4 / 58
髪飾りと美術館 side A
しおりを挟む男に初めて声を掛けられた日から挨拶をされるようになった。毎朝向けられるキラキラな笑顔。友達認定?どうしよう……。
入学したばかりだし、私はむしろご令嬢の友人を増やしたい。領地にいた頃は同じ年頃の友達は限られていたし、王都の素敵なカフェでお友達と楽しくケーキ!とか夢見ていた。
そしてできれば、少しは家に貢献できる人脈を築きたい。社交は得意じゃないけど頑張ろう。
頑張って話しかけてたらひと月経つ頃には、他愛も無い話ができる友人達ができた。みんな身分に関係なく話しやすい。貴族としての人脈作りはこれから。それでも学園に通うのが楽しくなってきた。
男からは一度、「この間のお礼に」と髪飾りを渡された。必要ないと言ったけど、男爵家の商会の新商品で、宝石ではなく色硝子を使った気軽に使える物だから使ってみて欲しいと言われた。小振りでシンプルだけどキラキラしていてキレイだった。早速次の日に制服に合わせてみたら、友人達に褒められた。嬉しい。
その後も声を掛けられることは増えたけど、ほとんどは挨拶程度だった。変に意識し過ぎだったのかも。身構えてた自分が恥ずかしい……。
「今週末、一緒に美術館に行かない?」
ある日の放課後、学園内の図書館に行くためにひとりで廊下を歩いていると突然背後から声を掛けられた。
振り返ると、男が思ったより近い距離に立っていた。この人はたまに距離感がおかしい。
「父から今催してる展覧会のチケットを貰ったんだ。期限も近いし……。君が興味あればでいいんだけど」
どうしよう。その展覧会はひとりでも行こうと思ってた。ここで断って現地でばったり会ったら気不味いかな?広い館内、そうそう会うこともないから平気?それに誘いを受けたら誤解されるのでは?そもそもこんなに考えるのが気を回し過ぎ…………?
ぐるぐる考えてると目の前の男が、首を傾げて困ったように微笑んだ。品の良い仔犬みたいだ。あざと可愛い。
結局、断る言葉が見つけられなかった。
約束した日はなるべくシンプルな装いにした。変に張り切ってると思われたら、なんだか恥ずかしいし。
それでも男性と出掛けると知ったメイドのマリが、私を飾りつけようとするのに抵抗しながらだったので、ずいぶん時間が掛かってしまった。
迎えに来てくれた男は、街の雰囲気にあわせたカジュアルなジャケット姿だった。一見シンプルだけど襟や袖のデザインが変わっている。私の兄はシンプルな服が多いから、新鮮だ。
見慣れた制服姿よりも少し大人っぽく見えた。
美術館に行く途中、男が恥ずかしそうに打ち明けてきた。
「実は、あまり美術には詳しくないんだ。たまにはこういう事も勉強しろって父に言われてたんだけど……、せっかくなら詳しい人と行きたいと思って。よかったら教えてくれないかな?」
「教えられるほどは詳しくはないです。少し好きなだけで……。ごめんなさい」
「いや、謝らないで!こっちこそごめんね。……正直に言うと、君と一緒なら楽しく観られるかなって思ったんだ。誘いを受けてくれて嬉しいよ!今日は楽しもう!」
男がそう言って笑うと青空の瞳と金の髪がキラキラと輝いた。本当に嬉しそうに笑う人だ。
とりとめのない会話をしながらふたりで歩くと、美術館まではあっという間だった。
館内に入ってからは静かに鑑賞する。画集で見るのとは違う絵の表情。やっぱり来てよかった。
展示室の一角に、観たかった絵画を見つけた。この画家の作品ではどちらかというと有名ではないもの。
橋の上を馬車が渡っている風景画。晴れた空に川の水面が輝いていて、道端には色とりどりの小花が風に揺れている、そんな何でもない日常のひと時を切り取ったような絵画。
画集で観るよりも色が鮮明で、太陽の光や温度まで感じるよう。しばらく見惚れてしまっていた。
「気持ちのいい天気だね」
不意に隣から声がしたので、驚いて振り返った。それに驚いたのか、彼も目をまん丸にしてこちらを見ていた。館内だから少し顔を寄せ、声を潜めて話してくる。
「ごめんね。急に声を掛けて。その絵を観てたらそう思ったんだ」
そうなのだ。この絵は『今日は天気がいいな。気持ちがいいな』って感情が溢れている。だから観てる私も、絵と一緒に機嫌良くなれるのだ。
「ううん。大丈夫。私もそう感じてたから」
私も声を潜めて言うと、彼と目を合わせて微笑んだ。
10
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
ピンク頭で男爵令嬢だからと言って勝手にお花畑ヒロインだと決めつけないで下さい
まゆら
恋愛
私は、王立学園に通い出したところの男爵令嬢アイラ。
同学年に王太子とその婚約者がいるらしいが、私は全く興味がない。
しかし、王太子の婚約者の取り巻きである高位貴族令嬢たちや学園は自由恋愛だと勘違いしている下位貴族令嬢から王太子には近づくなと釘を刺されたり、行動を監視される毎日である…というような王道展開は多分ないので安心して下さい。
私がピンク頭の男爵令嬢だからって、勝手に脳内お花畑の恋愛至上主義だと決めつけないで頂けますか?
私はおバカヒロインではないですし、転生してきた聖女でもないですから!!
どちらかと言えば、真実の愛に目覚めたのですとかいうバカ女は苦手なので、近づいてきたら排除します!
私は、父から任せられた商会を大きくする為に王都に来たのですから…
皆様は、もれなくうちの商会の顧客になって頂きますからね?
私…色恋よりもお金が大好きなんです!
恋愛には全く興味が無いアイラだが、いとこから溺愛されていたり、隣国の王子から求愛されたり…色々と周囲は騒がしいのだ。
アイラの魔力と魔法については、とりあえずチートなのであまり気にしないで下さい。
ご都合主義に物事が流れていきます。
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる