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月の砂漠のかぐや姫 第273話
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父親を亡くしてから娘と二人で過ごした時間は、大変ではありましたが幸せな時間でした。その後、娘が熱病に掛かってからの時間では、どれだけの心配をしたことでしょうか。何度も変われるものなら自分が娘と変わってやりたいと思ったほどです。それだけに、長老から昔話に出てくる薬草の話を聞いたときには、どれほどの救いに思われたことでしょうか。
薬草を探す旅の中ではどれだけの苦労をしたでしょうか。交易をするための旅人や、食べるための山菜を探す人たちでは、とても耐えることのできない、いや、想像することすらできないような困難を、娘のためにという一心で彼女は乗り越えてきていました。
これまでの時間や経験を思い返すことを彼女は避けてきていましたが、「砂岩の塊となった娘」に「無駄となった努力」を突き付けられたいまこの瞬間に、楽しかったことや辛かったことの全てが混ざり合った濁流となって、一気に彼女の内側に流れ込んできたのでした。
「わたしは、どうしたら良かったの。どうしたら・・・・・・」
心の中で自分に問いかけても、答えなど出てきません。彼女はその時々で一番良いと思うことを、たとえそれが自分の力以上を求められるものであっても、自分の全てを捧げて努力することで、やり遂げてきたのですから。
「どうして、どうして・・・・・・。わ、わ、わたしだけ・・・・・・」
母親の血にまみれた唇から、微かな声が漏れ出ました。それは、この場面を体験している羽磋たちでも、ほとんど聞き取れないような小さな声でした。
「アアアアアアアアアアアアアアアッツ! どうしてっ、どうしでぇっつ!」
バァッと砂煙を立てながら、激しい勢いで母親は立ち上がりました。そして、空を仰ぎ見ると、そこからこちらを見守っている誰かを激しく詰問するような調子で、涙声を上げました。それは、答えのでない疑問への単純にして究極の問いでもあり、誰かに責任を転化することでとても背負いきれない自責の念を軽くするという無意識の内に行った便宜でもありました。
「どうしで、あだしだけ、こんな目にぃっ! あたしだけ、あだしだけぇっ! アアアアッ!」
一度だけその問いを口にするのではなく、母親は何度も続けざまにその問いを叫びました。まるで、母親はその問いに縋ることで、自分を保とうとしているかのようでした。
力が尽きるまで叫び声を上げると、母親は突風の中にいるかのようにフラフラとしながら後ろを向き、少女の姿をした砂岩から逃げるように走り出しました。動きづらい身体に鞭打って走る彼女の姿は、愛する娘が自分を酷く恨んでいるので、彼女の目に映る範囲には辛くてとてもいられないとでもいうかのようでした。
羽磋と王柔も、この一連の出来事を見ていました。濃青色の球体の中に飛び込んでから、過去の母親の苦労や彼女が娘を思う気持ちを体験して知っていましたから、彼女の「どうしてわたしだけがこんな酷い目に」という率直な気持ちや「娘の目に映るところから消えてしまいたい」という辛い気持ちも、二人にはよくわかりました。
ただ、羽磋と王柔が表した反応は対照的なものでした。
「うわあっ。そんな、そんなことってあるんですかっ。残酷すぎますよっ、お母さんはあれだけ苦労して薬草を手に入れたのに。可哀そうすぎますっ」と、王柔は砂岩の塊が病気で臥せっていた娘であったことに大きな驚きを見せ、母親の努力が無になってしまったことに、涙さえも見せるほど感情を昂らせていました。
その一方で、羽磋は沈痛な表情を見せながらも冷静に、「やはり、そうでしたか。この砂岩の塊は・・・・・・」と呟いていました。それは、彼がこうなることを予想していたからでした。彼らが体験しているこの記憶が、昔話に語られる「母を待つ少女」に出てくる母親の記憶であると、彼は気が付いていました。そうであるからには、昔話に語られるとおりに話が進むのであろうと、見当をつけていたのです。そして、昔話によると、この後に起きる出来事は・・・・・・。
羽磋はバッと目線を挙げて、母親が走り去った先を見つめました。
やはり、そうです。羽磋が長老から昔話として聴いたとおりに話が進んでいます。
母親が走っていく先のゴビには、大きな黒い部分がありました。その黒い場所では、ゴビの大地にできた亀裂が大きな口を開けていました。
「危ない! 王柔殿、お母さんが危ないです! 止めないと!」
昔話として聞いたとおりに場面が進んでいるとは知っていても、やはり危険な状況が目に入ると反射的に声が出てしまいます。羽磋は叫び、そして、走り出そうとしました。
母 親の可哀想な状況に同情して涙を流していた王柔の方は、急に声を掛けられてもうまく自体が飲み込めません。「え、えっ?」と戸惑いの声で答えるだけです。王柔のそれ以上の答えを待たずに、羽磋は走り出していました。もちろん、母親を止めようとしてです。でも、走る・・・・・・ことはできませんでした。
薬草を探す旅の中ではどれだけの苦労をしたでしょうか。交易をするための旅人や、食べるための山菜を探す人たちでは、とても耐えることのできない、いや、想像することすらできないような困難を、娘のためにという一心で彼女は乗り越えてきていました。
これまでの時間や経験を思い返すことを彼女は避けてきていましたが、「砂岩の塊となった娘」に「無駄となった努力」を突き付けられたいまこの瞬間に、楽しかったことや辛かったことの全てが混ざり合った濁流となって、一気に彼女の内側に流れ込んできたのでした。
「わたしは、どうしたら良かったの。どうしたら・・・・・・」
心の中で自分に問いかけても、答えなど出てきません。彼女はその時々で一番良いと思うことを、たとえそれが自分の力以上を求められるものであっても、自分の全てを捧げて努力することで、やり遂げてきたのですから。
「どうして、どうして・・・・・・。わ、わ、わたしだけ・・・・・・」
母親の血にまみれた唇から、微かな声が漏れ出ました。それは、この場面を体験している羽磋たちでも、ほとんど聞き取れないような小さな声でした。
「アアアアアアアアアアアアアアアッツ! どうしてっ、どうしでぇっつ!」
バァッと砂煙を立てながら、激しい勢いで母親は立ち上がりました。そして、空を仰ぎ見ると、そこからこちらを見守っている誰かを激しく詰問するような調子で、涙声を上げました。それは、答えのでない疑問への単純にして究極の問いでもあり、誰かに責任を転化することでとても背負いきれない自責の念を軽くするという無意識の内に行った便宜でもありました。
「どうしで、あだしだけ、こんな目にぃっ! あたしだけ、あだしだけぇっ! アアアアッ!」
一度だけその問いを口にするのではなく、母親は何度も続けざまにその問いを叫びました。まるで、母親はその問いに縋ることで、自分を保とうとしているかのようでした。
力が尽きるまで叫び声を上げると、母親は突風の中にいるかのようにフラフラとしながら後ろを向き、少女の姿をした砂岩から逃げるように走り出しました。動きづらい身体に鞭打って走る彼女の姿は、愛する娘が自分を酷く恨んでいるので、彼女の目に映る範囲には辛くてとてもいられないとでもいうかのようでした。
羽磋と王柔も、この一連の出来事を見ていました。濃青色の球体の中に飛び込んでから、過去の母親の苦労や彼女が娘を思う気持ちを体験して知っていましたから、彼女の「どうしてわたしだけがこんな酷い目に」という率直な気持ちや「娘の目に映るところから消えてしまいたい」という辛い気持ちも、二人にはよくわかりました。
ただ、羽磋と王柔が表した反応は対照的なものでした。
「うわあっ。そんな、そんなことってあるんですかっ。残酷すぎますよっ、お母さんはあれだけ苦労して薬草を手に入れたのに。可哀そうすぎますっ」と、王柔は砂岩の塊が病気で臥せっていた娘であったことに大きな驚きを見せ、母親の努力が無になってしまったことに、涙さえも見せるほど感情を昂らせていました。
その一方で、羽磋は沈痛な表情を見せながらも冷静に、「やはり、そうでしたか。この砂岩の塊は・・・・・・」と呟いていました。それは、彼がこうなることを予想していたからでした。彼らが体験しているこの記憶が、昔話に語られる「母を待つ少女」に出てくる母親の記憶であると、彼は気が付いていました。そうであるからには、昔話に語られるとおりに話が進むのであろうと、見当をつけていたのです。そして、昔話によると、この後に起きる出来事は・・・・・・。
羽磋はバッと目線を挙げて、母親が走り去った先を見つめました。
やはり、そうです。羽磋が長老から昔話として聴いたとおりに話が進んでいます。
母親が走っていく先のゴビには、大きな黒い部分がありました。その黒い場所では、ゴビの大地にできた亀裂が大きな口を開けていました。
「危ない! 王柔殿、お母さんが危ないです! 止めないと!」
昔話として聞いたとおりに場面が進んでいるとは知っていても、やはり危険な状況が目に入ると反射的に声が出てしまいます。羽磋は叫び、そして、走り出そうとしました。
母 親の可哀想な状況に同情して涙を流していた王柔の方は、急に声を掛けられてもうまく自体が飲み込めません。「え、えっ?」と戸惑いの声で答えるだけです。王柔のそれ以上の答えを待たずに、羽磋は走り出していました。もちろん、母親を止めようとしてです。でも、走る・・・・・・ことはできませんでした。
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