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ネックレスと任命式 side A

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 今日は王宮事務官の任命式だ。ついにこの日が来たのね。緊張と期待と不安と浮かれる気持ちと色々な感情がぐるぐるしている。いけない、貴族令嬢らしくしないと……。

 彼とは昨日も会えた。婚約してから毎日のように会いに来てくれて、その度プレゼントをくれる。少し困るけど、気持ちがとても嬉しい。
 今は彼が贈ってくれた小ぶりのサファイアのネックレスをしている。右手でそっと触れてみる。……うん。頑張ろう。

 今朝は屋敷の前で、両親と兄が見送ってくれた。新人事務官らしく歩いていこうとしたら止められたので、心配をかけないよう笑顔で手を振りながら馬車に乗り込んだ。

 王宮に着き、通された部屋にはすでにエイデンがいた。私に気づくと眉間にシワを寄せて手をあげる。

「いよいよね。緊張するわ」

 私がそう言うと無言で頷いた。貴方も緊張してるのね。何だかほっとするわ。

 今回採用されたのは5名。私以外はすべて男性だ。驚いたのは学園の同級生がいたこと。登用試験に通ったそうだ。……私、学園長推薦をいただいたときクラスで盛大に喜んでしまっていたわよね。今思えば凄く無神経だったわ。心のなかで反省していると、「これからは同僚としてよろしく」と言ってくれた。いい方だわ。

 定刻になると別室に通され、任命式が始まった。ひとりずつ名前を呼ばれ王宮事務官のローブを渡された。
 黒のローブには事務官を表す緑のラインが入っていて、その胸には王家の紋章が金糸で刺繍されている。ボタンをとめる指が震えそう……。ローブを身に着ければより身が引き締まる思いがした。

「これからそれぞれの配属先に案内する」

 長官の一声でローブを着た5名の事務官が入ってきた。私の目の前に立ち止まった人物は、なんとハムウェイス侯爵令嬢だった。

「おめでとう。これからよろしくお願いするわね」

「ありがとうございます。これからご指導くださいますようお願いいたします」

 2年ぶりの憧れの方の登場に平伏したくなる気持ちをぐっと堪える。
 目の前で微笑むハムウェイス様は黒のローブにライトグレーのロングスカート姿で、首元から白いブラウスの襟が覗いている。学園では艶やかに巻かれていた髪は、今はきりりと一つに結ばれている。相変わらずお美しいけど、聡明さに磨きがかかってピカピカだ。

「配属先は違うのだけど、貴女がいるから案内に立候補したのよ。行きましょう」

 嬉しいお言葉に舞い上がりそうな気持ちを押さえて付いて行く。王宮の廊下をハムウェイス様と並んで歩くなんて、初日から夢のようだわ。
 王宮内部の案内や施設利用のルールなどを教えていただきながら、向かった先の扉には『領地情報管理室』の文字があった。

 ここが私の職場になるのね。緊張でのどがコクリと鳴る。そんな私の様子を少し待ってくださったハムウェイス様が、優しく微笑まれたあと扉をノックした。

「こちらに配属されたアリシア・ノーステリア事務官を連れてまいりましたわ」

 ハムウェイス様に続いて部屋に入ると、中には3人の男性がいた。驚いたことに一番手前の机に座っていたのは『天の助け』セス様だ。その斜め向かいには40歳くらいの赤茶色の髪の男性。窓を背にして座っているチョコレート色の髪の男性が一番位が高そうだけど、二十代後半に見える。とにかく挨拶しよう。

「アリシア・ノーステリアと申します。精一杯務めてまいりますので、よろしくご指導ください」

 チョコレート色の男性が椅子から立ち上がる。思ったより背が高い。瞳は深い森のような緑色だ。

「よく来た、ノーステリア。私はここの室長をしているカイル・イーストン。子爵位を持っているが、仕事中は面倒だからお互い敬称などは不要だ。よろしく頼む」

「それでは挨拶も済んだようなので、わたくしは戻りますわ。皆様、くれぐれもわたくしの可愛い後輩を頼みますわね」

 私が室長に言葉を返す前に、ハムウェイス様はそう言い残して颯爽と退室された。可愛い後輩……、社交辞令だとしても嬉しい。

 室長は話の腰を折られたからか、右手で頭を少し乱暴に掻いたあと私を見た。

「あー、今日は初日だから仕事はしなくても構わないんだがどうする?説明くらい聞いていくか?」

「よろしくお願いします」

 即答した。

「まずは『領地情報管理室』が何をするところか想像はつくか?」

「領地経営の状態を管理するのでしょうか」

「それは『領地経営管理室』がやる仕事だ。あそこは人海戦術で数字を含めて色々探ってる。ここは領地に関する情報を集めて、使えそうな情報か精査して、使い時に引っ張り出せるように管理するのが仕事だ」

 ……なかなか大変そうな仕事が来た。

「いや、来た早々死にそうな顔をするな。領地に関する情報が上がってくる部所をまわって、定期的に資料を確認しておくのが普段の主な仕事だ。慣れれば見るべきところに見当がつくようになるからそれほど大変じゃない」

 室長が少し慌てたように言ってきた。つまり見当がつくようになるまでは大変なのね……。頑張ります。

「それよりもここで大事なのは情報の扱いだ。集めるからには正しく使わないといけない。私欲で使おうなんて論外だ。そのためここに配属されるのは、貴族の派閥に無関係で野心もなく、金に困ってない者に限られる」

「私が学園に補佐に行ったのも半分はこのためだよ」

 セス様が横から言ってきた。衝撃だ。

「派閥から縁遠く長年安定した領地経営を誇るノーステリア伯爵家のご令嬢が王宮事務官に志願してるんだ。人柄を見ておく必要があるだろう?」

 室長がニヤリと笑った。大人の余裕の笑み、何だか苛つく。
 それにしても、私はそんな前から試されていたのね……。

 私は胸元のネックレスにローブの上からそっと触れた。

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