い地面に激しい勢いで倒れ込んでしまいました。
羽磋は自分が支えていた王柔がバッと前へ踏み出したのを感じ取ると、次の瞬間には自分も理亜に向かって走り出していました。王柔が自力で走ることができるかどうかよりも理亜の方へと、彼の意識は向かっていました。それだけ、理亜は危険な状況に置かれていたのです。自然と彼の口からも大きな声が出ていました。
「気をつけて、理亜! 後ろだ!」
「え、ええ?」
血相を変えて自分の方へ駆け寄りながら後ろへの注意を促す王柔と羽磋の様を見て、理亜はギュッと立ち止まって後ろを見ました。たちまち彼女の視線は、母親の怒りに満ちた熱い視線とぶつかりました。
「わたしのことをお母さんと呼びながら、なんだ、その男たちは。わたしと娘が暮らしていた村に、そのような男たちはおらなんだわっ。なんだ、お前は、お前らはっ。わたしを騙そうとするのだなっ」
「ち、ちがっ」
「ああ、どいつ、こいつも! 悔しいっ。どうして、どうして、わたしだけ、いつもお!」
王柔と羽磋の方へ走り寄った理亜を見た母親は、彼女と王柔たちが仲間だと考えたのでした。もちろん、そのこと自体に間違いはないのですが、母親にとっては、先ほどまで自分の娘だと言い張っていた少女はやはり自分の娘ではなかった、自分や娘が全く見知っていなかった男たちと仲間だったのがその証だ、と感じられたのでした。
そして、その直感は、理亜とその仲間が自分を騙そうとしていたのだという考えに繋がりました。これまでも母親は、自分だけが精霊の悪意に弄ばれ、底知れぬ悲しみと絶望の淵に沈められたのだと、精霊を、世界を、自分以外の他者を恨み呪い、今日に至るまで怒りの炎を燃やし続けてきましたが、この新しい考えは母親のその怒りの炎に油を加えてより高く激しく燃えあがらせたのでした。
「あああっつ!」
母親はゴビの赤土がびりびりと震えるような大声を上げると共に、高く掲げていた右腕を勢いよく振り下ろしました。
ゴビュウウウッ!
巨大なその掌が巻き起こした豪風は、またしても竜巻のように激しく渦を巻きながら、一直線に理亜の方へと向かってきました。
危険に際した時にどのように行動するのかあらかじめ訓練を受けた者でないと、実際に危ない目にあった時に、それを避ける行動を速やかにとることはできません。訓練を受けていない人にとって危険な状況とは非日常の状況ですから、何が起こっているのかを理解しようとして固まってしまうのです。
この時の理亜もそうでした。その恐ろしいものが自分の方へ飛んでくるのが目に入っているのに、理亜は動くことができませんでした。これまでに考えたこともない、竜巻のようなものが「シュオオオオッ」と空気を切り裂く音を立てながら向かって来るという状況に、一体何が起きているか訳が分からず身体が固まってしまっていました。咄嗟に地に伏せることも横へ飛び退ることもできません。何かを考えることもできません。彼女にできたことは、ただ目を大きく見開いて、その竜巻が自分の身体にぶつかって来るところを良く見ることだけでした。
ドスゥッ。ダアンッ・・・・・・。
ゴビの赤土が広がる世界として認識されている濃青色の球体内部の世界に、鈍い音が生じました。
理亜の身体に竜巻が達するか否かという瞬間に、彼女の身体に背中側から急な力が加わり、彼女はその力によってすぐ横の地面に押し倒されてしまったのです。
「ウグ・・・・・・」
地面に倒れた理亜の口から、苦しげな息が漏れました。彼女の身体の上には羽磋の身体が載っていました。全力を振り絞って走ってきた羽磋が理亜の腰に腕を回し、その勢いのままに地面に引き倒したのです。理亜に声を駆ける間もなければ、彼女が怪我をしないように気遣う余裕もありませんでした。理亜の身体に飛びつくようにしなければ、羽磋は間に合うことができなかったのです。
シュオオオン・・・・・・。
先ほどまで彼女が立っていた空間を、母親が巻き起こした竜巻がその場の空気をもみくちゃにしながら通り過ぎていきました。その竜巻の勢いはとても強くて、それが鋭い風切り音を立てながらこの場を通り過ぎ、さらに遠くの方にまで「シュワワ、キキリリィッ!」と聞く者の耳が痛くなるような音と赤い火花を立てながら進み、ゴビに長い溝を削りつけた果てにようやく消えてしまうまで、それが立てる音以外の音は何も聞こえないほどでした。
「あ、あぶないっ、う、ううっ」
王柔は理亜に危険が差し迫っていることを察すると、反射的に彼女を守るために走り出そうとしました。ところが、強風に吹き飛ばされた後に激しく地面に叩きつけられたその身体は、彼の想いの通りには動いてくれませんでした。支えとなっていた羽磋の手を離れたとたんに足を踏み出すことができなくなり、進もうと焦る上半身だけが前へ傾いたために、固い地面に激しい勢いで倒れ込んでしまいました。
羽磋は自分が支えていた王柔がバッと前へ踏み出したのを感じ取ると、次の瞬間には自分も理亜に向かって走り出していました。王柔が自力で走ることができるかどうかよりも理亜の方へと、彼の意識は向かっていました。それだけ、理亜は危険な状況に置かれていたのです。自然と彼の口からも大きな声が出ていました。
「気をつけて、理亜! 後ろだ!」
「え、ええ?」
血相を変えて自分の方へ駆け寄りながら後ろへの注意を促す王柔と羽磋の様を見て、理亜はギュッと立ち止まって後ろを見ました。たちまち彼女の視線は、母親の怒りに満ちた熱い視線とぶつかりました。
「わたしのことをお母さんと呼びながら、なんだ、その男たちは。わたしと娘が暮らしていた村に、そのような男たちはおらなんだわっ。なんだ、お前は、お前らはっ。わたしを騙そうとするのだなっ」
「ち、ちがっ」
「ああ、どいつ、こいつも! 悔しいっ。どうして、どうして、わたしだけ、いつもお!」
王柔と羽磋の方へ走り寄った理亜を見た母親は、彼女と王柔たちが仲間だと考えたのでした。もちろん、そのこと自体に間違いはないのですが、母親にとっては、先ほどまで自分の娘だと言い張っていた少女はやはり自分の娘ではなかった、自分や娘が全く見知っていなかった男たちと仲間だったのがその証だ、と感じられたのでした。
そして、その直感は、理亜とその仲間が自分を騙そうとしていたのだという考えに繋がりました。これまでも母親は、自分だけが精霊の悪意に弄ばれ、底知れぬ悲しみと絶望の淵に沈められたのだと、精霊を、世界を、自分以外の他者を恨み呪い、今日に至るまで怒りの炎を燃やし続けてきましたが、この新しい考えは母親のその怒りの炎に油を加えてより高く激しく燃えあがらせたのでした。
「あああっつ!」
母親はゴビの赤土がびりびりと震えるような大声を上げると共に、高く掲げていた右腕を勢いよく振り下ろしました。
ゴビュウウウッ!
巨大なその掌が巻き起こした豪風は、またしても竜巻のように激しく渦を巻きながら、一直線に理亜の方へと向かってきました。
危険に際した時にどのように行動するのかあらかじめ訓練を受けた者でないと、実際に危ない目にあった時に、それを避ける行動を速やかにとることはできません。訓練を受けていない人にとって危険な状況とは非日常の状況ですから、何が起こっているのかを理解しようとして固まってしまうのです。
この時の理亜もそうでした。その恐ろしいものが自分の方へ飛んでくるのが目に入っているのに、理亜は動くことができませんでした。これまでに考えたこともない、竜巻のようなものが「シュオオオオッ」と空気を切り裂く音を立てながら向かって来るという状況に、一体何が起きているか訳が分からず身体が固まってしまっていました。咄嗟に地に伏せることも横へ飛び退ることもできません。何かを考えることもできません。彼女にできたことは、ただ目を大きく見開いて、その竜巻が自分の身体にぶつかって来るところを良く見ることだけでした。
ドスゥッ。ダアンッ・・・・・・。
ゴビの赤土が広がる世界として認識されている濃青色の球体内部の世界に、鈍い音が生じました。
理亜の身体に竜巻が達するか否かという瞬間に、彼女の身体に背中側から急な力が加わり、彼女はその力によってすぐ横の地面に押し倒されてしまったのです。
「ウグ・・・・・・」
地面に倒れた理亜の口から、苦しげな息が漏れました。彼女の身体の上には羽磋の身体が載っていました。全力を振り絞って走ってきた羽磋が理亜の腰に腕を回し、その勢いのままに地面に引き倒したのです。理亜に声を駆ける間もなければ、彼女が怪我をしないように気遣う余裕もありませんでした。理亜の身体に飛びつくようにしなければ、羽磋は間に合うことができなかったのです。
シュオオオン・・・・・・。
先ほどまで彼女が立っていた空間を、母親が巻き起こした竜巻がその場の空気をもみくちゃにしながら通り過ぎていきました。その竜巻の勢いはとても強くて、それが鋭い風切り音を立てながらこの場を通り過ぎ、さらに遠くの方にまで「シュワワ、キキリリィッ!」と聞く者の耳が痛くなるような音と赤い火花を立てながら進み、ゴビに長い溝を削りつけた果てにようやく消えてしまうまで、それが立てる音以外の音は何も聞こえないほどでした。
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