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月の砂漠のかぐや姫 第101話
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理亜は王柔の背中から急いで離れると、いつ眠り込んでしまってもいいように、自分の椅子に座り直しました。彼女は人に触れることはできないのですが、椅子にであれば腰掛けることができるのです。
「おう、お嬢ちゃん、眠くなっちまったか」
彼女の変化にいち早く気がついたのは、その正面にいた冒頓でした。彼はできるだけの優しい声を出して、王柔がその事に気がつけるように、配慮してやるのでした。
理亜の周りの大人たちは、できるだけ彼女に心配をかけないようにと、彼女に「夜になると消えてしまう」ということは伝えていませんでした。その代わりに「ヤルダンから帰ってから、急に寝てしまうようになったな」と話しているのでした。不思議なことに、朝になって彼女が現われるのは決まって王柔の傍らでしたから、彼女が眠っている間は王柔が世話をしているということになっていました。
王柔は、冒頓の気配りに対して頭を下げると、いつもの通り、理亜にお休みの挨拶を送りました。できるだけ、いつもの通りに。冒頓の言葉で気付かされた明日の朝についての心配なんて、そのどこにも見あたらない、愛情と安心感だけでできた挨拶の言葉を。
「おやすみ、理亜。もう、疲れちゃったね」
「ん。オージュ、おやすみ‥‥ナサイ・・・・・・」
まだうっすらとした光が小窓から入ってきてはいるものの、ゴビの砂漠の遠く遠くのところでは、太陽が地に没しようとしているのでしょう。
理亜の身体からどんどんと力が抜けていくのにつれて、彼女の身体の輪郭がぼやけていきました。さらに、その身体を透して後ろのものがだんだんと見えてくるようになり・・・・・・そして・・・・・・。
理亜の身体は、椅子の上から完全に消えてしまいました。
さっきまでそこに理亜が座っていたことを示すのは、小部屋の中にいる者たちの記憶だけになってしまいました。
目の前で理亜の身体が消えていくのを見て、改めてその状態の危うさに気づいたのでしょうか。
「わかりました。みなさんの言うとおり、理亜をヤルダンに連れていくのが良いと、僕も思います」
と弱々しい口調で話すと、王柔は自分の椅子に腰を下ろしてしまいました。
先程までは、自分に喰いついてくる王柔に対して、苛立った様子を見せていた冒頓でしたが、まるで理亜と一緒に自分の元気も消えてしまったかのように座り込んでしまった彼に対しては、あからさまな「がっかりだ」という感情が、その表情に浮かび上がってきたのでした。
自分とは反対の意見であるにしても、いつもの王柔とは違って、それを口に出し主張する姿に、冒頓は彼の頑張りを認めていたのでした。だからこそ、冒頓は王柔の言葉に対して意識を払い、それに対して自分の意見をぶつけたのです。しかし、すっかり覇気をなくして、視線を自分の前の机上に落としている王柔に対しては、もはや、彼の関心は留まっていませんでした。
「小野の旦那、このとおりだ。王柔も納得したようだぜ」
軽く肩をすくめてそれだけを口にすると、あとの進行は小野に任せて、冒頓も椅子に腰を下ろしたのでした。
理亜の身体が消えたということは、水平線で陽が沈んだということです。力なく差し込んできている残光も、すぐに消えてしまうでしょう。
小野は、手早く話をまとめることにしました。もともと、王柔の反対がなければ、理亜について今後起こり得る危険を説明するはずだったのです。ところが、思わぬ形ではあるものの、それが明確にされたので、あとは具体的な計画を告げるだけで話を終えることができそうでした。
・・・・・・ヤルダンを渡って羽磋が吐露村へ行く。それを警備するために護衛隊を、さらに、案内人として王柔をつける。表立ってではないが、王柔は理亜を伴う。何も問題が起こらずにヤルダンを渡ることができればそれでいいが、王花の盗賊団が襲われたように奇岩に襲われるようなことがあれば、それに対処しつつ、今回の問題の始まりであった母を待つ少女の奇岩を目指す。理亜を通じてそれを鎮めることができれば良いのだが、もし、何も手立てが見つけられなければ・・・・・・それを破壊することもいとわない。
土光村から吐露村までは、おおよそ十五日から二十日かかる。ヤルダンは土光村から二日ほど行ったところから始まり、通常それを抜けるのには四日か五日かかる。
首尾よく事が進めば、羽磋はそのまま吐露村へ向かう。もちろん護衛隊のうちいくらかの者は、引き続き吐露村まで同行し彼を守る。一方で案内の役を終えた王柔と護衛隊の残りの者は、土光村に戻り報告を行う。小野の交易隊本体は土光村での用事を済ませ次第ヤルダンを渡り、吐露村で先行した護衛隊と合流する。
それなりの準備を整えないといけないので、明日はそれにかかり、出発は明後日とする・・・・・・
勿論、実際に事を進めるにあたっての細かな約束事は、小野と冒頓、それに、王花の間でさらに詰められるのでしょうが、この小部屋での相談はこれでお終いとなりました。
「おう、お嬢ちゃん、眠くなっちまったか」
彼女の変化にいち早く気がついたのは、その正面にいた冒頓でした。彼はできるだけの優しい声を出して、王柔がその事に気がつけるように、配慮してやるのでした。
理亜の周りの大人たちは、できるだけ彼女に心配をかけないようにと、彼女に「夜になると消えてしまう」ということは伝えていませんでした。その代わりに「ヤルダンから帰ってから、急に寝てしまうようになったな」と話しているのでした。不思議なことに、朝になって彼女が現われるのは決まって王柔の傍らでしたから、彼女が眠っている間は王柔が世話をしているということになっていました。
王柔は、冒頓の気配りに対して頭を下げると、いつもの通り、理亜にお休みの挨拶を送りました。できるだけ、いつもの通りに。冒頓の言葉で気付かされた明日の朝についての心配なんて、そのどこにも見あたらない、愛情と安心感だけでできた挨拶の言葉を。
「おやすみ、理亜。もう、疲れちゃったね」
「ん。オージュ、おやすみ‥‥ナサイ・・・・・・」
まだうっすらとした光が小窓から入ってきてはいるものの、ゴビの砂漠の遠く遠くのところでは、太陽が地に没しようとしているのでしょう。
理亜の身体からどんどんと力が抜けていくのにつれて、彼女の身体の輪郭がぼやけていきました。さらに、その身体を透して後ろのものがだんだんと見えてくるようになり・・・・・・そして・・・・・・。
理亜の身体は、椅子の上から完全に消えてしまいました。
さっきまでそこに理亜が座っていたことを示すのは、小部屋の中にいる者たちの記憶だけになってしまいました。
目の前で理亜の身体が消えていくのを見て、改めてその状態の危うさに気づいたのでしょうか。
「わかりました。みなさんの言うとおり、理亜をヤルダンに連れていくのが良いと、僕も思います」
と弱々しい口調で話すと、王柔は自分の椅子に腰を下ろしてしまいました。
先程までは、自分に喰いついてくる王柔に対して、苛立った様子を見せていた冒頓でしたが、まるで理亜と一緒に自分の元気も消えてしまったかのように座り込んでしまった彼に対しては、あからさまな「がっかりだ」という感情が、その表情に浮かび上がってきたのでした。
自分とは反対の意見であるにしても、いつもの王柔とは違って、それを口に出し主張する姿に、冒頓は彼の頑張りを認めていたのでした。だからこそ、冒頓は王柔の言葉に対して意識を払い、それに対して自分の意見をぶつけたのです。しかし、すっかり覇気をなくして、視線を自分の前の机上に落としている王柔に対しては、もはや、彼の関心は留まっていませんでした。
「小野の旦那、このとおりだ。王柔も納得したようだぜ」
軽く肩をすくめてそれだけを口にすると、あとの進行は小野に任せて、冒頓も椅子に腰を下ろしたのでした。
理亜の身体が消えたということは、水平線で陽が沈んだということです。力なく差し込んできている残光も、すぐに消えてしまうでしょう。
小野は、手早く話をまとめることにしました。もともと、王柔の反対がなければ、理亜について今後起こり得る危険を説明するはずだったのです。ところが、思わぬ形ではあるものの、それが明確にされたので、あとは具体的な計画を告げるだけで話を終えることができそうでした。
・・・・・・ヤルダンを渡って羽磋が吐露村へ行く。それを警備するために護衛隊を、さらに、案内人として王柔をつける。表立ってではないが、王柔は理亜を伴う。何も問題が起こらずにヤルダンを渡ることができればそれでいいが、王花の盗賊団が襲われたように奇岩に襲われるようなことがあれば、それに対処しつつ、今回の問題の始まりであった母を待つ少女の奇岩を目指す。理亜を通じてそれを鎮めることができれば良いのだが、もし、何も手立てが見つけられなければ・・・・・・それを破壊することもいとわない。
土光村から吐露村までは、おおよそ十五日から二十日かかる。ヤルダンは土光村から二日ほど行ったところから始まり、通常それを抜けるのには四日か五日かかる。
首尾よく事が進めば、羽磋はそのまま吐露村へ向かう。もちろん護衛隊のうちいくらかの者は、引き続き吐露村まで同行し彼を守る。一方で案内の役を終えた王柔と護衛隊の残りの者は、土光村に戻り報告を行う。小野の交易隊本体は土光村での用事を済ませ次第ヤルダンを渡り、吐露村で先行した護衛隊と合流する。
それなりの準備を整えないといけないので、明日はそれにかかり、出発は明後日とする・・・・・・
勿論、実際に事を進めるにあたっての細かな約束事は、小野と冒頓、それに、王花の間でさらに詰められるのでしょうが、この小部屋での相談はこれでお終いとなりました。
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