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第88章 狂気の軍隊
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気がつけば戦闘は夕方になるまで続いていた。
実に10時間以上も戦闘が行われて遂に謎の軍隊は全て気絶して戦闘は終わった。
白陸軍も半数もの兵士が戦場に倒れて気絶している。
中には重傷者も多数いて、軍医シーナの元に緊急搬送されていった。
この世の終わりのような戦場にペップは座り込んでいた。
「俺達に勝てるわけねえだろ。 こいつらどうして諦めなかったんだよ・・・」
双方の兵士が大勢倒れている平原を見てペップはふと何かに気がついたかの様にボロボロの体を立ち上がらせて周囲を歩き始めた。
ルルもフラフラと歩いてきてペップの顔を見ていた。
「難民は何処いった?」と不思議そうに周囲を見渡していた。
まだペップは知らなかった。
その難民こそが謎の軍隊の正体である事に。
しばらくすると夜叉子が苛立ちを隠せないという様な表情で獣王隊の陣に戻ってくると足を組んで煙管を吸い始めた。
気になったペップは夜叉子の近くに行くと「怪我はない?」と気にかけてきた。
「お頭。 何かありましたか?」
「信じられないよ。 敵は難民に戦わせていたんだよ。」
「えっ!?」
その時ペップは何を言っているのかわからなかった。
青ざめた表情で戦場を歩き始めると、そこにはつい昨日まで遊んでいた子供が木の棒にナイフを括り付けた簡易的な武器を握ったまま気絶していた。
激しい戦闘の中で敵兵1人1人の表情を見る余裕なんてなかった。
まさか保護したはずの難民が襲いかかって来るなんて夢にも思っていなかった。
だがそれ以上にペップの腸は煮えくり返っていた。
「許せねえ。 こんなガキにまで戦わせるなんて・・・」
昨日までは本当に楽しそうに遊んでいた子供達が、見るも無残な姿で辛うじて生きている。
この子達が本気で戦いたかったわけがないとペップは感じていた。
怒りを顕にするペップは夜叉子の元へ戻った。
「あんたがそんな表情してくれて私は嬉しいよ。」
「お頭。 敵はどんなやつですかね? 俺が噛み殺してやりますよ。」
「まあ落ち着きな。 悔しいけどね。 敵は賢いよ。」
謎の軍隊はどうやって難民を戦わせたのか?
この時、虎白達は敵について話し合っていた。
やり方はあまりに残虐で強引だが白陸軍に打撃を与えて事も事実だった。
危険な敵に対して虎白と宰相達は慎重に次の動きを考えていた。
しかし居ても立っても居られないペップは衛生兵を手伝ったり、補給兵を手伝ったりと動き続けていた。
すると負傷兵の包帯を巻く白神隊のルーナを見つけた。
「将軍!」
「あらペップ中尉。」
「俺は許せねえ!!」
「相変わらずね。 なんだか安心したわ。」
顔に切り傷が残り、まだ自分の手当すらできていないのにルーナは一般兵の手当をしている。
ペップもルーナの隣に座ると負傷兵の世話をしていた。
「大変な戦闘ね。」とため息交じりの声でルーナは遠くを見ていた。
歴戦の将軍であるルーナでさえもこの戦いは壮絶だった。
負傷兵の手当を衛生兵と代わり、ルーナはペップを連れて少し歩き始めた。
「何か大きな闇に飲まれていく気がするわ。」
「闇!?」
「ええ。 私達は一体何処へ向かっているのかしらね。」
謎の軍隊の正体はか弱き難民で、その背後で暗躍する大きな存在は何が目的でこんな残酷な事をさせたのか。
ルーナは考え始めるとため息しか出てこなかった。
しかしペップは「とにかくぶち殺す!!」と強気な姿勢を貫いているとルーナは何処か安心した表情で微笑んでいた。
「あなたにはずっとそのままでいてほしいわ。」
「俺は。 お頭のために成長するけど許せねえもんは許せねえ!! お頭だって怒っていたしな!!」
「兵は主に似るものね。」
実際に夜叉子は躊躇する事なく難民の保護に出た。
しかし今回はそれが仇となってしまった。
わざわざ敵に食料を与えて白陸軍の警戒を解いてしまった。
だが夜叉子は何も後悔していなかった。
それどころか難民を利用した敵の黒幕に対して強い怒りを覚えていた。
対して竹子は黒幕の存在に恐怖すら覚えていた。
「人間のやる事ではない。」と悲しそうな表情で虎白と今後の事を話し合っていた。
2人の異なる宰相に仕えるペップとルーナは話し合いながら地獄の様な戦場を見渡していた。
まだまだ負傷兵の搬送が終わっていない平原をルーナとペップは見ている。
タバコを取り出して一息つくルーナは「戦争のない天上界かあ。」とつぶやいた。
「そんな世界が来ると思う?」
「いやあ。 俺にはわかりませんねえ。」
「私も。 でもね。 もしできる存在がいるのなら虎白様以外にはいないかな。」
白陸の悲願である戦争のない天上界の実現。
今目の前に広がる光景は悲願の実現には程遠くも見える。
ルーナはこの終わりなき戦いに疑問を感じていた。
いつ終わるのかと。
そしてもし終わりが来たのなら何をしていけばいいのか。
「君ならどうする?」とペップに尋ねると遠くを見て「正直言うと、まだ暴れたい。」と本音を漏らした。
「君はまだ経験も少ないしね。 私は何をしようかなあ。」
「俺はお頭のお手伝いさんでもやろうかな。」
「ふふ。 夜叉子様には必要ないんじゃない?」
「確かになあー。 ルルと結婚でもしようかな。」
それはまだ見ぬ未来の話。
実現できるかもわからないが、信じずにはいられなかった。
武器を置いて普通の女の子として生きる事をルーナは憧れる反面、不安でもあった。
それはペップの言う暴れたいという気持ちを完全には否定できなかったからだ。
「1人敵を斬ると心の何処かで自分の強さを誇りに思い、もっと見せつけたくなってしまう。」
「わかるなー。 俺達は私兵だし戦ってこそ意味があるものです。」
「少しずつ私達は壊れていっているのかもね。」
「んー。 どうでしょうか。」
人間のルーナは平穏な生活に憧れつつも自分の中にある快感にまで感じてしまう「殺し」への欲求に苦しんでいた。
それに対して半獣族のペップには「殺し」は当たり前でなくなるなんて考えた事もなかった。
鞍馬虎白が創る戦争のない天上界にルーナは適応できるのか不安だった。
「朝起きて制服を着て、部下に敬礼する。 そして有事の際には竹子様を守るために何人だって斬り捨てる。 それが私の人生であり、もはや当然とも言える日々。」
「将軍。 考えても始まりませんよ。 そんな未来は来るかもわからないし。」
「きっと来るわ。 もし来ないのなら我々白陸は滅んでいるわ。」
そう言ってルーナは亡き平蔵の槍をギュッと握った。
未来を託して先に逝ってしまった英雄達のためにも実現させなくてはならない。
ルーナの強力な第六感は時に到達点にいる英雄達の声すらも聞こえる事があった。
「信じているぞ。」と心から言っている英雄達に顔向けできない。
ルーナはそれだけは避けたかった。
「ペップ中尉。 夜叉子様は虎白様の夢を信じてらっしゃるわ。 だからその力になりなさい。 でも。 命だけは大切に。」
「わかっています。 将軍も目立つんですから気をつけてくださいよ。」
すると美しくも気高く敬礼すると主である竹子の元へと歩いていった。
その場に座り込んで風に当たるペップの背中を突如蹴飛ばして高笑いをする声。
驚いて振り返るとそこにはサガミ大尉が肉を食べながら酒を飲んでいた。
「フラれたか!?」とニヤけた表情でペップの頭をガシガシとなでている。
「ち、違いますよ!!」
「お前に将軍は釣り合わねえさ。」
「だから違いますって!!」
「よく頑張ったな。 実戦はキツかっただろ?」
突如真面目な顔をして話を始めるサガミの表情は暗かった。
ルーナやサガミの様に実戦経験の豊富な将校達には今回の戦いの異常さもわかっていた。
「正直死ぬかと思いました。」とため息交じりに答えると「あれは俺達でも死ぬかと思ったぞ。」と返した。
津波の様に押し寄せる敵軍を前に踏ん張り続ける戦いは困難を極めた。
「お前は大したやつだなペップ。」
「い、いやあ。」
「だからお前。 立派な将校になれ。」
サガミの真剣な眼差しは何を意味しているのか。
歴戦の将校は何を感じているのか。
ペップはわからなかった。
しかしわかる事はいつもの上官とは違うという事だ。
「わかりました。」と返すとサガミはまたも頭をガシガシとなでた。
「とりあえず飯食え!」
「はい。」
「またいつ敵が来るかわからねえし、兵力も不足している。 お頭を守るのはいつだって俺達獣王なんだからよ。」
立ち上がったサガミはペップに手を伸ばした。
手を掴んで立ち上がろうとすると胸元をどついてペップを転ばせた。
すると「将軍の胸ばっかり見てるジャガーはそこに寝てろ!」とニヤけた表情を浮かべて笑いながら歩いていった。
ペップは起き上がると走ってサガミの後を追いかけた。
獣王隊は休息を取ると疲弊している一般兵に代わって夜間の歩哨に出るのだった。
夜間の警備に出ているペップは部下を連れて怪しいものがないか確認して歩いていた。
負傷兵の搬送は夜間になっても行われていた。
警戒を続けるペップ達は奇襲される要因となった背の高い草を探索していた。
「これさえなければ敵が近づいて来る事に気づけたのに・・・」
憤りを隠せないペップは草の中を銃剣で刺しては何かいないか探っていた。
するとガサガサと何かが動く音がしてペップと部下達は一斉に武器を構えた。
「誰だ!」とペップが声を上げると更に草の中でガサガサと音がしていた。
警告射撃で空に向かって数発撃つと声を震わせて「撃たないで。」と返ってきた。
「早く出てこい!!」
「手を上げて出てきなさい!」
緊迫する空気の中、警戒する獣王隊の前に両手を上げて出てきたのは傷だらけでフラフラの子供だった。
「お、お兄ちゃん・・・」とペップの顔を見るや否や意識を失った。
武器を下ろしたペップは愕然としていた。
「どうする?」
「そ、そりゃ・・・」
ペップの中で巡る様々な感情。
可愛がってあげたのに。
お頭の慈悲を仇で返しやがって。
でも。
この子達のせいじゃない。
巻き込まれただけだ。
可哀想に。
「ほら来いよ。」
「お兄ちゃん助けてくれるの?」
「当たり前だろ。 俺達は兵士だぞ。」
「う、うう・・・」
「飯食いに行くぞ。」
ペップは子供の手を取ると更に草むらがガサガサと音を立てた。
すると子供以外にも女性や疲れ切った表情の難民達が出てきた。
ルルと顔を見合わせると応援部隊を呼んで改めて難民の保護に乗り出したその時だった。
ダダダダダダダダダッ!!!!
『キャアアアアアッ!!!!!!』
「ライオットシールド持って来い!!」
難民達は背中から腹部に大きな風穴を開けて倒れていった。
ペップは子供を抱きかかえると応援で駆けつけた獣王隊に投げた。
そして獣王隊はライオットシールドで銃撃を防いでいるが大勢の難民が撃ち抜かれてその場に倒れる事になった。
直様に警戒警報が鳴らされて白陸軍が続々と集まってきた。
照明弾で辺りを照らして警戒を続けるが既に銃撃した者達は姿を消していた。
20人以上の難民が命を落としたが獣王隊には負傷者すら出なかった。
ペップは基地に戻ってサガミやタイロンに報告をしていると夜叉子が現れた。
「お頭!!」
すると夜叉子は無言でペップを抱きしめた。
「良くやったね。」と優しい言葉をかけてペップの体に傷がないか尋ねると更に強く抱きしめた。
夜叉子の胸がペップの顔に押し付けられている。
たまらずペップは下半身をモジモジとさせて「お、お頭苦しいです・・・」と何とか理由をつけて夜叉子から離れた。
「今日は休みな。 子供達は無事だから。」
「はい!」
ペップは兵舎に戻り自分の顔を触っていた。
「け、結構大きかった・・・」とボソッと呟くと後ろから誰かに蹴飛ばされて前のめりになってその場に倒れた。
前にもあった感覚だと思いながら振り返るとそこには案の定サガミが立っていたが前回とは違って怒った表情だ。
「て、てめえ。 なんだあれは!!!」
「な、何がですか!?」
「てめえお頭の胸に顔埋めやがって!!! てめえは全獣王隊の兄弟を裏切ったぞ!!」
「そ、そんな!! あれはお頭がいきなり!!」
「うるせえ!!! てめえ許さねえぞ羨ましいな!!!」
ペップとサガミは取っ組み合いになっていた。
その光景をルルが不思議そうに見ていたが卑猥な言葉に眉を潜めて保護した子供達の元へと向かった。
今晩に起きた事件は直ぐに虎白の耳にも入り、白陸軍は臨戦態勢となった。
後の調べで今回の攻撃はロシア赤軍によるものだと知られた。
あまりに残忍な行為にペップ達は怒りに震えた。
そして反撃の準備を開始するのだった。
実に10時間以上も戦闘が行われて遂に謎の軍隊は全て気絶して戦闘は終わった。
白陸軍も半数もの兵士が戦場に倒れて気絶している。
中には重傷者も多数いて、軍医シーナの元に緊急搬送されていった。
この世の終わりのような戦場にペップは座り込んでいた。
「俺達に勝てるわけねえだろ。 こいつらどうして諦めなかったんだよ・・・」
双方の兵士が大勢倒れている平原を見てペップはふと何かに気がついたかの様にボロボロの体を立ち上がらせて周囲を歩き始めた。
ルルもフラフラと歩いてきてペップの顔を見ていた。
「難民は何処いった?」と不思議そうに周囲を見渡していた。
まだペップは知らなかった。
その難民こそが謎の軍隊の正体である事に。
しばらくすると夜叉子が苛立ちを隠せないという様な表情で獣王隊の陣に戻ってくると足を組んで煙管を吸い始めた。
気になったペップは夜叉子の近くに行くと「怪我はない?」と気にかけてきた。
「お頭。 何かありましたか?」
「信じられないよ。 敵は難民に戦わせていたんだよ。」
「えっ!?」
その時ペップは何を言っているのかわからなかった。
青ざめた表情で戦場を歩き始めると、そこにはつい昨日まで遊んでいた子供が木の棒にナイフを括り付けた簡易的な武器を握ったまま気絶していた。
激しい戦闘の中で敵兵1人1人の表情を見る余裕なんてなかった。
まさか保護したはずの難民が襲いかかって来るなんて夢にも思っていなかった。
だがそれ以上にペップの腸は煮えくり返っていた。
「許せねえ。 こんなガキにまで戦わせるなんて・・・」
昨日までは本当に楽しそうに遊んでいた子供達が、見るも無残な姿で辛うじて生きている。
この子達が本気で戦いたかったわけがないとペップは感じていた。
怒りを顕にするペップは夜叉子の元へ戻った。
「あんたがそんな表情してくれて私は嬉しいよ。」
「お頭。 敵はどんなやつですかね? 俺が噛み殺してやりますよ。」
「まあ落ち着きな。 悔しいけどね。 敵は賢いよ。」
謎の軍隊はどうやって難民を戦わせたのか?
この時、虎白達は敵について話し合っていた。
やり方はあまりに残虐で強引だが白陸軍に打撃を与えて事も事実だった。
危険な敵に対して虎白と宰相達は慎重に次の動きを考えていた。
しかし居ても立っても居られないペップは衛生兵を手伝ったり、補給兵を手伝ったりと動き続けていた。
すると負傷兵の包帯を巻く白神隊のルーナを見つけた。
「将軍!」
「あらペップ中尉。」
「俺は許せねえ!!」
「相変わらずね。 なんだか安心したわ。」
顔に切り傷が残り、まだ自分の手当すらできていないのにルーナは一般兵の手当をしている。
ペップもルーナの隣に座ると負傷兵の世話をしていた。
「大変な戦闘ね。」とため息交じりの声でルーナは遠くを見ていた。
歴戦の将軍であるルーナでさえもこの戦いは壮絶だった。
負傷兵の手当を衛生兵と代わり、ルーナはペップを連れて少し歩き始めた。
「何か大きな闇に飲まれていく気がするわ。」
「闇!?」
「ええ。 私達は一体何処へ向かっているのかしらね。」
謎の軍隊の正体はか弱き難民で、その背後で暗躍する大きな存在は何が目的でこんな残酷な事をさせたのか。
ルーナは考え始めるとため息しか出てこなかった。
しかしペップは「とにかくぶち殺す!!」と強気な姿勢を貫いているとルーナは何処か安心した表情で微笑んでいた。
「あなたにはずっとそのままでいてほしいわ。」
「俺は。 お頭のために成長するけど許せねえもんは許せねえ!! お頭だって怒っていたしな!!」
「兵は主に似るものね。」
実際に夜叉子は躊躇する事なく難民の保護に出た。
しかし今回はそれが仇となってしまった。
わざわざ敵に食料を与えて白陸軍の警戒を解いてしまった。
だが夜叉子は何も後悔していなかった。
それどころか難民を利用した敵の黒幕に対して強い怒りを覚えていた。
対して竹子は黒幕の存在に恐怖すら覚えていた。
「人間のやる事ではない。」と悲しそうな表情で虎白と今後の事を話し合っていた。
2人の異なる宰相に仕えるペップとルーナは話し合いながら地獄の様な戦場を見渡していた。
まだまだ負傷兵の搬送が終わっていない平原をルーナとペップは見ている。
タバコを取り出して一息つくルーナは「戦争のない天上界かあ。」とつぶやいた。
「そんな世界が来ると思う?」
「いやあ。 俺にはわかりませんねえ。」
「私も。 でもね。 もしできる存在がいるのなら虎白様以外にはいないかな。」
白陸の悲願である戦争のない天上界の実現。
今目の前に広がる光景は悲願の実現には程遠くも見える。
ルーナはこの終わりなき戦いに疑問を感じていた。
いつ終わるのかと。
そしてもし終わりが来たのなら何をしていけばいいのか。
「君ならどうする?」とペップに尋ねると遠くを見て「正直言うと、まだ暴れたい。」と本音を漏らした。
「君はまだ経験も少ないしね。 私は何をしようかなあ。」
「俺はお頭のお手伝いさんでもやろうかな。」
「ふふ。 夜叉子様には必要ないんじゃない?」
「確かになあー。 ルルと結婚でもしようかな。」
それはまだ見ぬ未来の話。
実現できるかもわからないが、信じずにはいられなかった。
武器を置いて普通の女の子として生きる事をルーナは憧れる反面、不安でもあった。
それはペップの言う暴れたいという気持ちを完全には否定できなかったからだ。
「1人敵を斬ると心の何処かで自分の強さを誇りに思い、もっと見せつけたくなってしまう。」
「わかるなー。 俺達は私兵だし戦ってこそ意味があるものです。」
「少しずつ私達は壊れていっているのかもね。」
「んー。 どうでしょうか。」
人間のルーナは平穏な生活に憧れつつも自分の中にある快感にまで感じてしまう「殺し」への欲求に苦しんでいた。
それに対して半獣族のペップには「殺し」は当たり前でなくなるなんて考えた事もなかった。
鞍馬虎白が創る戦争のない天上界にルーナは適応できるのか不安だった。
「朝起きて制服を着て、部下に敬礼する。 そして有事の際には竹子様を守るために何人だって斬り捨てる。 それが私の人生であり、もはや当然とも言える日々。」
「将軍。 考えても始まりませんよ。 そんな未来は来るかもわからないし。」
「きっと来るわ。 もし来ないのなら我々白陸は滅んでいるわ。」
そう言ってルーナは亡き平蔵の槍をギュッと握った。
未来を託して先に逝ってしまった英雄達のためにも実現させなくてはならない。
ルーナの強力な第六感は時に到達点にいる英雄達の声すらも聞こえる事があった。
「信じているぞ。」と心から言っている英雄達に顔向けできない。
ルーナはそれだけは避けたかった。
「ペップ中尉。 夜叉子様は虎白様の夢を信じてらっしゃるわ。 だからその力になりなさい。 でも。 命だけは大切に。」
「わかっています。 将軍も目立つんですから気をつけてくださいよ。」
すると美しくも気高く敬礼すると主である竹子の元へと歩いていった。
その場に座り込んで風に当たるペップの背中を突如蹴飛ばして高笑いをする声。
驚いて振り返るとそこにはサガミ大尉が肉を食べながら酒を飲んでいた。
「フラれたか!?」とニヤけた表情でペップの頭をガシガシとなでている。
「ち、違いますよ!!」
「お前に将軍は釣り合わねえさ。」
「だから違いますって!!」
「よく頑張ったな。 実戦はキツかっただろ?」
突如真面目な顔をして話を始めるサガミの表情は暗かった。
ルーナやサガミの様に実戦経験の豊富な将校達には今回の戦いの異常さもわかっていた。
「正直死ぬかと思いました。」とため息交じりに答えると「あれは俺達でも死ぬかと思ったぞ。」と返した。
津波の様に押し寄せる敵軍を前に踏ん張り続ける戦いは困難を極めた。
「お前は大したやつだなペップ。」
「い、いやあ。」
「だからお前。 立派な将校になれ。」
サガミの真剣な眼差しは何を意味しているのか。
歴戦の将校は何を感じているのか。
ペップはわからなかった。
しかしわかる事はいつもの上官とは違うという事だ。
「わかりました。」と返すとサガミはまたも頭をガシガシとなでた。
「とりあえず飯食え!」
「はい。」
「またいつ敵が来るかわからねえし、兵力も不足している。 お頭を守るのはいつだって俺達獣王なんだからよ。」
立ち上がったサガミはペップに手を伸ばした。
手を掴んで立ち上がろうとすると胸元をどついてペップを転ばせた。
すると「将軍の胸ばっかり見てるジャガーはそこに寝てろ!」とニヤけた表情を浮かべて笑いながら歩いていった。
ペップは起き上がると走ってサガミの後を追いかけた。
獣王隊は休息を取ると疲弊している一般兵に代わって夜間の歩哨に出るのだった。
夜間の警備に出ているペップは部下を連れて怪しいものがないか確認して歩いていた。
負傷兵の搬送は夜間になっても行われていた。
警戒を続けるペップ達は奇襲される要因となった背の高い草を探索していた。
「これさえなければ敵が近づいて来る事に気づけたのに・・・」
憤りを隠せないペップは草の中を銃剣で刺しては何かいないか探っていた。
するとガサガサと何かが動く音がしてペップと部下達は一斉に武器を構えた。
「誰だ!」とペップが声を上げると更に草の中でガサガサと音がしていた。
警告射撃で空に向かって数発撃つと声を震わせて「撃たないで。」と返ってきた。
「早く出てこい!!」
「手を上げて出てきなさい!」
緊迫する空気の中、警戒する獣王隊の前に両手を上げて出てきたのは傷だらけでフラフラの子供だった。
「お、お兄ちゃん・・・」とペップの顔を見るや否や意識を失った。
武器を下ろしたペップは愕然としていた。
「どうする?」
「そ、そりゃ・・・」
ペップの中で巡る様々な感情。
可愛がってあげたのに。
お頭の慈悲を仇で返しやがって。
でも。
この子達のせいじゃない。
巻き込まれただけだ。
可哀想に。
「ほら来いよ。」
「お兄ちゃん助けてくれるの?」
「当たり前だろ。 俺達は兵士だぞ。」
「う、うう・・・」
「飯食いに行くぞ。」
ペップは子供の手を取ると更に草むらがガサガサと音を立てた。
すると子供以外にも女性や疲れ切った表情の難民達が出てきた。
ルルと顔を見合わせると応援部隊を呼んで改めて難民の保護に乗り出したその時だった。
ダダダダダダダダダッ!!!!
『キャアアアアアッ!!!!!!』
「ライオットシールド持って来い!!」
難民達は背中から腹部に大きな風穴を開けて倒れていった。
ペップは子供を抱きかかえると応援で駆けつけた獣王隊に投げた。
そして獣王隊はライオットシールドで銃撃を防いでいるが大勢の難民が撃ち抜かれてその場に倒れる事になった。
直様に警戒警報が鳴らされて白陸軍が続々と集まってきた。
照明弾で辺りを照らして警戒を続けるが既に銃撃した者達は姿を消していた。
20人以上の難民が命を落としたが獣王隊には負傷者すら出なかった。
ペップは基地に戻ってサガミやタイロンに報告をしていると夜叉子が現れた。
「お頭!!」
すると夜叉子は無言でペップを抱きしめた。
「良くやったね。」と優しい言葉をかけてペップの体に傷がないか尋ねると更に強く抱きしめた。
夜叉子の胸がペップの顔に押し付けられている。
たまらずペップは下半身をモジモジとさせて「お、お頭苦しいです・・・」と何とか理由をつけて夜叉子から離れた。
「今日は休みな。 子供達は無事だから。」
「はい!」
ペップは兵舎に戻り自分の顔を触っていた。
「け、結構大きかった・・・」とボソッと呟くと後ろから誰かに蹴飛ばされて前のめりになってその場に倒れた。
前にもあった感覚だと思いながら振り返るとそこには案の定サガミが立っていたが前回とは違って怒った表情だ。
「て、てめえ。 なんだあれは!!!」
「な、何がですか!?」
「てめえお頭の胸に顔埋めやがって!!! てめえは全獣王隊の兄弟を裏切ったぞ!!」
「そ、そんな!! あれはお頭がいきなり!!」
「うるせえ!!! てめえ許さねえぞ羨ましいな!!!」
ペップとサガミは取っ組み合いになっていた。
その光景をルルが不思議そうに見ていたが卑猥な言葉に眉を潜めて保護した子供達の元へと向かった。
今晩に起きた事件は直ぐに虎白の耳にも入り、白陸軍は臨戦態勢となった。
後の調べで今回の攻撃はロシア赤軍によるものだと知られた。
あまりに残忍な行為にペップ達は怒りに震えた。
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