その掌にこいねがう

月灯

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本編

閑話:プリンin冷蔵庫

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「くびわ、さわってる」

 ほのほの蕩けた声に、祐は読んでいた課題本から視線を下ろした。傍らで寝転んでいたパートナーは、祐と目が合ったのが嬉しいのかふにゃりと頬を緩ませる。眼鏡を外した顔は、祐とそう変わらないほど幼く見えた。
 起きていたのか。

「くびわ、好き?」
「そうですね」

 本を置き、祐は頷いた。遥の横に寝そべり、読書の片手間ではなく改めて首輪を撫でる。
 パートナーの証だ。遥が祐のものだという証。信頼と支配の証明。Normalに言うと人間をもの扱いするなんて、奴隷じゃないんだから、などと顔をしかめられることは多々ある。それでもDomにとって、特に祐のようなタイプとって、目に見える印は大切だった。
 ……いいな、これ。
 長くない襟足や首筋と首輪の対比が堪らない。シャワーで清めた髪はしっとり湿っていて、その下には祐のつけた痕が散っている。痛々しいのに湧き上がるのはただ歓喜で、祐は吸い寄せられるように口を寄せた。スペースに入っている遥が拒むことはない。

「人にはよりますが、オレにとって首輪は大事ですよ」
「っ、ふふ、だよね。名前、かかれちゃった」
「……名前?」

 耳下に口づけたまま尋ねると、遥はくすぐったそうに身をよじった。スペースに入った遥はあまりにも無防備すぎて、ついいたずらしたくなってしまう。
 だが、それにしても名前とはどういう意味だろう。贈った首輪に署名は入れていないはずだ。
 教えて、遥さん。首筋にまた吸い付くと、遥がもぞりと腰を揺らした。

「ん……首輪おくるの、冷蔵庫のプリンに名前をかくようなもの、ってきいたから……」
「……ああ」

 そういう意味か。すりすりと近寄って来た遥を抱きしめながら、祐はひとり得心する。
 たまにそういう物言いをするDomがいるのだ。祐も同類である。いや、同類と言うより。

「そうですね、遥さんがオレのものっていう証ですね」
「うん」
「……まあ、オレならそもそもプリンを冷蔵庫に入れませんが」

 呟くと、遥の顔がキョトンとした。

「どうして?」
「冷蔵庫に入れる前にすぐ食べるからです」
「せっかちだ」
「……そうですね」

 祐は苦笑した。腕の中でおかしそうに笑う遥に口づけると、強請るように口を開く。バーでプレイしたときも、スペースに入った途端甘えたがりになった。甘えて、構われると嬉しそうにして、可愛いと言われると笑って。全身でDomを求めてくる姿は、きっと普段は抑え込んでいる顔なんだろう。そう思うと、祐は堪らなくなる。満たされる。
 舌を喉奥へと押しやると、遥が低く呻く。それでも、もっとと言わんばかりに身を寄せて、足を絡めてくる。
 可愛い。可愛いけれど、明日の遥は覚えていないだろう。スペースの間のことは記憶にないらしいから。
 だから大丈夫。全部忘れる。自分から甘えてくるのも、キスが大好きなことも、いまから祐が言うことも。

「冷蔵庫なんて、そんな他の人が見るかもしれないところに置けませんからね」
「ん、ぁ」
「絶対取られないところに隠さなきゃ」

 だがそれを人間にすることは難しい。特に相手が社会人で、己が経済的に親の庇護にある大学生となれば。
 だから、名前を書くだけでいまはひとまずは満足している。

「可愛い、遥さん」

 口の端から零れた涎を舐めとって、また唇を塞ぐ。息が苦しいのか、ぷすぷすと鼻音が鳴っていた。そんな姿すら愛しい。可愛い。
 笑いかけると、顔を真っ赤にした愛しいSubの眦からひとつ、涙が零れた。
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