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第79章 エルフの憲兵

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透明感のある白くて綺麗な肌にモデルでも歯が立ちそうにない完璧なスタイル。


金髪が美しいエルフ達。


しかしペップが話している憲兵の髪は銀色だった。




「守秘義務かあ・・・」
「ごめんなさいね。 でも考え方を変えてみたら? 劣勢なら追加の兵力投入で召集されているんじゃないかしら?」
「なるほど!! 優勢か!!」
「でも早々に劣勢が発覚してこれ以上の犠牲を出さないためにも本国へ撤退しているから召集されていないのかも。」
「あ・・・でどっちなの憲兵!!」
「守秘義務。」





銀色の髪のエルフはペップをもてあそぶ様に話を濁らせている。


知能面においてエルフと半獣族はもっともかけ離れていると言える。


人間が中間ならエルフは上で半獣族は下だった。


虎白は国を作る時にこう言った「漏らしたくない情報管理を任せるにはエルフほど頼りになる種族はいない」と。


エルフ族の起源が何処にあるか虎白は覚えていなかったが本部都市にいたエルフ族を大量に白陸に連れてきていた。


憲兵や役所関係などの仕事はエルフばかりだった。


ペップは銀髪のエルフを見て赤面している。




「あら? 顔が赤いわ。」
「戦況の事考えていたけど・・・か、可愛い・・・」
「ふふふ。 ありがとう。 嬉しいわ。 まあ年齢は350歳ぐらいかしら。」
「ええ? 憲兵。 名前は?」
「まあ私個人の事だから名前ぐらい良いかしら。 第1憲兵大隊所属のエルドナ軍曹です。」



エルドナは敬礼するとペップも慌てて敬礼していた。


銀色の髪の毛が風になびいている。


瞳の色は紫色だ。


美しいでは言い表す事ができない。


この世の「美」を全て兼ね備えている。


中でも銀色の髪だからかエルドナは特に目立っていた。




「今は何をしているの? 任務?」
「いや。 外出許可をもらっていて。」
「あらそう! だったら良いお店を紹介してあげる。 食べに行ってらっしゃい。」
「ありがとう!!!」




エルドナに紹介された店はオシャレなスープとパンのお店だ。


食べ物に食らいつくペップにはあまりに行儀が良い店だ。


ルルと顔を見合わせて困っている。


これは入って良いのかと。

すると店から店員が出てきて笑顔で手招きしている。




「いらっしゃい! その制服は獣王隊かな?」
「知っているんですか?」
「元白陸兵だからね。」
「ええ!?」
「アーム戦役で負傷して退役した。 怪我は治ったが心が治らなかった・・・」




かつて7万人もの戦死者を出したアーム戦役。


店主はあの絶望的な戦いで心に深い傷を負った。


それ以来もう部隊には戻れなかった。


店に案内して席に座らせて注文を取ると別の店員が作り始めて店主はペップ達と話していた。




「君らは獣王隊の新兵かな?」
「まあそうです。」
「あの戦いで獣王隊はほぼ壊滅したものな。」
「はい・・・」
「俺も夜叉子様の第4軍の歩兵だったんだ。 あの毒ガス攻撃で何人も仲間が死んだよ・・・」





エルドナはこれをわかってこの店を紹介したのか?


かつて夜叉子の兵士だった店主はあの時の惨劇を未だに覚えている。


忘れる事ができない記憶だった。


「悶え苦しんでいる仲間を見捨てて逃げたんだ。 自分も死んでしまうからな。 あいつらの顔が頭から離れないんだ。」
「そうですか・・・」
「君たちにはあんな経験してほしくないよ・・・」



店主は悲しそうに話していた。


店主の話を聞くペップとルル。


そこにエルドナが店に入ってきた。



「あら。 また会いましたね。 どうですかスープとパンは。」
「お、美味しいよ。」
「ここの店主の話は聞きましたか?」
「う、うん。」




エルドナは席に座ると仲間のエルフ憲兵と共に食事を始めた。


食事をしている姿も美しい。


ここまで汚れのない種族がいるのか。




「エルドナ。」
「はい。」
「どうして俺にこの店を勧めたんだ?」
「お口に合いませんでしたか?」
「美味いよ。 驚くほど美味い。 でも退役軍人の店とは君から聞いていなかったぞ軍曹。」




ペップはどうしてこの店なのか疑問だった。


既に兵士としての職務を全うして平和に店を開いている男にわざわざ会う必要があったのか?


エルドナはパンを口に入れると美味しそうに頬を赤くしている。


いい香りがするお茶を飲むとふうっと一息ついた。



「中尉殿は戦闘に出たいのですか?」
「当たり前だ。 俺は兵士だ。」
「そうですか。 だから憲兵の私にも戦況を聞いたのですね。」
「それでどうなんだよ前線は!?」
「ですから守秘義務です。」




ペップは苛立ちを隠せなかった。


階級も下のはずなのに何故エルドナはこんなにも落ち着いているのか。


士官であるペップの質問にしっかり答えない。


ペップは不満だった。




「そりゃお前ら憲兵には関係ないよな。」
「・・・・・・」
「俺達が前線で戦っていても国の治安維持だろ? 楽でいいよなあ。」
「そう思われるのでしたら憲兵に転属されてはいかがですか?」
「ああ!? 前線も知らねえ憲兵が何だよ。」
「ちょっとペップ!!」




ルルが慌ててペップを座らせる。


エルドナの隣に座るエルフが睨んでいる。


しかしエルドナは首を振ってニコリと笑っていた。


ペップは獣王隊ではいい子になってきたが所属の違う部隊には愛想が悪い。


憲兵を楽な仕事だと思っていた。


「中尉殿は冥府兵を見ましたか?」
「だからねえって! お前だって憲兵なんだから・・・」
「あります。 私はメテオ海戦時、西側領土の難民でした。 父と母は冥府兵に殺されました。」
「え・・・?」
「助けてと叫んでも聞いてくれませんでした。 無抵抗でも関係ありませんでしたよ。 私は必死に走って天上軍を探しました。 そこで白陸軍の難民キャンプに辿り着きました。」





エルドナはあのメテオ海戦の難民だった。


西側領土の奥深くまで入ってきた冥府軍は無抵抗の民を襲った。


エルドナはその惨劇を見ていた。





「怖かった・・・そして悔しかった・・・何もできない自分が情けなかったですよ・・・履物も履かずに必死に走って難民キャンプに辿り着いた時には足から血も出ていましたし、空腹と疲労で神通力も限界でした・・・その場で力が抜けて倒れようと思った時に私を抱きかかえて運んでくださった兵士がいました。」





食べる事を止めてエルドナはじっとペップを見て話している。


紫色の瞳には涙が滲んでいる。


唇を噛んで泣くのを我慢している。




「その兵士は私に何度も大丈夫だと言ってくださいました。 彼らは獣王隊でした。 そして夜叉子様が手を握って辛かったねと声をかけてくださいました。」
「そ、そうだったのか・・・」
「でも察するに私を助けてくださった獣王隊もアーム戦役で戦死してしまったのでしょう。 だって。 この程度の男が獣王隊の士官なんですもの。」
「なんだと!?」



エルドナは静かに睨んでいた。


決して声を上げる事もなくただ静かに。


静かなる怒りがペップを戦慄させている。


エルドナの静かなる怒り。


ペップは動揺しながらも言い返している。




「わ、わかんねえだろ。 生きているかも。」
「いいえ。 恩人の名前を調べずに生きるほど恥ずかしい事はありませんからね。 ジナル軍曹。 アーム戦役似て毒ガス攻撃で戦死。」
「ぐっ・・・」
「今の私の階級であなたにとっては部下に当たりますね。 かの獣王隊の士官とは思えません。」
「な、なにい・・・」
「退役軍人に敬意はなく、公共の場で士官が下士官である私に声を上げている。 ジナル軍曹があなたを見たらがっかりしますね。」




淡々とただ落ち着いて話している。


だがエルドナの瞳は確かに怒り、じっと睨んでいる。


威圧感に押されたペップは何も言えなくなっている。


エルドナと憲兵は食事を終えて席を立つ。




「ま、待て!!」
「なんでしょうか?」
「そ、その・・・悪かった・・・」
「いいえ。 私は中尉殿にも生きてほしいんです。」
「え?」
「気晴らしに帝都に行けと言われたら楽しんでください。 わざわざ憲兵の私に戦況を尋ねなくてもいずれ獣王隊には戦況が入ってきますよ。 生き急がないでください。 中尉殿が獣王隊を信じて命令に従っていれば私と出会う事はなかったはずですよ。 もっとしっかりしてください中尉殿。 それでは。」




エルドナは敬礼すると部下の憲兵も敬礼してその場を立ち去った。


完敗だった。


治安維持を本業とする憲兵とは思えない威圧感や説得力。


何もかもがペップよりも遥かに上をいっていた。



「はあ・・・」
「エルフの憲兵さん可愛かったなあ。」
「呑気だなお前は。」
「だって遊びなさいって憲兵さんも言っていたでしょ。 ねえ甘いもの食べに行こう!!」
「あ、ああ。」




ここは帝都。


白王隊が管轄する街だ。


鞍馬虎白の城がありここが落ちれば白陸が滅亡する。


白王隊5万3000では栄える帝都の治安維持が行き届かない。


だから憲兵がいる。


エルフの憲兵は白王隊の代わりに帝都の治安維持に当たっている。


それがどれだけ優秀な部隊なのかペップにはまだわからなかった。


中でもエルドナはあのメテオ海戦を難民として経験している。


兵士が通る過酷な通過儀礼を既に終えている。


大切な存在が殺されるという通過儀礼を。





「あれで良かったのですか軍曹。」
「うん。 戦争のない天上界を作るならあんな士官では叶えられないからね。 質の低い士官を処分するのではなく成長させる事が鞍馬様の夢の実現になるからね。」
「そういえば軍曹も来月で少尉ですね。」
「そうだね。 軍曹になって私の補佐を頼むね。」
「はい!」




笑顔で話しながら歩く憲兵達。


すると家の2階から子供が落ちそうになっている。


エルドナ達からは少し離れていた。


母親が叫びながら片手で子供の服を掴んでいる。


しかし限界の様だ。


子供は落下している。


するとエルドナは背中に背負う弓を抜くと一瞬で放ち、子供の服を射抜いて矢は壁に刺さっている。


ぶら下がる子供をエルドナの部下が救助している。


子供にはかすり傷すらなかった。




「ありがとうございます!!!」
「無事でよかったです。」
「ちょっと目を離したら勝手に窓を開けていて・・・」
「戸締まりに気をつけてください。 この子は未来の白陸の宝ですから。 それでは。」



このエルドナ。


傑物の雰囲気をかもし出すこのエルフ。


そして今日も白陸の帝都は平和だった。




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