月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
136 / 342

月の砂漠のかぐや姫 第135話

しおりを挟む
 オオオオオゥウ・・・・・・。
 次々と生まれるサバクオオカミの奇岩たち。それは、この場所に満ちている精霊の力と重苦しい怒りの力が合わさって起きた不思議でした。
 ビシビシビシッ!
 突然、固くとがった音が、その一角に響き渡りました。その音は、サバクオオカミが立てたものではありませんでした。また、その元となった砂岩が割れた音でも、ありませんでした。その音の源は、母を待つ少女の奇岩そのものでした。
「アアイ・・・・・・ツ・・・・・・。ユル・・・・・・サ・・・・・・イッ」
 一般的には、精霊は人間のような感情や意志を示さないものと考えられています。それは、月からこの地に降り立った祖が、自然と一体となったものが精霊であるからだと、月の民の者は考えています。そのため、精霊は人の言葉を用いないとされています。祭祀などで精霊の言葉として人々に伝えられるものは、月の巫女などが精霊の力の波動を感じて、人の言葉に置き換えたものです。
 しかし、いまこの場所に満ちている精霊の力は、とても不思議なことに、おぼろげな力の動きや感情の波などではなく、明確な意思を形成していました。そして、その中心となっているのは、母を待つ少女の奇岩なのでした。
「ワタシノナカマ・・・・・・、イタイ。ユルサナイ。ユルサナイ。モウ、ユルサナイ」
 母を待つ少女の奇岩から発せられる力が、どんどんと強くなっていきました。それにつれて、周囲に発せられる怒りも、どんどんと強くなっていきました。
 母を待つ少女が、この場所に満ちる怒りの渦の中心でした。彼女の仲間を打ち倒した男の顏が、母を待つ少女の中にぱっと生まれました。それと同時に、彼女の中に怒りという感情が塊となって意志が生じました。もはや、彼女は単なる奇妙な形をした動かざる砂岩ではなくなっていました。
 ガキンッ!
 決定的な音が一つ、何らかの宣言をするかのように大きく鳴り響きました。あたかも肉食獣が獲物の首をへし折ったかのような剣呑な音の響きが治まると、なんと、動くことなどできるはずがない母を待つ少女の奇岩は、自らの足で歩き始めました。それは、自分の仲間を傷つけた男、冒頓に復讐を果たすためにでした。
 ズサリズサリとゴビの大地を踏みしめながら進む彼女の後ろには、多くのサバクオオカミの奇岩が従っていました。それらは一頭の大きな獣のように固まって、ゆっくりと東へ、つまりヤルダンの中から土光村側の出口の方へと進んでいきました。
 それは誰も見たことのない奇妙な光景でした。もしそれを見る者がいたとしたら、果たしてどれだけのものが、自分の目を信じることができたでしょうか。あまりに現実離れをしているために、ほとんどの者はそれを信じることができずに、まじない言葉を唱えつつ、自分が今起きているのか眠っているのかを確認することになるでしょう。
 太陽はまだ空の上にあって、自らの足元で起きているそれらの動きを見つめていました。
 同時に、太陽はゴビの大地で起きている別の動きにも、気がついていました。それは、土光村からヤルダンの中へと続いている交易路の途中で立ち止まっていた集団、すなわち、冒頓が指揮する交易隊が、再びヤルダンの入口の方へと進みだしたという動きでした。
 月や太陽のように天上からゴビ全体を見つめることもできず、精霊のように不思議な力で周囲の動きを察知することもできない冒頓は、自分の得た情報を自分の頭の中で分析して、日のある内に交易隊全体で交易路を西へ、つまりヤルダンの入口の方へ、できるだけ進もうと決めたのでした。
 彼は一度襲われたサバクオオカミの奇岩に再び襲われる危険があることは想定し、それに対しての備えをするように部下に対して指示をしていました。
 しかし、彼はそれ以上のことまでは、想像することができていなかったのでした。
 冒頓は王柔から聞いた話の中に、何か引っかかるものがあると感じていました。そして、それについて考えることに頭の一部を割きながら隊の行動を決めました。ひょっとすると、そのことで彼の想像が及ぶ範囲が狭まっていたのかもしれませんでした。
 つまり、いつのまにか、冒頓の中で「動く奇岩はサバクオオカミのみだ」という思い込みが生まれていたのでした。でも、彼自身はその思い込みが生じていたことに、全く気がついていなかったのでした。
 サバクオオカミの奇岩がヤルダンから溢れて、交易路を進んでいた自分たちを襲ってきたのですから、それを元に慎重に考えを進めて、それ以上のことが起きる恐れがあることにも、気が付かねばならなかったというのにです。
 では、冒頓が考えから落としていたそれ以上のこととは、何を意味するのでしょうか。
 それは、今回の一連の不思議の源ではないかと彼らが考えている母を待つ少女の奇岩そのものまでもが、サバクオオカミの奇岩と同じように動きだし、ヤルダンを出て自分たちを襲ってくることも有り得るということです。
 そして、いつもの冒頓であれば、あらかじめそれを考えに入れた備えをとることは、できたはずなのです。
 それなのに、「動く奇岩はサバクオオカミだけだ」という思い込みが自分の中にできてしまっていたために、彼と彼の交易隊は「サバクオオカミの奇岩は一度撃退した。油断さえしなければ大丈夫だ」という居心地のいい安心感から、抜け出ることを怠ってしまっていたのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...