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第三話 「宿屋とか絶対イベント起きるじゃん」
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ここまでの姫ナン!振り返り短歌
「乙女ゲー世界に来たけど諦めない!可愛い子ちゃんとの百合ライフ」
「王子はさておき、姫ナンパ!」~百合女子は異世界に行っても百合厨です~
第三話 「宿屋とか絶対イベント起きるじゃん」
かれこれ無言で馬に乗ること十五分。向こうに町灯りが見えてきた頃、急ブレーキが掛かった。
「おわっ」
落ちないように強く王子の腰にしがみ付く。何だよ、危ないなあ!
「すいません、町へ入る前に色々と準備せねばと思いまして……」
王子はそう言うと、手綱を右手に掴んで私と同じように横座りになり、顔を覗き込んできた。
「国を出る時は正装で、という決まりに従い、この格好でいましたが……今後は身分を隠した方が良いと思いまして。また、夫婦でもない男女が二人旅などしていたら、あらぬ疑いを掛けられてしまいます。場合によっては、人売りに誤解されかねません」
「この世界、そういう感じなんです?」
顎に手を当てて考えている王子は、思わず見とれそうになるほど美しい。色白で睫毛が長く、金色の髪は夕暮れに溶け消えそうなほど輝いている。
「いやあ、ご姉妹にお会いできる日が楽しみだなあ……」
「とりあえず、僕は人探しの旅に出た田舎の若者ということにしよう」
私の言葉を聞いていないのか、はたまた無視しているのか、王子は自分の設定を固めたようで独り頷いている。そして、口の中で何やらもごもごと唱え、指をパチンと鳴らした。
すると……。
「わ、わあ……!」
生成り色のシャツに、深緑色のサスペンダー、栗色のズボン。
先ほどまでの煌びやかな服装ではなく、純朴そうな格好の王子がそこに居た。
「ふふ。僕は王族の血を引くものとして、基礎的な魔術は一通り修めておりますゆえ」
自慢げに言ってみせる王子は、どことなく少し幼く見えた。というか、むしろ今までが大人っぽすぎたのかもしれない。公式サイトのキャラクター紹介ページには『十九歳』って書いてあったし。って、もしかしなくても、私と同い年か?マジで?
「さて、マユリさんの服装ですが……とてもよくお似合いですが、旅人の装いとは言い難いですよね。ちょっと失礼」
そう言うと、王子は私の左手を握り、また口の中でもごもごと唱えだす。空いた手で指をパチリと鳴らすと、今度は私のスーツが一瞬にして……。
「す、すごい」
若草色のブラウスに、砂色のガウチョパンツ。腰には革のベルトが巻かれた、まさに『ファンタジー世界の村人A』の姿だ。靴も入学式用の黒いパンプスから、王子とお揃いの歩きやすそうな茶色い革靴(先が丸くコロンとしたフォルムで、とても可愛い)に変わっており、鞄も帆布で作られたナップザックになっている。
「僕たちは従兄弟ということにしましょう。僕の母の妹――つまり叔母の娘が貴女で、『光の姫君』は母の姉の娘。家を出て行方が分からないので、二人で探しに出た。これでどうでしょうか?」
自信たっぷりといった様子で王子は言う。
「もし、町の占い師を勧められても『彼女は魔術返しを覚えているから、ギマルージの凄腕に頼むつもりだ』と説明すればいいですし……うん、我ながら良く思い付いたものです」
「≪すごイ、すごいネ!≫」
ポケットから、つくフォンの称賛する声が聞こえた。って、こいつのことを忘れてた!
「王子、つくフォンは大丈夫でしょうか?一般の旅人が持っていても、おかしくはないですか?」
「うーん、ツクモメート自体は子どもが所有するケースもありますし、そこまで希少ではありませんが……。いかんせん形が目立ちますね。袋に詰めて、首から下げてみましょうか。お守り袋の中に精霊を飼う人もいますし、その方がまだ自然かと」
王子は馬に括り付けていた荷物の中から、紐付きの小さな麻袋を取り出した。それを受け取り、つくフォンを入れる。入口が少しきつかったけど、何とか収納することができた。
「≪え~~!狭いシ、ちょっと暗いナ~≫」
「あはは、ごめんなさい。人のいない場所では、袋から出ても大丈夫ですから。マユリさん、定期的に外の空気を吸わせてあげてくださいね」
「スマホに外の空気を、なあ……」
釈然としないまま頷く。
「あ、そうそう。我々に掛けたこの魔術は、あくまでも『見える姿を変えるもの』です。術が弱まると元の姿に戻ってしまいます。できるだけ早く、町で着替えを買いましょう。旅を進めるなら、マユリさんのマントも買いたいところですし……」
そう言うと、王子は横座りを止めて再び正面を向いて跨る。ルナの頭を一撫でしてから
「さあ、行きますよ!」
と声を上げた。それを合図にヒヒンとルナが嘶き、グンと重力が掛かり、後ろに仰け反りそうになる。急発進したら危ないってば!
ふと後ろに目をやれば、黒々とした森が遠のいてゆくのが見えた。陽も地平に触れるほどに落ち、ドームのように夜の闇が覆いかぶさってくるのが分かる。あのまま王子に助けられず、森に独り残されていたら……。
「……あの、王子」
「はい。何でしょう」
「……助けて頂き、ありがとうございました」
現状の有難さを再認識し、私は心からお礼を告げる。
「いえ。その言葉を言うべきは、僕の方ですよ」
返事には、穏やかな笑いが混じっている。
「本当はね、不安でいっぱいだったんです。手がかりも碌にないまま、独りきりで国を出て……。そんな時、マユリさんと巡り会えました。マユリさんは、国に居た頃に知り合ったどの女性とも違って、話しやすくて……。あまり気負わずに過ごせるんです。『光の姫君』の情報をお持ちでなかったとしても、僕は同じ言葉を言うと思いますよ。……助けて頂き、ありがとうございます」
……なんだよ。なんだよお!
最初の宿屋に着くまでに、もうこんな良エピソードというか、名シーンというか……大丈夫か?これスチル出てくる奴じゃん、絶対。
「さて、マユリさんも『光の姫君』に御用がおありのようですし!早く見つけ出して、我が国での役目を終えていただき……。その後は、お二人を元の世界までお送りしましょう!そこまでが僕らの旅のゴールですよね?マユリさん」
楽しそうに話す王子に、胸が温かくなる。
「ええ!絶対に二人で帰って、夜通しカラオケボックスで飲めや歌えやのラヴ・パーティーを敢行し、彼女のHeartをモノにします!」
「……ラヴ・パーティー」
「イェア」
「……」
「……」
「≪このパターン多いネ≫」
麻袋から、呆れたようなツッコミが聞こえた。
「それが、空き部屋は一つしか無いんですよぉ。シングルベッドのお部屋ですし」
唯一オープンしていた宿屋のカウンターで、私達は立ち尽くしていた。
隣町に着いたはいいものの、宿屋がどれもクローズしており、開いていた此処もこの有様。
「親族の方とはいえ、若いお二人で、しかもシングルベッドしか無いお部屋にお泊りってのも、ねぇ?」
青いアフロ頭のおじさん店主は、タハハと笑っている。
いや、一人用の部屋だとしても、床に布団とか敷けないの?
「床などは…」
そう思っていると、王子が全く同じ疑問を口にした。
「お部屋、見ます?ベッド一つでギュウギュウ!歩く為の隙間しかないですよぉ」
頭を抱える王子。まあ、正直な所、私は何も気にしないので大丈夫なんだけど。
「……わかりました。マユリさん、ここに泊まってください。僕は野営で……」
「いやいやいやいや!『この辺りは深夜のみ狂暴なモンスターが出没する』って説明してたの、貴方でしょうが?!生きて夜を越えましょうよ?!」
慌ててツッコミを入れるが、王子としては『二人で泊まる』選択肢はゼロみたいだ。困ったな。王子は既に一部屋分の代金を懐から取り出そうとしている。
「ねえ、あんたたち」
すると、左側から声が掛かった。
「あたし、女一人でちょっと広めの部屋を取ってるんだけどさ。そこのお嬢ちゃんくらいなら、一緒に寝かせてやってもいいよ」
ハスキーで、気だるげで、そしてセクシーな声。首が取れんばかりに振り向けば、そこには赤髪の女性が――黒いボディコンシャスな衣装の、お色気ムンムンなお姉さまが立っていた。
「そしたら、そこのお兄さんは一人部屋で泊まれるでしょ?」
有難すぎる申し出に、私と王子は顔を見合わせる。
「よ、よろしいのですか?」
「灼熱のマーベラス美女だぁ……」
鼻の下をヘソ近くまで伸ばしていると、つくフォンがブー!と長く一度だけ振動した。分かってるよ。このチャンスをモノにしなけりゃ名が廃るよな(?)。
「あの、私の分の部屋代は…」
「アハハ、いいよ別に。ちょうど暇してて、遊び相手が欲しかったのさ。必要ってんならあたしが出すぜ、おやっさん?」
たわわな胸元から剥き身のお札が数枚出てくる。マジ?おっぱい財布とか実在するんですか?最高。というか、遊び相手って。おいおいおいおい……。
「こりゃあ、もう、今夜は眠れないぜ……」
鼻の下が膝まで伸びていくのを感じていると、後ろから王子に肩を勢いよく掴まれる。
「ご婦人。本当に感謝致します。マユリさんも今夜は『ぐっすり』眠れますね!」
やけに『ぐっすり』の部分を強調した言い方、そしてむちゃくちゃ肩に食い込む指。
やばい。確実に勘繰られている。
そろりと顔を覗けば、唇の動きだけで『わ か り ま し た か ?』と念押しされる。はい、すいません。分かりました。初日から飛ばし過ぎましたね。徐々に攻めようと思います。
「よかったですねぇ。では、二〇五号室のファイラ様、追加料金を頂戴しますねぇ、でへへ。そして旦那も、はい確かに!こちらが一〇二号室の鍵です」
思わぬ形で収まった事態に、私はドキマギしっぱなしだ。というか、テンション上がりまくって失念してたけど、初対面の人と相部屋で一晩とか大丈夫か?私のコミュニケーション能力は!
「はいはい。じゃあお兄さん、この子は貰っていくよ。ほら、おいで」
なんと積極的に(?)、灼熱お姉さまは私の脇にスルリと腕を差し入れて、ガッチリとホールドしてきた。そのまま階段の方へ引っ張られながら王子の方を確認すると、まあ恐ろしい形相である。信用無いなあ。なんでだろう(?)。
「ささ、入って入って」
お姉さまに案内されて、私は角の部屋にお邪魔する。
「し、失礼いたします……」
緊張しながら一歩踏み込めば、なんだか薔薇のような濃厚で良い香りがして、思わずクラっとしてしまう。やばい、これは俗に言うところの『いいオンナの匂い』です。感謝。
「シャワー室は右、トイレと一緒だからね。クローゼットはあっち。……ところでさ、いきなり本題なんだけど」
間取りを教えてもらいながら部屋の中央まで進めば、お姉さま――ファイラさんはこう切り出した。
「貴女……エルフレッド王子の、『何』?」
途端、私たちを囲む炎の蛇。ぐるりと円を描きながら、無数の火花を散らす。熱気に部屋の空気は歪み、二人の頬を汗が伝った。
「凡人たちは騙せても、あたしの目は誤魔化せないよ。姿を変え、偽りの身分を名乗った貴女は何者?それに、貴女の『温度』……。『この世界のもの』とは違う」
ファイラさんの圧に押されて一歩下がるも、蛇の頭がすぐ真横に迫っていて、これ以上動けそうにない。
「さあ、教えて頂戴。貴女の正体を、その目的を!」
拝啓、エルフレッド王子。早速ですがピンチです。早く助けに来てくれ。かしこ。
「乙女ゲー世界に来たけど諦めない!可愛い子ちゃんとの百合ライフ」
「王子はさておき、姫ナンパ!」~百合女子は異世界に行っても百合厨です~
第三話 「宿屋とか絶対イベント起きるじゃん」
かれこれ無言で馬に乗ること十五分。向こうに町灯りが見えてきた頃、急ブレーキが掛かった。
「おわっ」
落ちないように強く王子の腰にしがみ付く。何だよ、危ないなあ!
「すいません、町へ入る前に色々と準備せねばと思いまして……」
王子はそう言うと、手綱を右手に掴んで私と同じように横座りになり、顔を覗き込んできた。
「国を出る時は正装で、という決まりに従い、この格好でいましたが……今後は身分を隠した方が良いと思いまして。また、夫婦でもない男女が二人旅などしていたら、あらぬ疑いを掛けられてしまいます。場合によっては、人売りに誤解されかねません」
「この世界、そういう感じなんです?」
顎に手を当てて考えている王子は、思わず見とれそうになるほど美しい。色白で睫毛が長く、金色の髪は夕暮れに溶け消えそうなほど輝いている。
「いやあ、ご姉妹にお会いできる日が楽しみだなあ……」
「とりあえず、僕は人探しの旅に出た田舎の若者ということにしよう」
私の言葉を聞いていないのか、はたまた無視しているのか、王子は自分の設定を固めたようで独り頷いている。そして、口の中で何やらもごもごと唱え、指をパチンと鳴らした。
すると……。
「わ、わあ……!」
生成り色のシャツに、深緑色のサスペンダー、栗色のズボン。
先ほどまでの煌びやかな服装ではなく、純朴そうな格好の王子がそこに居た。
「ふふ。僕は王族の血を引くものとして、基礎的な魔術は一通り修めておりますゆえ」
自慢げに言ってみせる王子は、どことなく少し幼く見えた。というか、むしろ今までが大人っぽすぎたのかもしれない。公式サイトのキャラクター紹介ページには『十九歳』って書いてあったし。って、もしかしなくても、私と同い年か?マジで?
「さて、マユリさんの服装ですが……とてもよくお似合いですが、旅人の装いとは言い難いですよね。ちょっと失礼」
そう言うと、王子は私の左手を握り、また口の中でもごもごと唱えだす。空いた手で指をパチリと鳴らすと、今度は私のスーツが一瞬にして……。
「す、すごい」
若草色のブラウスに、砂色のガウチョパンツ。腰には革のベルトが巻かれた、まさに『ファンタジー世界の村人A』の姿だ。靴も入学式用の黒いパンプスから、王子とお揃いの歩きやすそうな茶色い革靴(先が丸くコロンとしたフォルムで、とても可愛い)に変わっており、鞄も帆布で作られたナップザックになっている。
「僕たちは従兄弟ということにしましょう。僕の母の妹――つまり叔母の娘が貴女で、『光の姫君』は母の姉の娘。家を出て行方が分からないので、二人で探しに出た。これでどうでしょうか?」
自信たっぷりといった様子で王子は言う。
「もし、町の占い師を勧められても『彼女は魔術返しを覚えているから、ギマルージの凄腕に頼むつもりだ』と説明すればいいですし……うん、我ながら良く思い付いたものです」
「≪すごイ、すごいネ!≫」
ポケットから、つくフォンの称賛する声が聞こえた。って、こいつのことを忘れてた!
「王子、つくフォンは大丈夫でしょうか?一般の旅人が持っていても、おかしくはないですか?」
「うーん、ツクモメート自体は子どもが所有するケースもありますし、そこまで希少ではありませんが……。いかんせん形が目立ちますね。袋に詰めて、首から下げてみましょうか。お守り袋の中に精霊を飼う人もいますし、その方がまだ自然かと」
王子は馬に括り付けていた荷物の中から、紐付きの小さな麻袋を取り出した。それを受け取り、つくフォンを入れる。入口が少しきつかったけど、何とか収納することができた。
「≪え~~!狭いシ、ちょっと暗いナ~≫」
「あはは、ごめんなさい。人のいない場所では、袋から出ても大丈夫ですから。マユリさん、定期的に外の空気を吸わせてあげてくださいね」
「スマホに外の空気を、なあ……」
釈然としないまま頷く。
「あ、そうそう。我々に掛けたこの魔術は、あくまでも『見える姿を変えるもの』です。術が弱まると元の姿に戻ってしまいます。できるだけ早く、町で着替えを買いましょう。旅を進めるなら、マユリさんのマントも買いたいところですし……」
そう言うと、王子は横座りを止めて再び正面を向いて跨る。ルナの頭を一撫でしてから
「さあ、行きますよ!」
と声を上げた。それを合図にヒヒンとルナが嘶き、グンと重力が掛かり、後ろに仰け反りそうになる。急発進したら危ないってば!
ふと後ろに目をやれば、黒々とした森が遠のいてゆくのが見えた。陽も地平に触れるほどに落ち、ドームのように夜の闇が覆いかぶさってくるのが分かる。あのまま王子に助けられず、森に独り残されていたら……。
「……あの、王子」
「はい。何でしょう」
「……助けて頂き、ありがとうございました」
現状の有難さを再認識し、私は心からお礼を告げる。
「いえ。その言葉を言うべきは、僕の方ですよ」
返事には、穏やかな笑いが混じっている。
「本当はね、不安でいっぱいだったんです。手がかりも碌にないまま、独りきりで国を出て……。そんな時、マユリさんと巡り会えました。マユリさんは、国に居た頃に知り合ったどの女性とも違って、話しやすくて……。あまり気負わずに過ごせるんです。『光の姫君』の情報をお持ちでなかったとしても、僕は同じ言葉を言うと思いますよ。……助けて頂き、ありがとうございます」
……なんだよ。なんだよお!
最初の宿屋に着くまでに、もうこんな良エピソードというか、名シーンというか……大丈夫か?これスチル出てくる奴じゃん、絶対。
「さて、マユリさんも『光の姫君』に御用がおありのようですし!早く見つけ出して、我が国での役目を終えていただき……。その後は、お二人を元の世界までお送りしましょう!そこまでが僕らの旅のゴールですよね?マユリさん」
楽しそうに話す王子に、胸が温かくなる。
「ええ!絶対に二人で帰って、夜通しカラオケボックスで飲めや歌えやのラヴ・パーティーを敢行し、彼女のHeartをモノにします!」
「……ラヴ・パーティー」
「イェア」
「……」
「……」
「≪このパターン多いネ≫」
麻袋から、呆れたようなツッコミが聞こえた。
「それが、空き部屋は一つしか無いんですよぉ。シングルベッドのお部屋ですし」
唯一オープンしていた宿屋のカウンターで、私達は立ち尽くしていた。
隣町に着いたはいいものの、宿屋がどれもクローズしており、開いていた此処もこの有様。
「親族の方とはいえ、若いお二人で、しかもシングルベッドしか無いお部屋にお泊りってのも、ねぇ?」
青いアフロ頭のおじさん店主は、タハハと笑っている。
いや、一人用の部屋だとしても、床に布団とか敷けないの?
「床などは…」
そう思っていると、王子が全く同じ疑問を口にした。
「お部屋、見ます?ベッド一つでギュウギュウ!歩く為の隙間しかないですよぉ」
頭を抱える王子。まあ、正直な所、私は何も気にしないので大丈夫なんだけど。
「……わかりました。マユリさん、ここに泊まってください。僕は野営で……」
「いやいやいやいや!『この辺りは深夜のみ狂暴なモンスターが出没する』って説明してたの、貴方でしょうが?!生きて夜を越えましょうよ?!」
慌ててツッコミを入れるが、王子としては『二人で泊まる』選択肢はゼロみたいだ。困ったな。王子は既に一部屋分の代金を懐から取り出そうとしている。
「ねえ、あんたたち」
すると、左側から声が掛かった。
「あたし、女一人でちょっと広めの部屋を取ってるんだけどさ。そこのお嬢ちゃんくらいなら、一緒に寝かせてやってもいいよ」
ハスキーで、気だるげで、そしてセクシーな声。首が取れんばかりに振り向けば、そこには赤髪の女性が――黒いボディコンシャスな衣装の、お色気ムンムンなお姉さまが立っていた。
「そしたら、そこのお兄さんは一人部屋で泊まれるでしょ?」
有難すぎる申し出に、私と王子は顔を見合わせる。
「よ、よろしいのですか?」
「灼熱のマーベラス美女だぁ……」
鼻の下をヘソ近くまで伸ばしていると、つくフォンがブー!と長く一度だけ振動した。分かってるよ。このチャンスをモノにしなけりゃ名が廃るよな(?)。
「あの、私の分の部屋代は…」
「アハハ、いいよ別に。ちょうど暇してて、遊び相手が欲しかったのさ。必要ってんならあたしが出すぜ、おやっさん?」
たわわな胸元から剥き身のお札が数枚出てくる。マジ?おっぱい財布とか実在するんですか?最高。というか、遊び相手って。おいおいおいおい……。
「こりゃあ、もう、今夜は眠れないぜ……」
鼻の下が膝まで伸びていくのを感じていると、後ろから王子に肩を勢いよく掴まれる。
「ご婦人。本当に感謝致します。マユリさんも今夜は『ぐっすり』眠れますね!」
やけに『ぐっすり』の部分を強調した言い方、そしてむちゃくちゃ肩に食い込む指。
やばい。確実に勘繰られている。
そろりと顔を覗けば、唇の動きだけで『わ か り ま し た か ?』と念押しされる。はい、すいません。分かりました。初日から飛ばし過ぎましたね。徐々に攻めようと思います。
「よかったですねぇ。では、二〇五号室のファイラ様、追加料金を頂戴しますねぇ、でへへ。そして旦那も、はい確かに!こちらが一〇二号室の鍵です」
思わぬ形で収まった事態に、私はドキマギしっぱなしだ。というか、テンション上がりまくって失念してたけど、初対面の人と相部屋で一晩とか大丈夫か?私のコミュニケーション能力は!
「はいはい。じゃあお兄さん、この子は貰っていくよ。ほら、おいで」
なんと積極的に(?)、灼熱お姉さまは私の脇にスルリと腕を差し入れて、ガッチリとホールドしてきた。そのまま階段の方へ引っ張られながら王子の方を確認すると、まあ恐ろしい形相である。信用無いなあ。なんでだろう(?)。
「ささ、入って入って」
お姉さまに案内されて、私は角の部屋にお邪魔する。
「し、失礼いたします……」
緊張しながら一歩踏み込めば、なんだか薔薇のような濃厚で良い香りがして、思わずクラっとしてしまう。やばい、これは俗に言うところの『いいオンナの匂い』です。感謝。
「シャワー室は右、トイレと一緒だからね。クローゼットはあっち。……ところでさ、いきなり本題なんだけど」
間取りを教えてもらいながら部屋の中央まで進めば、お姉さま――ファイラさんはこう切り出した。
「貴女……エルフレッド王子の、『何』?」
途端、私たちを囲む炎の蛇。ぐるりと円を描きながら、無数の火花を散らす。熱気に部屋の空気は歪み、二人の頬を汗が伝った。
「凡人たちは騙せても、あたしの目は誤魔化せないよ。姿を変え、偽りの身分を名乗った貴女は何者?それに、貴女の『温度』……。『この世界のもの』とは違う」
ファイラさんの圧に押されて一歩下がるも、蛇の頭がすぐ真横に迫っていて、これ以上動けそうにない。
「さあ、教えて頂戴。貴女の正体を、その目的を!」
拝啓、エルフレッド王子。早速ですがピンチです。早く助けに来てくれ。かしこ。
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