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第83章 ペップと鞍馬親子

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虎白は国に戻り数日だけ休むと直ぐに北側領土遠征の準備を始めていた。


盟友の危機を救うために大軍勢を用意していた。



「夜叉子の第4軍はアーム戦役以来練度の低い兵士が多いから今回はいい経験になる。 遠征っていっても衝撃信管弾だろうし。」



アーム戦役で主力の大部分を失った夜叉子の獣王隊と第4軍は補充の新兵が多かった。


またとない衝撃信管弾での戦闘は練度の低い新兵にはいい実戦訓練というわけだ。


北側領土で起きている問題は深刻で死者も出ているがわざわざ南から遠征で現れる強国白陸の兵士目掛けて実弾を撃ってくる馬鹿はいないと虎白は踏んでいた。


実弾での発砲は天上法違反であり、下手をすれば冥府送りにされる事だってある。


虎白は北側の地図を見ながら夜叉子と話していた。



「悪いね。 うちの子らも戦闘を知らない子もいるし助かるよ。」



夜叉子は煙管を吸いながら安堵した表情で地図を見ていた。


虎白は周囲に人がいない事を確認すると夜叉子の頭をなでた。


「誰もいねえから。」と言うと夜叉子も虎白の肩に頭を乗せて安心した表情で虎白に甘えていた。



「いつの日か全て終わらせたらお前と2人で旅に出る。」
「ふっ。 琴に怒られるね。」
「お前との旅が終われば琴とも行くさ。 嫁と2人で旅に出るんだ。」



虎白はまだ見ぬ平和な世界を思い浮かべていた。


愛する夜叉子との旅は虎白にとって夢であり、必ず実現する目標でもあった。


嬉しそうに「ふっ。」っと笑う夜叉子の頭に顔をスリスリさせて虎白は「ずっと一緒にいような。」と囁いた。


しばらく夜叉子は沈黙だった。


そして呼吸が少しだけ荒くなると夜叉子は「はあ。」とため息をついた。


虎白は不思議そうに夜叉子の頬を触ると濡れていた。


「泣いてんのか?」と尋ねると夜叉子は無言でこくりとうなずいた。




「幸せすぎて苦しい。」



虎白は「ヒヒッ」っと笑うと椅子から立ち上がり夜叉子の事も立ち上がらせると思い切り抱きしめた。


「もっと幸せにしてやる。」と言い放つと優しく夜叉子の薄くて美しい唇に自分の唇を添えた。


人を信じる事ができなくていつも冷たい表情をしていた夜叉子は今となっては虎白にその全てを委ねてしまう。


少しだけ頬を赤くしている夜叉子はこれもまた可愛らしい笑顔で笑う。



「あんたに出会えて本当によかった。」
「ああ。 俺もだ。 そうだ! 天上界中の山を登るのはどうだ?」
「いいね。 美味しい店を探そうよ。」
「ああ! 2人でツーショット撮って琴に送ってやるか!」



賢くも強くそして優しい虎白だからこそ夜叉子の心の呪縛を解く事ができたのだ。


絶望的な戦いにも勝ち続け、そして家族を守り続けたからこそ夜叉子は今日もこうして生きていられる。


自分がどれだけ傷ついても最初に心配するのは家族や兵士の事ばかり。


鞍馬虎白だからこそだ。



「うちの子にも遠征の話をしないとね。 きっと喜ぶやつがいるよ。」
「あのジャガーのガキだな?」
「ふっ。」
「俺も行くよ。」



虎白は部屋を出ると愛馬にまたがり夜叉子と共に第4都市を目指した。


ペップは今日も親友白斗と共にベンチに座って楽しげに話をしていた。



「いつか俺が皇帝に即位したら側近にしてやるからな!」
「じゃあ俺も頑張らないとなあ!」



若い2人はこの先の未来に胸躍らせて楽しそうだ。


すると虎白が夜叉子と一緒に歩いてきた。


楽しげに話す2人を見て虎白はニヤリと笑うと近づいてきて一緒にベンチに座った。



「遠征行くぞお前ら。 しっかり勉強してこいよ。」
『はいっ!』



今回の遠征は白斗とペップにとっては経験を積む大事な戦いになると思っていた。


しかし実際には既にレミテリシアと先発隊がスタシアに入り、ローズベリー帝国へ外交官として送られていた。


できるなら戦闘を一度も行わずに話をまとめて帰還する事が理想と虎白は思っていた。


若く、血気盛んな2人がそれを知ればガッカリするだろう。


既に白斗は虎白から外交の話を聞かされていたがまだ心のどこかでは諦めていなかった。


交渉が決裂して戦闘になればいいなと思っていた。



「俺は必ず手柄を上げますよ父上。」
「・・・・・・」
「お頭! 俺も頑張りますから。」
「無茶だけはするんじゃないよ。」



夜叉子はペップを気にかけて優しい言葉をかけたが虎白は無言で何も白斗に言わなかった。


外交すると言ったのに手柄を上げると息巻いている息子に対して虎白は何を返せばいいのか困っていた。


すると夜叉子が煙管を吸いながら遠くを見てため息をつくと白斗の肩に手を置いた。



「皇帝になるなら外交も知りなさいよ。 暴れるだけが皇帝じゃないんだから。」
「またその話かよお。 どうして叔母はみんなそればっかりなんだよ・・・」



二言目には手柄と口にする白斗を心配に思っているのは夜叉子だけではなかった。


それは竹子も同じだった。


白斗は竹子に握ってもらう塩むすびが大好物で腹が減れば竹子の元へ来ては塩むすびと味噌汁を食べていた。


大好物を食べる何気ない会話の最中でも手柄を上げると口にするものだから心配した竹子に小言を言われていた。


そして次は夜叉子かと白斗は目を背けて話を聞こうとしなかった。


すると虎白は「俺の嫁が正しい。」と言うと更に不機嫌そうに白斗は黙り込んだ。


見かねたペップが気まずそうに言葉を詰まらせながら口を開いた。



「お、俺もお頭から戦術を学んだり、我慢する事を学んだよ! 白斗も学べる事は全部学ぼうぜ!」



白斗は黙ってうなずくと遠くを見ていた。


呆れた表情で虎白は立ち上がり夜叉子を連れてその場を去った。


少し沈黙が続き先に口を開いたのは白斗だった。



「あーあ。 言われなくてもわかってんだよ。 でもまずは戦闘経験を積みたいんだよ。 政治だの外交なんてその後でいい。」



若き皇太子はどうしても戦闘で活躍したかった。


皇帝になるための道のりはまだ先だとわかっているからこそ武人として一人前になりたかった。


机の上にある紙だけで国の舵取りができるとは思っていなかった。


強い皇太子として名を馳せる事が後々役に立つ事だと白斗は考えていた。


呆れた虎白は夜叉子と城へ向かいながら話している。



「あいつは狂犬みてえに暴れる事しか考えてねえな。」
「役に立ちたいんだよ。 あんたの友達に武技を習ったんでしょ?」
「ああ。 あいつはもう既に普通の兵士より遥かに強い。 学ぶ事が多いんだから武力ばっかり極めてもな。」



優奈の元へ頻繁に出入りしている白斗に虎白はメルキータを世話役として面倒を見させていた。


メルキータは戦闘は誰もが呆れるほど無能で弱かった。


しかし民からは絶大な支持がある。


それはメルキータは領土内の問題が起きると立場を気にする事なく我先に現れては民と共に問題解決に奔走するからだ。


猿の半獣族と橋を建設したり猫の半獣族と新しい店を作ったりとメルキータは内政面では素晴らしい活躍をしていた。


虎白がメルキータを大切にする理由はここにあった。


戦闘がどれだけ弱くてもメルキータの様に民を愛する事ができれば領土は成り立つ。


不得意な戦闘を代わって戦う事ができるウランヌやヘスタ、アスタ姉妹がいる。


いつの日か虎白の願う戦争のない天上界が来れば必要なのは武人ではなくメルキータの様な民を一番に思える領主だ。


しかし若き皇太子はまだそれに気がつかなかった。


不貞腐れて苛立つ白斗を心配して頬をペロペロと舐めるペップ。


顔を逸らして「止めろ。」と言い放つと悲しそうに下を向いてペップは何も話さない。


白斗は「あっ!ごめんよ。」と我に返った様に直ぐに謝るとペップは嬉しそうに白斗の顔中を舐めていた。



「俺達はどうなるかな。」
「お頭みたいに賢くなって白斗の役に立つよ!」
「父上みたいになれるのかな。」



すると城での用を済ませた虎白が歩いてくると白斗は逃げる様に走り去ってしまった。


ペップは驚いてベンチに座ったまま虎白を見ていた。


「何だよあいつ。」と首を傾げる虎白はベンチに座ってペップと話を始めた。




「なあガキ。 お前はいつの日か夜叉子に負けねえ軍略家になるか? タイロンやクロフォードみてえによ。」
「はい! 強さだけじゃなく賢さも必要です!」
「ふーん。 親友としてお前から見る白斗はどうだ?」



近頃の白斗の血気盛ん具合は凄まじかった。


まるで血に飢える猛獣の様に戦いを求めていた。


虎白と白斗親子の温度差は凄まじいものだ。


戦ってほしくない虎白と戦いたい白斗。


ペップは虎白からの質問に対して考え込んだ。



「そりゃいい奴ですよ!」
「賢くねえじゃねえか!」
「ええっ!?」
「んな事聞いてねえよ。 白斗は暴れる事が手柄の全てだと思ってんのはどうしたら直るかって聞いてんだ。」



虎白としては時間がある今のうちに内政や外交を学んでほしかった。


戦闘は嫌でも冥府との停戦が切れれば行われる。


しかし白斗は冥府との停戦が切れるまでのカウントダウンをカレンダーにしてしまうほど戦いを心待ちにしている始末だ。


虎白が何度も内政や外交を学ぶように言っても、実際に同行させても全く興味を示さなかった。


時間さえあればペップと話しているようにブラブラと白陸を歩き回っては私兵達に話しかけていた。



「戦わせてあげるしかないのでは?」
「はあ。 やっぱりお前もそう思うか。 親友のお前が言うならそうなのかな。 親としては厳しくあるべきだよな。」



いくら口で言ってもわからない白斗に頭を抱える虎白は仕方なく本人が自覚するまでは無駄な事だと諦めた。


好きなだけ今回の遠征で暴れさせて気づかせるしかなかった。


大衆に担いでもらう事の難しさを学ぶにはこれしかなかった。



「そうだペップ。 お前親は?」
「知らないんですよ。 今じゃお頭が俺の親です。」
「そっか。 俺と一緒だな。」
「虎白様も!?」




何よりも虎白にとっては親になるのが初めての経験だった。


人間として生きた僅かな時間で息子の玲を育てていたがまだ幼い頃に覚醒して虎白となった。


年頃の若者を息子に持った事はなく、扱い方に困っていた。


虎白自身も親を知らなかった。


自分がどうして生まれてきたのかわからなかった。


消えている記憶が少しずつ戻ってきてはいるが親の事は一切思い出せなかった。



「あいつも成長しねえといけねえが俺もなんだな。」
「ルーナ少佐から聞いた事があります。 皇国は学びに終わりはないという教えがあるとか。」
「ヒヒッ。 まさかお前に皇国の教えを説かれるとはな。 その通りだ。」




ペップは虎白に大切な事を気づかせた。


大きく息を吸った虎白は立ち上がりペップの頭をガシガシとなでるとその場を後にした。


命ある限り誰もが道半ばという事だ。
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