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シーズン2 犠牲の果ての天上界

第2ー9話 全てを狂わせる悪天候

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天上門と呼ばれる巨大な門が一同を見下ろすかの様にそびえ立っている。


一体誰がどの様に建造したのかはこの世界の謎の一つだ。


高層ビルほどの高さがある天上門はいつだって開いている。


誰がこの巨大な門を開けたのか、誰が閉めるのかも謎だ。


頂上が見えない天上門を見上げる一同の表情は勇ましかった。


天上界の土地から一本道だけが存在する天上門までの道のりは果てしなく長く、横にも広い。


巨大な平地ともいえる一本道は橋になっている。


左右は海王ポセイドンが支配する広大な天上海(てんじょうかい)が広がっているのだ。


一同は永遠に続くかの様な橋を進み始めると天空では雷鳴が鳴り響いた。


やがて一同の目の前に落ちると高身長の老人が立っている。



「本当に行くのか?」
「ええ、天王様。 申し訳ありません・・・」
「兄上がもしお前達を見れば生きては返さないぞ・・・」



ゼウスは険しい表情で我が子の様に可愛がっている虎白を心配している。


冥府という危険な場所へ行く事は天王としてではなく父親同然の立場として送り出す事は難しかった。


しかし虎白と一行の決意は固くゼウスに一礼すると歩き始めていく。


ゼウスはそんな彼らの後ろ姿を見てもなお、悲しそうに見送っている。



「鞍馬よ!! 死ぬなよ!! 兄上に会ったら直ぐに逃げ帰れ!! お前達の命が一番大切なのだからな!!」



ごろごろと声を響かせて見送る天王は体を雷に変えている。


青く閃光を放つ天王は可愛い子には旅をさせる気持ちで送り出した。


やがて一行は天上門を通過し始めた。


しかしここに来ても彼らの想定外な事態が起きるのだ。


天上門を越えると、そこに広がっていたのは信じられないほどに広大な土地があった。


自然もあり、山や川すらあるではないか。


それどころか海まであるのだ。


絶句するほどの衝撃と共に足を進める一同が更に困惑したのは天候だ。


天上門を越えた際には晴天であったが、直ぐに大雪となったのだ。



「どうなってんだこれは・・・」
「さ、寒いねえ・・・」



体を縮こまらせて小刻みに震える竹子を見ると、優子や嬴政も同様に震えている。


自身の体が狐である虎白と莉久はさほど気にしてはいなかったが、今は極寒なのだ。


昆虫である蛾苦ですら動きが鈍くなっている。


これ以上進めば凍死すらありえるではないか。


やむなく虎白は莉久と顔を見合わせると「変化(へんげ)」とつぶやいた。


すると驚く事に二柱の姿は通常より大きな狐となった。


莉久が鋭い爪でがりがりと地面を掘ると、そこに丸まって一同を手招きしている。


虎白も同様に。


莉久のもふもふした体にしがみつくのは甲斐と夜叉子にお初だ。


虎白にしがみついたのは竹子、優子姉妹に嬴政。


虫の王である蛾苦だけはどちらにもしがみつかなかった。



「何やってんだ早く来い。」
「い、いえそんな神聖な体に触れるなんて・・・大丈夫です。 動きが鈍くなるだけで死ぬ事はないでしょう。」



自身の醜い外見を終始気にしている虫の王は周囲に気を使っている。


今回の危険な旅の目的は蛾苦の妻である鈴姫の救出だというのに本人は控えめな姿勢を崩す事はなかった。


哀れんだ顔をして寒さをしのいでいる一同の中で虎白は右腕であり、現在は右前足につけている腕時計で時間を確認していた。



「もうすぐ一時間も経つぞ。」



大雪になってから一時間が経過すると、降り続けていた雪が突如として降り止んだ。


すると次の瞬間には四十度を超えるほどの灼熱となったではないか。


虎白と莉久の体に積もっていた雪はあっという間に溶けてしまった。


やがて一同は立ち上がると、灼熱の中を進んだ。


その間も虎白は腕時計を気にしていた。



「また一時間経つ。」



すると次は巨大な水槽でもひっくり返したかの様な豪雨となった。


虎白はこの時には既に確信していた。


この常軌を逸した天候は一時間おきに変わるのだと。


豪雨の中を必死に進む一同はやがて一時間が経つと次に訪れる天気に警戒している。


そして運命の一時間が経過すると、天候は春の陽気を思わさせる心地よい天候となった。


一同は一時間という限られた時間で必死に前へ進んだ。



「既に三時間近く歩いてるな。」
「ちょっと疲れたよ虎白・・・」



優子がそう話すと頬を赤くして力のない瞳で虎白の肩にもたれかかってきた。


額を触ってみると、変わり続ける天候のせいか熱を出しているではないか。


「先へ進めるか?」と尋ねた虎白の腕を掴んで、年齢以上に仕上がった胸を押し当てて「置いて行かないでね」と力のない声を発した。


心配する虎白は再び自身の体を狐の姿に変えると、背中に優子を乗せて歩き始めた。


隣で生きた心地がしないという表情で最愛の妹の具合を気にしている竹子が、先程の豪雨で濡れている止血用の布を火照っている小さな額に置いた。



「大丈夫だからね?」
「姉上、虎白・・・ごめんなさい。 迷惑かけて・・・」



だが心配しているのは虎白と竹子だけではなかった。


顔のほぼ全てを白い布で隠している忍者が近づいてくると「これを食え」と何やら木の実の様な物を手渡した。


竹子が受け取ってこの怪しい物が何か尋ねると、お初は「解熱作用がある」と話したのだ。



「ボクは忍者だからな。 様々な状況に適応できないと。 熱が出れば直ぐに解熱して任務を続行するんだ。」



布から覗かせるぱっちりとした可愛らしい目は終始優子を見ている。


どうやらこの忍者は優子に惚れてしまったのか、自身の装備品を譲り渡しているのだ。


そんな様子をもう一人の副官である夜叉子は氷の様に冷たい無感情な眼差しで横目に見ている。


お初から渡された解熱剤を飲んだ優子はぐったりと虎白の背中で休んでいる。


やがて四時間が経過する頃だ。


天候はまたしても移り変わると嵐の様な強風が吹き荒れた。



「冥府に行く前に全滅しちまうぞ!!」
「まさか天上門の外がここまで悲惨な事になっているとはな・・・」



未だに冥府に辿り着いていない一同は既に満身創痍となっていた。


優子の熱はお初の解熱剤で回復してきてはいたが、全員が疲労と天候への苛立ちで疲れ切っているのだ。


彷徨うかの様に地平線をふらふらと進んでいく一行は何度も休息を取っては進んだ。


そして五時間が経過して小雨が降り注ぐ中で遂に仲間割れまでが始まった。



「そもそも計画をもっと練るべきだったんだよ・・・」
「だから昨晩に全員を我が帝都へ集めたのに酒を飲み始めて飯を食っていたのはお前達だろ。」
「もううるせーなー!! あんたら喧嘩するなよ!! あたいは眠たくて今にも倒れそうだよ。」



虎白と嬴政と甲斐が今にも三つ巴の喧嘩を始めそうな一方で虫の王は自らのためにここまで危険な場所へ皆を連れてきた罪悪感にもがき苦しんでいた。


触覚を不規則に動かし続ける蛾苦を軽蔑した様な目で見ている美人姉妹も互いにもたれかかって遠くの一点をただ見つめているだけだ。


だがそんな劣悪な状況下で冷静な者もいた。



「後一時間もかからないと思う。」
「同感だね。 風が何かに当たっている音が聞こえる。」



甲斐の副官の夜叉子とお初に莉久はこの状況においても冷静な表情で進行方向をじっと見つめていた。


夜叉子が口にした「風が当たる音」とはつまる所、風が何かに吸い込まれてひゅうっと甲高い音を立てているのだ。


冷静な二人と一柱は遠くを眺めていると一時間が経過した様で天候は視界の悪い小雨から晴天へと変わった。


天候が変わり視界が回復すると夜叉子の言っていた風が当たる音の正体が見えてきたのだ。


一同の視線の先にはこれもまた高層ビルの様に果てしなく高い門が見えている。


しかしその門は天上門の様に神々しく神聖な雰囲気はなく、世界のありとあらゆる憎悪が凝縮されたかの様な黒くて巨大な門だった。
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