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6.無駄

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「……。」

「エリスお嬢様…。」


私は今、とても不機嫌だ。
理由は単純明快。
ゼルディア殿下がヘーレイシア公爵家に来るからである。
ユナも私の気持ちを理解している様子。


「……普通来る?昨日婚約を断られたばかりなのに?」

「届いたお手紙にはゼルディア殿下のサインがありましたので、本日起こしになるのは確実かと…。」

「分かっているわ。…はぁ……、本当に馬鹿って大変ね…。」

「お嬢様っ!誰かに聞かれでもしたら…!」

「問題ないわ。王子殿下のことではないと言えばいいだけなのだから。」


そんなことを話していると、扉の外からルアの声が聞こえた。


「エリスお嬢様、いらっしゃいますか?」

「どうぞ入って。」

「失礼致します。お嬢様、ゼルディア殿下がお見えになりました。」

「分かったわ。」


ユナとルアを後ろに控えさせて、私はゼルディア殿下をお出迎えするべく向かった。
今回は予め来ることを知らされていた為、出迎えなければならないのだ。
本当ならば放っておきたいところだが、そうもいかない。


「ゼルディア殿下。ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ。」


私はゼルディア殿下を庭へ案内する。
そこにはお茶をする為の用意がされていた。
菓子も置かれ、準備は完璧である。
とはいえ長話をする気はない。
出来る限り早くお帰りいただくつもりだ。


「早速ですが、本日のご用件をお聞きしても?」

「……。」

「あの……ゼルディア殿下…?」

「エリス…、すまなかった。」

「…え…?」


ゼルディア殿下の急な謝罪の言葉に、私は驚きを隠せなかった。
そして同時にこう思った。
自分になんの利益もなく謝ってくるような人ではない…と。
殿下の目的は分かっているので、流されないよう気をつければ良いだけだ。


「私は、かつて君に命令をした。だがその事を忘れ、あまつさえ婚約破棄までしてしまい、君や公爵家に迷惑をかけてしまった…。本当にすまなかった。」

「……今更ですね。」

「…悪かったと思っている。そんな私からの、一生のお願いだ。どうか……、もう一度私と婚約してくれないか…?この通りだ…!」

「……。」


椅子から立ち上がり、私に向かって頭を下げられる殿下。
…考えが透けて見える。
頭を下げれば良いなどと思っているのだろう。
無駄な行為だ。


「…王族の方がそう簡単に頭を下げてはなりません。お気持ちは分かりました。」

「そうか…!なら……」

「ですが婚約はお断り致します。」

「なっ…!?」


頭を下げたのだから、婚約を断られることはないと考えていた様子。
本当に……、考えが見え見えだ…。


「殿下に譲れないものがあるように、私にも譲れないものがあります。」

「っ…。ではこうしてやろう。私と婚約しないのならば、お前を社交界で孤立させてやる!」

(…なんて幼稚な嫌がらせでしょう……。)

「必ず後悔することになるだろう。そうなりたくなければ、私と……」

「社交界で孤立…ね。ふふっ、是非してみて下さい。出来るものならば…ですが。」

「なん…だとっ!?」


ゼルディア殿下は怒りに震えている。
握った拳を、今にも私に振りかざしそうだ。
使用人達がいるので、そんなことは何があってもしないだろうが。
さて、望みは叶わないということを理解させよう。


「ヘーレイシア公爵家を甘く見ないでください。私は何があっても殿下と婚約を結ぶ気はありません。」

「…それでも、諦めるわけには行かない!……こうなれば…。」


殿下は急に私の方へ寄ってくると、顔を近づけてきた。
私は立ち上がり離れようとしたが、肩を掴まれる。
その時、庭の入口の方から声が聞こえた。


「ゼルディア殿下、お久しぶりですね。」

「…っ!ヘーレイシア公爵…。」

「何をなさっていたので?」

「…なんでもありませんよ。」


ナイスタイミングお父様。
危ないところだった。
しかし殿下が強硬手段を取ろうとは…。
私はお父様の方を向いた。
お父様は頷いてくれたので、私も笑顔で頷き返す。


「用は済みましたので、私は帰らせていただきます。」

「……殿下。もう諦めてください。」

「何をですか?」

「分かっているのです。殿下がレーア嬢と婚約を結ぶ為に、エリスを必要としていることは。」

「…!」

「しかしエリスは婚約をする気は無いと言っています。ですので、…ね?」

「…だが……。」


お父様の圧に、ゼルディア殿下は負けた。
口を噤み、下を向いている。
どれほど諦めの悪い人であったとしても、相手側の親が認めないと言ったのならば、それまでだろう。
反対されようが、互いに結婚をしたいという意思があれば押し切ることは出来るかもしれないが…。
まぁ私が嫌だと言っている以上、どうやっても婚約は出来ない。


「…エリスっ!お願いだ…。私に、やり直すチャンスをくれ!」


顔を上げたと思ったら、こんなことを言ってきた。
……もう我慢ならない。


「っ……昨日からずっと、やり直す、やり直そうなどと…。いい加減にしてくださいませんか?」


私の怒りの言葉に、ゼルディア殿下はビクッと身体を震わせた。


「貴方はご自分が何をして、何を言っているのか理解しているのです?」

「ご、誤解だ!私は君のためを想って婚約破棄を……」

「……話すだけ無駄です。殿下、改めて婚約はお断りします。もうお帰りください。」

「…っ、なら!」


再びゼルディア殿下は近づいてきた。
その勢いで両肩を掴まれそうになった時、私はそれを躱し、逆に殿下の右肩に手を置く。
そして耳の近くで一言。


「度を過ぎるようならば、こちらとしても対処しなければなりませんので。」


これは私からの警告だ。
ヘーレイシア公爵家は、国王陛下と民の信頼を得ているという事実から、莫大な権力と影響力を持つ。
味方している貴族も多いので、ゼルディア殿下を社交界から追放する手段などいくらでもあるのだ。

私は身を翻し、その場去った。
お父様と一緒に。

公爵家の庭には、拳を握りしめ、歯を食いしばるゼルディア殿下が取り残されるのだった。
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