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月の砂漠のかぐや姫 第38話
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「よかったですね。それで筑紫村は救われたのでしょう?」
大伴の話に相槌を打ちながら、羽磋は竹姫のことを思い出していました。竹姫がオアシスの水くみ場で精霊と会話を交わしたと、たしか至篤が話していたはずです。そのことと、大伴の話の中に出てきた温姫が源泉で精霊と会話を交わす場面が、羽磋の頭の中で自然に重なり合うのでした。
「ああ、お陰で村は救われた。村人たちもそれは喜んださ。だがな、その点は良かったのだが、そればかりではなかったのだ」
大伴の口調は、これからの話が良い話ではないことを示すように、とても苦々しいものでした。
再び温もりを取り戻した温泉と地熱の恵みにより、無事に村は冬を越すことができました。もちろん、村の人たちは大喜びですし、彼らの命の恩人ともいえる御門たち、中でも、温姫へは、最大限の感謝と尊敬の念が捧げられたのでした。
そのような中で、伴には気がかりが一つできていたのでした。彼らの指導者的存在で、皆から文字通り兄のように慕われている御門の態度、特に、温姫への態度が、微妙に変化しているように感じられたのです。また、御門は、遊牧に出ているときも村に留まっているときも、これまでとは比べ物にならないほど積極的に、部族以外の者とのやり取りを重ねるようになっていくのでした。それは、交易を生業とする肸頓族ならばともかく、遊牧を生業とする双蘼族としては極めて異例なほどでした。
冬が開けた翌年、伴は父親から成人を認めるとの連絡を受け、「たくさんの伴を率いる人材に育ってほしい」との願いが込められた「大伴」(おおとも)という名を、御門より送られました。他部族に出されている状態で成人すること、他部族のものから名を贈られること、いずれも珍しいことですが、これらは昨秋の功績が認められたことと思われました。また、この年の夏には、温姫も成人することとなりましたが、この時には、成人を祝う盛大な宴が開かれました。その宴の場で、月の民の中で祭祀を司る一族とされる「秋田」という不思議な男から、温姫は「弱竹」(なよたけ)の名を贈られたのでした。「弱竹」とは、聖なる竹が天に向かって真っすぐに伸びる様子を表している名前で、代々の「月の巫女」に贈られているものとのことでした。村人たちは、自分たちを救ってくれた温姫が、正式に「月の巫女」として選ばれたことを喜び、これ以降は温姫は弱竹姫と呼ばれるようになったのでした。
さて、この年は平穏に過ぎていくかと思われたのですが、ゴビの東側で大きな問題が発生します。これまでも数多くあった、新興の遊牧民族である匈奴とのいさかいが、この年はどんどんと大きくなり、戦へと発展してしまったのです。月の民の主要五部族のうち、ゴビの東を主な遊牧地としているのは休蜜(きゅうみつ)族と御門たち双蘼族です。主にゴビの北東側は休蜜族、南東側は双蘼族が縄張りとしていましたが、このとき、卾尓多斯(オルドス)を中心とした匈奴とのいさかいにより直接被害を受けていたのは双蘼族でした。月の民は、双蘼族を中心として匈奴との戦いに臨みましたが、遊牧民族どうしの戦は、考えていたよりも順調には進みませんでした。そこで表舞台に現れたのが御門でした。膠着した戦況をどのように打開するか、皆が頭を悩ませている集会の場で、これは秋田と長い間調べを行って考えるに至った案だとして、御門はある提案を行いました。それは、「月の巫女」の力の戦への利用でした。
当時の月の民の単于はこれを認めました。また、案を実行に移すにあたって、御門から協力を求められた阿部や大伴も、当初は強く反対をしていたものの、最後には協力することに同意をしました。なぜなら、弱竹姫本人が、この御門の提案に対して、「御門兄さんのお力になりたい。月の民の血が流れることが減るのならば、私の力を役立ててほしい」と同意したからでした。
この提案を実行に移す核として、かつて筑紫村を救った御門たちが選ばれ、さらに、「月の巫女」の知識を持つものとして、そこに秋田が加わることとなりました。秋田が出した指示は、「月の巫女の力を引き出す儀式には、宝物「竜の玉」が必要だ。祁連山脈の南側に青海という大きな湖がり、竜はそこに潜むという。行ってこれを持ち帰ってほしい」というものでした。祁連山脈の南側といえば貴霜族が夏の放牧地としている祁連高原の近くでしたから、御門は貴霜族の族長にこの件を依頼し、貴霜族から壮健な男たちが何度も探索に出されました。しかし、どの男もその宝物を持ち帰ることはできなかったため、最後の手段として大伴が派遣されることとなったのでした。大伴は讃岐村の翁の合力を得て、見事にそれを持ち帰ることに成功したのでした。一方、筑紫村に残った御門と阿部の間では、月の巫女の力を最大限に活かして匈奴に壊滅的な損害を与える計画が練られていました。それは「烏達渓谷」に匈奴主力をおびき寄せ殲滅するというものでした。
「烏達渓谷、あの、烏達渓谷の戦いですか」
生まれる前の出来事とはいえ、この戦いについては、月の民が匈奴を打ち破った戦いとして、羽磋も何度も聞かされていました。
「そうだ、あの烏達渓谷の戦いだ」
しかし、大伴にとっては、烏達渓谷の戦いは月の民が匈奴を打ち破った戦いではなく、自分たちがある大事な女性を失った戦いなのでした。
大伴の話に相槌を打ちながら、羽磋は竹姫のことを思い出していました。竹姫がオアシスの水くみ場で精霊と会話を交わしたと、たしか至篤が話していたはずです。そのことと、大伴の話の中に出てきた温姫が源泉で精霊と会話を交わす場面が、羽磋の頭の中で自然に重なり合うのでした。
「ああ、お陰で村は救われた。村人たちもそれは喜んださ。だがな、その点は良かったのだが、そればかりではなかったのだ」
大伴の口調は、これからの話が良い話ではないことを示すように、とても苦々しいものでした。
再び温もりを取り戻した温泉と地熱の恵みにより、無事に村は冬を越すことができました。もちろん、村の人たちは大喜びですし、彼らの命の恩人ともいえる御門たち、中でも、温姫へは、最大限の感謝と尊敬の念が捧げられたのでした。
そのような中で、伴には気がかりが一つできていたのでした。彼らの指導者的存在で、皆から文字通り兄のように慕われている御門の態度、特に、温姫への態度が、微妙に変化しているように感じられたのです。また、御門は、遊牧に出ているときも村に留まっているときも、これまでとは比べ物にならないほど積極的に、部族以外の者とのやり取りを重ねるようになっていくのでした。それは、交易を生業とする肸頓族ならばともかく、遊牧を生業とする双蘼族としては極めて異例なほどでした。
冬が開けた翌年、伴は父親から成人を認めるとの連絡を受け、「たくさんの伴を率いる人材に育ってほしい」との願いが込められた「大伴」(おおとも)という名を、御門より送られました。他部族に出されている状態で成人すること、他部族のものから名を贈られること、いずれも珍しいことですが、これらは昨秋の功績が認められたことと思われました。また、この年の夏には、温姫も成人することとなりましたが、この時には、成人を祝う盛大な宴が開かれました。その宴の場で、月の民の中で祭祀を司る一族とされる「秋田」という不思議な男から、温姫は「弱竹」(なよたけ)の名を贈られたのでした。「弱竹」とは、聖なる竹が天に向かって真っすぐに伸びる様子を表している名前で、代々の「月の巫女」に贈られているものとのことでした。村人たちは、自分たちを救ってくれた温姫が、正式に「月の巫女」として選ばれたことを喜び、これ以降は温姫は弱竹姫と呼ばれるようになったのでした。
さて、この年は平穏に過ぎていくかと思われたのですが、ゴビの東側で大きな問題が発生します。これまでも数多くあった、新興の遊牧民族である匈奴とのいさかいが、この年はどんどんと大きくなり、戦へと発展してしまったのです。月の民の主要五部族のうち、ゴビの東を主な遊牧地としているのは休蜜(きゅうみつ)族と御門たち双蘼族です。主にゴビの北東側は休蜜族、南東側は双蘼族が縄張りとしていましたが、このとき、卾尓多斯(オルドス)を中心とした匈奴とのいさかいにより直接被害を受けていたのは双蘼族でした。月の民は、双蘼族を中心として匈奴との戦いに臨みましたが、遊牧民族どうしの戦は、考えていたよりも順調には進みませんでした。そこで表舞台に現れたのが御門でした。膠着した戦況をどのように打開するか、皆が頭を悩ませている集会の場で、これは秋田と長い間調べを行って考えるに至った案だとして、御門はある提案を行いました。それは、「月の巫女」の力の戦への利用でした。
当時の月の民の単于はこれを認めました。また、案を実行に移すにあたって、御門から協力を求められた阿部や大伴も、当初は強く反対をしていたものの、最後には協力することに同意をしました。なぜなら、弱竹姫本人が、この御門の提案に対して、「御門兄さんのお力になりたい。月の民の血が流れることが減るのならば、私の力を役立ててほしい」と同意したからでした。
この提案を実行に移す核として、かつて筑紫村を救った御門たちが選ばれ、さらに、「月の巫女」の知識を持つものとして、そこに秋田が加わることとなりました。秋田が出した指示は、「月の巫女の力を引き出す儀式には、宝物「竜の玉」が必要だ。祁連山脈の南側に青海という大きな湖がり、竜はそこに潜むという。行ってこれを持ち帰ってほしい」というものでした。祁連山脈の南側といえば貴霜族が夏の放牧地としている祁連高原の近くでしたから、御門は貴霜族の族長にこの件を依頼し、貴霜族から壮健な男たちが何度も探索に出されました。しかし、どの男もその宝物を持ち帰ることはできなかったため、最後の手段として大伴が派遣されることとなったのでした。大伴は讃岐村の翁の合力を得て、見事にそれを持ち帰ることに成功したのでした。一方、筑紫村に残った御門と阿部の間では、月の巫女の力を最大限に活かして匈奴に壊滅的な損害を与える計画が練られていました。それは「烏達渓谷」に匈奴主力をおびき寄せ殲滅するというものでした。
「烏達渓谷、あの、烏達渓谷の戦いですか」
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「そうだ、あの烏達渓谷の戦いだ」
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