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8品目:宅飲み、押しかけ、チーズたら(298円)

(8-3)尾行

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 半日後。

 わたしはとある雑居ビルの前にいた。

『ゆう』の最寄駅から三つ離れた駅に隣接している建物は、一階が本屋、二階が中学生を対象とした学習塾、三階から七階までが会社の事務所になっている。あたりには居酒屋が多く、ロータリーもある。そのためか各駅停車の駅の割に通行人は多い。

 ここの二階で、彼は塾講師としてアルバイトをしているらしい。

 らしい、というのは、ユウさんから聞いた情報だからだ。お盆の時期、開店休業中だった『ゆう』に彼が訪れ、二人で色々話しこんだのだという。

 店主が客のバイト先を知っているのは自然なことだし、店員のアイハさんが情報を共有されているのもおかしなことではない。それでもやっぱり、わたしが触れたことのない一面を知っているのは、ちょっと嫉妬してしまう。

「そろそろ出てくる時間ですかね~」

 今日はアイハさんも一緒だ。駅前でエプロンドレス姿の少女がいる状況は、傍から見れば撮影やコスプレと勘違いされるかもしれない。

 だが駅周辺で、わたしたちを認知している者は一人もいなかった。各々手元のスマホを眺めたり、友達と談笑したりしている。



 ここは、わたしの居場所ではない。



『ゆう』で今回の作戦が発案された際、いつもだったらユウさんがストッパー役として「客の事情に首を突っ込むな」とでも言いそうなものだが、今回はむしろ協力的だった。

「医者から禁酒令でも出たのかと心配でな」と言っていたが、何か思惑を孕んでいるのは明らかだった。わたしとは別の理由で、ユウさんも彼に会いたいと思っているようだ。



 同じ理由……じゃないよね?



 脳内をぐるぐるさせていると、ピンクのネクタイを緩めながらビルから出てくる青年を発見した。

「ユッキー……」

 約二週間ぶりなのに、何年も会っていなかったかのように胸がきゅうっと締め付けられる。

「スーツ姿のユッキーさんって新鮮ですね~」

 ワイシャツの袖のボタンを外す仕草は、スーツ効果かやけに大人っぽく映る。顔や首にじっとりと浮かんだ汗が艶めかしい。ちょっとやばいな、これは。

 おっと、見とれている場合じゃない。この段階で気づいたのだが、どのように声をかけたらいいのだろう?

 偶然を装えるはずもない。なぜならわたしは幽霊で、あのお店以外に居場所などないからだ。女子二人で遊んでいたなんて言い訳もあまりにわざとらしい。気分転換に散歩中だったとでも言うか? 駄目だ、そもそもわたしには足がなかった。

 ひとまず妙案が浮かぶまで、彼の後をついていくことにした。

 彼は近くのスーパーで酒とおつまみを買い、電車にも自転車にも乗らず、てくてくと線路沿いを歩いていく。途中で辺りをきょろきょろし始めたので尾行がバレたのかと慌てたが、単に地縛霊がうろついているだけだった。

 数分直進し、彼は一件のアパートの前で立ち止まった。ワンフロア二部屋の三階建て。少し離れた位置から様子をうかがっていると、二階の奥の部屋に吸い込まれていった。二〇二号室が彼の居住スペースらしい。

「結局声かけられませんでしたね~」
「どうしよう……チャイム鳴らせばいいのかな」
「このアパート、呼び鈴付いてないみたいですよ~」

 今時そんな家があるのか。確かにこの建物は築三十年は経っていそうなほどに、外観がボロい。階段の手すりは錆びついているし、壁の塗装には亀裂が入っている。地震が起きたら簡単に全壊しそうだ。

「ひ、ひとまず……」

 幽霊の特権を活かし、浮遊状態で二階の窓から室内を覗いてみる。彼は着替えを済ませており、シャツに短パンという、よくお店で見る格好になっていた。テーブルには酒とおつまみが並んでいる。

 オイルサーディンにスライスサラミ、ミックスナッツ、ポテトチップス。さっきスーパーで買っていたものだ。割りばしと小皿が数セットあることから、一人で食べるつもりではないらしい。これからホームパーティーでもあるのだろうか。

 大学の友達。バイト先の同僚。まさか彼女……じゃないよね。

 より詳しい状況を調べようと、窓から顔を室内に突っ込む。

「マナさん、危ないですよ~」
「落ちても痛くないから大丈夫!」

 車に押しつぶされる痛みに比べたらどうってことない。



 だがわたしは失念していた。

 正確に言えば、境界線があいまいになっていた。

 ほとんどの人間にわたしの姿は見えない。なぜならわたしは幽霊だからだ。

 だが、彼にはわたしの姿が見える。なぜなら彼には霊感があるからだ。物音はしなくたって、声は聞こえる。わたしが大声を出しながら身体を室内に侵入させれば、当然向こうも何事かと顔をこっちに向ける。

「……」
「……」



 客観的には、窓から生首が生えているように映るわけで。



「や、やっほー……」



 アパートに、彼の絶叫がこだました。
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