216 / 341
月の砂漠のかぐや姫 第214話
しおりを挟むこの地下に広がる大空間の上部は砂岩ですっかりと覆われていますから、月や星の動きで時間の経過を知ることはできません。もちろん、太陽の光が差し込んできて朝になったことがわかるということもありません。
羽磋は王柔と見張りを交代する適当な時間がわからなかったので、できるだけ長い時間見張りを続けることにしましたが、とうとう疲れと眠気が限界に達したので、王柔の身体を揺り動かすことにしました。
「王柔殿、起きてください。見張りを交代してください。僕ももう、すっかりと疲れてしまいました」
王柔は寝ようと決めて寝たわけではなくて、食べ物と飲み物を口にしてそのまま眠り込んでしまったので、目が覚めてすぐに言われた羽磋の言葉の意味がよくわかりませんでした。そもそも、自分がどれくらい眠ってしまったのかもわからなければ、羽磋が見張りをしてくれていたことも知らなかったのですから、それは仕方のないことでした。でも、王柔はヤルダンの案内人の仕事をしていて野営の経験は十分にあったので、どうやら自分は長い時間眠り込んでしまっていたこと、羽磋が夜の前半の見張りに立ってくれていたことが、すぐにわかりました。
そうとわかれば、夜の後半の見張りには自分が立たなければなりません。王柔は羽磋と同じように、眠気を抑えるために立ち上がりました。
羽磋は、王柔と入れ替わるように、地面の上に力を抜いて横になりました。自分で王柔に説明していたように、もう疲れと眠気の限界だったのでしょう。横になったかと思うと直ぐに、彼は眠りの世界に落ちていきました。
理亜はあいかわらず規則正しい寝息を立てて、眠っています。水面からのぼんやりとした明りに照らされた広い大空間の中には、水が流れ込む時に立てる静かな音がときおり音色を変える他には、特段の変化はありません。青いほのかな光だけでなく、重苦しい静けさもこの大空間に満ちていると、王柔には感じられました。
「ここはとても不思議な空間だけど・・・・・・。いまここで起きて活動しているのは自分だけなんだな」
王柔は見張りの心得として周囲を注意深く見回した後で、感慨深く大きなため息をつき、独り言をぶつぶつとつぶやき始めました。
「ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。今、僕たちは一体どこに居るんだろう。ヤルダンの地下にまで流されてきたんだろうか。それとも、全然違うところに流されてきたんだろうか。この先、僕たちはどうなってしまうんだろうか。ここから出ることはできるんだろうか。まさか、このままここで最後まで・・・・・・。最後だって? いや、そんなことは絶対に嫌だ。理亜なんか、あんなにちっちゃいじゃないか。このまま外に出られないなんて、可哀そうすぎるよ。だけど、ひょっとして、もしかして・・・・・・。ああ、もう、どうしてこうなっちゃったんだ・・・・・・」
日中の様に傍らに羽磋がいてくれれば、小さな不安が生じた段階で話し相手になってもらうことができます。理亜が傍で明るく振舞ってくれれば、それを見て不安を忘れることもできます。それに、周囲の調査などの身体を動かす作業があれば、それに集中して不安なことを忘れることもできます。
でも、今の王柔にはそれらの何もありませんでした。シャサササ・・・・・・と言う水が立てる音を伴奏とするかのようにつぶやかれる王柔の不安は、全く留まるところがありませんでした。それどころか、その声はだんだんと大きくなり、独り言というよりは誰かと話をしているかの様になってきました。羽磋と理亜の二人は、疲れているので深い眠りに落ちていましたが、そうでなければ王柔が奏で続ける不安の唄に眠りを邪魔されていたでしょう。
「ああ、どうしよう、このまま外に出られなかったら。奴隷として売られた妹の稚を探すことも、もうできなくなってしまう。もちろん理亜の身体に起きている不思議を治すこともできやしない。どうすれば良いんだ、こんな時には。ああ、助けてください、王花さんっ。そうだ、交易路から僕たちは落下してしまったけど、護衛隊は落下していないんじゃないか。ここにも他の人は流れてきていないし。お願いします、冒頓殿。助けに来てくださいっ。僕たちは地下に閉じ込められているんです。死んでなんかいません。生きているんです。助けてください、冒頓殿っ!」
自分の話す声を聞いて増々興奮の度合いが高まってしまったのか、最後には王柔は天井に向けて両手を差し上げて、叫ぶように大声を発しました。
「冒頓殿、殿、どの、の・・・・・・」
大空間の内部に、王柔の声が広がっていきました。でも、その声が全て砂岩の壁に吸収されてしまった後には、元の静けさが戻ってきました。
先ほどまで自分が大声を上げていたせいでしょうか、王柔にはその静けさが、最初に感じていたものよりも、もっと厳しく重苦しいものに感じられました。
「ああ、助けなんて来るわけがないよなぁ・・・・・・」
王柔はがっくりと首を下げ、背を丸めてしまいました。
それでも、身を小さくしながら王柔は見張りを続けるのでしたが、彼が朝になったと判断して羽磋と理亜を起こすまでの時間は、羽磋が始めに見張りに立っていた時間と比べて、相当短いものでありました。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ただしい異世界の歩き方!
空見 大
ファンタジー
人生の内長い時間を病床の上で過ごした男、田中翔が心から望んでいたのは自由な世界。
未踏の秘境、未だ食べたことのない食べ物、感じたことのない感覚に見たことのない景色。
未だ知らないと書いて未知の世界を全身で感じることこそが翔の夢だった。
だがその願いも虚しくついにその命の終わりを迎えた翔は、神から新たな世界へと旅立つ権利を与えられる。
翔が向かった先の世界は全てが起こりうる可能性の世界。
そこには多種多様な生物や環境が存在しており、地球ではもはや全て踏破されてしまった未知が溢れかえっていた。
何者にも縛られない自由な世界を前にして、翔は夢に見た世界を生きていくのだった。
一章終了まで毎日20時台更新予定
読み方はただしい異世界(せかい)の歩き方です
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる