その掌にこいねがう

月灯

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本編

19.すき

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 ――来週は覚悟してくださいね。
 先週、旅行帰りの遥を腕におさめた男の目は、抱きつぶしてやると明確に語っていた。
 語っていたのだが。

「ひま……」

 自室のベッドで転がりながら、遥はため息を吐いた。件の週末である。が、隣に祐はいない。

『すみません、しばらく会えないかもしれません』
『バイト入りました』

 藤木のバーで飲んでいる最中、立て続けに携帯が鳴った。見てみれば祐からのメッセージで、内容はこの通り。
 詳しく訊いてみれば、バイト仲間が盲腸で運ばれたのだという。そこで緊急でシフト調整を行い、平日の夜シフトに入らざるを得なくなったそうだ。すなわちいつも遥と会っている時間である。
 土日にしても、今週はもともとゼミのメンバーで集まる予定だったはずだ。課題発表が近く、資料や発表の作成をしなければいけないという。加えてその前や後にバイトが加わったのだから、まぁ会えるわけがない。
 勉強と、バイト。仕方ないこととは言え、とにかく運が悪い。というか忙しすぎないか。体調は大丈夫なのだろうか。
 心配にはなるが、遥にはどうしようもない。できることはせいぜい仕事帰りに部屋のポストへおやつの差し入れをしたり、電話で話を聞くくらいだ。そんなわけで、遥は久々に一人の週末を過ごしている。




「僕、休日なにしてたっけ?」

 ベッドの上でもう何度目かもわからない寝返りを打つ。洗濯物はいま回しているし、掃除機もかけてしまった。冷蔵庫の中身にも余裕がある。もうすることがない。
 祐の存在が細部まで生活に沁み込んでいることを思い知らされた。一か月前まではいまと同じ生活だったはずなのに、いまとなってはどう過ごしていたのかもう思い出せない。
 昨日までは仕事があったから、ここまで時間を持て余さなかった。いつもより布団に早く入って目を瞑れば勝手に明日が来る。だが休日となればそうはいかない。

 ――バイトさえなければ遥さんと会えるのに。

 昨夜電話したとき、それはもう恨みまがしい声で言われた。悔しさが前面に出た声音を思い出し、遥は口の中で小さな笑いを殺す。遥も寂しくないわけじゃない。だがそれよりも祐の体調やスケジュールへの心配が先立って、すっかり寂しがるタイミングを逃してしまっていた。僕よりも自分の身体を心配してねと窘めることもできた。実際、今週から来週にかけての祐は恐ろしくハードスケジュールである。
 だが、いまはどうだ。

「う~」

 積読を解消してみたり、なんとなく入れていたパズルゲーで遊んだりしてもなにか物足らない。なにか、というか祐である。足らない。会いたい。
 電話はしている。メッセージのやり取りもしている。さすがに量は控えているが、交流がないわけじゃない。だがそうではなくて、顔を見たい。あの端正な面立ちに見つめられて、Glareを浴びせられたい。従わされて、満たされたい。
 もちろん、祐を困らせるだけだから言わないが。

 ――遥さん。

 耳元で囁かれる声を、嬲るような眼差しが脳裏に蘇り、遥は小さく身を震わせた。その拍子にうっすら反応しかけていた陰茎がシーツに擦れ、声が出る。

「……」

 ……いや、いまのは。
 本をサイドボードへ置き、遥は寝ころんだままおそるおそる部屋着を見下ろした。その下半身は微かに膨らんでいる。勃起している。思い出しただけで勃つとか、なんだそれ。
 なんだかすごく悪いことをしているような気がする。相手を思い出して勃起するなんて、まるで性の対象にしているような。いや、プレイでセックスまでしているのだから今更なのか。そもそも今週末は抱きつぶすと宣言されていて、遥もそれを了承している。だからいま欲を持て余しているのはある意味正しいのかもしれない。
 そうだ仕方ないことだ。と、遥は必死に言い聞かせた。それでも罪悪感は一向に減らない。
 しばし逡巡し、遥は枕元のティッシュ箱を引き寄せた。

「っ、う」

 目を瞑り、片手を部屋着の中に入れて既に緩やかに勃起しているものを扱く。すぐにくちゅくちゅと水音がし始めて、足が震えた。
 昼日中になにをしているのか、と思う。今頃祐はゼミの仲間と頑張っているのに。いい大人が寂しがってばかりではいけないとも思う。でも。

 ――きもちいいですか?
「ぁ」
 ――遥さん、可愛い。
「……ぅ、あ」

 背中から抱きすくめられ、頬に口づけられる。欲を滾らせたDomが、眸にGlareを湛えて遥の身体に触れる妄想をする。服の中へ腕を潜らせれば、まるで祐に触れられているようだと思った。
 掌が身体を這い、指先が乳首を掠める。やわやわと乳輪を押し、指の腹でなぞった。

 ――乳首、勃ってきました。わかりますか。
「ゆぅ……」

 わかる。勃っている。祐が触るせいだ。もともと敏感だったのに、祐に触られるようになってからますますひどくなった。普段から肌着が欠かせなくなったし、それでも祐に触られればすぐに尖ってしまう。
 胸全体を柔く揉んで、乳輪の周囲を焦らすように指の腹でなぞって。時につんと尖ったそれを挟んではすぐ離す。逐一踊らされる遥を楽しげに見下ろしながら、「ほしいですか?」と意地悪にも尋ねてくるのだ。

「ぁ、あ」

 ほしい。さわって。ほしい。
 そう強請る代わりに漏れるのはあだっぽい息ばかりで、それがまた恥ずかしかった。欲しくないんですか、遥さん。そう嬲る声が耳元で聞こえる気すらする。脳内の祐は少し息を乱して、遥の乳首を、震える下肢を、そして蕩けた顔を見つめていた。Glareが肌へ突き刺さる妄想に、乳首の内側で熱が膨らむ。
 閉じた目蓋に、力が籠った。

「ほし、……ほしぃ」
 ――どこに、なにが欲しいんですか。

 遥は奥歯を噛む。ひくりと喉が鳴って、扱く手に力が籠った。
 自分しかいない部屋で、離れた地にいる支配者を想って自慰に耽る。そのばかばかしさだとか倒錯した状況が、むしろ遥を昂らせていた。

「ちく……び……さわって」
 ――よく言えました。
「っ、ひぅ」

 届くはずない懇願も、脳内でなら受け止めてもらえる。
 呼応するように指で乳首を摘まんだ瞬間、腰が跳ねた。下半身が切なくなって、先端が脈打つ。陰茎を擦る手が速くなった。すぐ先に見える絶頂が怖くて仕方ないのに手が止まらない。止められない。だって、祐はここで止めるようなことはしない。
 遥はみずから腰を手へ押しつけ、まだらに息を吐いた。指先で先端をくじるようにいじめるたび、内からなにかが湧き上がってくるのがわかる。

「ぁ……ぁ、きもちぃ」
 ――きもちいい?
「きもちぃ……いく、イく」
 ――イくんですか? こうされるの、好き?
「っ……いく、ぃく……すき」
 ――好き・・

 熱を帯びた声に食いつかれ、肩が震えた。妄想上の祐は本来の彼となにかが違う。それは当たり前のことで、しかしどうも居心地が悪い。だがそんなことを気にしている余裕はもはやなかった。

 ――遥さん、好き? こうされるの、好きですか。
「は……ぁ、す、すき」

 好きだ。抱きしめられて、撫でられて。そのままいじめられるのが好き。好きだ。
 ……でも、なにか、ちがう。
 遥は朦朧とする思考を回しては違和感のもとを手繰る。なんだろう。
 好きだけど、なんでも好きじゃなくて……ああ、そうだ。遥は得た気づきに心の底から納得した。口許が緩んで、端から涎が零れる。
 誰でもいいわけじゃない。違う、祐に・・こうされるのが。

「すき……ゆう、が、すき、ぁ」

 祐がいい。
 褒められるのも、甘やかされるのも、いじめられるのも、全部。

 ――っ、可愛い、遥さん。
「ぁ」

 唐突に蘇った響きは、つい先日聞いた甘美なものだった。甘くて、ぎっちりと質量がつまっていて、熱い響き。遥を困らせて居たたまれなくさせるくせに、それと同じくらい喜ばせるそれだ。

「ゅう……」
 ――オレも、好きです。
「っ」

 祐も、好きって。低い声が脳内でこだました瞬間、遥は精を飛ばしていた。







 やってしまった。
 いや、射精時に咄嗟にティッシュを取ったことはえらい。かろうじてシーツは汚れなかった。部屋着にはちょっと染みたが、それは些細な問題である。そこはえらい。えらい。
 現実逃避、終わり。
 射精の熱が落ち着けば、思考も落ち着きを取り戻す。いわゆる賢者モード、いましがたの言動を冷静になって思い返した遥は、いますぐ埋まりたくなった。

「すき……?」

 いや、あれに変な意味はない。ないはずだ。祐が好きなのは本当だし、隠していることではない。嫌いならパートナーにならないし、まさか身体を許すこともない。遥は祐が好きだ。それは別に隠すことでも後ろめたく思うことでもない。
 ないはずだが。

 ――オレも、好きです。

 妄想を反芻し、遥は頬が熱くなるのを感じた。
 ……なんだろう。これ。
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