月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第130話

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「あなた何か変なこと言ってマスか? わたしはあなたしか見てないですヨ。他にはオージュしかいないし。それで、わたしは、あなたにききたいコトがあるんデス」
「いや、君。君は変わってるねぇ。面白い、面白いよ。ははは、いや、これは、面白い!」
 理亜から正面切って話しかけられた精霊の子ではありましたが、それを完全に無視すると、自分の顔がくっつくぐらいに近くから理亜の全身を観察し始めました。
 たとえ自分の興味が他の場所にある時に話しかけられたとしても、普通の人はここまで見事にそれを無視することはできません。そのようなことをしたら相手がどう思うかを、気にしてしまうからです。でも精霊の子は、他者から話しかけられたり、行動を強いられたりしたとしても、それに従って行動することはありません。彼は自分自身の内部から起き上がる衝動によってしか行動しないのでした。
「ちょっと、なにするんですか。失礼じゃないですか」
 女の子相手に、さすがにそれは・・・・・と王柔が諫めても、精霊の子はその声に耳を貸すことすらしません。すっかり、理亜を観察することに夢中になってしまっているのです。いくら言っても無駄なことに気がついた王柔が、彼の身体を無理やり後ろに押しやって、自分の背中に理亜を隠してしまうまで、それは続いたのでした。
 その間、理亜はどうしていたかというと、「精霊の子サン、お話聞いてくださいヨ」などと落ち着いて声をかける以上のそぶりは見せていませんでした。少年とは言え、見知らぬ者に極めて近い距離から全身をじろじろと見つめられるのですから、嫌がって大声を出したり、それこそ、泣き出してしまったとしても不思議はないのにです。先程からの旧知の場所に来たかのような振舞いも含めて、理亜の様子は明らかにいつものものとは異なっていました。
「精霊の子さん、どうでした?」
 せっかく王柔が間に入ったというのに、彼の陰からぴょんと飛び出すと、理亜は自分の方から屈託もなく精霊の子へ話しかけました。その顏には、ここに入るまでの心配そうな表情などは全く残っておらず、むしろ、自分をじろじろと観察をした精霊の子が何を言うのか楽しみで仕方がない、というような笑みさえもが浮かんでいるのでした。
「え、何を言ってるんだよ、理亜。いや?」
 予想外の言葉に理亜の方を向いた王柔は、自分の目を疑って手でそれを強くこすりました。なぜだか嬉しそうにしている理亜の目がキラキラと、そう、精霊の子と同じようにキラキラと、輝いているように見えたからでした。
「うん、面白かったよ、君。半分なんだね」
「ああ、そうデスか。わたし、半分なのデスか」
 理亜の問いかけに、これは大変珍しいことなのですが、精霊の子ははっきりと答えました。それはとても嬉しそうな声でした。
 それに対して、理亜もはっきりと答えました。「やっぱりそうか」とでも言うかのように、大きくうなずいていました。
「え、えっ、ええっ」
 王柔は、二人の間のやり取りから完全に取り残されてしまいました。話の内容にもついて行けませんし、そもそも、彼がそこにいることを二人とも忘れてしまっているようにさえ思われました。王柔にできることといえば、困惑してお互いの顔を見比べることだけでした。
「一体二人は何の話をしているのか、半分? 精霊の子はともかく、理亜まで納得しているみたいだけど・・・・・・」
 精霊の子の行動がこちらの常識を超えていることは、王柔にもわかって来ていましたが、理亜の行動もさっぱりわからなくなってきました。ここへ来てからまだ精霊の子に自分のことを説明することもできず、満足に会話を交わしてさえもいないのに、どうして精霊の子が話すことで納得したような顔をしているのでしょうか。
「だめだ、何をしにここまで来たんだよ!」
 日頃の王柔は、自分から「誰かに気付いてもらいたい」と思うことはありません。むしろ、「誰にも気づかれずにいたい」と思いながら生活をしています。このように精霊の子と理亜の二人だけで会話が成立している場合でも、いつもの彼であれば、自分に注意が向いていないことを良いことに、黙って成り行きに任せてしまうところです。
 でも、王柔がこの場に来たのは、「理亜のために自分でできることをしよう」という積極的な思いからでした。冒頓の言葉に発奮して、自らの頭で考え、自らの足で歩き、ここにいるのでした。理亜がいつもと違う様子を見せているというのであれば、王柔もいつもの王柔とは違うのでした。
 王柔は改めて精霊の子と理亜の間に身体を入れると、精霊の子に向って、一気に話しだしました。まるで精霊の子の振る舞いを真似しているかのように、相手が聴いているかどうかなどお構いなしに、いえ、それどころか、精霊の子が口を開いて、また話がどこか違うところに行ってしまうことを恐れるように、彼はとにかく話したいことを、頭に浮かんだことを、次々と精霊の子にぶつけたのでした。
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