上 下
11 / 34

11話 使い魔

しおりを挟む
 王城を出てギルドに戻る途中、人気の無い場所に移動した私は、自分の影に向かって話しかけた。



「出てきて良いわよ。」



 そう言うと、私の影から一人の少女が現れた。真紅の髪に金色の瞳を持ち、赤と黒が入り交じるローブを着ている。フードを被っていれば、少年と間違えそうな雰囲気だ。



「久しぶりね。さっきは助かったわ。」

「丁度ボクが影に戻ったタイミングで良かったよ。あのまま主が魔力を放っていたなら、王子サマは勿論、近くに居た護衛や使用人も間違いなく気絶していただろうね。もしそんなことになれば、さらなる面倒事に発展すると判断したまでだよ。」

「そうよね…。本当にありがとう。」

「どういたしまして。」


 彼女の名はヴィーレ。私が闇魔法で召喚した《悪魔族使い魔》だ。
 ジルファーとの会話中に私の肩に手を置き、平静に戻させたのはヴィーレだ。私がラリエットだった時、護衛兼侍女をしてくれていた。
 通常、魔法で召喚される使い魔は魔獣が多く、その殆どが獣の姿をしている。だが私が召喚したのは、《悪魔族》と呼ばれる異界に住む悪魔だった。

 この世界に顕現する《悪魔》や《上級悪魔》との違いは、明確な意思や知識の有無、生きた年数の長さなどだ。
 《悪魔》は意思がなくただ暴れるだけの存在だ。魔物と然程変わらないだろう。そして《上級悪魔》には、意思はあるが知識が無い。故に挑発をしても低レベルな返答が返ってきたという訳だ。さらに両者は魔力の淀みなどにより、突然この世界に生み出される。

 しかし《悪魔族》は、異界に住む一つの種族として扱われている。三柱の最上位悪魔が、三つに分けた異界をそれぞれ支配しているらしい。そして最上位悪魔のみが、悪魔族を生み出すことができるのだ。つまり自然に生まれることはないということになる。
 ちなみにヴィーレはその《最上位悪魔》の一柱だ。召喚者より強い彼女なら、召喚の強制力に抵抗できるはずなのだが、何故か嬉々として私に仕えてくれていた。



「それで、公爵家の方はどうなったの?」

「万事オーケーだよ。メイド服での仕事も楽しかったから、名残惜しい気もするけどね。手続きは主の兄君がしてくれたから、今のボクは主を崇拝するただの使い魔に戻ったってワケさ。」

「崇拝って…。」

「それと、ゼンキースア公爵家の内部の様子に、特に変化はないよ。主の部屋が既に無くなっていることくらいかな?部屋にあった物は全て処分されて、まるで初めから主が生まれてこなかったかのような扱いだ。」

「そう…。」



 少し寂しい気もしたが、もう公爵家に戻ることがない以上、私の部屋があっても意味は無いだろう。
 そして公爵家の現状より気になることがある。ディールト兄様に頼んで、私の侍女だったヴィーレを公爵家に残してもらっていた理由……



「私が頼んだことについては、何か分かったの?」

「勿論!自分達の娘があんな婚約破棄のされ方をしたと言うのに、公爵と夫人は相変わらず王子サマに付いているようだよ。王子サマも、公爵家という後ろ盾は欲しいみたいだから、互いに媚びを売っている感じかな?」

「…それは事実なの?」

「ボクの名に誓って事実だよ。全く、揃いも揃って馬鹿馬鹿しいよね。主の公爵家追放を知った王子サマは、二人に対し謝罪をしに来たんだ。」



 詳しく聞くと、婚約破棄を公の場でしたことについて、ジルファーはゼンキースア公爵と公爵夫人に謝罪をしたらしい。私の公爵家追放を知ってからだったのは、公爵の私に対する扱いが分かったからだろう。婚約破棄後、即追放するほどの扱いならば大丈夫と判断した様子。
 ジルファーの謝罪に対しては公爵も仕方がないと言って許し、さらに『ジルファーが国王となった暁には願いを一つ叶える』ことを条件に、ゼンキースア公爵家が後ろ盾として付くことを約束していたそう。



「普通、謝罪を受け入れたとしても、後ろ盾の継続はしないと思うんだよね。外聞的にも問題があるだろうし。」

「同感ね。非情人扱いされかねないもの。…でもあの親は己の利益しか考えていないから、別に不思議じゃないわ。」



 きっと馬鹿王子と利益しか見えていない両親は、同じ頭をしているのだろう。だからこそ、周囲がやらないようなことも平気でしてしまうのだ。



「あと、主の兄君から伝言を受け取っているよ。」

「ディル兄様から?」

「そうだよ。『私が公爵家当主になった時、帰ってこないか?』、だってさ。」



 ディールト兄様は私に帰ってきて欲しいのだろう。…だが帰ったところで、私にメリットはない。『公爵令嬢』という肩書きができるくらいだ。貴族としての生活も退屈かつ面倒で、性に合わない。ならば冒険者としてのみ活動している方が良いのである。



「……帰らないと伝えておいて欲しいわ。その代わり、頻繁に会いに行くともね。」

「主ならそう言うと思った。今夜には伝えに行くよ。」

「ええ、頼むわね。」



 そう言うと、ヴィーレは影に消えていった。

 ギルドへと戻った私は、エデスラードにジルファーとのやり取りを話した。



「また喧嘩を売るようなマネを…。 ……大丈夫なんだろうな?」

「ギルドへの不利益に繋がらならないかという心配なら、問題は無いと思うわ。喧嘩を売ったのはあくまで私だもの。その辺りはいかに馬鹿と言えどはき違えないはずよ。」

「だが貴族達にギルドへの依頼をするな、などと命令されてしまえば…。」

「あの王子にそこまでの権力はないわ。それに今のところ王子に付いている貴族は少数。殆どの貴族は、次期国王に関する事情に関与しない方針を取っているのよ。だからたとえギルドに関する悪評を流されたとしても、ギルド自体にそれほど影響は出ないと断言できるわね。」

「ならいいんだがな…。」



 ギルドは主に人々からの依頼で成り立っている。村や街などに出現した魔物の討伐依頼、商人や貴族からの護衛依頼、必要素材の収集依頼など、依頼の種類は様々だ。それらを冒険者に紹介する際の『仲介料』などで利益を得ているのだ。
 そして貴族からの依頼は、半数程度を占めている。主に護衛と討伐依頼だ。上位の冒険者ほど、依頼料が高くなるのは言うまでもない。



「それにしても、何故貴族は関与しない方針なんだ?」

「仕事をしない王太子に、国王を任せたいと思う?」

「…思わないな。」

「そういうことよ。かと言って、現状ジルファーの代わりになり得る人もいない。だからある意味様子見している状況ね。」

「なるほどな。」



 私の個人的な考えとしては、第一王女であられるゼーファ殿下が、国王もとい『女王』になられるべきだと思っている。
 だが『女王』は王国が始まって以来一度もない。故に、貴族達もゼーファ殿下に付いたところで、王になることが可能なのかと疑問を持っている状態だ。



「お前自身に殿下が何かしてくる可能性はないのか?」

「大いにあるでしょうね。」

「あるのかよ…!…ってまぁ、そうだろうな。」

「暗殺者を向けてくるか、悪評を流すか…。どちらにせよ、全て意味を成さないわ。暗殺者はもとより、私は信頼できる貴族の依頼しか、受けてきていないもの。」

「そうだな。リエラが相手じゃあ、王子と言えど相手にならんだろうな。」



 あの馬鹿王子程度では、私に何をしても無意味に終わるだけだ。

 ──こうして、残るはゼーファ殿下からの招待状のみとなったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】待ち望んでいた婚約破棄のおかげで、ついに報復することができます。

みかみかん
恋愛
メリッサの婚約者だったルーザ王子はどうしようもないクズであり、彼が婚約破棄を宣言したことにより、メリッサの復讐計画が始まった。

貴方に必要とされたいとは望みましたが……

こことっと
恋愛
侯爵令嬢ラーレ・リンケは『侯爵家に相応しい人間になれ』との言葉に幼い頃から悩んでいた。 そんな私は、学園に入学しその意味を理解したのです。 ルドルフ殿下をお支えするのが私の生まれた意味。 そして私は努力し、ルドルフ殿下の婚約者となったのでした。 だけど、殿下の取り巻き女性の1人グレーテル・ベッカー男爵令嬢が私に囁きました。 「私はルドルフ殿下を愛しております。 そして殿下は私を受け入れ一夜を共にしてくださいました。 彼も私を愛してくれていたのです」

《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

真義あさひ
恋愛
公爵令嬢のマーゴットは卒業式の日、王太子バルカスから婚約破棄された。彼の愛する平民女性を虐げたことが理由らしい。 だが、彼は知らない。 冤罪なのはもちろん、事情があって彼はマーゴットと結婚しなければ王家に残れない仮初の王太子であったことを。 それを指摘された王太子は怒り狂い、マーゴットを暴力によって殺害してしまう。 マーゴットはそんな人生を何度も何度もループしていた。 マーゴットはそんな王太子でも愛していた。けれど愛があってもこのループからは逃れられないと知って、覚悟を決めることになる。 これは、後に女王となった公爵令嬢が自分の本当の想いを取り戻して、腐れ縁の幼なじみ王太子と訣別するまでの物語。 ※女性向けHOTランキング2位ありがとうございます! ※タイトルに本題追加しました。(2022/11/18)

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!

リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。 聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。 「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」 裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。 「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」 あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった! 、、、ただし責任は取っていただきますわよ? ◆◇◆◇◆◇ 誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。 100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。 更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。 また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。 更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。

処理中です...