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第12話 俺だけ狙われていればみんなを守れる

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職員室ではさほど怒られなかった。


保健室の先生からの証言で遊んでいた時に転んだと話が来たからだ。


祐輝は何も言わずに教室に戻った。


同じクラスのミズキが駆け寄った。



「どうしてよ祐輝君。」
「俺だけ狙われていればみんなを守れる。」
「え・・・」
「ミズキちゃんまで狙われちゃうからね。 勝は女の子でもいじめるさ。」




ミズキは顔を赤くしている。


何処か嬉しそうにもしている。


祐輝は席を立つと一輝の様子を見に行った。




「祐輝君・・・」




誰も傷つけたくない。


祐輝はいつの日かそう思っていた。


自分を頼ってくれる存在を守る責任を感じていた。


そんな祐輝を苦しめるのは週末の野球だった。


野球の素晴らしさを感じる事もなく、ただ苦痛の休日。


そんな祐輝達もいよいよ小学校3年生になろうとしていた。


低学年チームの主力になる学年だ。


タイガースBチームの主力。


4、5、6年生で編成されるAチームは弱小でいつも他の地区のチームに負けていた。


しかし祐輝達の世代は強かった。


月日は流れて3年生になった祐輝や勝達はタイガースBの主力となったが、連戦連勝。


都大会にまで出れる勢いだった。


新宿の区大会では敵なしとなり、いよいよ都大会という大きな舞台に出た。


しかし祐輝にはどうでも良かった。




「早く帰りたい。」




移動の車でボソッとつぶやいた。


勝や取り巻きは祐輝を睨むと口を開いた。




「これから試合なのにシラケる事言うなよ。」
「知らねえよ。 どうせ出ないし、勝手にやれ。 いじめっ子が都大会でどこまでできるか見てる。」
「きっしょ。 タイガースから出てけよ。」
「俺だってそうしたいけど住む家がなくなるからな。」




勝は取り巻きと顔を見合わせて首をかしげている。


祐輝の置かれている状況は家庭円満の勝達には想像もつかなかった。


野球を辞めたら家から追い出される。


まるで特待生で私立高校に入学した高校球児の様だ。


しかし野球は勝との不仲で基本的に補欠。


一輝もいない今。


野球を上手くなろうとは思わなくなった。


そして険悪な空気のまま、タイガースBは都大会のグランドに辿り着いた。


初戦の相手は荒川ブラザーズ。


どんな相手かはまるでわからない。


試合は始まった。


祐輝はベンチで勝達を見ている。


初回はタイガースの守備。


ブラザーズ打線と対峙するのはエースピッチャーとなった勝。


滑らかな投球フォームから投げられるストレートはスナップの効いた回転数の多い、鋭いボールだ。


さすがの英才教育と言える。


性格にはかなりの問題があったが勝は新宿の区大会では全試合無失点でこの都大会まで来た。


アウトコース低めに投げられたストレートにブラザーズは手が出ない。


かに思われたが。


ブラザーズ打線はいとも簡単に勝のストレートを外野に運んでいった。


気がつけば初回で4失点。


無失点で区大会を制した勝がまるで相手にならない。


試合はコールド負け。


10対0という残念すぎる結果だった。


最後までベンチで見ていた祐輝もこれにはさすがに驚いた。




「ムカつくこいつらだけど弱いとは思わなかった・・・荒川ブラザーズ・・・」




残酷な事実だが新宿の様な都会の子供達が荒川などの子供に野球で勝つ事は基本的に不可能だった。


それは練習量の違いだった。


都会が多く、グランドの少ない新宿は毎週土日に監督がグランドを押さえないと練習ができなかった。


それに比べて荒川や河川敷の多い地域に住む少年達は毎日練習できていた。


放課後の部活の様にランドセルを土手に放り投げてグローブを握っていた。


タイガースのメンバーは野球が上手い子供が多かった。


勝を始め、取り巻き達もかなり上手かったが所詮お山の大将だった。


その荒川ブラザーズも二回戦で足立ヤンキースに大差で負けた。


意気消沈する帰りの車。


驚きはしたが祐輝にはどうでも良かった。


そして家に帰るといつもの祐一の一人劇場が始まった。




「もう辞めちまえよ。」
「・・・・・・」
「試合出れなくて悲しくないのか? 辞めちまえよ。」
「信虎公に戻る甲斐なし。」




祐輝が突然放った言葉はかつて武田信玄の父親武田信虎が駿河の国へ追放された時に駿河の国主今川義元が言った言葉だった。


これをどう言う意味で放ったのか。


祐一には何を言っているのかわからなかった。


ギロッと睨んだ祐輝の目を見て祐一は絶句した。



「やっぱり人間じゃねえ。」
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