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本編
12.寂しいです
しおりを挟む「社員旅行ですか」
「そう、一泊二日で」
案の定、祐は表情を曇らせた。植木鉢に水を遣る手を止め、ベッドに座る遥を振り返る。
窓際に置かれた鉢の中身はバラらしい。まだ花は咲いていないから全然わからなかった。いわく、実家にいる頃から毎年一鉢育てているそうだ。おしゃれすぎる趣味に当初は慄いたものだが、最近ではちまちまと水を遣る背中が見慣れつつある。美形に鉢植えとジョウロはよく似合う。
「どこ行くんですか?」
「ん、和歌山」
スマホを弄り、手を洗って戻って来た祐へと行程表を見せる。千畳敷、水族館、温泉で宿泊、翌日はパンダを見て土産を買って帰宅。まぁなんの変哲もない社員旅行である。
「……楽しそうですね」
「まぁね」
遥の隣に座った祐が、遥の手を引いた。膝の間に導かれ、後ろからすっぽりと抱きしめられる。首筋にすりすりと懐かれるのがくすぐったい。取られたままの手は、少し水気を含んでひんやりとしていた。
「寂しいです」
「月曜に会おうね」
後ろ手に髪を撫でた。三連休を利用しての旅行なので、祝日の月曜は空いている。お土産買ってくるから、と声を掛けると、祐がこくりと頷いた。そのままぎゅうぎゅうと抱きしめられて、もう何度目かもわからないぬいぐるみの気分を味わった。ぬいぐるみはたいていそのうち飽きられるものが、いまのところ祐に飽きる様子はない。祐より小柄とはいえ、平均身長はある成人男子なんか抱き心地が悪いだろうに。
「あんまり、言いたくないんですけど」
「うん?」
「本当は、行ってほしくないです」
「……はは」
素直でよろしい。思わず笑うと、むっとしたのか腕の力が強まる。
「大丈夫だよ、首輪着けてるから」
「……はい、わかってます」
「相部屋の奴だって彼女持ちだしね」
「相部屋」
剣呑になった声に、藪をつついたことを悟った。
「き、聞いてた? 彼女もちだから。彼女にゾッコンだから」
なにを隠そう柏野である。ああ見えて付き合って三年の彼女がいるのだ。飲むたびに写真を見せられては惚気られるのが常である。最近ではプロポーズの機会を窺っているらしい。
「でも、遥さんと同じ部屋で寝るんですよね」
「う、ん。そうだね……」
冷え冷えと抑揚のない声が怖すぎる。振り向けない。握られる手が少し痛い。
「心配?」
「心配というより、嫌です」
きっぱりと言い切った祐は、少し考えるような雰囲気を醸した。ややあって、ぽつりと呟く。
「遥さんを信頼していないとか、そういう意味じゃないです」
「うん」
「単純に……遥さんをオレ以外に見せるのが嫌です。触らせたり、オレが知らない顔を見せたりするんだと思うと、すごく嫌だ。……仕方のないことだって、わかってますけど」
「うん」
「でもそう言って遥さんを困らせるのも、嫌で。……ごめんなさい」
「……」
沈んだ声に、なにやらむずむずと湧き上がってくるものがある。
祐の手を解きながら名を呼ぶと、祐がのろのろと顔を上げた。身を捻って、その頬を包む。顔を覗き込むと珍しく祐が視線を彷徨わせた。
「ありがとね、旅行に行くの許してくれて」
「……」
「本当は、嫌なんだもんね」
「……はい」
「ありがとう」
微笑みかけると、祐が瞬いた。
「……嫌いませんか?」
「ん?」
「束縛、きつい、って」
「なにを今更」
会うたびに一日なにをしたのか洗いざらい話させられ――単に世間話のノリだが、祐の話し方がうまいせいで気付けば全部話している――、他のDomと接触しただけで釘を刺され、なんなら相手がDomじゃなくても嫉妬される。二人きりになればすぐくっつきたがるし、すぐ肌に痕を残したがる。この前など、遥の爪をやすりで研ぎながら「本当は、遥さんのご飯は全部オレが作りたいんですよね」とさらりと告げられた。それこそ遥の世界には自分以外にはいらないと言わんばかりの束縛をしておいて、いまさら旅行が駄目だと言うことに躊躇う理由がわからない。
「そう言って、本当に嫌なことはしないでしょ」
「……え」
「祐、僕が心の底から嫌だということはしないよね。いまだって旅行許してくれたし」
「本当は嫌です」
「うん。でもそう言いながら許してくれるのも、そうやって執着してくれるのも、僕は嬉しいよ」
唇を引き結んだ祐が、小さく頷いた。その表情が驚くほどあどけなくて、遥は綻ばせた。可愛い。そう言ったら絶対に怒られるので、口を噤む。
「遥さん」
「ん?」
「絶対、月曜日は会って」
「うん。あ、夜になってもいいなら日曜に来れるけど」
「ぜひそちらでお願いします」
即答した祐が、遥の掌に己のそれを重ねた。そのまま顔をずらし、掌の真ん中に唇を押し当てる。くふ、と掌に息を感じて、祐が顔を綻ばせたことを知った。直後、滑った感触を覚える。
「っ、こら、舐めない」
「嫌ですか?」
「……」
その言い方はずるい。遥が黙り込むと、祐が目を細める。
「遥さん、答えて」
「やだ」
「えぇ」
ちゅ、と指の付け根に吸いつかれる。あ、と思った瞬間、Glareを感じた。
「祐、それ、ずるい」
「すみません」
弱いながらじわじわと上ってくる熱に力が抜けるのを感じながら、遥は眼前のDomをにらみつける。ぎりぎり遥が酔わないだろうラインを攻めてくるのがくるのがまた憎い。
「こうしたら正直に教えてくれるかなと」
「やり方が卑怯」
「だって寂しいんですもん」
もん、ってなんだ。唇をつつく指に無意識に口を開いて応えながら遥は唇を引き結ぶ。こういうときだけ年下ぶりたがる男だ。
「一週間先の、っ、話だし」
「それでもですよ」
口の中を掻き回されて、一方で指を食まれて。自分が舐めているのか舐められているのかわからなくなってくる。舌根を叩かれてつい吸いつくと、祐が嬉しそうに声を立てて笑った。
「遥さん」
「ほんと、本当ずるい」
「はい、すみません」
指を抜かれる。つい追いかけるようにして顔を寄せると、窘めるように指に歯を立てられた。
「答えて、遥さん」
「う……」
歯を立てた部分を癒すように舌で嬲られ、遥は観念した。
「……嫌じゃ、ない」
「ありがとうございます」
悔しいくらい、祐が晴れやかに笑った。
「帰るんですか」
「帰る。まだ電車あるし」
「寂しいです」
「……」
平日に祐の家に泊まることはない。祐は泊まればいいのにとことあるごとに言うが、頑として断っている。着替えがないし生活費の負担をかけるし、というのが表向きの理由。だが一番の理由は、甘やかされすぎてダメ人間になる未来しか見えないからだ。大学生に世話される社会人なんて笑えなさすぎる。現時点で既にそうなりつつあるから余計に。
ちらりと振り返ると、眉尻を下げたDomの姿がある。どうぞと遥の上着を着せかけられた。社員旅行の件もあるからか、遥の罪悪感がぐさぐさと刺される。
「……明日もたぶん定時で上がれるから」
「じゃあ一緒にご飯にしましょう」
「うん」
なんだかんだ毎日のように顔を合わせている。この調子じゃ泊まる日も近そうだ。なんとも言えない予感を抱きながら、遥は大人しく祐に上着のボタンを留められる。
そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。
「お?」
藤木からだった。ざっとメッセージを一読し、少し考えて遥は祐へ声を掛けた。
「祐ー」
「どうしました?」
「ちょっとこっち。うん、もうちょい寄って」
頬同士をくっつけるような姿勢を取らせ、遥はスマホのカメラを起動した。自撮りモードに切り替え、画面に二人とも入っていることを確認する。
「はい、ちーず」
「……え、なんですか?」
よし、ちゃんと映っている。
撮った写真を確認していると、祐が不思議そうに袖を引っ張った。遥は画面を切り替えながら答える。
「首輪買ったよって藤木に言ったら、見せてほしいって言われて」
「藤木……えっと、バーの?」
「そうそう。あそこのマスター。大学の同期で」
同期、と祐が鸚鵡返しに呟いた。
「写真、見ていいですか?」
「うん」
乞われるまま、遥はスマホを渡した。画面の中ではぴったりくっつくようにして二人が映っている。祐の表情が少し困惑気味だが、まぁいいだろう。そして遥の首元にはしっかりと贈られたばかりの首輪が映っている。
「せっかくだし、パートナーも自慢しておくかなって」
「……」
「祐?」
じっと覗き込んでいるパートナーへと声を掛けると、祐が遥を振り返った。そしてずいと身を寄せる。
「え? ――いたっ」
ちょうど首筋と鎖骨の間、首輪のすぐ下にあたる部分に吸いつかれる。ツキリと走った痛みに顔を顰めると、宥めるように舐められた。そのまま何度か吸われ、最後にちゅ、と音を立てて唇が離れる。
はぁ、と吐息が濡れた肌をくすぐった。
「よし」
「なにがよしだ」
「もう一回撮り直しましょうか」
おそらく痕がついているだろうそこを撫でながら微笑む祐に、遥は真顔になる。
「撮りません」
「え」
まさかこのDom、大学の同期にすら嫉妬しているのか。まさか。
なお、撮ったツーショットは祐のスマホに転送させられ、待ち受けにしましたと満面の笑みとともに報告された。
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