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13.ココがいない
しおりを挟む2回目の夏休みが明けてすぐの頃、今日は学園でエイデン様の姿を見つけることができなかった。毎日欠かさず眺めていたのに教室にも図書館にも中庭にもいない。
学園に入ってから一度も休んだことなかったのに……。もしかして、具合でも悪いのかしら。心配になって放課後伯爵家のタウンハウスへ向かうことにした。
エイデン様から、何時でもココに会うために伯爵に来てもいいと言われているのだ。ココのお陰ね。
屋敷に着いたけど、エイデン様はお留守だった。具合が悪かったわけでは無いのね。ほっとしたけど、……何となく使用人達の雰囲気がいつもと違う気がするわ。
「エイデン様は何方にお出掛けなんですか?」
「日の暮れる頃にはお戻りになると存じます」
その言葉を聞いて待たせてもらうことにする。どうかしたのかメイドに聞いてみようと思ったのにお茶を用意してくれたらあっという間に離れて行ってしまった。
ひとりで寂しくひと口お茶を飲む。相変わらず美味しい。……今日はココも来てくれないのね。もしかしたら一緒にお出掛けしてるのかしら……?
そんなことを考えているうちにエイデン様が戻ってきた。出迎えるために外に出ると、王都では珍しく騎乗しているエイデン様がいた。凛々しい姿に見惚れそうになったけど、私を見つけた眼差しが少し険しいのに気づいた。
「……何かあったのですか?」
馬から下りるのを待って声を掛けるとエイデン様の眉間にギュッと力が入った。
「ココがいなくなった」
一瞬言葉の意味がわからなかった。エイデン様の顔をまじまじと見つめる。
「…………え?どういうことですか?屋敷から出てしまったということですか?」
「すまない。きちんと預かると言っておきながら」
「……何時からいないんですか?」
「昨日の夕方からだ」
「そんなに……!」
もう一日経ったことになる。きっとお腹を空かせているわ。夜も何処かで独りぼっちでいたの?今日も日が暮れてしまう。早く見つけてあげないと。
「私も探……」
「おい!ココは見つかったか?」
突然響いた大声に振り返れば、馬に跨った騎士服のイアン様がいた。エイデン様がこたえる。
「まだです。今日一日西の森を中心に探したのですが」
「そうか……。俺も騎士団に見つけたら保護してもらえるように頼んでおいたが……」
そこまで言ったところでイアン様が私に気づいた。急いで下馬して大きな体を折り曲げて頭を下げた。
「すまない!俺のせいなんだ」
「……どういうことですか?」
聞けば、昨日お休みだったイアン様はココを連れて西の森に出掛けた。けど帰る頃になって天気が急変し、雷の音に驚いたココが走りだしたため見失ってしまったそうだ。
昨日夕立があったわ。その時からココは独りぼっちなの?
「そんなっ!どうして追いかけてくれなかったんですか!」
「すまない。雨で視界も悪くて」
「どうして!先に帰ってきちゃったんですか!ココはイアン様を待ってるかも知れないのに!」
不安で鳴いてるかも知れないココを思うと涙が溢れてくる。
「……すまない」
「ちゃんと探してください!騎士なのに!どうして天気が変わるのに気づかなかったんですか!なんでっ、」
「――言い過ぎだ」
エイデン様の低い声に言葉を止める。私が涙の溢れる目をエイデンに向けると、厳しい眼差しで真っ直ぐにこちらを見ていた。
「確かにココを見失ったことに否はあるが、イアン兄上は懸命に探してくれてる。騎士である兄上を否定するような言葉は許容できない」
「だって……、ココは独りぼっちで、今だって何処かで……」
「そう思う気持ちは兄上も一緒だ」
エイデン様の平坦な声色に少しだけ冷静になり、あらためてイアン様の顔を見上げる。いつでも元気いっぱいなのに今日は凄く疲れて見える。ココを探してから仕事に向かったから、昨日は寝てないのかもしれない。
私は俯いて両手でスカートをギュッと握った。
「申し訳ありません……」
「謝る必要はない。見つけるのが遅くなってすまない。これからまた探しに出るつもりだ」
「……いいえ。イアン様、明日もお仕事なのでしょうから、少し休んでください」
「いや、そういうわけにはいかない。俺の体を心配してくれてるなら大丈夫だ。ありがとうな」
そう言ってイアン様は大きな手で私の頭をぽんぽんと触った。俯いたまま顔をあげられない。
隣からエイデン様の声がした。
「今日はもう遅いからお前は寮に戻れ」
「そんなっ!私もココを探したいです」
「おいおい。メリッサだって気になって眠れやしないだろう。今日ぐらいは、」
「駄目です」
言い縋る私を擁護してくれようとしたイアン様だけど、エイデン様にぴしゃりと言われるとあっさりと口を噤んだ。
いつもの押しの強さはどうしたの!?もう少し頑張ってくれても良かったのに……。自分で頑張るしかないのね。
「お願いします!探しに出られなくても、待つだけでもいいので、」
「駄目だ」
間髪入れずに私の願いは却下された。そんなにイジワル言わなくても……。抗議の気持ちを込めて睨んでみたけど、まったく意に介さない様子でこちらを見てくれない。
「馬車を用意させる。……明朝迎えを出すから今日は帰れ」
ここまではっきり言われたらこれ以上留まることはできない。私は伯爵家のメイド達に促されて馬車に乗り込んだ。
……エイデン様が冷たい。
イアン様に酷いこと言ったから怒ってるのかしら。ココは今どうしてるんだろう。エイデン様に嫌われちゃったのかしら。ココはお腹を空かせていないかしら。怪我してたりしないかしら。
寮に向かう馬車の中、顔を心もぐちゃぐちゃになって、ぽろぽろとひとり涙を流した。
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