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2.国王陛下

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--翌日--
私は用意された馬車の前にて、お父様を待っていた。


「お父様、おはようございます。」

「おはよう、エリス。さて、では行こうか。」

「はい。」


私達は王城に向けて出発する。
15分程度の道のりだが、その間は特にお父様と話すことはなかった。
お父様がどう思っているのかは分からないが、おそらく私の意思を尊重してくれるだろう。
しかし婚約を破棄したいと考えている私を、国王陛下は止めようとなさるはず。
とはいえ、ゼルディア殿下が舞踏会であのようなことを言ってしまった以上、いくら陛下といえど私に強制は出来ない。

国王陛下は切れ者で、数々の政策を出しては、必ず成功させている。
つまりは、この国はとても良い方向に向かっているのだ。
そんな国の第二王子なのだから、国内だけでなく他国からも婚約者が誰なのかは注目される。
だが貴族のマナーもなっていない令嬢を婚約者にしてしまったのなら、親である国王の顔に泥を塗ることと変わらない、それは陛下も分かっておられるだろう。
故に、必死に私との婚約破棄を回避しようとしてくるのは確実…。


「ヘーレイシア公爵様並びに公爵令嬢エリス様が、ご到着されました!」

「入れるがよい。」


王城のとある一室。
そこに案内された私とお父様は、許可の声が聞こえてから中に入った。


「よく来たな、ヘーレイシア公。そしてエリスよ。2人も分かっているとは思うが、今日は重大な要件があって呼んだのだ。まずはそこに掛けてくれ。」


そう促され、部屋に置かれているソファに腰掛ける。
ここは国王陛下の執務室。
私にとっての戦場でもある…。
メイドは紅茶などを用意すると、部屋を退室していった。
つまりこの場には私とお父様、そして陛下の3名しか居ないということだ。


「人払いは済ませてある。早速だが本題に入ろう。」

「…。」


私の最大の敵…、それが国王陛下だ。
貴族たるもの、国王陛下のお言葉を無下にはできない。
貴族ではなくても当然なのだが…。


「余の馬鹿息子が迷惑をかけたようだな…。あのような場で婚約破棄を言うなど、思ってもいなかった。本当にすまない…。」

「いいえ…驚きはしましたが、それだけですから。ヘーレイシア公爵家の評価が下がったわけでもありませんので、お気になさらず。」

「そうか……。しかし、その婚約破棄についてなんだが…。」

「はい。私は婚約を破棄しても構わないと思っております。」

「…それは……本気か…?」

「嘘偽りのない本心です。」


私は言い切った。
この方法が一番手っ取り早いと思ったからだ。
陛下の御前では取り繕っても意味が無い。
まぁ今回の場合、偽る必要もないのだが。
端的に伝わりやすく、そして相手に次の言葉を考えさせる時間を与えないように。
この事を意識しながら話す。


「エリス。君の立場も危うくなるかもしれんのだぞ。」

「問題ありません。全て承知の上です。」

「……。」


陛下は顎に手を当て、考え込んでいる様子。
そして今度はお父様を見た。


「ヘーレイシア公。そなたの意見は?」

「私は……婚約破棄を…、してほしくないと思っています。」

「…!そうかそうか。」


少し嬉しそうにする陛下。
お父様から私に言ってくれれば、説得も可能だと思われたのだろう。
しかし、そうはならない。


「ですが正直に申しますと、エリスの……娘の意思を尊重したいのです。」

「そ、それで良いのか…?」

「はい。娘は私より賢い子です…。時折、仕事を手伝ってくれることもあります。そんな娘が婚約破棄を望んでいるのです。親として、自分の子を支持するのは当然ですから。」

「………分かった。2人の意志を尊重しよう。婚約破棄を認める。」

「…!ありがとうございます。」


思っていたよりもあっさりと、陛下が引き下がってくださった。
想定外だったとは言え、ありがたい…。
少しほっとしていると、部屋の外が騒がしいことに気が付いた。
足音が部屋に近づいてくる。


「殿下…!困ります!陛下は今、お客様と重要なお話をされていて…!」

「煩い!」


そう聞こえたと同時に、扉が雑に開かれる。
壊れそうな勢いだ。
後ろにはメイドが焦った表情で立っている。


「父上!お話があります。」

「はぁ…。……ゼルディアよ。いくら息子とは言え、確認も無しに入ってくるなど許されんぞ。」

「そんなことはどうでも良いではありませんか。それよりも!父上、私の話を聞いてください。」


言うまでもなく、ゼルディア殿下だった。
私達という客人がいるのに、なんて身勝手なことを…。
もしこの場に居たのが他国の方だった場合、大変なことになっていた。
それを分かっているのだろうか。
陛下も呆れられている様子だ。


「全く……何用だ?」

「私はエリスとの婚約を破棄し、レーアと婚約したいと思います!」

「「「……。」」」


今まさにその話をしていたのだが…。
しかし、まだ陛下に直接伝えていなかったとは。
舞踏会での出来事を、陛下は誰かからの報告にて聞いていたからこそ、今こうして話が出来ているだけだった。
ゼルディア殿下の行動をその『誰か』が監視していた様子…。
最近は度が過ぎていると思うところがおありだったのだろう。
殿下が先に陛下に話をしていれば、結果は違ったかもしれないというのに。
本当に…、後先考えず行動しているのだと思った。


「…?どうしたのです父上。って……エリス!?」

「……今頃気付いたのですか…。」

「何故貴様がここに居る!」

「陛下にお呼びされたからです。それと、貴族令嬢に対し『貴様』と呼ぶのはよろしくないかと。」

「黙れ!貴様は口を挟むな!」

「話しかけたのは殿下でしょう…。」


ゼルディア殿下に気を取られていたが、殿下の後ろに女性が立っている。
他ならない、レーア・ルネイアルト伯爵令嬢だ。


「ん?そちらの女性は…。」

「は、初めまして…国王陛下。私はルネイアルト伯爵家の次女、レーア・ルネイアルトと申しますっ。」

「君がレーア・ルネイアルトか…。」

「……?」

「…なるほど。この者にエリスの代わりは務まらない…か……。」

「…!」


私は驚いた。
陛下は一目見ただけで、どのような人物なのか分かるのかと…。
調べた情報もあるだろうが、実際に見てより確信したような感じだった。
今の陛下の呟きは、おそらく殿下達には聞こえていない。


「エリスとの婚約破棄は認めよう。レーアとの婚約は……、少し待て。」

「な、何故ですか!」

「こちらにも事情というものがある。王族の婚約は、そうおいそれと出来るものではない。」

「ですが!」

「後ほどまた呼ぶ。その時まで待て。」

「…分かりました。では失礼します。」

「わ、私も…失礼致します……。」


そう言い、去って行くゼルディア殿下とレーア。
陛下は呆れ交じりに深いため息を吐いた。


「己の立場も理解していないとは…。ヘーレイシア公、エリス。本当に申し訳ない。」

「いいえ…。」

「余からの話は以上だが…、何か言いたいことなどはあるか?」

「特にありません。」

「私もありません。」

「そうか。ならば行って良いぞ。」


これでゼルディア殿下との婚約破棄が正式にされることになる。
今日中にも、陛下は婚約破棄の手続きを終わらせるだろう。
明日からの生活は今までと変わる…。
もっとお父様のお仕事を手伝おうと思う。


--しかし、そう簡単にはいかない……
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