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婚約者編

29.エイデン様召喚!

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 サロンでのランチ会のあと、アンナの言った通りエイブラムス様が怒っている様子はなかった。それどころか以前より表情が晴々とされていて楽しそう。何か良い心境の変化があったのだとしたら、よかった。



 ある朝、制服に着替えている私の部屋に突然アンナがやってきた。鏡の前に私を座らせながら言う。

「今朝は私が髪を結ってもいい?」

「いいけど、何かあるの?」

「早く目覚めてしまったから何となくよ。ね、ふわふわ~っとさせましょうか」

 そう言いながら手際良く耳の後ろでツインテールに結ぶ。前と同じように丁寧に癖毛を整えてから髪飾りをつけた。可愛いわ。けど……、

「少し子供っぽくないかしら?」

 それに制服にツインテールってあの方を思い浮かべるのよね……。首を傾げると髪もふわふわ揺れる。

「そんなことないわ。とても似合ってる。……気に入らなかった?」

 珍しくアンナがしゅんとしたので、反射的にこたえてしまう。

「ううん、気に入ったわ。ありがとう」

「ふふ。よかった」

 アンナも嬉しそうだし、偶にはいいかと思えてきたわ。一緒に学園に向かうと友人達が口々に髪型を褒めてくれた。



「あら、今日は髪型を変えたのね。とてもお似合いですわ」

 振り返るとエイブラムス様が微笑んで立っていた。青みがかった銀色の真っ直ぐな髪がサラリと輝く。

「ありがとうございます。エイブラムス様の流れるようなサラサラの髪もとても素敵です」

 私が言うと「ありがとう」と笑みを深めた。エイブラムス様の髪は以前はいつも優雅に巻かれていたけど、最近はストレートにしていることが多い。凛とした雰囲気によく似合っているわ。少し羨ましい。
 そう言えば、とエイブラムス様が続けた。
 
「今日の放課後、時間はあるかしら?生徒会の簡単な仕事に手を貸してほしいのだけど」

「時間はありますが……」

 私でお役に立てるのでしょうか……?少し不安に思っていると「大丈夫よ」と微笑まれた。



 放課後生徒会室へ行くと、室内にはエイブラムス様おひとりだった。
 資料を何冊か渡され、過去のものと比べながらおかしな所は無いか帳簿の確認して欲しいと言われた。数字は得意だからそれならきっとできるわ。

「この机を使って頂戴」

 言われた席につき、早速帳簿をめくる。エイデン様のものとひと目でわかる丁寧な文字が並んでいた。

 制服姿のエイデン様を思い浮かべる。もしかしたらこの席に座ってお仕事してたかも知れないわ。知らないうちに口元が綻んでしまう。


 しばらくの間集中していると、ふと視線を感じて顔を上げた。扉の近くに第三王子殿下とご友人の役員達が立っていて、こちらをじっと見ていた。思わず睨みつけてしまいそうな気持ちをぐっと抑える。…………浮気者。

 笑顔作って立ち上がり、挨拶をする。

「挨拶が遅れ失礼いたしました。メリッサ・オルセンと申します。本日はエイブラムス様の手伝いの為に参っております」

 王子殿下相手だけど学園内だからこの程度で良いわよね。エイブラムス様も無言で頷く。第三王子殿下は少し落ち着きなく視線を動かした。

「ああ……。構わない。失礼した。仕事を続けてくれ」

 そう言いながらも何故か視線を感じる。居心地が悪いわ……。部外者を仕事をさせるなとか思ってるのかしら。けどそれは私じゃなくてエイブラムス様に言うべきよね。そうよね、私は任されたことをすればいいんだわ。
 無言のままそう判断して再び書類に集中した。



 扉をノックする音に集中が途切れ、顔を上げた。入ってきた思わぬ人物を見て目を見開く。

 ――幻かしら?エイデン様がいる。

 そこには緑のラインの入った黒のローブを着たエイデン様が立っていた。お仕事中らしくビシッとした髪型に理知的な黒い瞳。何故かしら?同じ場所に立っていた第三王子達より体は大きくないはずなのに存在感がスゴイわ……。

 無意識に立ち上がり、吸い寄せられるように近づいていく。側に行った私を横目で見てエイデン様が眉間にシワを寄せた。本物だわ。嬉しい。

「エイデン様」

 私は名前を呼んでそっと触れる。眉間のシワが深くなった。……あら?周りに生徒会の方々がいることを思い出し振り返る。皆様の視線が私達に集まっていたので、慌てて差し出した手を戻して姿勢を正した。

 椅子に座りこちらを見ていたエイブラムス様が、悪戯が成功したかのように大きな目を細めた。

 もしかして、エイデン様が来る予定があったから手伝いに呼んでくれたのかしら?凄く嬉しいけど、なんだか恥ずかしいわ……。

 エイブラムス様が立ち上がり艶やかに微笑んだ。

「ウェスティン様、お越し下さり感謝いたしますわ」

「いえ、……早速ですが聞きたいこととは?」

 エイデン様が簡単な挨拶をして部屋の奥に進む。エイブラムス様とテーブルを挟み、早速書類を見ながら話を始めた。私はお茶を入れるために続き部屋に向かう。

 そう言えば、王子殿下が来たときには出さなかったのにおかしいかしら?……けどエイデン様はお客様なのだから変では無いわよね。うんうんと頷きながら全員分のお茶を用意する。

 エイデン様、お仕事お疲れ様です。美味しくお茶を淹れますからね。

 浮かれる気持ちを隠しながらトレーを手に部屋に戻ると、第三王子殿下達も加わって話をしていた。きちんとお仕事してる……。 こうしていると、『ピンク』にうつつを抜かしている方々には見えないわ。やっぱりエイブラムス様の方がずっとお似合い。

 気づいて~。目が覚めて~。と念を込めながらカップをテーブルに置いた。



 再び私も書類に集中していると、エイデン様が席を立った。まだ私の仕事は終わっていない。一緒に帰りたかったな……。
 お見送りの為に立ち上がった私にエイブラムス様が仰った。

「メリッサ様もここまでで良くてよ」

 いいのですか?!本気にしますよ?!!

「今日は助かりましたわ。婚約者とご一緒したいのでしょう?」

 エイブラムス様が微笑んだ。女神のようだわ。尊い上にお優しい。

「ありがとうございます。お手伝いすることがありましたら何時でもお声掛けください」

 私は礼をしてから急いで書類を片付け、来たときと同じように扉の前に立っているエイデン様の側に行った。近くで目があったのが嬉しくて、思わず笑みがもれる。

「それではこれで。失礼致します」

 エイデン様にあわせて礼をして、生徒会室を出る。扉が閉まるまでエイブラムス様は微笑んで見送ってくださった。尊い。




 学園の廊下を黒のローブ姿で颯爽と進むエイデン様。素敵。もう学園を一緒に歩くことはないと思ってたから嬉しいわ。言いたいことを一気に言ってしまう。

「今日は驚きました。これまでも生徒会に来ていたのですか?王宮事務官のローブですよね?凄くお似合いです」

「生徒会に呼ばれたのは初めてだ。正直言って本気で資料を読めばわかるような用件だった。……ローブは着なくてもいいが温かいからな」

 ローブは防寒でしたか。日の暮れる頃は寒くなりますものね。

 眉間にシワを寄せ真っ直ぐ前を見て歩く横顔を眺める。手を繋ぎたい……。けど嫌がられるわよね。我慢だわ……。ぐっと拳を握りしめた。

 寮の前まで来たので挨拶のためにエイデン様と向き合う。いつもはすぐに「じゃあな」と言われるのに、じっと見つめられた。……別れを惜しんでもらえるなんて初めてかも。
 少しだけドキドキする。

 エイデン様の両手が近づいてきた。私を見つめる黒い瞳。

「どうかしましたか?」

 思わず誤魔化すように笑ってしまう。

 エイデン様の両手が私のツインテールを下から掬い上げた。真剣な顔でふわふわと動かす。…………ん?

「祭りの時も思ったが、いつもと違うな」

 ふわふわ~が気になりましたか。そうですか……。

「……アンナのお陰です。気に入ったのならコツを教えてもらいます」

「いや、そういう訳ではないが……。そうだな……」

 手はふわふわと動かし続ける。その凛々しい眼差し、何となく無駄ではないかしら……?



 エイデン様、ふわふわ~をお気に召したようです。




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