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9品目:あなたのためのチキン南蛮(550円)

(9-4)思い出の味

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「……初恋の人が好きだったんです、これ」
「え?」

「お昼ごはんを一緒に食べてた時期があったんですけど、その人はいつもから揚げ弁当に使いきりのタルタルソースを二つ重ねて、こうしてウェーブ状にかけてたんですよ」
「カロリー過多も甚だしいわね。健康が心配になるわ」
「そんな心配も吹き飛ぶくらい、食事中の顔が本当に幸せそうで。思わず見惚れちゃいますよ。いや、実際惚れてたんですけどね。その人の人間性も価値観も尊敬してたけど、やっぱり食べてるところが一番印象的だったなぁ」

「あなただって、さっきすごく幸福に満ち溢れた顔してたわよ?」
「彼女と一緒に食べるうちに、影響を受けたのかもしれませんね」
「ううん、これはきっと、行真さんがはじめから持ち合わせているものよ。見ているだけでこっちまで嬉しくなっちゃう。きっと想い人さんも、あなたのそういうところが好きだったと思うわ」

 飾り気のない褒め言葉に、胸の内が熱くなる。この人はいつだって真っ直ぐで、正直で、本音で向き合ってくれた。

「た、食べないなら、僕が全部もらっちゃいますよ!」
「だ、だめ!」

 望海さんは慌ててから揚げをつかみ、思い切りかぶりついた。

 ざくざくという衣の音と一緒に、もぎゅもぎゅ、シャキシャキと、タルタルソースを咀嚼するオノマトペが聞こえる。横を向かずとも、表情が手に取るようにわかる。

「……おいしい……」
「それはよかったです」
「食べ慣れた味で、ジャンキーで、食べ過ぎは身体に悪そうな、不思議と懐かしい味」
「わかります。から揚げって郷愁に駆られますよね」
「うん。昔を思い出すの。教育実習時代に、行真くんと一緒に食べた味を」
「……え?」

「学校近くのお弁当屋さんで毎日食べたよね。レジの後ろのテーブル席で」
「……はい」
「行真くんはいつもご飯を先に食べきっちゃって。大盛りにすればいいのに、『それは甘えです』なんて意味不明な意地張って」
「……はい……」
「出会ってからもう八年かぁ。おっきくなったねぇ、いっぱい食べた?」
「はい………っ!」

 その眼差しは、かつての教え子兼、長年付き合いのある後輩を見るものだった。

 頬と唇を震わせる僕を見て、マナも察したようだった。

「もしかして、思い出したんですか?」
「ええ、全部」

 マナの問いかけに、望海さんはにこりと笑みを返す。

「えっと、どうしよう。言わなきゃいけないこととか色々あると思うんだけど」
「僕も話したいことがたくさんあります」
「わたしも二人の話聞きたい!」

「ひとまず……乾杯しましょうか!」



 二つのジョッキとひとつのグラスが、軽やかな音を立てる。
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