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超越する虹
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トリニティ作品
今回のお題は…
風花様『誕生日』
にぃずな様『つみれ』
さっさ。様『虹』
ジャンル指定
わほいほい様『ミステリー』
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
虹、一筋の虹。
七色の光のアーチ。
そしてそれは─
虹にかかる雨が、雲の切れ間から降り注ぐ光と共に、それはそれは美しい輝きを放っていた。
緩やかな風によってそよぐ雲がたなびき、優しい光のグラデーションと共に降り注ぐ。虹は今、燦然たる輝きをもって私の元に舞い降りる─
「ねぇ」
「……え?」
「あのですね…」
「はい?」
「いや、だから聞いているのはそう言う事では無くてですねぇ」
「はぁ?」
建物のすぐ近くを、路面電車が轟音を立てて通り過ぎる。その轟音にかき消されて、虹ノ宮 或華(にじのみや あるか)は現実に引き戻される。
「なんだ?聞いてきたのはそっちだろう?三流記者よ?」
「だーから、俺の名前は三条!三流じゃなくてさ・ん・じょ・う!!」
そう言われた記者、三条 調(さんじょう みつぎ)は大きくため息を付いて、座れと言われたオンボロソファーに大きく仰け反り天を仰ぐ。
ここに来る度にこの不毛なやり取りを毎度繰り返しては居るが、この目の前の私立探偵はまともに人の名前を覚えた試しは無い。
「いや!そうじゃなくて…いやそうだけどさぁ!!だぁから!俺が聴いてるのは、なんでこう『普通』の探偵や警察が投げ出す様な事件を貴女が解決出来るのかどうかをですねぇ!!」
「だーから私も何度も答えて居るだろう?虹が降りてくるんだよ。この頭に」
ジャージ姿の探偵はこめかみの辺りをグリグリと人差し指でねじり、「そう感じるんだから仕方ないじゃないか?」という表情をしている。
記者の三条は、売れないゴシップ記事に本当にあった不可思議事件というタイトルでコラムを持っている。その記事を書く為に、本社が契約している私立探偵の元に事件資料や捜査当時の事を聞きに来ているのだが……
(やはりどう考えても納得出来ない…なんでこんなフワフワしていつもジャージ姿の探偵に難事件が解決出来るんだ!?)
三条は改めて虹ノ宮 或華を見る。歳は詳しく聞いてないが20代後半で、いつもこの黒いジャージにサンダル姿。髪は野暮ったくゴムバンドひとつで後ろにまとめられている。鋭い切れ長の瞳を隠すように大きめのメガネを掛け、左の耳はピアスだらけ。そして机の上には時代錯誤の黒電話がひとつに大量の灰皿と乱雑に重ねられた事件ファイル。
何故、自分よりも10歳近くは年下の女性に、難事件が解決出来たのか不思議で仕方ない。そして不思議なのはもう1つ。
「アルカさん!出来たよ~!!」
エプロンを付けた女子高生が、土鍋を持ってキッチンから入ってくる。
「おぉっ、キタキタ!!さすが私の助手!いやぁシエルの鍋を食べなきゃ一日は始まらないよぉ~」
三条には決して向けない満面の笑みで鍋料理を迎える或華。この不精な探偵とは違ってシエルと呼ばれた女子高生は、現役アイドルかと見間違えてしまうぐらいの可愛らしさに包まれている。
この虹橋探偵事務所にあるいくつかの不思議のうち、第二の七不思議、『助手、穹橋 詩流(そらはし しえる)はマジ天使。』
…何故かこの掃き溜めの様な探偵事務所に降り立つ一輪の花。それが彼女で、何故こんな所に居着いて居るのかそれ自体が謎の存在だ。
「あ、シラベさんも食べて行きますか?今箸とお椀持ってきますね!」
「ありがと~シエルちゃん!でもごめんね、俺の名前はシラベじゃ無くて調(みつぎ)ね!この前も同じ事言ったんだけどやっぱり覚えて無かったよね?うんうん!」
「あれ?そうでしたっけ??ごめんなさ~い!」
言葉でやんわりとそう話すが、三条の目は笑って居なかった。何故か探偵も助手も頑なに人の名前を間違える。いい加減うんざりだ。
「しかし……いっつもそれ食べてるけど……何?なんで鍋?この時期に?」
或華は三条のその問い掛けを軽く無視して自分の器に鍋を取り分け、ハフハフと鍋を流し込む。桜も散り終わって緑の若葉が生い茂る日差しの良い昼下がりに、何故か鍋料理。或華はメガネを曇らせながら鍋を食べていた。
これが三つ目の七不思議。『探偵事務所の飯はいつも鍋』
「はい、どうぞ記者さん。熱いから気を付けてね?」
「お、ありがとうシエルちゃん。おー、こりゃ美味そうな……つくね?の鍋だね」
「つみれだよっ!」「つみれですっ!」
鍋を食べようとして、三条は何か薮をつついてしまったらしい。急に或華もシエルもムッとした表情だ。
「これだから三流は……『つみれ』と『つくね』の違いも分からないとはな。ガッカリだ」
「アルカさんはつみれのお鍋がだーいすきなんですよ!だから私が作るのはいつもつみれ団子のお鍋ですっ!」
「つ、つみれ?つくねも大して変わらないだろ?」
今まで食べて来た鍋料理に使われているすり身団子が『つみれ』
なのか『つくね』なのか気にして来なかった三条は、或華とシエルにツッコまれてたじろぐ。
「日に1回はお魚つみれ団子を食す!これが探偵としての大事な日課だ!なんて言ったってドコサヘキサエン酸が沢山摂取出来るからなぁ!」
「ド、ドコサ…何??」
「ドコサヘキサエン酸、DHAって奴ですよ記者さん」
シエルにそう教えられて、口をあんぐりと開けた三条。
「あっっきれた!あんなのが頭に良いとか言われたの90年代の話だろ?そんなの信じて…てか!探偵さんあんた何歳だよ!?」
「ふっふっふ…死んだ父の遺言だ。つみれ団子を毎日食べたら良い探偵になれるとね。ちなみに父は魚肉ソーセージを良く好んで食べていた。」
「ハイハイもう良いですよそれぐらいで。それで、今日こそ教えてくれるんですか?」
「ん?何をだ?」
「だから!?事件解決の秘訣ですよ!!」
熱々の鍋のせいでそうなっているのか、はたまた怒っているからなのかは分からないが、三条は赤くなって怒鳴りながらもシエルの手料理は絶対に残さないと鍋をかき込む。
「だから何度も言っているだろう。答えは『虹』だ。」
「はぁ…またそれか」
三条はガックリと肩を落とす。いつも或華に聞いては居るが、いつも答えて貰えるのはこれだけだ。
『ふと、頭に虹が降りてくる。それが答えだ』
本気なのかどうかは分からないが、虹ノ宮 或華は事件を解決する時、頭に色々な『色』を思い浮かべるらしい。それが、ひとつにまとまった時に、どうやら虹となって一気に頭に降り注ぐ、とか。
「そんな与太話聞く為にココに来る程俺も暇じゃ無いンすよ、全く。」
「ムッ!与太話だと!?いいぞ、それなら聞くだけ無駄だろうからとっとと出版社に帰るがいい。助手よ、お客様がおかえりだ!」
「はーい!」
シエルに追い出すように命じる或華に、さっきとは打って変わって必死に縋り付く三条。
「まってまってよ探偵さん!お願い!お願いだから今回もアドバイス下さいって!!」
「まったく……シエル、釘バットは次まで取っておこうか」
「はーいアルカさん!」
「く、くぎばっ……ひえっ」
一瞬しか見えなかったが、錆だらけの釘バットを入口のすぐ近くに隠したシエル。あんなに可愛い子に全く似合わないそれが対象的で、より恐ろしさを三条に感じさせた。
「ど、どうすんだよあんなモノ!?」
「おいおいここは探偵事務所だぞ?いわゆる『荒事』を解決したくて尋ねてくるお客様も少なからずは居るものでね。」
(さ、錆びてるって事は…使用済み?いや、止めよう)
深く考えてはいけない事を悟った三条の心を、通り過ぎる電車の轟音が落ち着かせた。
「それで?今回の事件は?」
「はい、あ、えーっと…これだ」
三条は鞄から事件ファイルを取り出し、鍋敷きの上に乗せる。或華はそれを手に取るとペラペラとページをめくる。一瞬、或華の表情が止まった様にも見えたが、元のつまらなそうな表情に戻った。ファイルのタイトルには『Birthday』と書かれていた。
「………『誕生日殺人』?本気か?」
「これは絶対に怪しい!間違いない!!」
全く関連の無い3つの殺人事件。何故か被害者は皆、自分の誕生日に殺されている。その3つは全て犯人が捕まる、もしくは死んでいると言う物だ。
三条はこれを『同一の連続殺人』だと思っているらしい。
「場所が離れているとは言え、3ヶ月連続で誕生日に殺された人が居るなんて偶然では収まらないだろう?俺は警察すら気付かない事件を調べて書きたいんだよ!」
「あのなぁ三流。警察だって無能じゃ無いし、公的機関が調べて特に問題無いってんなら」
「俺じゃ無くて、『アンタ』ならどうみるんだよ!?なぁ、虹の探偵なら!」
「どうってねぇ…うーむ……」
虹ノ宮はペラペラと事件資料を眺める。そこにシエルがコーヒーを持ってきて、或華はそれを飲みながら面白くない表情をしていた。
「なぁ……どうだ?なぁ!教えて」
「だぁーもぅ!落ち着いて考えさせろよ少しは!言っとくが、そっちの出版社にはアドバイス料貰ってるから色々な事件や捜査に関する意見を言ってるだけだからな?」
或華は怒って立ち上がった。ジャージのポケットからタバコを出して、窓際に行って一服する。
でも、タバコを吸うのは事件と認識して興味を持っているからだと、三条も長い付き合いで分かっていた。メモを準備する手に力が入る。
「そ、それで……」
「不思議の国のアリス、か。今の所引っかかってるのは」
「あ、アリス??」
「『いかれ帽子屋』って居るだろ?3月ウサギと一緒に出てくる…」
「え?あー、すまんあんまり分からん。」
「てめぇ記者だろ!?なんでそんな事知らない……チッ三流が」
「お、おい良いぞ!好きなだけ罵ってくれて。それで記事が書けるならなんだってする」
張り合いの無い返事を貰って、或華はタバコをもみ消して席に戻った。
「いかれ帽子屋ってのは、3月ウサギと一緒に一年中ある事をお祝いしてるんだ。何か分かるか?」
「すまん、まったく」
「『誕生日じゃ無い、日(UnhappyBirthday)』だよ」
「誕生日じゃ無い日……?なんだそりゃ?」
三条はキョトンとする。当たり前だ。誕生日じゃ無い日と言われとも、なんの事かピンと来ない。
「や、これは直接は関係無い話なんだが…仮に連続殺人だったとして、何故『誕生日』なんだ?他にも色んなスケジュールが有るだろう?」
「ふむ…ふむふむ」
「暦にホリデーは沢山ある。でも、この3件はそれぞれの誕生日に起きた。つまり、これは偶然では無いって事だ。」
「なるほど、それで?」
「だから殺人事件は、誕生日を『選んで』行われた。」
「はいはい………はっ?」
メモを書く三条の手が止まった。
「な、何を言ってるんだ?だからこれは誕生日を選んで行われた殺人事件だと最初に」
「三流は黙ってな、コイツはどうも…『黄色』なんだよ全体的に」
「なんだって…え?黄色?色!?」
「シエル、いつもの」
「はーい、アルカさん」
或華に言われて、シエルはホワイトボードと原色の色が塗られたカードを持ってきた。黄色のカードを真ん中に貼ると、被害者の名前をボードに書いていく。
「虹ってのは光だ。だから、厳密言うと違うんだけどな、私には色に見えてるんだ。」
「な、何が!?」
「事件だよ!!なんでそんなに察しが悪いだよお前はよ!」
或華は持っているペンで三条の頭をペシペシ叩く。
「良いか、良く見ろよ?殺された人は全員、『黄色』だ」
「黄色って言ったって…アジア人なら」
「バッカヤロー!イメージの事を言ってるんだよ私は!!全員、『明るくて活発』だろうが!」
「は……あ?」
三条は被害者のプロフィールを見直す。全員に共通の趣味は無いが、皆それぞれに何かの活動をしている様だった。
「1人で孤独を楽しむ『青』じゃ無い。コイツらは黄色だ。なら、共通する部分がひとつ。」
「そ、それは?」
ゴクリと飲み込む唾の音を、聞かれてしまったのでは無いかと三条は気にした。
「……全員、自己顕示欲が高い。シエル?」
「はい!アルカさんありましたよ!」
シエルが液晶パッドを取り出し、捜査ファイルの隣に置く。インスタントフォトグラフィが立ち上がっていた。
「こ、これは!?」
「それぞれの追悼ページだよ。ほら、未だに書き込みが有るだろう?」
それぞれ、4桁単位の良いねやコメントが付いている。
「なるほど…だが、別に珍しくもなんとも無いだろ?今の時代」
或華は舌打ちし、シエルはため息をこぼす。
「な、なんだよ?教えてくれよ!?」
「黄色って事は、赤と緑が混ざってんだ。良く考えろよ」
「は?また色の話か!?そんなの言われたって常人には通じないぞ?」
「シエル頼む」
「はぁ~い、シラベさん、もう少し考えて見てね?」
黄色のカードを貼ったボードの左側に赤、右側に緑のカードをシエルは貼った。赤には『闘争』、緑には『友情』と追加で書き足している。
「まだ通じてないって顔だな?三流?」
「す、すまない。全く何が何やら」
「黄色の被害者には、共通して友達やライバルが多かった。こんな人間、狙われてもおかしく無かったが、狙うにはリスクがあった。常に周囲には人が居たからだ」
或華に指刺され、シエルがボード上の被害者を赤と緑のカードごと円で囲む。
「じゃ、犯人はどうやったのか?と、言うより犯人はこの赤か緑のどちらかだろう。」
「ええっ!?捕まっている奴も自殺した奴も居るぞ?真犯人が居るって事か!?」
「捕まっている奴も自殺も冤罪だ。それよりも、最初の話に戻るぞ?」
「え?あ、あぁ」
「お前が黄色を殺すなら、いつ狙う?」
「は?被害者か?うーん…人が最も居ない時…なのか?」
「だな、それは何時だ?」
「え?いやちょっと直ぐには…」
三条は考え込んでも良い方法は思い浮かばなかった。
「浮かばないか?なら、作り出したらどうだ?人との接触が少ない時間を」
「え?どうやってだよ?」
今度はシエルの方が大きくため息を付いて三条に話し掛ける。
「シラベさん、答えは明白なんですよ。友達が多い人の『誕生日』に、みんなで何をやりますか?」
「はぁ?何って……サプ…ライズ的な?何か?」
「シラベさんって意外にオジサンなんですね?もっと若いかと思ってました」
「ええっ!?なんでそんな事言うんだよシエルちゃん!?」
「だって、若い人が何やるか全然分かって無いじゃないですか?」
「なんだ??若い奴が誕生日にやるサプライズってなんだよ!?」
やれやれと言った表情の或華。シエルに指示し、液晶パッドにある動画を表示させる。そしてそれを食い入る様に覗き込む三条。
その動画は、どこかの『通り』の様な場所で数人が踊っている様な動画だった。
「なん……なんだこれは?ダンス?」
「そりゃまぁダンスに違いないけどねぇ。本当に分からない?」
あご先をポリポリ掻きながら見ていた三条だったが、次々に踊る人が増えていくその動画を見ていてある事を思い出して、大声を上げた。
「分かった!!コイツは『フラッシュモブ』だっっ!!」
「……そう言う事だ。全部の事件、目撃証言が少ないだろう?」
或華にそう言われ、ハッとした三条はファイルを漁り見る。確かに、心做しか一般の事件よりも目撃証言が少ない気がした。
「た、確かに少ないが、それが何と関係あるんだ?」
「それが、黄色を1人にする方法だよ。」
「すまないが、クイズごっこは辞めてくれ!俺だって必死に考えてるけど分からないから聞いているんだよ!」
「つまらん男だなぁ三流。人気者を上手く友人から遠ざけて、尚且つ本人が孤立していてもおかしく感じない状況を作り出すのに最適だと言ったんだ。」
「フラッシュモブが、か?」
人気者である被害者の友人達に、「今度アイツの誕生日にフラッシュモブをやるから、知らない素振りをしていてくれよ」と頼まれたら、気のいい人間なら誰もそれを邪魔しようとしない。
もし誕生日間近に、友人達が積極的に距離を離そうとして来たら、「これは何かサプライズがあるな」と本人も思う。もし、誕生日当日に怪しい動きをする人が近付いて来ても、わざとそれを見ない様にする。
『折角友人達が仕掛けてくれた、サプライズを本人が台無しにする訳には行かないから』
「な、なるほど……そう言う訳か…つまり、友人の中の誰かが真犯人」
「まてまて三流、だから君は三流のままなんだよ。」
「な?なんだよ!あんただって、さっき赤か緑が犯人って言ってたじゃないか!」
三条はホワイトボードを指さして言った。
「まだ足りねぇんだよ。」
「は?何が?」
「……『色』だよ。最低3色なきゃ『虹』にはならない」
「な、何言ってるんだ?友達のうちの誰かが犯人って事で揺るがないだろう!!」
それを聞いた虹ノ宮 或華は、いやらしい笑いを浮かべてホワイトボードに近付く。
「緑と赤、どっちが犯人だと思う?」
「え?親友か赤のどちらかって意味か?そんなの、3件共違うかも知れない可能性の方が…」
「本当にそれで終わりか?3ヶ月連続で誕生日に殺人が起きたのはたまたまか?」
「………え?」
三条はこれ以上、この話を聞いてしまってもいいのか一瞬躊躇した。それ程までに、私立探偵虹ノ宮の話には圧力があった。
或華はシエルから1枚のカードを受け取り、それをボードに貼る。そして、さらに違う円で緑と赤を囲む。
「たとえ緑で有ろうと赤で有ろうと関係なく、事実を成立させるに相応しい『条件』が……もし、あったとしたら??」
「あ、ああぁ……」
或華はボードに『青』のカードを貼っている。緑と赤を同時に囲うように。
それを見た三条は、文字通り青ざめた。この探偵が、何を言おうとしているかわかってしまったから。
「さてシエル、私の助手。検索して欲しい。」
「はい、アルカさん」
「比較的短期間な納期で、学生なんかでも支払える様な低い報酬でフラッシュモブに属するサプライズ企画を受け持ってくれる『業者』は、日本にどのくらいある?」
「えぇ、その条件だと24件ヒットします。」
「では、そこから3つの事件が起きた県にそれぞれ事業所を持つ業者は?」
「…………はい、それだと3件です」
「よろしい。では……」
或華はずいっと三条に近付き、目を見つめながら最後の質問をする。
「その3つの企業の中で、『不思議の国のアリス』にちなんだ名前の企業は?」
「………はい。『ハッピーハット&ラビット』と言う企業がひとつです。」
「ひいっ!!??」
その答えを聞いて、虹ノ宮 或華は三条の頭を両手で掴んだ。恐ろしく、歪んだ表情のまま。
「……どうだ三流?貴様の頭にも『虹』は降りたかい?まぁ、今度の虹は色が少ないからそれ程でも無いだろうがねぇ??」
三条はブルブルと震えてしまっている。
「い、いや、探偵、さん。分かった。分かったから。」
まさかこんな方向に行くとは思って居なかった三条は、心底震え上がった。まさか、日本国内に『集団で殺人を担う企業』が存在して、尚且つ既に巷に広がってしまっているとは。
事件の真相。誕生日殺人は三条の睨んだ通り、連続殺人事件だった。サプライズに乗じて殺人を企む友人の誰かが、この暗殺企業の噂を聞き付けて依頼をする。後は、友人達にはサプライズがある、フラッシュモブをすると伝えて関心を引かない様に演技しろと注意させる。暗殺対象には、わざと下手に周囲でサプライズを催しそうな『雰囲気』を全開に出す。
するとそれだけで対象は人混みを避け、何も見ない様にし始める。周囲も意識し過ぎるとバレるので、見ない様にする。
その中で、仕掛け人と思わしき人が対象を連れて行く。ついに始まったかと胸に期待を膨らませる。そして、その後は誰もが予想しない最悪のサプライズが待っている。それを請け負う、企業があった。誕生日じゃ無い日を祝う存在の名を借りて、誕生日の日に最悪の仕打ちを行う企業が……
轟音を立てる路面電車が、探偵事務所の横を通り過ぎる。その音と振動と共に、捜査資料も机の上から落ちて散らばった。
三条が帰ったその日の夜─
「………はい、一通り通報は終わりましたよ」
黒電話の受話器を置いたシエルは、残念そうにホワイトボードを見つめる。
「ん?どうしたシエル?」
「いや、なんだか…残念ですね。」
「事件の事か?」
「いいえ、そうじゃなくて…」
今度は机の上にある黒電話を見つめる。
「今週ぐらいは、この『警察直通の黒電話』の役目が無いかと思ってましたので。」
或華は反対に、事務所の上に飾ってある神棚を見つめる。
「……ま、それだけ人の業は深いって事さ。それよりも…」
或華は出版社から貰った三条の名刺を見てため息を付く。
「あの三流記者は大丈夫かねぇ?自分が持ってきた事件の癖に勝手にショック受けやがって。」
「あら、アルカさんがシラベさんの事心配するなんて珍しいじゃないですか?」
「あんな奴でも未解決事件の臭いを嗅ぎ分ける才能だけはずば抜けてるからなぁ~。記者辞めたらすぐにでも雇ってやるのに。」
「まぁお優しい。流石ですねアルカさんっ!」
「や、私は適材適所の精神を持ち合わせているだけで…まぁ良いか。」
或華はソファーに深く腰掛けてタバコを吸う。すると、シエルが奥の部屋で着替えてから現れた。
「うーん。やっぱり昼間の『制服』の方が似合ってる気がするんだけどねぇ?」
「何言ってるんですか?流石に夜中まで『子供のフリ』してたら補導されちゃいますよ?」
「ま、そりゃそうだけどねぇ」
「さ!準備出来たし行きましょう!!帰ってきたらまた、つみれ団子のお鍋作りますからね」
「……うん、よっしゃ、いっちょやるかっ!」
ニタニタと笑いながら、どう見ても凶器の様な物を準備し始める二人。
「最近の探偵家業は…『荒事コミ』じゃなきゃ成り立たないなんて、情けない世の中だねぇ」
三条が持ってきた捜査資料。その2枚目に写っていた容疑者女性。それは、今この探偵事務所が引き受けている別件で身元捜索の事件のひとつに関係していた。偶然にも三条のおかげで居場所が掴めたのだ。
「……夜には虹は掛からない筈なんだけどね。あーあ。」
そう言うと或華とシエルは車に乗り込み、夜の街へと消えていく。
何故なら、2人は常にひとつ。虹には常に『両端』があるものだ。
2人でひとつの虹。arc-en-ciel
それが、虹橋探偵事務所。
そして探偵事務所七不思議の内のひとつ、第一の不思議。
『探偵、虹ノ宮 或華(にじのみや あるか)は昼、仕事をしない』
第四以降の謎に付いては、また別の機会に。
END
今回のお題は…
風花様『誕生日』
にぃずな様『つみれ』
さっさ。様『虹』
ジャンル指定
わほいほい様『ミステリー』
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
虹、一筋の虹。
七色の光のアーチ。
そしてそれは─
虹にかかる雨が、雲の切れ間から降り注ぐ光と共に、それはそれは美しい輝きを放っていた。
緩やかな風によってそよぐ雲がたなびき、優しい光のグラデーションと共に降り注ぐ。虹は今、燦然たる輝きをもって私の元に舞い降りる─
「ねぇ」
「……え?」
「あのですね…」
「はい?」
「いや、だから聞いているのはそう言う事では無くてですねぇ」
「はぁ?」
建物のすぐ近くを、路面電車が轟音を立てて通り過ぎる。その轟音にかき消されて、虹ノ宮 或華(にじのみや あるか)は現実に引き戻される。
「なんだ?聞いてきたのはそっちだろう?三流記者よ?」
「だーから、俺の名前は三条!三流じゃなくてさ・ん・じょ・う!!」
そう言われた記者、三条 調(さんじょう みつぎ)は大きくため息を付いて、座れと言われたオンボロソファーに大きく仰け反り天を仰ぐ。
ここに来る度にこの不毛なやり取りを毎度繰り返しては居るが、この目の前の私立探偵はまともに人の名前を覚えた試しは無い。
「いや!そうじゃなくて…いやそうだけどさぁ!!だぁから!俺が聴いてるのは、なんでこう『普通』の探偵や警察が投げ出す様な事件を貴女が解決出来るのかどうかをですねぇ!!」
「だーから私も何度も答えて居るだろう?虹が降りてくるんだよ。この頭に」
ジャージ姿の探偵はこめかみの辺りをグリグリと人差し指でねじり、「そう感じるんだから仕方ないじゃないか?」という表情をしている。
記者の三条は、売れないゴシップ記事に本当にあった不可思議事件というタイトルでコラムを持っている。その記事を書く為に、本社が契約している私立探偵の元に事件資料や捜査当時の事を聞きに来ているのだが……
(やはりどう考えても納得出来ない…なんでこんなフワフワしていつもジャージ姿の探偵に難事件が解決出来るんだ!?)
三条は改めて虹ノ宮 或華を見る。歳は詳しく聞いてないが20代後半で、いつもこの黒いジャージにサンダル姿。髪は野暮ったくゴムバンドひとつで後ろにまとめられている。鋭い切れ長の瞳を隠すように大きめのメガネを掛け、左の耳はピアスだらけ。そして机の上には時代錯誤の黒電話がひとつに大量の灰皿と乱雑に重ねられた事件ファイル。
何故、自分よりも10歳近くは年下の女性に、難事件が解決出来たのか不思議で仕方ない。そして不思議なのはもう1つ。
「アルカさん!出来たよ~!!」
エプロンを付けた女子高生が、土鍋を持ってキッチンから入ってくる。
「おぉっ、キタキタ!!さすが私の助手!いやぁシエルの鍋を食べなきゃ一日は始まらないよぉ~」
三条には決して向けない満面の笑みで鍋料理を迎える或華。この不精な探偵とは違ってシエルと呼ばれた女子高生は、現役アイドルかと見間違えてしまうぐらいの可愛らしさに包まれている。
この虹橋探偵事務所にあるいくつかの不思議のうち、第二の七不思議、『助手、穹橋 詩流(そらはし しえる)はマジ天使。』
…何故かこの掃き溜めの様な探偵事務所に降り立つ一輪の花。それが彼女で、何故こんな所に居着いて居るのかそれ自体が謎の存在だ。
「あ、シラベさんも食べて行きますか?今箸とお椀持ってきますね!」
「ありがと~シエルちゃん!でもごめんね、俺の名前はシラベじゃ無くて調(みつぎ)ね!この前も同じ事言ったんだけどやっぱり覚えて無かったよね?うんうん!」
「あれ?そうでしたっけ??ごめんなさ~い!」
言葉でやんわりとそう話すが、三条の目は笑って居なかった。何故か探偵も助手も頑なに人の名前を間違える。いい加減うんざりだ。
「しかし……いっつもそれ食べてるけど……何?なんで鍋?この時期に?」
或華は三条のその問い掛けを軽く無視して自分の器に鍋を取り分け、ハフハフと鍋を流し込む。桜も散り終わって緑の若葉が生い茂る日差しの良い昼下がりに、何故か鍋料理。或華はメガネを曇らせながら鍋を食べていた。
これが三つ目の七不思議。『探偵事務所の飯はいつも鍋』
「はい、どうぞ記者さん。熱いから気を付けてね?」
「お、ありがとうシエルちゃん。おー、こりゃ美味そうな……つくね?の鍋だね」
「つみれだよっ!」「つみれですっ!」
鍋を食べようとして、三条は何か薮をつついてしまったらしい。急に或華もシエルもムッとした表情だ。
「これだから三流は……『つみれ』と『つくね』の違いも分からないとはな。ガッカリだ」
「アルカさんはつみれのお鍋がだーいすきなんですよ!だから私が作るのはいつもつみれ団子のお鍋ですっ!」
「つ、つみれ?つくねも大して変わらないだろ?」
今まで食べて来た鍋料理に使われているすり身団子が『つみれ』
なのか『つくね』なのか気にして来なかった三条は、或華とシエルにツッコまれてたじろぐ。
「日に1回はお魚つみれ団子を食す!これが探偵としての大事な日課だ!なんて言ったってドコサヘキサエン酸が沢山摂取出来るからなぁ!」
「ド、ドコサ…何??」
「ドコサヘキサエン酸、DHAって奴ですよ記者さん」
シエルにそう教えられて、口をあんぐりと開けた三条。
「あっっきれた!あんなのが頭に良いとか言われたの90年代の話だろ?そんなの信じて…てか!探偵さんあんた何歳だよ!?」
「ふっふっふ…死んだ父の遺言だ。つみれ団子を毎日食べたら良い探偵になれるとね。ちなみに父は魚肉ソーセージを良く好んで食べていた。」
「ハイハイもう良いですよそれぐらいで。それで、今日こそ教えてくれるんですか?」
「ん?何をだ?」
「だから!?事件解決の秘訣ですよ!!」
熱々の鍋のせいでそうなっているのか、はたまた怒っているからなのかは分からないが、三条は赤くなって怒鳴りながらもシエルの手料理は絶対に残さないと鍋をかき込む。
「だから何度も言っているだろう。答えは『虹』だ。」
「はぁ…またそれか」
三条はガックリと肩を落とす。いつも或華に聞いては居るが、いつも答えて貰えるのはこれだけだ。
『ふと、頭に虹が降りてくる。それが答えだ』
本気なのかどうかは分からないが、虹ノ宮 或華は事件を解決する時、頭に色々な『色』を思い浮かべるらしい。それが、ひとつにまとまった時に、どうやら虹となって一気に頭に降り注ぐ、とか。
「そんな与太話聞く為にココに来る程俺も暇じゃ無いンすよ、全く。」
「ムッ!与太話だと!?いいぞ、それなら聞くだけ無駄だろうからとっとと出版社に帰るがいい。助手よ、お客様がおかえりだ!」
「はーい!」
シエルに追い出すように命じる或華に、さっきとは打って変わって必死に縋り付く三条。
「まってまってよ探偵さん!お願い!お願いだから今回もアドバイス下さいって!!」
「まったく……シエル、釘バットは次まで取っておこうか」
「はーいアルカさん!」
「く、くぎばっ……ひえっ」
一瞬しか見えなかったが、錆だらけの釘バットを入口のすぐ近くに隠したシエル。あんなに可愛い子に全く似合わないそれが対象的で、より恐ろしさを三条に感じさせた。
「ど、どうすんだよあんなモノ!?」
「おいおいここは探偵事務所だぞ?いわゆる『荒事』を解決したくて尋ねてくるお客様も少なからずは居るものでね。」
(さ、錆びてるって事は…使用済み?いや、止めよう)
深く考えてはいけない事を悟った三条の心を、通り過ぎる電車の轟音が落ち着かせた。
「それで?今回の事件は?」
「はい、あ、えーっと…これだ」
三条は鞄から事件ファイルを取り出し、鍋敷きの上に乗せる。或華はそれを手に取るとペラペラとページをめくる。一瞬、或華の表情が止まった様にも見えたが、元のつまらなそうな表情に戻った。ファイルのタイトルには『Birthday』と書かれていた。
「………『誕生日殺人』?本気か?」
「これは絶対に怪しい!間違いない!!」
全く関連の無い3つの殺人事件。何故か被害者は皆、自分の誕生日に殺されている。その3つは全て犯人が捕まる、もしくは死んでいると言う物だ。
三条はこれを『同一の連続殺人』だと思っているらしい。
「場所が離れているとは言え、3ヶ月連続で誕生日に殺された人が居るなんて偶然では収まらないだろう?俺は警察すら気付かない事件を調べて書きたいんだよ!」
「あのなぁ三流。警察だって無能じゃ無いし、公的機関が調べて特に問題無いってんなら」
「俺じゃ無くて、『アンタ』ならどうみるんだよ!?なぁ、虹の探偵なら!」
「どうってねぇ…うーむ……」
虹ノ宮はペラペラと事件資料を眺める。そこにシエルがコーヒーを持ってきて、或華はそれを飲みながら面白くない表情をしていた。
「なぁ……どうだ?なぁ!教えて」
「だぁーもぅ!落ち着いて考えさせろよ少しは!言っとくが、そっちの出版社にはアドバイス料貰ってるから色々な事件や捜査に関する意見を言ってるだけだからな?」
或華は怒って立ち上がった。ジャージのポケットからタバコを出して、窓際に行って一服する。
でも、タバコを吸うのは事件と認識して興味を持っているからだと、三条も長い付き合いで分かっていた。メモを準備する手に力が入る。
「そ、それで……」
「不思議の国のアリス、か。今の所引っかかってるのは」
「あ、アリス??」
「『いかれ帽子屋』って居るだろ?3月ウサギと一緒に出てくる…」
「え?あー、すまんあんまり分からん。」
「てめぇ記者だろ!?なんでそんな事知らない……チッ三流が」
「お、おい良いぞ!好きなだけ罵ってくれて。それで記事が書けるならなんだってする」
張り合いの無い返事を貰って、或華はタバコをもみ消して席に戻った。
「いかれ帽子屋ってのは、3月ウサギと一緒に一年中ある事をお祝いしてるんだ。何か分かるか?」
「すまん、まったく」
「『誕生日じゃ無い、日(UnhappyBirthday)』だよ」
「誕生日じゃ無い日……?なんだそりゃ?」
三条はキョトンとする。当たり前だ。誕生日じゃ無い日と言われとも、なんの事かピンと来ない。
「や、これは直接は関係無い話なんだが…仮に連続殺人だったとして、何故『誕生日』なんだ?他にも色んなスケジュールが有るだろう?」
「ふむ…ふむふむ」
「暦にホリデーは沢山ある。でも、この3件はそれぞれの誕生日に起きた。つまり、これは偶然では無いって事だ。」
「なるほど、それで?」
「だから殺人事件は、誕生日を『選んで』行われた。」
「はいはい………はっ?」
メモを書く三条の手が止まった。
「な、何を言ってるんだ?だからこれは誕生日を選んで行われた殺人事件だと最初に」
「三流は黙ってな、コイツはどうも…『黄色』なんだよ全体的に」
「なんだって…え?黄色?色!?」
「シエル、いつもの」
「はーい、アルカさん」
或華に言われて、シエルはホワイトボードと原色の色が塗られたカードを持ってきた。黄色のカードを真ん中に貼ると、被害者の名前をボードに書いていく。
「虹ってのは光だ。だから、厳密言うと違うんだけどな、私には色に見えてるんだ。」
「な、何が!?」
「事件だよ!!なんでそんなに察しが悪いだよお前はよ!」
或華は持っているペンで三条の頭をペシペシ叩く。
「良いか、良く見ろよ?殺された人は全員、『黄色』だ」
「黄色って言ったって…アジア人なら」
「バッカヤロー!イメージの事を言ってるんだよ私は!!全員、『明るくて活発』だろうが!」
「は……あ?」
三条は被害者のプロフィールを見直す。全員に共通の趣味は無いが、皆それぞれに何かの活動をしている様だった。
「1人で孤独を楽しむ『青』じゃ無い。コイツらは黄色だ。なら、共通する部分がひとつ。」
「そ、それは?」
ゴクリと飲み込む唾の音を、聞かれてしまったのでは無いかと三条は気にした。
「……全員、自己顕示欲が高い。シエル?」
「はい!アルカさんありましたよ!」
シエルが液晶パッドを取り出し、捜査ファイルの隣に置く。インスタントフォトグラフィが立ち上がっていた。
「こ、これは!?」
「それぞれの追悼ページだよ。ほら、未だに書き込みが有るだろう?」
それぞれ、4桁単位の良いねやコメントが付いている。
「なるほど…だが、別に珍しくもなんとも無いだろ?今の時代」
或華は舌打ちし、シエルはため息をこぼす。
「な、なんだよ?教えてくれよ!?」
「黄色って事は、赤と緑が混ざってんだ。良く考えろよ」
「は?また色の話か!?そんなの言われたって常人には通じないぞ?」
「シエル頼む」
「はぁ~い、シラベさん、もう少し考えて見てね?」
黄色のカードを貼ったボードの左側に赤、右側に緑のカードをシエルは貼った。赤には『闘争』、緑には『友情』と追加で書き足している。
「まだ通じてないって顔だな?三流?」
「す、すまない。全く何が何やら」
「黄色の被害者には、共通して友達やライバルが多かった。こんな人間、狙われてもおかしく無かったが、狙うにはリスクがあった。常に周囲には人が居たからだ」
或華に指刺され、シエルがボード上の被害者を赤と緑のカードごと円で囲む。
「じゃ、犯人はどうやったのか?と、言うより犯人はこの赤か緑のどちらかだろう。」
「ええっ!?捕まっている奴も自殺した奴も居るぞ?真犯人が居るって事か!?」
「捕まっている奴も自殺も冤罪だ。それよりも、最初の話に戻るぞ?」
「え?あ、あぁ」
「お前が黄色を殺すなら、いつ狙う?」
「は?被害者か?うーん…人が最も居ない時…なのか?」
「だな、それは何時だ?」
「え?いやちょっと直ぐには…」
三条は考え込んでも良い方法は思い浮かばなかった。
「浮かばないか?なら、作り出したらどうだ?人との接触が少ない時間を」
「え?どうやってだよ?」
今度はシエルの方が大きくため息を付いて三条に話し掛ける。
「シラベさん、答えは明白なんですよ。友達が多い人の『誕生日』に、みんなで何をやりますか?」
「はぁ?何って……サプ…ライズ的な?何か?」
「シラベさんって意外にオジサンなんですね?もっと若いかと思ってました」
「ええっ!?なんでそんな事言うんだよシエルちゃん!?」
「だって、若い人が何やるか全然分かって無いじゃないですか?」
「なんだ??若い奴が誕生日にやるサプライズってなんだよ!?」
やれやれと言った表情の或華。シエルに指示し、液晶パッドにある動画を表示させる。そしてそれを食い入る様に覗き込む三条。
その動画は、どこかの『通り』の様な場所で数人が踊っている様な動画だった。
「なん……なんだこれは?ダンス?」
「そりゃまぁダンスに違いないけどねぇ。本当に分からない?」
あご先をポリポリ掻きながら見ていた三条だったが、次々に踊る人が増えていくその動画を見ていてある事を思い出して、大声を上げた。
「分かった!!コイツは『フラッシュモブ』だっっ!!」
「……そう言う事だ。全部の事件、目撃証言が少ないだろう?」
或華にそう言われ、ハッとした三条はファイルを漁り見る。確かに、心做しか一般の事件よりも目撃証言が少ない気がした。
「た、確かに少ないが、それが何と関係あるんだ?」
「それが、黄色を1人にする方法だよ。」
「すまないが、クイズごっこは辞めてくれ!俺だって必死に考えてるけど分からないから聞いているんだよ!」
「つまらん男だなぁ三流。人気者を上手く友人から遠ざけて、尚且つ本人が孤立していてもおかしく感じない状況を作り出すのに最適だと言ったんだ。」
「フラッシュモブが、か?」
人気者である被害者の友人達に、「今度アイツの誕生日にフラッシュモブをやるから、知らない素振りをしていてくれよ」と頼まれたら、気のいい人間なら誰もそれを邪魔しようとしない。
もし誕生日間近に、友人達が積極的に距離を離そうとして来たら、「これは何かサプライズがあるな」と本人も思う。もし、誕生日当日に怪しい動きをする人が近付いて来ても、わざとそれを見ない様にする。
『折角友人達が仕掛けてくれた、サプライズを本人が台無しにする訳には行かないから』
「な、なるほど……そう言う訳か…つまり、友人の中の誰かが真犯人」
「まてまて三流、だから君は三流のままなんだよ。」
「な?なんだよ!あんただって、さっき赤か緑が犯人って言ってたじゃないか!」
三条はホワイトボードを指さして言った。
「まだ足りねぇんだよ。」
「は?何が?」
「……『色』だよ。最低3色なきゃ『虹』にはならない」
「な、何言ってるんだ?友達のうちの誰かが犯人って事で揺るがないだろう!!」
それを聞いた虹ノ宮 或華は、いやらしい笑いを浮かべてホワイトボードに近付く。
「緑と赤、どっちが犯人だと思う?」
「え?親友か赤のどちらかって意味か?そんなの、3件共違うかも知れない可能性の方が…」
「本当にそれで終わりか?3ヶ月連続で誕生日に殺人が起きたのはたまたまか?」
「………え?」
三条はこれ以上、この話を聞いてしまってもいいのか一瞬躊躇した。それ程までに、私立探偵虹ノ宮の話には圧力があった。
或華はシエルから1枚のカードを受け取り、それをボードに貼る。そして、さらに違う円で緑と赤を囲む。
「たとえ緑で有ろうと赤で有ろうと関係なく、事実を成立させるに相応しい『条件』が……もし、あったとしたら??」
「あ、ああぁ……」
或華はボードに『青』のカードを貼っている。緑と赤を同時に囲うように。
それを見た三条は、文字通り青ざめた。この探偵が、何を言おうとしているかわかってしまったから。
「さてシエル、私の助手。検索して欲しい。」
「はい、アルカさん」
「比較的短期間な納期で、学生なんかでも支払える様な低い報酬でフラッシュモブに属するサプライズ企画を受け持ってくれる『業者』は、日本にどのくらいある?」
「えぇ、その条件だと24件ヒットします。」
「では、そこから3つの事件が起きた県にそれぞれ事業所を持つ業者は?」
「…………はい、それだと3件です」
「よろしい。では……」
或華はずいっと三条に近付き、目を見つめながら最後の質問をする。
「その3つの企業の中で、『不思議の国のアリス』にちなんだ名前の企業は?」
「………はい。『ハッピーハット&ラビット』と言う企業がひとつです。」
「ひいっ!!??」
その答えを聞いて、虹ノ宮 或華は三条の頭を両手で掴んだ。恐ろしく、歪んだ表情のまま。
「……どうだ三流?貴様の頭にも『虹』は降りたかい?まぁ、今度の虹は色が少ないからそれ程でも無いだろうがねぇ??」
三条はブルブルと震えてしまっている。
「い、いや、探偵、さん。分かった。分かったから。」
まさかこんな方向に行くとは思って居なかった三条は、心底震え上がった。まさか、日本国内に『集団で殺人を担う企業』が存在して、尚且つ既に巷に広がってしまっているとは。
事件の真相。誕生日殺人は三条の睨んだ通り、連続殺人事件だった。サプライズに乗じて殺人を企む友人の誰かが、この暗殺企業の噂を聞き付けて依頼をする。後は、友人達にはサプライズがある、フラッシュモブをすると伝えて関心を引かない様に演技しろと注意させる。暗殺対象には、わざと下手に周囲でサプライズを催しそうな『雰囲気』を全開に出す。
するとそれだけで対象は人混みを避け、何も見ない様にし始める。周囲も意識し過ぎるとバレるので、見ない様にする。
その中で、仕掛け人と思わしき人が対象を連れて行く。ついに始まったかと胸に期待を膨らませる。そして、その後は誰もが予想しない最悪のサプライズが待っている。それを請け負う、企業があった。誕生日じゃ無い日を祝う存在の名を借りて、誕生日の日に最悪の仕打ちを行う企業が……
轟音を立てる路面電車が、探偵事務所の横を通り過ぎる。その音と振動と共に、捜査資料も机の上から落ちて散らばった。
三条が帰ったその日の夜─
「………はい、一通り通報は終わりましたよ」
黒電話の受話器を置いたシエルは、残念そうにホワイトボードを見つめる。
「ん?どうしたシエル?」
「いや、なんだか…残念ですね。」
「事件の事か?」
「いいえ、そうじゃなくて…」
今度は机の上にある黒電話を見つめる。
「今週ぐらいは、この『警察直通の黒電話』の役目が無いかと思ってましたので。」
或華は反対に、事務所の上に飾ってある神棚を見つめる。
「……ま、それだけ人の業は深いって事さ。それよりも…」
或華は出版社から貰った三条の名刺を見てため息を付く。
「あの三流記者は大丈夫かねぇ?自分が持ってきた事件の癖に勝手にショック受けやがって。」
「あら、アルカさんがシラベさんの事心配するなんて珍しいじゃないですか?」
「あんな奴でも未解決事件の臭いを嗅ぎ分ける才能だけはずば抜けてるからなぁ~。記者辞めたらすぐにでも雇ってやるのに。」
「まぁお優しい。流石ですねアルカさんっ!」
「や、私は適材適所の精神を持ち合わせているだけで…まぁ良いか。」
或華はソファーに深く腰掛けてタバコを吸う。すると、シエルが奥の部屋で着替えてから現れた。
「うーん。やっぱり昼間の『制服』の方が似合ってる気がするんだけどねぇ?」
「何言ってるんですか?流石に夜中まで『子供のフリ』してたら補導されちゃいますよ?」
「ま、そりゃそうだけどねぇ」
「さ!準備出来たし行きましょう!!帰ってきたらまた、つみれ団子のお鍋作りますからね」
「……うん、よっしゃ、いっちょやるかっ!」
ニタニタと笑いながら、どう見ても凶器の様な物を準備し始める二人。
「最近の探偵家業は…『荒事コミ』じゃなきゃ成り立たないなんて、情けない世の中だねぇ」
三条が持ってきた捜査資料。その2枚目に写っていた容疑者女性。それは、今この探偵事務所が引き受けている別件で身元捜索の事件のひとつに関係していた。偶然にも三条のおかげで居場所が掴めたのだ。
「……夜には虹は掛からない筈なんだけどね。あーあ。」
そう言うと或華とシエルは車に乗り込み、夜の街へと消えていく。
何故なら、2人は常にひとつ。虹には常に『両端』があるものだ。
2人でひとつの虹。arc-en-ciel
それが、虹橋探偵事務所。
そして探偵事務所七不思議の内のひとつ、第一の不思議。
『探偵、虹ノ宮 或華(にじのみや あるか)は昼、仕事をしない』
第四以降の謎に付いては、また別の機会に。
END
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