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31話 苦しみ
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「何……と言いますと?」
「昨夜、愚息が目を覚ました。しかしまともに会話ができぬ状態でな…。」
聞けば、ジルファーは目を覚ましてからずっと、『殺してくれ』『楽にさせてくれ』と呟いているそう。眠ればもう一度悪夢を見せられると思っているのだろう。
ジルファーにかけた闇魔法は、夢の中で何度も死の痛みを受けるという魔法だ。魔物に身体を引きちぎられたり、上から重いものが降ってきて潰れたりなど、現実世界で眠っていた時間だけ、何度も死を経験する。
私が魔法をかけてから約八時間後にジルファーは目覚めた。五分間に一度死に至るので、単純計算して九十六回以上死を経験しているだろう。
闇魔法は攻撃魔法や防御魔法も強力なものだが、今回のような幻覚や夢を見せ、状態異常を引き起こさせるものが最も得意なのだ。
とはいえ、Sランク冒険者である私の魔法は、ジルファーには少し強過ぎたのだろう。苦痛がより強い死に方をしていたと考えられる。
「そうなのですね。私は悪夢を見せる魔法をかけたのですが、余程怖かったのでしょう…。三日も経てば、元に戻っているはずです。」
「……本当に戻るのか…?」
「心配であれば、ゼンキースア公爵家の次女、エリル・ゼンキースアに治癒魔法を行使してもらえば良いかと。」
「確か、彼女の魔法適正は《光》だったな。」
「はい。私の《闇》と相反する彼女の《光》ならば、容易く殿下を回復できるでしょう。ですがエリルが彼相手に魔法を使用するかは分かりません。」
「…そうよな……。」
エリルは私との婚約を破棄したジルファーを、心の底から嫌っている。あの男が苦しんでいるのならば、そのまま苦しみ続ければ良いと思うだろう。
だが優しいエリルのことだ。もしかすると光魔法を使うかもしれない。陛下に恩を売るチャンスでもあるのだから。
ちなみにだが、陛下の側近も私がラリエットであることを知っている。以前陛下から話しても良いかと許可を求められ、信頼厚き側近だけならばと正体を話すことを許可したのだ。故に、私がエリルの名を出したことを、不思議がる様子も無く聞いていた。
「一度、私からエリルに聞いてみましょう。」
「頼む…。」
「陛下のご命令と伝えることもできますが、どうなさいますか?」
「……いや、その必要は無い。これは余からの単なる『お願い』だ。相手は余の息子と言えど罪人…。本来であれば、貴重な光魔法を使用してまで回復させる意味はないであろう。」
「承知しました。」
陛下の執務室を出た後、私は王城内にある自室へと戻った。
普段から持ち歩いている魔道具を取り出し、魔力を込め、話しかける。
「エリル、聞こえるかしら。」
『──リエ姉様?』
以前エリルに渡していた魔道具を通じて、ジルファー相手に光魔法を行使するのか、問うことにしたのだ。
魔道具は問題なく使え、エリルも上手く扱えている様子。
闇魔法で公爵家まで直ぐに行くこともできるのだが、今は日が昇っている時間。公爵家の衛兵に見つかると面倒だった。
「急にごめんなさいね。私の声は聞こえているかしら?」
『はいっ、問題ありません。それでどうされたのですか?』
「実は──」
私は、昨日玉座の間であった出来事、ジルファーに対して行った事など、包み隠さず全て話した。それらを正しく知った上で、エリルに判断してもらいたかったからだ。
「──という訳なの。」
『……それは陛下からのご命令ですか?』
「いいえ、あくまでも『お願い』だと聞いているわ。」
『ならば、私の返答は決まっていますね。──国王陛下に、《私の力では治すことができません。冒険者リエラ様の魔法には敵わないのです。》とお伝えください。』
「…つまり、『断る』という事ね。分かったわ。陛下に貴女の言葉をお伝えしておくわね。」
『お願いします。』
エリルはやはり私の妹だと感じた。光の魔法適正持ちなだけあって優しいが、思考は私やディールト兄様とよく似ている。目には目を、歯には歯をという考えなのだ。
私との婚約をあのような形で破棄したジルファーを、エリルは許していないのだろう。
しかし国王陛下の頼みとあっては、私情で断ることはできない。
そこで断る理由を『冒険者リエラの力が強過ぎる』とすることにしたのだ。Sランク冒険者の魔法が強力であることは周知の事実であり、断る為の十分な理由となる。さらに国王陛下であれば、私情の部分も汲み取ってくれるはずだ。
我が妹ながら、本当によく考えている。
「──陛下。」
「…!誰だ!?」
私は闇魔法にて、陛下の書斎に直接移動した。突然呼ばれたことに、陛下は驚きつつも傍らにあった剣をこちらに向ける。陛下と仕事をしていた側近も、戦闘態勢を取っていた。
「突然申し訳ありません。」
「……リエラ殿か…。全く、驚かさないで欲しいものだな。」
「公爵令嬢エリル・ゼンキースアからの返事を、できる限り早くお伝えした方が良いかと思いまして。謁見時までの手間を省くには、この方法しか思い付かなかったのです。」
「それはそうかもしれないが…。」
はぁ……と陛下はため息を吐いて俯いた。
私はSランク冒険者が故に、この程度の無礼で咎められる心配は無いが、少し叱られるのではと思った。
しかし陛下は私を叱ることはせず、エリルの返事を聞いてきた。
「それで、彼女は何と?」
「はい。エリルは、『私の力では治すことができません。冒険者リエラ様の魔法には敵わないのです。』と言っていました。」
「……やはり、断られたか…。」
「…陛下。彼であれば、問題はありませんよ。遅くても3日、早ければ明日には元に戻っていますから。」
私がかけた闇魔法が解けた後の状態は、受ける側の精神力の強さによって変わる。人によっては目覚めた時点で心が壊れている場合があるのだ。暗殺者が来た際に、お返しとして精神系の闇魔法を使っていたので、どの程度の魔力でどうなるのかは把握しているつもりだ。
ジルファーのあの性格ならば、明日には元に戻っていそうだが…。とはいえ、精神力が強いか否かは別の話。あのような最低な性格の者ほど、心は脆く崩れやすいのかもしれない。
私の魔法の効果は既に切れている。一日経てば、もうあの悪夢は見ないと理解するはずだ。それでもジルファーの様子が戻らない場合は、エリルに頼むしかないだろう。
「だが……。」
「陛下、私が直接様子を見に行ってもよろしいですか?」
「……手は出さないと誓ってくれるか?」
「無論です。彼が脱獄でも試みていない限りは、危害を加えないと誓いましょう。」
「ふむ……、ならば許可しよう。」
これ以上私がジルファーに魔法を使用すれば、確実に心を壊すだろう。そうなるのは私としても望んでいない。
心が壊れるということは、どのようなことをされようと何も感じなくなるということ。ジルファーには、自分の行いを後悔させる『苦しみ』が必要だ。その『苦しみ』を感じなくなることだけは、避けなければならない。
陛下の書斎を出た後、王城の敷地外すぐにある地下牢への階段を降り、ジルファーの投獄されている牢へと向かった。
「殺してくれ…。もう嫌なんだ……。」
頭を抱え、牢の隅でガクガクと震えている男。言うまでもなくジルファーだ。
「無様ね。でもあなたを死なせるつもりはないのよ。物理的にも、精神的にもね──」
「昨夜、愚息が目を覚ました。しかしまともに会話ができぬ状態でな…。」
聞けば、ジルファーは目を覚ましてからずっと、『殺してくれ』『楽にさせてくれ』と呟いているそう。眠ればもう一度悪夢を見せられると思っているのだろう。
ジルファーにかけた闇魔法は、夢の中で何度も死の痛みを受けるという魔法だ。魔物に身体を引きちぎられたり、上から重いものが降ってきて潰れたりなど、現実世界で眠っていた時間だけ、何度も死を経験する。
私が魔法をかけてから約八時間後にジルファーは目覚めた。五分間に一度死に至るので、単純計算して九十六回以上死を経験しているだろう。
闇魔法は攻撃魔法や防御魔法も強力なものだが、今回のような幻覚や夢を見せ、状態異常を引き起こさせるものが最も得意なのだ。
とはいえ、Sランク冒険者である私の魔法は、ジルファーには少し強過ぎたのだろう。苦痛がより強い死に方をしていたと考えられる。
「そうなのですね。私は悪夢を見せる魔法をかけたのですが、余程怖かったのでしょう…。三日も経てば、元に戻っているはずです。」
「……本当に戻るのか…?」
「心配であれば、ゼンキースア公爵家の次女、エリル・ゼンキースアに治癒魔法を行使してもらえば良いかと。」
「確か、彼女の魔法適正は《光》だったな。」
「はい。私の《闇》と相反する彼女の《光》ならば、容易く殿下を回復できるでしょう。ですがエリルが彼相手に魔法を使用するかは分かりません。」
「…そうよな……。」
エリルは私との婚約を破棄したジルファーを、心の底から嫌っている。あの男が苦しんでいるのならば、そのまま苦しみ続ければ良いと思うだろう。
だが優しいエリルのことだ。もしかすると光魔法を使うかもしれない。陛下に恩を売るチャンスでもあるのだから。
ちなみにだが、陛下の側近も私がラリエットであることを知っている。以前陛下から話しても良いかと許可を求められ、信頼厚き側近だけならばと正体を話すことを許可したのだ。故に、私がエリルの名を出したことを、不思議がる様子も無く聞いていた。
「一度、私からエリルに聞いてみましょう。」
「頼む…。」
「陛下のご命令と伝えることもできますが、どうなさいますか?」
「……いや、その必要は無い。これは余からの単なる『お願い』だ。相手は余の息子と言えど罪人…。本来であれば、貴重な光魔法を使用してまで回復させる意味はないであろう。」
「承知しました。」
陛下の執務室を出た後、私は王城内にある自室へと戻った。
普段から持ち歩いている魔道具を取り出し、魔力を込め、話しかける。
「エリル、聞こえるかしら。」
『──リエ姉様?』
以前エリルに渡していた魔道具を通じて、ジルファー相手に光魔法を行使するのか、問うことにしたのだ。
魔道具は問題なく使え、エリルも上手く扱えている様子。
闇魔法で公爵家まで直ぐに行くこともできるのだが、今は日が昇っている時間。公爵家の衛兵に見つかると面倒だった。
「急にごめんなさいね。私の声は聞こえているかしら?」
『はいっ、問題ありません。それでどうされたのですか?』
「実は──」
私は、昨日玉座の間であった出来事、ジルファーに対して行った事など、包み隠さず全て話した。それらを正しく知った上で、エリルに判断してもらいたかったからだ。
「──という訳なの。」
『……それは陛下からのご命令ですか?』
「いいえ、あくまでも『お願い』だと聞いているわ。」
『ならば、私の返答は決まっていますね。──国王陛下に、《私の力では治すことができません。冒険者リエラ様の魔法には敵わないのです。》とお伝えください。』
「…つまり、『断る』という事ね。分かったわ。陛下に貴女の言葉をお伝えしておくわね。」
『お願いします。』
エリルはやはり私の妹だと感じた。光の魔法適正持ちなだけあって優しいが、思考は私やディールト兄様とよく似ている。目には目を、歯には歯をという考えなのだ。
私との婚約をあのような形で破棄したジルファーを、エリルは許していないのだろう。
しかし国王陛下の頼みとあっては、私情で断ることはできない。
そこで断る理由を『冒険者リエラの力が強過ぎる』とすることにしたのだ。Sランク冒険者の魔法が強力であることは周知の事実であり、断る為の十分な理由となる。さらに国王陛下であれば、私情の部分も汲み取ってくれるはずだ。
我が妹ながら、本当によく考えている。
「──陛下。」
「…!誰だ!?」
私は闇魔法にて、陛下の書斎に直接移動した。突然呼ばれたことに、陛下は驚きつつも傍らにあった剣をこちらに向ける。陛下と仕事をしていた側近も、戦闘態勢を取っていた。
「突然申し訳ありません。」
「……リエラ殿か…。全く、驚かさないで欲しいものだな。」
「公爵令嬢エリル・ゼンキースアからの返事を、できる限り早くお伝えした方が良いかと思いまして。謁見時までの手間を省くには、この方法しか思い付かなかったのです。」
「それはそうかもしれないが…。」
はぁ……と陛下はため息を吐いて俯いた。
私はSランク冒険者が故に、この程度の無礼で咎められる心配は無いが、少し叱られるのではと思った。
しかし陛下は私を叱ることはせず、エリルの返事を聞いてきた。
「それで、彼女は何と?」
「はい。エリルは、『私の力では治すことができません。冒険者リエラ様の魔法には敵わないのです。』と言っていました。」
「……やはり、断られたか…。」
「…陛下。彼であれば、問題はありませんよ。遅くても3日、早ければ明日には元に戻っていますから。」
私がかけた闇魔法が解けた後の状態は、受ける側の精神力の強さによって変わる。人によっては目覚めた時点で心が壊れている場合があるのだ。暗殺者が来た際に、お返しとして精神系の闇魔法を使っていたので、どの程度の魔力でどうなるのかは把握しているつもりだ。
ジルファーのあの性格ならば、明日には元に戻っていそうだが…。とはいえ、精神力が強いか否かは別の話。あのような最低な性格の者ほど、心は脆く崩れやすいのかもしれない。
私の魔法の効果は既に切れている。一日経てば、もうあの悪夢は見ないと理解するはずだ。それでもジルファーの様子が戻らない場合は、エリルに頼むしかないだろう。
「だが……。」
「陛下、私が直接様子を見に行ってもよろしいですか?」
「……手は出さないと誓ってくれるか?」
「無論です。彼が脱獄でも試みていない限りは、危害を加えないと誓いましょう。」
「ふむ……、ならば許可しよう。」
これ以上私がジルファーに魔法を使用すれば、確実に心を壊すだろう。そうなるのは私としても望んでいない。
心が壊れるということは、どのようなことをされようと何も感じなくなるということ。ジルファーには、自分の行いを後悔させる『苦しみ』が必要だ。その『苦しみ』を感じなくなることだけは、避けなければならない。
陛下の書斎を出た後、王城の敷地外すぐにある地下牢への階段を降り、ジルファーの投獄されている牢へと向かった。
「殺してくれ…。もう嫌なんだ……。」
頭を抱え、牢の隅でガクガクと震えている男。言うまでもなくジルファーだ。
「無様ね。でもあなたを死なせるつもりはないのよ。物理的にも、精神的にもね──」
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