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【蛇足かも】手放した初恋 side J
しおりを挟む僕はノーステリア伯爵家の門を見上げる。婚約者であった頃いつも迎え入れてくれたその門扉は、僕のために開くことはない。
僕の屋敷の真新しい白い壁とは異なり、伯爵家の灰色の石壁は重ねた年月を感じさせる。正直なことを言えば以前は古臭いと思っていた建物は、重厚な歴史を背負う伯爵家そのもののようだ。
「彼女にはもう会えないのかな……」
平等をうたった学園では爵位に関係なく交流をすることができたけど、卒業した今となっては社交の場で会うことすらほとんどない。
「爵位が上がったら会えるかな……」
事業にもっと成功したら、僕がもっと頑張ったら……。けどどんなに頑張っても彼女がもう一度僕の手を取ってくれることはないんだ。
僕と婚約解消をした途端、彼女は侯爵令息に望まれたらしい。友人が悔しそうに話していた。
「僕のものだったのに」
好きになったのは僕のほうが先だったけど、彼女が穏やかだけど熱のこもった眼差しを向けるのは僕にだけだった。深い海を思わせる綺麗な青い瞳を思い浮かべる。今でも鮮明に思い出せる可愛くて綺麗な彼女の姿。何故、あんなに色褪せて感じてしまったんだろう。
この国で最も歴史のある伯爵家のご令嬢である彼女が僕の側にいてくれたことはとても幸運なことだったというのに。僕が安心しきっていた彼女との関係は、思っていたより細く頼りないものだったことを実感する。
僕は俯いて伯爵家から離れた。
母と話したあと、僕はミーナ嬢に嘘をついた。
「婚約解消をしたことを酷く両親に叱られてしまったよ。もしかしたら僕はもう父のあとを継げないかも知れない」
ミーナ嬢は眉を顰めた。
「そんな……、ひどいです!なんとかならないんですか!?」
「従兄弟だっているしね。父が僕にこだわる必要は無いんだ」
言葉をなくして僕の顔を見つめている。
「だからしばらくは贈り物もできないよ。ごめんね」
申し訳なさそうに笑って言うと、「このあと用事がある」と言ってそそくさと帰っていった。
「はは……っ」
自分のものとは思えないくらい乾いた笑いがこぼれる。
母が言った『見目の良い高位貴族や金持ち』、僕がそうでなくなったらどうなるんだろうと試してみたくなったんだ。金持ちでなくなった僕からミーナ嬢はあっさり離れていった。
……ネオルト男爵家の嫡男ではない僕には価値なんか無いのかな。
彼女なら、たとえ僕が父から見放されたとしてもその手を放さないでくれたと思える。彼女なら、僕が困ってみっともなく泣いていたとしても「大丈夫」と側で微笑んでくれたと思える。
「ふっ……」
涙が溢れてくる。けど側に彼女はいない。僕が選んで手放してしまったから。自分の軽薄さに嫌気がさす。どんなに後悔しても無駄なんだ。
ここにいたくない。
まだ先だと思っていた隣国への留学をしてしまおう。彼女を思い出すすべてのものから遠ざかっていたい。
僕のことを誰も知らない隣国へ行くことを決めた。
◇ ◇ ◇
最後まで拙い話にお付き合いいただき感謝しかありません。ありがとうございます!
また新しく妄想話を作ったときはどうぞよろしくお願いいたします。
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