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2.仲直り
しおりを挟む「私、エイデン様と結婚します!」
その日の夕方、私が家族に宣言すると、母と姉、兄は苦笑いをし、父は盛大に顔を歪めた。いけないことを言ったのかしらと首を傾げると、笑顔に青筋を立てた父が言った。
「伯爵家三男のエイデン君と子爵家末子のメリッサは今婚約を結ぶのは難しいよ」
母達も頷いている。そんなぁ……。人生初めての挫折だった。けど負けない。
父の言葉は『継ぐべき爵位のない方との婚約を早々と決める必要はない』という意味だったのだけど、この時の私は『伯爵家の方に私は不釣り合いなんだわ』と思い込み、その後マナー教育や勉強に一所懸命取り組むようになったのだけど、誰もその勘違いを指摘してはくれなかった。
またウェスティン伯爵家に遊びに行く気持ちにはなったけど、そのためにはイアン様との仲直りしなければならなかった。
「……イアン様と仲良くしたくない」
伯爵家へ向かう馬車の中で私が口を尖らせると、向かいに座っている兄が笑った。
「そんなこと言って、イアンはエイデンの兄なんだよ。もしもエイデンと結婚したら一生の付き合いになる」
「でも……」
「エイデンはイアンのこと怒ってた?嫌いって言ってたかな?」
「……言ってない」
ココを連れてきてくれた日、エイデン様の頭に触らせてもらって、「もう痛くないの?」と聞いたら、「今回はたまたま当たりが悪かっただけで大した事ない」と何でもないことのように言っていた。
「男の子ってあれが普通なんですか?……怖いです」
「さすがに普通ではないと思うよ」
兄が困ったように言った。首を傾げると短く揃えてある薄茶色の髪がふわりと揺れる。……確かに兄が誰かを殴ったりするなんて想像できないわ。
馬車が止まるとヘンリー様とエイデン様が出迎えてくれた。イアン様はいない。少しホッとした。
兄とヘンリー様は会うなり話が盛り上がって行ってしまったので、私はエイデン様と並んで歩きだす。嬉しくて、凛々しい横顔に話しかけた。
「エイデン様、ココは少し大きくなったんですよ。朝起きるとすぐに私のところに来るんです」
「そうか」
「ココはモコモコしてて足も太くて可愛いんですけど、お父様が『こういう犬は大きくなるぞ』って言うんです」
「そうだな」
「大きくなってもココはきっと可愛いわ。そしたらギュって抱きついたりできるかしら」
「そうなるといいな。それより……」
廊下で立ち止まりエイデン様がこちらを見た。黒い瞳に私が映っている。嬉しい。にこにこと見上げていると眉間にシワを寄せて言葉を続けた。
「イアン兄上がお前と話すために部屋で待っている。会うか?」
「えぇぇ…………」
私が機嫌を急降下させるのをエイデン様はじっと見ている。……やっぱり仲良くしないとダメなのよね。
「怪我は、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」
「見せてください」
エイデン様が黙って頭を下げたので、両手で艶々の黒髪をそっとかき分けると、すぐに小さな傷を見つけた。髪が生えているはずのところが赤黒い傷になっている。指先が触れるとエイデン様が少しだけ首を竦めた。
「ごめんなさい」
「……別に痛くない」
頭を上げたエイデン様を見上げる。……痛かったに決まってるわ。エイデン様は静かに本を読んでいただけなのに、こんな怪我をするほどいきなり叩かれたのだ。
…………許せないわ。
それまで怖いと思っていたイアン様への怒りがフツフツと湧き上がってきた。
そんな私の様子を見てエイデン様が困惑した顔をしたけど、構わずにイアン様が待っているであろう部屋の扉を勢いよく開けた。
ソファに座っているイアン様に足早に近づくと、不貞腐れた顔を隠すこともなく立ち上がった。何か言いかける前に私が声を上げた。
「謝ってください!」
普段は大人しくにこにこしていることの多い私が大声を出したから驚いたのだろう。背の高いイアン様は少したじろいでいる。
「悪かった……」
「違います!エイデン様にです!謝ったんですか!?」
そう言って振り返るとエイデン様も目を丸くしている。イアン様はまた不貞腐れた顔をした。
「だってそれは……」
「あんな怪我させて!痛かったのに!いきなり殴るなんて卑怯者のすることですわ!謝るまではイアン様とは仲良くなんかしません!!!」
一気に言うとイアン様が口をパクパクさせた。目をウロウロさせながら考えたあと、エイデン様を見た。
「悪かった。やり過ぎたよ。これからはしない」
「わかった」
イアン様の謝罪にエイデン様が短く言葉を返した。ごちゃごちゃ言わないところが男らしいわ。
「これで仲直りですわ!」
私が上機嫌になって言うと、ふたりとも顔を引きつらせて笑った。そういう表情は似ているわ。
その後イアン様から小さな包を渡された。中にはボールと骨の形のような物が入っている
「犬用の玩具だ。……今度会わせてくれ」
「もちろんですわ!ココって言うんです。連れてきてもいいですか?」
「よかったらそうしてくれ」
「ありがとうございます!楽しみですわ」
それからはココも伯爵家へ行くようなった。イアン様は本格的に剣を学ぶようになり、棒などを振り回すようなことをしなくなった。
今日もココと体力のあり余っているイアン様は庭の芝生の上を駆け回っている。とても楽しそうだ。
「気があってるな……」
ひとりと一匹の戯れる様子を眺めていたエイデン様がぼそりと呟いた。
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