6 / 42
5.エイデン様の目標
しおりを挟むついに恐れていた時が来てしまった。
私が14歳になる年、ひとつ上のエイデン様は王立学園に入学するため王都にある伯爵家のタウンハウスに移り住むのだ。
寂しい……。
癒やしをもらうためにココを一心に撫でる。結構しつこく撫でてるけど嫌がることもなくそっと寄り添ってくれてる。妹と思ってたけど、いつの間にかココは優しい姉のようになっていた。
「使用人としてでもいいからついて行けないかしら……」
私が真剣に呟くと、里帰り中の姉(本物)の「貴女、何を言ってるの?」と冷静な声色が背後から聞こえてきた。
7つ上の姉は学園を卒業後、王都で出会った伯爵様と結婚した。少し年上だけどとても大切にされていて幸せそう。今は待望の赤ちゃんがお腹にいる。私ももうすぐ叔母様になるのだ。ちなみに兄とヘンリー様は大学へ進学し、まだ王都にいる。
「だって、エイデン様とは子供の頃からずっと近くにいられたのに……」
「今だってそんなに会えて無いでしょう?それよりも1年後、学園でがっかりされない成績がとれるように頑張りなさい。学園に通うようになれば、今までよりも会えるようになるんだから」
「お姉様!!!」
私は姉の手を勢いよく両手で握りしめた。ココが少し驚いて腰を上げた。ごめんね。
けど、素晴らしい助言ですわ!王立学園で過ごす一緒の時間が、この恋の長期戦を制すための重要な転換点となるのですね!
「ありがとうございます!私、頑張ります!!」
姉はぽかんとした顔をしたけど、すぐに楽しそうに微笑んだ。
「貴方が元気になってくれたのなら嬉しいわ。応援してるから頑張ってね」
「はい!」
ふたりで顔を見合わせて笑った。ココも戻ってきて足元に座ったので首を撫でた。
姉はお腹を擦りながら、「この子が貴女に似ると大変だけど楽しそうだわ」と言ったので、「どんな子でもめいいっぱい可愛がりますわ」と笑った。
そして今日は、エイデン様の送別パーティーだ。明日には王都へ行ってしまう。頑張ると決めたけど、やっぱり寂しい。
伯爵家のホールに入ると王立学園の制服姿のエイデン様が立っていた。白い縁どりのされた紺色のジャケットがお似合いだ。黒髪だから何でもシックに着こなせるのね。
「素敵です!制服姿を見せてくださるなんて、嬉しいですわ」
「……早めに届いたからな」
小走りに近寄っていくとエイデン様が眉間にシワを寄せた。……少し声が大きかったかしら。私は淑女らしく微笑んだ。
「エイデン様にお祝い申し上げますわ」
四角の薄い包みを渡すと、すぐにリボンを解いて包みを開いた。中には私が描いたココの絵が入っている。身近なところに置いてほしいから小さめの額にしたけど、時間をかけて細かく描き込んだ力作だ。
「……上手いな」
エイデン様が褒めてくれた。
「気に入ってくださったのなら何枚でも描きますわ」
「いや、これでいい。ありがとう」
エイデン様がお礼を言ってくれた。嬉しい。
「ちゃんと飾ってくださいね。忘れたら嫌ですよ」
「わかったわかった」
私が詰め寄るとエイデン様は額を持っていない左手で私の頭を抑えた。それ以上近づくなってこと!?むぅっとした顔をすると、手が離れるときにふわりと頭を撫でてくれた。……何だかズルイわ。
和やかなパーティーがお開きになり、残ったのは伯爵家の方々と私の家族だけになった。そろそろ帰らないといけないのね。明日にはエイデン様はいなくなってしまうのだわ……。しょんぼりしていると、エイデン様が口を開いた。
「父上、私は卒業後、王宮事務官を目指すつもりでいます」
その言葉に一瞬だけ場が静かになる。伯爵様は鷹揚に頷いた。
「そうか。しっかり学ぶといい」
「はい。行ってまいります」
エイデン様が礼をすると皆が拍手をした。私ももちろんしたけど、父だけは奥歯を噛みしめたような顔をしていた。何故?
王宮事務官登用試験は毎年数名しか通らない難関だ。優秀さはもちろん、信頼される人格も問われると聞いたことがある。身分に関係なく選ばれるため、嫡子ではない貴族には目指す方も多いらしい。
エイデン様はそれに挑むと宣言したのだ。やっぱり素敵だわ。
「エイデン様なら必ず!応援しますわ」
私が言うと、エイデン様は少しだけ柔らかく微笑んだ。絵に描き残したい。
その後、何故かエイデン様を睨みつけて帰ろうとしない父を引きずって馬車に乗り込んだ。
帰路の途中、母が「貴女もエイデン様に相応しくあるように頑張りなさい」と言ってきた。そんなことを言われたのは初めてだったので目を丸くすると、父を横目で見ながら続けた。
「王宮事務官であればメリッサの嫁ぎ先として申し分ないものね」
「本当ですか……?」
私が縋るように父を見ると、ほとんど口元を動かさずに「そうだな」とこたえた。
エイデン様と結婚できるかもしれない……。それからしばらくの間ふわふわした気分になってしまい、なかなか眠りにつくことはできなかった。
次の日、エイデン様はひとり、王都へと旅立っていった。
0
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる