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月の砂漠のかぐや姫 第179話
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冒頓の心の中で鳴り響いていた警報は、母を待つ少女の奇岩の姿に即座に反応しました。
「アレは危ない! アレは危険だ! 逃げろ! 逃げろ!」
もちろん、逃げるという選択肢など、冒頓が選ぶはずはありません。それでも、これまでに彼が様々な相手と戦って培ってきた経験は、なんとか彼の足を反対に向けようとして、心が割れんばかりの勢いで警報を鳴らし続けるのでした。
「どこがどう変わったか知らねえが、迫力だけは増したようだな。だが、子分はどうしたんだ? 本当に一人になっちまったようだが?」
冒頓は、その警報に従うのではなく、むしろ、それに反発するかのように、母を待つ少女の奇岩を睨みつけました。
それは、赤茶けたゴビの大地の色とは少し異なる、黄土色をした砂岩の像でした。
ごろごろとした岩の塊ではなく、すっと長細く大地に直立したその奇岩は、頭のように思える膨らんだ先端と腕のように思える二つの突起を持っていました。大地に接する部分は二股に分かれていて、両足で立っているようにも見えました。
それは、人間の体の部分部分に似た形をもった、奇妙な砂岩の塊だと言うこともできるでしょう。しかし、いま自分たちの目の前にいるものを、冒頓たちはその様には思っていませんでした。その砂岩でできた像は、確かな意志を持った生き物であり、恐ろしいほどの圧力を放つ敵でした。それが、温かい血肉を備えているのか、あるいは、芯まで砂岩で構成されているのかなど、今の彼らにとっては何の意味もないことでした。
これまでは、サバクオオカミの奇岩という厄介な取り巻きのせいで、冒頓たちは母を待つ少女の奇岩と直接戦うことはできていませんでした。しかし、今ならば、そのサバクオオカミの奇岩がいなくなった今ならば、冒頓たちの短剣は彼女に届きそうです。
「行くぜ、コラァッ!」
「オオオオウッ!」
「羽磋殿の敵! 思い知れっ!」
冒頓は、それに護衛隊の男たちは、そして、苑は、母を待つ少女の奇岩が発する圧力に負けないように、大声をあげて自己を鼓舞しながら、短剣を振り上げて走り出しました。
先ほどまでサバクオオカミの奇岩が占めていた場所には、その痕跡であろう砂の山しか残っていません。母を待つ少女の奇岩と男たちの距離は、瞬く間に無くなっていきました。
それでも、母を待つ少女の奇岩は、全く慌てたそぶりを見せませんでした。
彼女は、あの青い輝きの爆発の際に、サバクオオカミの奇岩たちから、一度は分け与えた力を回収していました。
それは、冒頓のあの煽り文句、「お前は一人だ。ずっと一人だ。そしてそれは俺のせいだ」という言葉が、彼女の心の真ん中に突き刺さったからでした。
母を待つ少女の奇岩は、病に倒れた少女が、薬草を求めて旅立った母を一人で待ち続け、長い長い年月の末に岩になったものと伝えられていました。彼女は「どうして自分だけが、こんなに辛い思いをしなければいけないのか」と、来る日も来る日も母が旅立った東の方を向いて立ちながら、心の中で血の涙を流していたのです。その悲しみが、恨みが、絶望が、あまりに大きかったが故に、彼女は石となったのです。
その彼女に掛けられたあの言葉。母を待つ少女の奇岩は、全ての力を自分に取り戻して、冒頓とかいうあの背の高い男の首を、自らの手でねじ切りたいと思わずにはいられなかったのでした。
サバクオオカミの奇岩たちに分け与えていた力は、母を待つ少女の元に戻っていました。それは、砂岩でできた彼女の体の端々にまで行き渡り、大きな自信を彼女に与えていたのでした。
「あの男、あの背の高い男を、許さないっ」
母を待つ少女の奇岩は、空を仰いでいた顔をゆっくりと男たちの方へと戻しました。その動きは、以前よりもいっそうなめらかで、人間に近いものでした。その肌が砂岩でできていることは変わらないのですが、近づいてきた冒頓たちには、彼女の顔に表情までがあるように思えました。そして、その顔に浮かんでいるように思えた表情とは、凄惨な笑みでした。
「あの男、あの男、あの男!」
これまでとは比べ物にならないほど強くはっきりとした波動が、母を待つ少女の奇岩から発せられました。
母を待つ少女の奇岩は、自分に向かって押し寄せてくる冒頓たちを迎え撃つのではなく、自らも彼らの方へと走り出しました。サバクオオカミの奇岩は野生のサバクオオカミのように動きましたが、全ての力を自分の中へ取り込んだ彼女の動きは、人間のそれよりもなお滑らかで、遥かに力強いものでした。
再び始まった戦いでは先ほどまでとは逆に、冒頓を先頭にした護衛隊の集団に、母を待つ少女の奇岩が勢いよく飛び込む形になりました。
「おおおおっ。そらぁ!」
「お前かっ、お前かぁっ!」
これまでに戦ったどんな男よりも素早い動きで飛び込んでくる母を待つ少女の奇岩の体をめがけて、冒頓は短剣を突き出しました。
母を待つ少女の奇岩は、僅かに体を動かしてその短剣をかわすと、自分右の腕を鎌のように振って冒頓の首を跳ね飛ばそうとしました。
今度は、冒頓の方が頭をすくめて、その腕をやり過ごしました。チュンッと高い音を立てて、冒頓の髪に巻き付けられていた髪飾りが、弾き飛ばされました。
「アレは危ない! アレは危険だ! 逃げろ! 逃げろ!」
もちろん、逃げるという選択肢など、冒頓が選ぶはずはありません。それでも、これまでに彼が様々な相手と戦って培ってきた経験は、なんとか彼の足を反対に向けようとして、心が割れんばかりの勢いで警報を鳴らし続けるのでした。
「どこがどう変わったか知らねえが、迫力だけは増したようだな。だが、子分はどうしたんだ? 本当に一人になっちまったようだが?」
冒頓は、その警報に従うのではなく、むしろ、それに反発するかのように、母を待つ少女の奇岩を睨みつけました。
それは、赤茶けたゴビの大地の色とは少し異なる、黄土色をした砂岩の像でした。
ごろごろとした岩の塊ではなく、すっと長細く大地に直立したその奇岩は、頭のように思える膨らんだ先端と腕のように思える二つの突起を持っていました。大地に接する部分は二股に分かれていて、両足で立っているようにも見えました。
それは、人間の体の部分部分に似た形をもった、奇妙な砂岩の塊だと言うこともできるでしょう。しかし、いま自分たちの目の前にいるものを、冒頓たちはその様には思っていませんでした。その砂岩でできた像は、確かな意志を持った生き物であり、恐ろしいほどの圧力を放つ敵でした。それが、温かい血肉を備えているのか、あるいは、芯まで砂岩で構成されているのかなど、今の彼らにとっては何の意味もないことでした。
これまでは、サバクオオカミの奇岩という厄介な取り巻きのせいで、冒頓たちは母を待つ少女の奇岩と直接戦うことはできていませんでした。しかし、今ならば、そのサバクオオカミの奇岩がいなくなった今ならば、冒頓たちの短剣は彼女に届きそうです。
「行くぜ、コラァッ!」
「オオオオウッ!」
「羽磋殿の敵! 思い知れっ!」
冒頓は、それに護衛隊の男たちは、そして、苑は、母を待つ少女の奇岩が発する圧力に負けないように、大声をあげて自己を鼓舞しながら、短剣を振り上げて走り出しました。
先ほどまでサバクオオカミの奇岩が占めていた場所には、その痕跡であろう砂の山しか残っていません。母を待つ少女の奇岩と男たちの距離は、瞬く間に無くなっていきました。
それでも、母を待つ少女の奇岩は、全く慌てたそぶりを見せませんでした。
彼女は、あの青い輝きの爆発の際に、サバクオオカミの奇岩たちから、一度は分け与えた力を回収していました。
それは、冒頓のあの煽り文句、「お前は一人だ。ずっと一人だ。そしてそれは俺のせいだ」という言葉が、彼女の心の真ん中に突き刺さったからでした。
母を待つ少女の奇岩は、病に倒れた少女が、薬草を求めて旅立った母を一人で待ち続け、長い長い年月の末に岩になったものと伝えられていました。彼女は「どうして自分だけが、こんなに辛い思いをしなければいけないのか」と、来る日も来る日も母が旅立った東の方を向いて立ちながら、心の中で血の涙を流していたのです。その悲しみが、恨みが、絶望が、あまりに大きかったが故に、彼女は石となったのです。
その彼女に掛けられたあの言葉。母を待つ少女の奇岩は、全ての力を自分に取り戻して、冒頓とかいうあの背の高い男の首を、自らの手でねじ切りたいと思わずにはいられなかったのでした。
サバクオオカミの奇岩たちに分け与えていた力は、母を待つ少女の元に戻っていました。それは、砂岩でできた彼女の体の端々にまで行き渡り、大きな自信を彼女に与えていたのでした。
「あの男、あの背の高い男を、許さないっ」
母を待つ少女の奇岩は、空を仰いでいた顔をゆっくりと男たちの方へと戻しました。その動きは、以前よりもいっそうなめらかで、人間に近いものでした。その肌が砂岩でできていることは変わらないのですが、近づいてきた冒頓たちには、彼女の顔に表情までがあるように思えました。そして、その顔に浮かんでいるように思えた表情とは、凄惨な笑みでした。
「あの男、あの男、あの男!」
これまでとは比べ物にならないほど強くはっきりとした波動が、母を待つ少女の奇岩から発せられました。
母を待つ少女の奇岩は、自分に向かって押し寄せてくる冒頓たちを迎え撃つのではなく、自らも彼らの方へと走り出しました。サバクオオカミの奇岩は野生のサバクオオカミのように動きましたが、全ての力を自分の中へ取り込んだ彼女の動きは、人間のそれよりもなお滑らかで、遥かに力強いものでした。
再び始まった戦いでは先ほどまでとは逆に、冒頓を先頭にした護衛隊の集団に、母を待つ少女の奇岩が勢いよく飛び込む形になりました。
「おおおおっ。そらぁ!」
「お前かっ、お前かぁっ!」
これまでに戦ったどんな男よりも素早い動きで飛び込んでくる母を待つ少女の奇岩の体をめがけて、冒頓は短剣を突き出しました。
母を待つ少女の奇岩は、僅かに体を動かしてその短剣をかわすと、自分右の腕を鎌のように振って冒頓の首を跳ね飛ばそうとしました。
今度は、冒頓の方が頭をすくめて、その腕をやり過ごしました。チュンッと高い音を立てて、冒頓の髪に巻き付けられていた髪飾りが、弾き飛ばされました。
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