月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第121話

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 川が二手に分かれるように滑らかに分かれて、左右の護衛隊に襲い掛かってきたサバクオオカミの奇岩たちでしたが、その赤土色をした牙に温かな肉の感触を得ることは、どうしてもできませんでした。
 自分たちに矢を射かけてきた護衛隊に、もう少しで飛び掛かることができるところまでは接近したのですが、その相手は急に馬首を返して逃げ始めたのです。如何に足が速い彼等でも、不意を突いて襲うことができればともかく、走りだした馬の速さにはさすがに追いつけないですし、それでも追いすがろうとするものには、馬上の人間が後ろを向いて矢を射かけてくるのでした。
 冒頓たちから見て右側、奇岩たちから見て左側の集団は、特に大混乱に陥りました。目標に追いつけないことを悟った彼らが動きを緩めて下を向いたところに、その側面から冒頓たちの急襲があったのです。
「いけいけいけーっ! ちっとは珍しい相手だが、なんてことない、斬れば倒れる奴らだぜ。匈奴の力を、その身体に刻み付けてやれ!」
 冒頓の護衛隊は、荷物を載せた駱駝らを守る事を主な役割としていますから、騎馬隊だけではなく、徒歩の隊員がたくさんおりました。その徒歩の者たちが、馬上で槍を高く掲げ檄を飛ばす冒頓を先頭に、槍先をそろえてつっ込んできたのです。
「・・・・・・!」
 冷たい岩の身体を持つサバクオオカミが、驚きの表情を見せたわけではありません。また、彼らの身体に冷たい汗が伝ったわけでもありません。でも、明らかに、彼らの動きは乱れました。明確なリーダーがいないと思われる群は、逃げる騎馬隊に注意を向ける個体と、突入してきた冒頓たちに反応した個体がぶつかり合うなど、極度に無秩序な状態に陥ってしまったのでした。
「そらそらぁっ! あいつらはなんだ? 土じゃねぇか。土が人様を襲うなんてな、100年早えぜ!」
 馬上から繰り出される冒頓の槍先が、次々とサバクオオカミたちの身体を砕いていきます。そして、動きが悪くなった個体は、その後に続く徒歩の者たちが確実に破壊していきます。
 もし、空から眺めていたオオノスリの空風に、その時の様子を尋ねれば、きっと「まるで小舟が水を割いて進むかのようだった」とでも、答えてくれるでしょう。
 ドウ、ドスゥ・・・・・・。ザンザンザウン・・・・・・。
「よっしゃ、もう一度行くぜ、お前ら!」
 サバクオオカミの群を突き抜けた冒頓たちは、素早く反転すると、また群に突っ込んでいきます。サバクオオカミの個体それぞれは、なんとか相手に噛みつこうと構え、そして、飛び掛かるのですが、歴戦の匈奴護衛隊の身体にその土の牙が届くことはありませんでした。
 サバクオオカミの形をした奇岩は、恐怖という鎖で護衛隊の身体を縛ることができませんでした。こうなってしまっては、単なる獣の襲撃と変わりはありません。しかも、彼等の単純な正面からの襲撃は、冒頓のたくみな戦術で迎え撃たれてしまいました。
 その結果として、たくさんの矢を受け、さらに、冒頓や徒歩の護衛隊の槍を受けて、奇岩たちは、サバクオオカミの形を留めているものが、どんどんと少なくなっていくのでした。
 その頃、冒頓たちが突入した群とは反対側のサバクオオカミの群は、急に動きが悪くなっていました。こちら側の護衛隊の騎馬隊も逃げ出してしまったので、彼らは目標を失ってしまったのですが、反対側の群が冒頓たちに襲われている時にも、それを助けに行こうという動きは見せずに、手近に襲い掛かる相手がいないかと、きょろきょろと光のない目で見回しているのでした。
 冒頓という有能な指揮官が、あらかじめ発見したサバクオオカミの群に対して陣形を取り、戦いにおいても指揮を取っている護衛隊に対して、サバクオオカミの群は柔軟な対応ができていません。
 それは、サバクオオカミが知恵のない動物だから、いえ、この場合は、頭の中まで土が詰まった奇岩に過ぎないからなのかもしれません。でも、護衛隊に襲い掛かるところまでは、群れとしての整然とした動きができていたことを考えると、まるで、このサバクオオカミの像を動かしている悪霊が、冒頓に襲われた側の群に気を取られていて、反対側の群のことを忘れてしまっているかのようでした。
 動きが悪くなったサバクオオカミの群の上に、ザァッと雨が落ちてきました。
 雨? 雲も出ていないのに?
 それは、雨ではありませんでした。
 自分たちに向ってきていた奇岩の群が、ぼんやりとした動きをしていることを察した護衛隊の騎馬隊が、再び反転して一斉に矢を射かけてきているのでした。
 ザァッ! ザァッ!!
 バランッ、バランッ! トスッ、トスッ!
 充分に離れたところから、続けざまに放たれたその矢は、椰子の実に打ち付ける雨粒の様にしっかりとした音を立てて、次々と奇岩の身体に突き刺さり、あるいは、その身体を打ち砕いて大地に立ちました。
 自分たちに起こったことに驚いた奇岩たちは、再び離れたところにいる騎馬の護衛隊の方に向き直りました。でも、この時にはもう、彼らのほとんどは、どこかに矢が突き立っているか、身体のどこかが矢で吹き飛ばされている状態になっていたのでした。
 もはや素早い動きで護衛隊に襲い掛かることができなくなっている彼らに、反対側の奇岩の群を壊滅させた冒頓と徒歩の者が、襲い掛かってきたのですからたまりません。
 しばらくの間、冒頓と護衛隊の者の大声が響き、砂に還る彼らの身体が、ゴビの大地に散らばり、風に乗って流された後では、この辺りには、サバクオオカミの形をした奇岩は、一体も残ってはおりませんでした。

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