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7.王立学園新歓パーティー

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 寮に入って良かったことは2つ。学園の敷地内にあるから朝とっても楽ちんなことと、入学前に友人ができたことだ。
 入寮するのは王都にタウンハウスを持たない家が殆どなので低位貴族が多く、気がねなく話せる雰囲気があって楽しい。

 入寮した日、隣室から出てきた方が黒髪の聡明そうな女の子だったので、反射的に距離を詰めて挨拶をした。彼女はアンナと言って同じ子爵家だったのもあって、すぐに意気投合して仲良くなれた。


 入学式の日も一緒に学舎へ向かう。朝、お互いの制服姿を見て「お揃いね」と笑いあった。学園生活が楽しくなりそう。

 クラス分けを見たらふたりとも高位クラスだったことには驚いてしまった。
 クラスは成績順なので、私は入学前の試験で成績上位だったということになる。今まで比べる相手が優秀なエイデン様しかいなかったから分からなかったわ……。

 それにしても、アンナは私のクラスに対して驚き過ぎだと思うわ。「外見がふわふわしてるから頭もふわふわして見えてたってことなのかしら?」と言ったら、首を傾げて「ふふふ」と笑って誤魔化された。ヒドイ。けど同じクラスで嬉しい。



 入学式の次の日は新歓パーティーだ。エスコートは無理だったけど、エイデン様が一所懸命準備をしてくださったのだから、しっかり楽しもう。それに役員としての凛々しいお姿も見られるかもしれないわ。

「このリボンは婚約者の方の色なの?毎日のように会いに行ってたわよね?」

 私の髪に黒いリボンを結びながらアンナが聞いてきた。メイドを連れてきていないから、お互いに準備を手伝っているのだ。

「婚約者ではないの。幼馴染で、ずっと憧れていてお慕いしている方なの。エスコートもしてほしかったけど、生徒会役員だから難しいって……」

「優秀な方なのね。会場でお見かけできるかしら」

「きっと会えるわ。とっても素敵なの」

 満面の笑みで言うと、アンナは鏡越しに目を合わせて「楽しみだわ」と笑った。


 会場に着くと昨日の制服姿とは違い、みんな華やかな雰囲気で圧倒された。同じ年頃の貴族がこんなに集まるパーティーは初めてだから少し緊張するわ。

 アンナと並んで歩きながらエイデン様の姿を探していると、目の前をひとりの少女が通り過ぎた。

 サラサラと音まで聞こえてきそうな美しく輝く白銀の髪。背は高めですらりとしていて、モスグリーンのエンパイアラインのドレスからは白く細長い腕が伸びている。歩いているだけなのにふわりふわりと何故かとても優雅だ。

「綺麗な方……」

 思わず呟くと隣のアンナも気づいたようだ。

「あの特徴的な白銀の髪はノーステリア伯爵家の方ね。確かひとつ上にいらっしゃるはずだわ」

 ノーステリア伯爵家の話は聞いたことがある。最も歴史ある家のひとつで、北の広大な領地を治めている。領地は山が多く、冬の間は深い雪に閉ざされてしまう厳しい地だけど生活は安定しており、領民達は皆穏やかで伯爵家を慕っているという、なんとも理想的な領地経営を長年続けている伝説なような一族だ。
 しかも直系の方は必ず白銀の髪で、その見た目から雪の精霊の加護を受けているのではと噂があると聞いてたけど、想像以上にお綺麗な方だわ。眼福とはこういうことを言うのね……。

 離れていく美しい後ろ姿を目で追っていると、その先に黒のタキシード姿のエイデン様を見つけた。きりりとした顔で会場を見回している。そう言えば警備を担当すると言ってたわ。エイデン様が守ってくれてるなら安心ね。

 足早に近づいていくと、私の前を歩いていたノーステリア様が美しい指先を軽く上げ、エイデン様に挨拶をした。エイデン様も目で頷き返し、その後ふたり並んで会場に目を向けながら話しだした。私は咄嗟に視界から外れるように横に移動する。

「いよいよですね。緊張するわ」

「そうだな。まぁ、やるだけのことはやったし何とかなるだろ」

「そうですね。努力は報われるものと祈ってるわ。貴方は警備担当なのだからくれぐれも気をつけて」

「ああ。お前もな」

 最後に軽く手を振ってからそれぞれに歩きだし離れていった。
 ふたりとも左腕に生徒会の腕章を付けていた。お互いにとても気を許していそうなやり取り。エイデン様が「お前」って呼ぶ女の子は私だけだったはずなのに……。
 春休み帰ってこなかった間、エイデン様はあの方とご一緒だったのね。目の前がぐらぐらと揺れる。

「メリッサ、どうかしたの?急にいなくなったから探しちゃったわ」

 肩に温かい手が置かれた。アンナの切れ長で理知的な瞳が私の顔を心配そうに見つめている。

「……大丈夫。ごめんなさい。……ただ、エイデン様を見つけたのに、ノーステリア様と並んでて、ふたりとも生徒会役員で、とても仲良さそうに見えて……」

 私が言いながら俯いてしまうと、アンナは「なるほど」と呟いた。

「まずはメリッサの想い人を探しましょう。もう一度様子を見てみたら思い過ごしと感じるかもしれないわ」

 アンナの言葉に頷いてエイデン様を探せば、バルコニーで学園警備の騎士の方と話しているところだった。

「あの黒髪の方が貴女の『エイデン様』なの?」

「そう、凛々しくて素敵でしょう?」

「……そうね、理性的な方に見えるわ」

 そうよ、エイデン様は理性的で優しい。浮気なんてする方とは思えない。……けど、そもそも浮気では無いとしたら?私への好意なんて元々持ってなかったとしたら?

 …………あら?

 私、エイデン様から好意をしめす言葉を言われたことなんてあったかしら……?

 今まで婚約が許されない原因ばかり考えていたけど、そもそも私の想いはエイデン様に伝わっているのかしら……?

 考えれば考えるほど良くない方向に思考が行ってしまい、体がどんどん冷えていく。せっかくのパーティーなのに楽しむ気になれず会場の隅に席を見つけて座り込んだ。
 アンナが探してきてくれた温かい飲み物を両手で包むようにして休んでいると、視界にまたあの方が入ってきた。

 会場内の担当なのだろう、ノーステリア様は休むことなく会場の中を動いている。視線を流すように目配りしながら柔らかく微笑んで優雅に歩く姿に、多くの人が目を奪われているようだけど、誰も声をかけることは無い。
 本当に精霊様のようだわ。素敵……。思わず溜め息がもれた。

「……あのような素敵な方が相手なら仕方がないわ」

「何のこと?」

 アンナが戸惑ったように返してきた。

「エイデン様の想い人がノーステリア様だと言うなら仕方がないと思うの。だって素敵だもの。……私、エイデン様に話してくるわ」

「え!?ちょっと待って……」

 勢いよく立ち上がるとアンナは慌てて止めてきたけど、エイデン様のいるバルコニーに向かって歩きだした。


 足早に近づいていく私に気づき、エイデン様は少しだけ柔らかく目を細めた。心臓がきゅっとなる。けど、聞かなければならない!

「あらためて入学おめでとう。パーティーは楽しん……」

「エイデン様は想い人はいらっしゃいますか!?」

 エイデン様の言葉を遮ってしまった。みるみる眉間のシワが深くなっていく。

「何を……」

「もしいらっしゃるのなら教えてください!今、ここで!」

 さらに近づいて言い縋るとエイデン様は困惑してるのを隠さず言った。

「お前、何を言ってるんだ?」

「『お前』って呼ばないでください!!!」

 思わず怒りを表に出してしまった。エイデン様は口を閉ざし、眉間にシワを寄せてじっと私を見たあと視線をそらした。

「何が気に入らないのかは知らないが、後で話を聞く。今は無理だ」

 そう言って手の甲をこちらに向けて追い払うように動かした。犬じゃないもの!私は思わず頬を膨らませる。エイデン様はその様子を横目で見ると、払うように動かしていた手を私の頭の上に乗せた。

「後で聞くから教えてくれ」

 髪型が崩れないように一度だけ優しく撫でられると、強張った心が解けていくようだった。やっぱり何だかズルイわ。

「……きっとですよ」

「わかった」

 私が離れて戻っていくとアンナがこちらを見て待っていた。その目は何故か生暖かく笑っていた。




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