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婚約者編
〈閑話〉隣国の公爵令嬢視点 ②
しおりを挟む「第二王子に押し付けられたのは気に入らないが、このワイアット・オルセン子爵子息、悪くないかも知れないな」
書類を手にした父の言葉に卒倒しそうになる。震える手を胸の前で握りしめて必死に嫌だと懇願すると、父は困ったように微笑んだ。
「どうしても嫌なら仕方がない。焦って決める必要は無いだろう。王子が国外の貴族を巻き込んで人前で騒いだから一度は会わなければならないが、断るのは自由だ」
「! ありがとうございます。お父様」
心からの感謝を伝えると、父は「苦労をさせてしまったな」と申し訳なさそうに眉を下げた。
今日は件の子爵家が我が家を訪ねてくる。隣国の貴族に迷惑を掛けてしまったことを佗びなくては……。本当に婚約解消できて良かったと毎日のように実感する。
「お嬢様、モグラの王子様とお会いする為のドレスはどれにしましょうか?」
メイ、うっかり聞かれたらイケないからそんな大声で言わないで……。そんなメイなのだけど、最近わたくしの専属侍女になった。
「そうね……、『簡単じゃなさそうな女』がいいわ」
「それなら強そうに見えると良いですね!」
楽しそうなメイを筆頭にメイド達が衣装部屋に向かう。そんなに着飾らなくても構わないのに……。残されたわたくしはカップを手にとった。
相手を威圧するような真っ赤なドレスに着替え、ゆったりとした気分でお茶を飲んでいると、慌てふためいた様子のメイが飛び込んできた。
「お嬢様っ!静かに、静かに来てください」
騒がしかったのはメイでは?と思いながらも黙って立ち上がりついて行く。行った先は客室にある隠し部屋だった。客間に飾られた鏡には仕掛けがあって、隣の隠し部屋から中を覗うことができる。
薄暗いなかメイが顔を近づけ囁いてきた。
「驚いても、絶っ対に声を出したらダメですからね」
わたくしは二度頷いた。メイは人差し指を口にあて、右手で小さなカーテンを動かし、客間の様子が見えるようにした。
「――――!!」
思わず飛び出しそうになった声を両手で抑える。隣ではメイが勢いよく何度も頷いている。モグラの王子様じゃない。どうして……?
――ウィル様がいるわ。
青色の垂れた丸い瞳を優しく細めて微笑む男性。柔らかそうな薄茶色の髪は彼が動くたび、機嫌良さそうにふわふわと揺れる。
ウィル様が大人の男性になったとしたら、あんな姿なのではないかしら……。見惚れてしまう。
見つめていると、彼はお菓子をひとつ手に取って、隣に座る少女に食べさせてあげた。少女は驚いた顔をしたけれど、すぐにお返しとばかりに彼の口元にお菓子を差し出す。彼は楽しそうに笑いながら、それを口に入れた。
なんて、憧れ…………。
「!!」
自分の姿が戦闘仕様であることを思い出した。彼に会うのにこのままではイケないわ。私は急いで隠し部屋から出て足早に歩き出す。
「ね、お嬢様、ウィル様そっくりですよね?」
メイが嬉しそうに話しながらついてくる。
「着替えるわ。それからお父様にあの方の書類をいただいて来て」
「はい!」
部屋に戻ると、すぐにメイは薄水色のドレスを持ってきて悪戯っ子のように笑った。
このドレスは以前お遊びで「ウィル様とデートするとしたら」と想像して作ったもの。まさか着たいと思う時がくるなんて……。
メイクを直してもらいながら書類に目を通す。
ワイアット・オルセン子爵令息。古代史の研究が認められ、招待される形で大学に留学してきた優秀な方。研究に没頭するあまりあの姿になっていた……。嫡男だけれど、伯爵家三男と婚約中の妹がいる。……先程の少女は妹なのね。ふっと息を吐く。
「当たり前だけど、彼はウィル様では無いのよね……。それなのに興味を持つなんて失礼ではないかしら……」
わたくしの髪を梳かすメイがきょとんとした。
「何を言ってるんですか、お嬢様。ウィル様に似たあの方はまさしくお嬢様のお好みど真ん中ではないですか。逃す手は無いですよ!」
「え…………」
鏡越しに壁に飾られたウィル様の絵を見る。それでは、わたくしは長年かけて作り上げた好みの男性像を態々絵にして部屋に飾っていたということ……?
皆に「ああ、お嬢様はこんな方がお好きなのね」ってずっと思われてたの?まさかお父様もそれでワイアット様を勧めてきたの!?急に恥ずかしくなって俯いてしまう。
「お嬢様ぁ、出会いはあれですが運命的じゃないですか。少し頑張りましょうよぉ」
メイが甘えるように言う。わたくしのお話に長年付き合ってくれていたメイにとっても彼はきっと特別なのだ。
「……頑張るわ」
わたくしの言葉に嬉しそうに笑った。
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