月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第107話

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 先ほどまでは、この場にもう一人の男、羽磋がいたのですが、交結への挨拶が終わると、小野に促された彼は先に退室していたのでした。
 これは、あらかじめ、小野と羽磋の間で打合せがされていたことでした。
 始めから、小野はこの機会を利用して、「火ねずみの皮衣を、秦で手に入れた。これは阿部殿に届けるので、阿部殿から御門殿に献上されるだろう」という報告を、交結に対して行うことにしていました。
 つまり、この話を出す前に羽磋を退室させることで、交結に「この男は、月の巫女の力の秘儀については、何も関係していない」ということを、印象付けようとしていたのでした。
 オオノスリが羽を広げるように両手を一杯に広げ、全身で喜びを表現する交結の様子からすると、小野の目論見は成功したようでした。先程挨拶を交わした若い留学の徒のことは交結の心の表面に留まり、心の奥底に沈みこんで身体全体に喜びの波動を広げている「火ねずみの皮衣」発見の報告とは、まったく切り離して考えられているようでした。
「この月の巫女の秘儀に関することは、御門殿から我らが族長である阿部殿に依頼があったものです。本来ならば、この祭器を発見したという報告は、阿部殿から御門殿にするのが筋なのだと思います。しかし、我々は未だ仕事が残っており、直ぐには吐露村に向けて出発できません。そこで、先日交結殿から伺ったところでは、交結殿にも御門殿から直接お話があったとのことですから、交結殿から御門殿に、お話だけでもお伝えしていただけたらと考えて、このようにお時間をいただきました」
 一気にこの会談の目的を述べた小野は、改めて、交結に対して深々と頭を下げました。
 もしも、この場面に冒頓が居合わせたとしたら、きっと笑いをこらえるのに苦労したことでしょう。
 「自分は阿部殿の部下であって、御門殿の部下ではない。私は阿部殿の為だけに働くのだ」という信念を小野が持っていることを、冒頓は知っていたからです。
 でも、今ここで、交結に対して「これがその火ねずみの皮衣です」と話ながら、包みを紐解いている小柄な男からは、「御門殿のために、良い報告を少しでも早く届けたい」という気持ちしか感じられないのでした。
 もともと、小野は相手に対して、とてもへりくだった態度をとる男です。そして、いまは、少々大げさに「御門殿に協力する姿勢」を見せようとしています。さらに、その相手である交結は、「とても」人当たりが良いと評判の男です。
 からかい半分で物事を眺める癖がある冒頓であれば、「どちらが相手よりも頭を下げられるか、競争しているようだ。良い人ぶり比べだぜ、全く」と、呆れて笑わずにはいられないほどの、大量の友好と親しみの雰囲気がお互いから発せられていて、それが部屋中に充満しているのでした。
「そうでしょう、そうでしょう。そのお気持ち、良くわかります。我々は肸頓族である以前に、月の民の一員ですからな」
 大きく交結がうなずくたびに、彼のあごの肉がぶるぶると震えました。
 交結に差し出されたその包みの中身は、朝方、小野が羽磋に見せた、あの「火ねずみの皮衣」でした。御門からの指示の中でその名を聞いたことはあっても、祭祀を司る一族「秋田」でもない交結には、もちろん初めて見るものでした。
「まさか、この私が、本当に月の巫女の祭器を見る機会に恵まれるなんて」
 らんらんと輝かせた目で、「触っても?」と問いかける交結に、小野は満面の笑みで「ええ、勿論ですとも」と答えました。
「ああ、素晴らしい毛並みです。このような滑らかな毛を持つ動物など、この世にいるのでしょうか! それに、何という不思議な柄なのでしょう。この白と黒の組み合わせは、夜の闇と月の明かりから生まれたものとしか思えません! これが、月の巫女の祭器ですか・・・・・・。小野殿、素晴らしい、素晴らしい貢献です!!」
 うっとりとした表情を浮かべながら、生まれたての乳児の頬をなでるように、優しく優しく「火ねずみの皮衣」をなでる交結。
 交結のその心持ちを察した小野は、ここぞとばかりに、自分が思い描いていた計画に従って、ひどく悩んでいるような表情を造り、心の奥底に重苦しい何かを抱えているような声を出しました。
「実は、私どもは大変心配をしております。と申しますのは、祭器には偽物が多いということです。もちろん、交易先で収集の依頼をするときには、信頼できる人物に限ってお願いしていますし、現地での伝承を慎重に調べたりして、偽物を掴まされることがないように、注意と苦労を重ねたうえで手に入れたものではあるのです。しかし、月の巫女の祭器などは、我々とは縁遠い場所にあるものです。万が一ということも・・・・・・」
 何とかして御門の役には立ちたいが、自分の力の限界も知っていて、万が一のことを案じて心配のあまり身を細くしている男が、交結の前におりました。いえ、交結には、そう思えました。
 交結は、「非常に」気のいい男でしたから、何とかしてこの可哀そうな忠臣の心配を取り除いてあげたい、そのような気持ちが湧いてくるのでした。
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