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第16話 先人の生きた証
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長篠設楽原。
今では高速道路のサービスエリアとなっている。
祐輝は母の真美の運転でその場所に訪れた。
広い田園風景が広がり、僅かに民家が立ち並ぶ。
お世辞でも栄えているとは言い難い場所だ。
日頃から歓楽街歌舞伎町に目と鼻の先に暮らしている祐輝。
様々な誘惑がひしめき合う街だ。
そんな街に暮らす祐輝には長篠の街の方が心地よかった。
「何もない場所だな。 さてと。 少し歩いてみようかな。 信長の本陣はこの小山か。 って事は武田軍は向こう側から来るわけだから。」
かつて古の英傑織田信長が本陣とした小山からは長篠の街が一望できた。
攻め寄せてくる武田の大軍を見渡す事ができるほどに。
祐輝はその絶景から疑問点を見つけ出していった。
「3000人の鉄砲隊が本陣の麓からずらりと配備されたとして・・・いや。 長篠は広すぎるな。 たった3000人じゃとても守りきれない。 鉄砲だけで倒したのは嘘だな。 馬の速度も考えて、当たる確率の方が低いかな。」
長篠はとてつもなく広大な平地だった。
精度の低い火縄銃だけで騎馬隊を撃退できるほど狭い土地ではなかった。
祐輝は周囲を歩いてみた。
近くには畑がたくさんある。
農作業をしている老人を見つけると声をかけた。
「すいません。」
「ん? あんた。 この辺の子じゃないね?」
「長篠の戦いについて勉強しています。 何かこの街には記録は残っていませんか?」
「へえ。 若いのに熱心だね。 そうだねえ。 この辺りはずっと畑だよ。 昔からね。」
老人は何の気もなしに淡々と話している。
祐輝は老人の足元を見ている。
長靴を履いている老人のスネまで畑に浸かっている。
すると祐輝は尋ねた。
「畑仕事ってそんな深く足が沈むんですか?」
「ん? そうだねえ。 田植えの季節はねえ。」
「なるほど。 馬は本来の速度を出せなかったのか。」
「なんて? 最近耳が遠くてねー。」
「ありがとうございます!」
祐輝は更に周囲を歩いた。
老人の足を見てひらめいた祐輝は騎馬隊の利点とも言える「速度」を出せなかった事に気がついた。
すると次の疑問が浮かんだ。
「いくらなんでも敵地だからって戦国時代に生きた人なら畑が泥濘む事ぐらいわかるはず・・・それでも騎馬突撃するしかなかったのかな・・・」
しばらく歩くと資料館を見つけた。
ふらりと資料館に入ると当時の様子が色々と書かれていた。
そこには決戦となった長篠と背後にある長篠城の見取り図。
織田軍は長篠に兵を配置すると同時に別働隊で後方から長篠城を攻めたとある。
挟み撃ちになった武田軍は突撃を余儀なくされた。
「だったら別働隊を撃退して撤退するべきだったんじゃないのかな・・・」
「こんにちわ。 随分と若いお客さんだ。」
「あ、どうも。 どうして武田勝頼は突撃を選んだんですか?」
「んー。 それはね。 当時武田家中には裏切り者が続出していたのさ。 武田信玄の正統後継者として大勝利を収める必要があったんだ。」
名君武田信玄の息子勝頼。
彼はかつての敵だった諏訪家の姫から生まれた子供。
敵国の血が入っているだけで家中では信玄の正統後継者と認めない者が多かった。
織田信長はそれを利用して裏切り者を出させた。
追い込まれる勝頼は織田に勝利して名君の父親にも負けない正統後継者と認められる必要があったとされる。
故に勝つしか選択肢のなかった勝頼は長篠での勝利に焦ったと思われる。
間もなく中学生になる少年が辿り着くにはレベルの高すぎる内容だった。
しかし祐輝には他人事に聞こえなかった。
「誰も信用できなかったんだろうなあ。 一生懸命頑張っても裏切られて孤独だったろうに・・・」
「君は優しいね。 でも戦国時代はそんな勝頼公を弱者と見た。 信長公は天下統一を目指す男だったからね。」
「時代の荒波・・・その信長も本能寺で裏切られた。 因果応報か・・・」
祐輝は資料館を後にして母の待つ車へ戻った。
真美は車の中で眠っていた。
ドアを開けて運転席に座る祐輝。
真美は目を覚ますと笑っていた。
「運転しようか?」
「いつかお願いって言えるね。」
「母ちゃん。 ありがとうね。」
「歌舞伎町より畑を歩く方が楽しいなんてねー。」
「違うよ。 先人の生きた証だよ。」
「まあ歌舞伎町で変な店に行くより親としてもいいわ。」
祐輝は長篠を後にした。
時代に飲まれ、家来に裏切られて負ける戦いに出るしかなかった勝頼。
どれだけ苦しかったか。
祐輝は信長の偉業よりも勝頼の無念に心を痛めると同時に自分も中学生活をどう生きていくか考える事になった。
今では高速道路のサービスエリアとなっている。
祐輝は母の真美の運転でその場所に訪れた。
広い田園風景が広がり、僅かに民家が立ち並ぶ。
お世辞でも栄えているとは言い難い場所だ。
日頃から歓楽街歌舞伎町に目と鼻の先に暮らしている祐輝。
様々な誘惑がひしめき合う街だ。
そんな街に暮らす祐輝には長篠の街の方が心地よかった。
「何もない場所だな。 さてと。 少し歩いてみようかな。 信長の本陣はこの小山か。 って事は武田軍は向こう側から来るわけだから。」
かつて古の英傑織田信長が本陣とした小山からは長篠の街が一望できた。
攻め寄せてくる武田の大軍を見渡す事ができるほどに。
祐輝はその絶景から疑問点を見つけ出していった。
「3000人の鉄砲隊が本陣の麓からずらりと配備されたとして・・・いや。 長篠は広すぎるな。 たった3000人じゃとても守りきれない。 鉄砲だけで倒したのは嘘だな。 馬の速度も考えて、当たる確率の方が低いかな。」
長篠はとてつもなく広大な平地だった。
精度の低い火縄銃だけで騎馬隊を撃退できるほど狭い土地ではなかった。
祐輝は周囲を歩いてみた。
近くには畑がたくさんある。
農作業をしている老人を見つけると声をかけた。
「すいません。」
「ん? あんた。 この辺の子じゃないね?」
「長篠の戦いについて勉強しています。 何かこの街には記録は残っていませんか?」
「へえ。 若いのに熱心だね。 そうだねえ。 この辺りはずっと畑だよ。 昔からね。」
老人は何の気もなしに淡々と話している。
祐輝は老人の足元を見ている。
長靴を履いている老人のスネまで畑に浸かっている。
すると祐輝は尋ねた。
「畑仕事ってそんな深く足が沈むんですか?」
「ん? そうだねえ。 田植えの季節はねえ。」
「なるほど。 馬は本来の速度を出せなかったのか。」
「なんて? 最近耳が遠くてねー。」
「ありがとうございます!」
祐輝は更に周囲を歩いた。
老人の足を見てひらめいた祐輝は騎馬隊の利点とも言える「速度」を出せなかった事に気がついた。
すると次の疑問が浮かんだ。
「いくらなんでも敵地だからって戦国時代に生きた人なら畑が泥濘む事ぐらいわかるはず・・・それでも騎馬突撃するしかなかったのかな・・・」
しばらく歩くと資料館を見つけた。
ふらりと資料館に入ると当時の様子が色々と書かれていた。
そこには決戦となった長篠と背後にある長篠城の見取り図。
織田軍は長篠に兵を配置すると同時に別働隊で後方から長篠城を攻めたとある。
挟み撃ちになった武田軍は突撃を余儀なくされた。
「だったら別働隊を撃退して撤退するべきだったんじゃないのかな・・・」
「こんにちわ。 随分と若いお客さんだ。」
「あ、どうも。 どうして武田勝頼は突撃を選んだんですか?」
「んー。 それはね。 当時武田家中には裏切り者が続出していたのさ。 武田信玄の正統後継者として大勝利を収める必要があったんだ。」
名君武田信玄の息子勝頼。
彼はかつての敵だった諏訪家の姫から生まれた子供。
敵国の血が入っているだけで家中では信玄の正統後継者と認めない者が多かった。
織田信長はそれを利用して裏切り者を出させた。
追い込まれる勝頼は織田に勝利して名君の父親にも負けない正統後継者と認められる必要があったとされる。
故に勝つしか選択肢のなかった勝頼は長篠での勝利に焦ったと思われる。
間もなく中学生になる少年が辿り着くにはレベルの高すぎる内容だった。
しかし祐輝には他人事に聞こえなかった。
「誰も信用できなかったんだろうなあ。 一生懸命頑張っても裏切られて孤独だったろうに・・・」
「君は優しいね。 でも戦国時代はそんな勝頼公を弱者と見た。 信長公は天下統一を目指す男だったからね。」
「時代の荒波・・・その信長も本能寺で裏切られた。 因果応報か・・・」
祐輝は資料館を後にして母の待つ車へ戻った。
真美は車の中で眠っていた。
ドアを開けて運転席に座る祐輝。
真美は目を覚ますと笑っていた。
「運転しようか?」
「いつかお願いって言えるね。」
「母ちゃん。 ありがとうね。」
「歌舞伎町より畑を歩く方が楽しいなんてねー。」
「違うよ。 先人の生きた証だよ。」
「まあ歌舞伎町で変な店に行くより親としてもいいわ。」
祐輝は長篠を後にした。
時代に飲まれ、家来に裏切られて負ける戦いに出るしかなかった勝頼。
どれだけ苦しかったか。
祐輝は信長の偉業よりも勝頼の無念に心を痛めると同時に自分も中学生活をどう生きていくか考える事になった。
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