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本編
32.怖くないの、遥さん
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引き続き祐視点です。
――――――
公園で出会った高校生――遥と毎週会うようになった。
学校帰りに会って、他愛もない話や持ち込んだおやつを食べながらプレイをする。公園のど真ん中でプレイするのは不審なので(主に遥が)、すべり台下のドーム内に潜るようになった。かまくらに似たドームの中は少しだけ薄暗く、秘密基地のようで気に入っている。
プレイを終えるたび、このままずっと二人でいられたらと思わずにはいられなかった。入り口を塞いで、出られないようにして、その中で二人でいたらきっと楽しい。実行には移さないけれど。
「遥さん、よくできました」
「ん……」
頭を撫でると、嬉しそうに遥が表情を蕩けさせた。自ら手に頭を押しつけてくるのを、祐は目を細めて受け入れる。同時に今日持ってきたビスケットを口にあてがってやると、くぱりと口を開けて頬張った。
どうやら、遥は撫でられるのが好きらしい。触れても抱きしめても喜ぶが、頭を撫でられたときが一番反応がよかった。だからご褒美は頭を撫でることである。
「もっと」と幼い口調で強請られ、祐は両手で優しく髪を梳いた。自分よりも大きな男が、まるで幼子のように甘えてくるさまはひどく倒錯的で、祐に興奮をもたらした。
早く大きくなりたい。最低でも遥より背が高くなりたい。遥を抱きしめて、包み込んで、めいっぱい甘やかしたい。
――だって遥さん、飢えてるから。
祐がいくら構ってもGlareで縛っても、嬉しそうにしてその先をねだってくる。よっぽど愛情が足りないのだ。それを不憫に思うと同時、嬉しくもあった。自分のなかにあるものをどれだけ注いでも遥は壊れない。花と違って枯れもしない。祐の支配を喜び、もっともっとと貪欲に求めてくる。ときにはスペースにも入ることだってあった。可愛い。本当に可愛い。年上に言うことではないけど。
全力で自分をぶつけても受け止めてもらえて、自分にすべてを明け渡して、身も心も委ねてくれる。心のでこぼこ不揃いな部分にぴったり寄り添われるような感覚は、祐の幼い語彙では言い表せないほどの感動をもたらした。ずっとこのまま二人でいたいと思った。
だが、そううまくいくわけもなかった。
「……下宿?」
「うん。うかったらね」
今週も、いつもの公園で待ち合わせた。最近はぐっと寒くなって、互いにコートとカイロを身に付けている。祐は自分の家に連れて行こうとしたが、「さすがにそれは」と困った顔で固辞されてしまった。受験生なのにと気を揉んだが、ドームの中に入ってしまえばそれほど寒くなくてほっとする。まぁ、身体が冷えるといけませんからね、と寒さを口実にしれっと抱きついたが。
そうしていつもどおりプレイをして、スペースに入った遥の口から出た台詞が、これ。
下宿する、となんでもないことのように遥は言った。それがショックだった。
遥が高校三年生であることも、いま受験に向けて頑張っていることも知っている。冬休みが近いいま、最後の追い込みだと先週聞いたばかりだ。遥の着ている制服は町でも有数の進学校で、祐が来るまではいつもベンチで単語帳や参考書を開いている。どうかその努力が報われてほしいと祐は思っていた。自分が助けになれることはなんでもしたかった。だがその先のことは考えていなかった。当たり前のように遥はこの町にいるのだと思っていた。
「どこの大学を受けるの?」
おそるおそる尋ねると、んー? とふわふわ笑った遥が、小学生の祐でも知っている大学の名前を挙げた。偏差値が高いことで有名な大学である。すごいと感嘆する前に落ち込んだ。とてもここからは通えない。
「じゃ、じゃあ遥さんが下宿したら、会えなくなる……?」
「んー? ん、そうだねぇ」
「そんな、寂しいよ」
「うん」
寂しいね。
あっさり返った頷きに絶望した。たまには帰るから、とかまた会おうね、もない。もしかしたら帰省する気がないのかもしれなかった。家族との折り合いがそれほどよくないことは会話の節々から察している。
嫌だ、と思った。だがここで駄々を捏ねてはいけないこともわかっていた。これだけ頑張っている遥に対して、自分のために目標を曲げろなんて言えるわけがない。いくら子どもでも、それが許されるわけがないと知っている。
でも祐より大学が優先されるのは、正直ひどく堪えた。下宿するならこうして毎週会えなくなる。遥がこうして会ってくれるのは受験の間だけということだ。スペース中の遥が嘘を吐くことはない。だからこれは本気で、本当だ。
ひどい、と思った。ひどい。祐には遥だけなのに。やっと見つけたのに。
顔には出すまいと頑張ったが、内心は大荒れだった。遥の腕の中でぽかぽかしていた気分が、ゆっくりと冷えていく。腹立たしくて、悔しくて、憎くて――寂しい。
「……まさき?」
「はい」
「かんがえごと?」
「……うん。ちょっと」
笑顔を繕いながら顔を上げると、遥がぎゅっと唇を結んだ。黒ぶち眼鏡の奥の眸がほんのり潤んでいる。その眸は明確に自分に意識が向いていないことが不服だと訴えていた。スペースに入っているときの遥は、いつにも増して表情に出る。考えていることに嘘がなくて、素直で、全力で祐を求めてくる。
それが可愛くて仕方ないのに、いまはひどく憎らしかった。どうせそのうち捨てるくせに、と詰りたくなる。
……どうして、こんなに歳の差があるんだろう。
同い年ならよかった。それが無理でも、せめてもう少し年齢が近かったら一緒に学校に通えたかもしれない。もっと早く出会えたかもしれないのに。
きっと、子どもだから相手にされないのだ。祐がもっと年上だったらとっくに首輪を渡している。首輪で繋いで、祐のものだと知らしめて、離れるなんて考えられないようにするのに。
「……なんで」
気付けば、祐は両手で遥の首を包んでいた。まっさらな首はすべすべしていて、喉仏と筋だけが浮いている。出会ったときは不健康そうだった肌色は随分良くなって、少しだけ肉もついた。掌に直に脈を感じる。
ここに、首輪をつけたい。
「遥さん」
――このまま手に力を籠めたら。
唐突に、魔が差した。このまま手放すくらいなら、いっそ。そんな思考に恐怖する。だがこの首筋にくっきり手形が刻まれるだろうと思うと、言いようもなく興奮することも事実で。
「っひ」
遥の手が祐の手に重ねられた。うしろめたい思考を読まれた気がして、祐はたじろぐ。おそるおそる遥の顔を覗き込んだ。
……笑ってる。
なんで、と思うと同時に重なった手を撫でられた。寝ないでぐずる子をあやすような手つきは、穏やかな微笑みと相まって祐の罪悪感を刺激する。でも遥だって悪い。あっさり離れていこうとするから。このまま思い切り首を絞めてやりたい。
だって、ここで枯らしてしまえば、遥は他の誰のものにもならずにすむ。
「怖くないの、遥さん」
最後通牒のつもりで問えば、遥が不思議そうに瞬いた。その無防備さに腹が立つ。
いま、首絞められそうになってるのに、なんでぽわぽわしてるの。ここで力入れたら、遥さんの首なんかポキッだよ。いやポキッは無理だけど……でもスペース中のSubがDomに抗えるわけがない。なのになんで遥さんそんなふわふわと笑ってるのかな。
「こわくないよ」
なんでもないことのように返されて、動揺した。なんで。手が震えて、目の裏がかっと熱くなる。
――なんで!!
ちょっとくらい怖がってみせればいいのに。やめてってこいねがえばいいのに。悔しい。本当くやしい。
手から力が抜けた。みるみる視界が滲んで、遥の笑顔がぼやける。どうしよう泣いた。子どもみたいだ。いや子どもだけど。子どもだけど、遥の前では絶対にそんな姿見せたくなかったのに。
泣き顔を隠すように抱きつく。抱きしめた身体の温かさにますます涙が出た。さっき縊っていたら、遠からずこの身体は冷たくなっていた。いままで自分が枯らした花々と遥が重なって、背筋が寒くなる。いやだ。それは嫌だ。でも、遥が自分の前から去るのも嫌で、祐以外の誰かの首輪をつけるのも嫌で。
ぐずぐず鼻を鳴らしていると、よしよしと抱きしめ返された。顔を上げると笑いかけられる。
祐は唇を噛んだ。
スペースから覚めたら。さっきの会話も祐の罪も、きっと遥は覚えてない。
……遥さんがスペースから戻ったらいつもどおりにする。進路だって応援する。離れるのも――嫌だけど、すっごく嫌だけど仕方ないから我慢する。
だから、いまだけ。
「遥さん」
名前を呼びながら、遥の顔に口づけた。頬に、こめかみに、目尻に、額に、鼻の頭に。こうしてキスをするのは初めてだった。遥の反応が怖い。怖いけどやめられない。
「遥さん、はるかさん」
夢中になって口づけていると、くすぐったそうに遥が身を捩った。逃げないで、とドームの壁に身体を押しつける。ちゅうと頬に吸いつくと、遥がひくりと肩を揺らした。
「まさき、んっ」
不意に名前を呼ばれた。その続きが聞きたくなくて口を塞ぐ。塞いでから「あ、ファーストキスだ」と思った。遥はどうだろう。初めてだったらいい。そしてこれからもずっと、誰ともキスしなければいい。
お願い、と唇をくっつけたまま祐は希った。
「誰も好きにならないで。僕以外は見ないで。お願い」
それが叶わないことは、もちろん知りながら。
***
遥の身体を清め終え、自身も軽く身を拭く。そうして傍らに寝そべると、眠っている遥がぴくりと反応した。もぞもぞと手が動くので握ってやると、ほっと力が抜ける。そのまま腕の中に抱き寄せれば、薄い汗の香りが鼻をくすぐった。同時に艶姿が脳裏に巡って下半身が熱くなる。
……いや、さすがにもう。
寝ている相手に無体を働くのはさすがに。
祐は首を振り、煩悩を払った。寝る。さっさと寝よう。でもその前に。
「遥さん、好き」
囁いて、その肩に顔を埋めた。指先で首輪を辿る。
この九年間、一度も忘れることはなかった。プレイも、キスも、恋も、全部遥が初めてだ。ずっと会いたかった。しかし、同じくらい怖かった。
思い出は美化される。遥は変わっているかもしれない。祐のことなんか忘れているかもしれない。長い間粘着していたことを気味悪がるかもしれない。不安要素は多々あって、けれど一度見かけたらもうだめだった。諦められるわけがなかった。
追いかけて追いかけて、やっと捕まえて。
……ぜったい、こんどは。
目を瞑って、ゆっくりと息を吐く。
途端昨夜からの疲れがどっと襲ってきて、祐は抗わず睡魔に身を委ねた。
――――――
公園で出会った高校生――遥と毎週会うようになった。
学校帰りに会って、他愛もない話や持ち込んだおやつを食べながらプレイをする。公園のど真ん中でプレイするのは不審なので(主に遥が)、すべり台下のドーム内に潜るようになった。かまくらに似たドームの中は少しだけ薄暗く、秘密基地のようで気に入っている。
プレイを終えるたび、このままずっと二人でいられたらと思わずにはいられなかった。入り口を塞いで、出られないようにして、その中で二人でいたらきっと楽しい。実行には移さないけれど。
「遥さん、よくできました」
「ん……」
頭を撫でると、嬉しそうに遥が表情を蕩けさせた。自ら手に頭を押しつけてくるのを、祐は目を細めて受け入れる。同時に今日持ってきたビスケットを口にあてがってやると、くぱりと口を開けて頬張った。
どうやら、遥は撫でられるのが好きらしい。触れても抱きしめても喜ぶが、頭を撫でられたときが一番反応がよかった。だからご褒美は頭を撫でることである。
「もっと」と幼い口調で強請られ、祐は両手で優しく髪を梳いた。自分よりも大きな男が、まるで幼子のように甘えてくるさまはひどく倒錯的で、祐に興奮をもたらした。
早く大きくなりたい。最低でも遥より背が高くなりたい。遥を抱きしめて、包み込んで、めいっぱい甘やかしたい。
――だって遥さん、飢えてるから。
祐がいくら構ってもGlareで縛っても、嬉しそうにしてその先をねだってくる。よっぽど愛情が足りないのだ。それを不憫に思うと同時、嬉しくもあった。自分のなかにあるものをどれだけ注いでも遥は壊れない。花と違って枯れもしない。祐の支配を喜び、もっともっとと貪欲に求めてくる。ときにはスペースにも入ることだってあった。可愛い。本当に可愛い。年上に言うことではないけど。
全力で自分をぶつけても受け止めてもらえて、自分にすべてを明け渡して、身も心も委ねてくれる。心のでこぼこ不揃いな部分にぴったり寄り添われるような感覚は、祐の幼い語彙では言い表せないほどの感動をもたらした。ずっとこのまま二人でいたいと思った。
だが、そううまくいくわけもなかった。
「……下宿?」
「うん。うかったらね」
今週も、いつもの公園で待ち合わせた。最近はぐっと寒くなって、互いにコートとカイロを身に付けている。祐は自分の家に連れて行こうとしたが、「さすがにそれは」と困った顔で固辞されてしまった。受験生なのにと気を揉んだが、ドームの中に入ってしまえばそれほど寒くなくてほっとする。まぁ、身体が冷えるといけませんからね、と寒さを口実にしれっと抱きついたが。
そうしていつもどおりプレイをして、スペースに入った遥の口から出た台詞が、これ。
下宿する、となんでもないことのように遥は言った。それがショックだった。
遥が高校三年生であることも、いま受験に向けて頑張っていることも知っている。冬休みが近いいま、最後の追い込みだと先週聞いたばかりだ。遥の着ている制服は町でも有数の進学校で、祐が来るまではいつもベンチで単語帳や参考書を開いている。どうかその努力が報われてほしいと祐は思っていた。自分が助けになれることはなんでもしたかった。だがその先のことは考えていなかった。当たり前のように遥はこの町にいるのだと思っていた。
「どこの大学を受けるの?」
おそるおそる尋ねると、んー? とふわふわ笑った遥が、小学生の祐でも知っている大学の名前を挙げた。偏差値が高いことで有名な大学である。すごいと感嘆する前に落ち込んだ。とてもここからは通えない。
「じゃ、じゃあ遥さんが下宿したら、会えなくなる……?」
「んー? ん、そうだねぇ」
「そんな、寂しいよ」
「うん」
寂しいね。
あっさり返った頷きに絶望した。たまには帰るから、とかまた会おうね、もない。もしかしたら帰省する気がないのかもしれなかった。家族との折り合いがそれほどよくないことは会話の節々から察している。
嫌だ、と思った。だがここで駄々を捏ねてはいけないこともわかっていた。これだけ頑張っている遥に対して、自分のために目標を曲げろなんて言えるわけがない。いくら子どもでも、それが許されるわけがないと知っている。
でも祐より大学が優先されるのは、正直ひどく堪えた。下宿するならこうして毎週会えなくなる。遥がこうして会ってくれるのは受験の間だけということだ。スペース中の遥が嘘を吐くことはない。だからこれは本気で、本当だ。
ひどい、と思った。ひどい。祐には遥だけなのに。やっと見つけたのに。
顔には出すまいと頑張ったが、内心は大荒れだった。遥の腕の中でぽかぽかしていた気分が、ゆっくりと冷えていく。腹立たしくて、悔しくて、憎くて――寂しい。
「……まさき?」
「はい」
「かんがえごと?」
「……うん。ちょっと」
笑顔を繕いながら顔を上げると、遥がぎゅっと唇を結んだ。黒ぶち眼鏡の奥の眸がほんのり潤んでいる。その眸は明確に自分に意識が向いていないことが不服だと訴えていた。スペースに入っているときの遥は、いつにも増して表情に出る。考えていることに嘘がなくて、素直で、全力で祐を求めてくる。
それが可愛くて仕方ないのに、いまはひどく憎らしかった。どうせそのうち捨てるくせに、と詰りたくなる。
……どうして、こんなに歳の差があるんだろう。
同い年ならよかった。それが無理でも、せめてもう少し年齢が近かったら一緒に学校に通えたかもしれない。もっと早く出会えたかもしれないのに。
きっと、子どもだから相手にされないのだ。祐がもっと年上だったらとっくに首輪を渡している。首輪で繋いで、祐のものだと知らしめて、離れるなんて考えられないようにするのに。
「……なんで」
気付けば、祐は両手で遥の首を包んでいた。まっさらな首はすべすべしていて、喉仏と筋だけが浮いている。出会ったときは不健康そうだった肌色は随分良くなって、少しだけ肉もついた。掌に直に脈を感じる。
ここに、首輪をつけたい。
「遥さん」
――このまま手に力を籠めたら。
唐突に、魔が差した。このまま手放すくらいなら、いっそ。そんな思考に恐怖する。だがこの首筋にくっきり手形が刻まれるだろうと思うと、言いようもなく興奮することも事実で。
「っひ」
遥の手が祐の手に重ねられた。うしろめたい思考を読まれた気がして、祐はたじろぐ。おそるおそる遥の顔を覗き込んだ。
……笑ってる。
なんで、と思うと同時に重なった手を撫でられた。寝ないでぐずる子をあやすような手つきは、穏やかな微笑みと相まって祐の罪悪感を刺激する。でも遥だって悪い。あっさり離れていこうとするから。このまま思い切り首を絞めてやりたい。
だって、ここで枯らしてしまえば、遥は他の誰のものにもならずにすむ。
「怖くないの、遥さん」
最後通牒のつもりで問えば、遥が不思議そうに瞬いた。その無防備さに腹が立つ。
いま、首絞められそうになってるのに、なんでぽわぽわしてるの。ここで力入れたら、遥さんの首なんかポキッだよ。いやポキッは無理だけど……でもスペース中のSubがDomに抗えるわけがない。なのになんで遥さんそんなふわふわと笑ってるのかな。
「こわくないよ」
なんでもないことのように返されて、動揺した。なんで。手が震えて、目の裏がかっと熱くなる。
――なんで!!
ちょっとくらい怖がってみせればいいのに。やめてってこいねがえばいいのに。悔しい。本当くやしい。
手から力が抜けた。みるみる視界が滲んで、遥の笑顔がぼやける。どうしよう泣いた。子どもみたいだ。いや子どもだけど。子どもだけど、遥の前では絶対にそんな姿見せたくなかったのに。
泣き顔を隠すように抱きつく。抱きしめた身体の温かさにますます涙が出た。さっき縊っていたら、遠からずこの身体は冷たくなっていた。いままで自分が枯らした花々と遥が重なって、背筋が寒くなる。いやだ。それは嫌だ。でも、遥が自分の前から去るのも嫌で、祐以外の誰かの首輪をつけるのも嫌で。
ぐずぐず鼻を鳴らしていると、よしよしと抱きしめ返された。顔を上げると笑いかけられる。
祐は唇を噛んだ。
スペースから覚めたら。さっきの会話も祐の罪も、きっと遥は覚えてない。
……遥さんがスペースから戻ったらいつもどおりにする。進路だって応援する。離れるのも――嫌だけど、すっごく嫌だけど仕方ないから我慢する。
だから、いまだけ。
「遥さん」
名前を呼びながら、遥の顔に口づけた。頬に、こめかみに、目尻に、額に、鼻の頭に。こうしてキスをするのは初めてだった。遥の反応が怖い。怖いけどやめられない。
「遥さん、はるかさん」
夢中になって口づけていると、くすぐったそうに遥が身を捩った。逃げないで、とドームの壁に身体を押しつける。ちゅうと頬に吸いつくと、遥がひくりと肩を揺らした。
「まさき、んっ」
不意に名前を呼ばれた。その続きが聞きたくなくて口を塞ぐ。塞いでから「あ、ファーストキスだ」と思った。遥はどうだろう。初めてだったらいい。そしてこれからもずっと、誰ともキスしなければいい。
お願い、と唇をくっつけたまま祐は希った。
「誰も好きにならないで。僕以外は見ないで。お願い」
それが叶わないことは、もちろん知りながら。
***
遥の身体を清め終え、自身も軽く身を拭く。そうして傍らに寝そべると、眠っている遥がぴくりと反応した。もぞもぞと手が動くので握ってやると、ほっと力が抜ける。そのまま腕の中に抱き寄せれば、薄い汗の香りが鼻をくすぐった。同時に艶姿が脳裏に巡って下半身が熱くなる。
……いや、さすがにもう。
寝ている相手に無体を働くのはさすがに。
祐は首を振り、煩悩を払った。寝る。さっさと寝よう。でもその前に。
「遥さん、好き」
囁いて、その肩に顔を埋めた。指先で首輪を辿る。
この九年間、一度も忘れることはなかった。プレイも、キスも、恋も、全部遥が初めてだ。ずっと会いたかった。しかし、同じくらい怖かった。
思い出は美化される。遥は変わっているかもしれない。祐のことなんか忘れているかもしれない。長い間粘着していたことを気味悪がるかもしれない。不安要素は多々あって、けれど一度見かけたらもうだめだった。諦められるわけがなかった。
追いかけて追いかけて、やっと捕まえて。
……ぜったい、こんどは。
目を瞑って、ゆっくりと息を吐く。
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