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閑話 上の妹 (カルマリン視点)

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 リャルド王国の王家には、独特の習慣がある。

 家族とはいえ王族は同じところで暮らさないこと。
 他の国の王家は知らないが、この国ではとりあえずそうだ。王族の血を引くものをばらけさせることで、暗殺をしにくくさせているらしい。

 晩餐などで同じ食卓を囲むことはあっても、同じ内容の食事をとらないという決まりもある。
 それはアレルギーの問題などではなく、これも毒殺を警戒していて、各自自分の居塔の中にある厨房で作られたものを食べるという決まりがある。

 それくらい王族という血を残すことが大事だった。

 一夫一妻が決まりであるこの国で、唯一公的に第二、第三の妻を迎えることを許されている存在でもあるのが、この国の王ではある。
 逆に最初から家族というものでもバラバラに暮らす環境だからこそ、腹違いの妹でもすんなりと、ステラが自分の妹だと納得して受け入れることができていたのかもしれない。
 家族としての感覚は希薄だからこそ、家族としての情に気づけるから。
 俺はステラを妹としてちゃんと愛していた。それが変わり者の妹でも。

 比べるのが姉のシルヴィアと、もう一人の妹のマリアンヌとだからというわけでもないと思うが、昔から腹違いの妹のステラは変わっていた。
 それはたぶん兄という視点でなくとも、誰もがそう思っていると思う。

 ステラは頭の回転がめちゃくちゃ速くて、ちょっと聞いたことでもすぐに正しく理解した。
 先に学んでいたはずの俺らより、後から学び始めたステラの方が様々な学問を学び終えてしまったくらいだ。
 そのせいだろうか。常に考え方が独特で突飛だった。
 そして、ステラは昔から、自分の考えをまるで話さなかった。
 だからこちらには、ステラが何を考えているのかわからなかった。
 基本は素直な子ではあるけれど、頑固なところがあって。
 しかし頑固ゆえ、こうと決めたら動かそうとしないし、頭の回転が速いせいか、勝手に納得して勝手に物事を決めるところもある。そして、自分で納得してしまうから、それを他人に説明しようとしないで、結果だけを伝えてくるのだ。

 ある日突然「帝国最高試験を受けたい」と言いだした時も、「やりたい」というだけでなぜやりたいのかを話してくれなくて、皆で困惑するしかなかった。

 帝国最高試験は、人生を賭けるレベルで難しいと言われている試験だ。
 この国だけでなく、帝国内でも最も難しいと言われている。
 その試験を受けたいと9歳の女の子が言い出す時点で、信じる人がどれだけいると思うだろうか。

 確かに頭がいいということがわかっているステラだとしても、その試験に合格するのは、相当大変だと知っている以上、それを手放しに応援することはできなかった。
 受かっても燃え尽き症候群になったり、落ちた時に目的を達成できなかった敗北感にさいなまれて自殺をする人もいるというのを聞いていたからだ。

 もちろん俺だけでなく、姉も父王も正妃である俺の母も反対した。
 ステラを思い、大事だからこその反対だ。
 家族の中で反対しなかったのは、まだ幼くてよくわかってなかったマリアンヌと、面白がって成り行きを見ていたステラの実母であるベアトリス側妃だけだろう。

 臣下も家族もこぞって反対する中、表立って誰も彼女の味方をしない中、唯一賛成を示したのは、ステラの婚約者であるスピネルだけだった。

 もともと、帝国最高試験は王族に対して受験資格はない。
 特にリャルド王国の法律の場合、亡命を恐れて他の国に出国することができなくなる。
 他の国に行く義務を負っていたり、そういう仕事に就くことが決まっている存在であったら、受験自体が認められないのだ。
 大体、職業に対して大きな利便性を与えるための資格なので、生まれつき職業が決まっているような王族が受験する必要もないのだし。
 それでも受けたいと言い張る姫を説得しきれず、どうしたらそれを諦めさせるかという風に皆で話し合う中、それにもっともらしい理由をつけて自分たちを説得したのはスピネルだった。

 ステラはスピネルと婚約しているから、国外に結婚のために出る必要はない。
 万が一合格したとしても、ステラの最たる仕事に支障は起きないだろうから、やらせるだけやらせたらどうか、というスピネルに、彼がそういうなら、と渋々認めざるを得なかったのだ。

 公爵家の男子と結婚した側妃の王女の一番大事な仕事……それは子作りだ。
 もし、将来的に王太子である自分とその妻である妃との間に子供ができなかったら、ステラのところから養子を迎える可能性が高い。
 ステラの婚約はそれを目的でされているというのは暗黙の了解だった。
 それをわかっているだろうスピネルがそういうのだから、もし、ステラが志半ばで諦めることになっても、やりたいようにやらせるべきでは……そのような流れになって、ステラの受験は認められることになった。



 当時、家族の誰もがステラの合格を望んでもいなかったし、信じてもいなかった。
 そんな状況でステラの受験勉強は始まったのだ。

 はたから見ていても、ステラの勉強は10にもならない子供のものとは思えないほど過酷なものだったと思う。
 ステラが頑張っているから、家族はもう見守るしかなくて、そして俺たちは応援の仕方もわからなかった。
 市井の学問の最先端の知識などを持つ者がいなかったから。
 為政者として、専門の人間と渡り合える程度の基礎的な知識はあったとしても、それを実際に活用して生きる存在は、王家にはおらず、彼女の周囲にもいなかった。
 この国の中で運悪く彼女の家族である俺たちだけは、そんなこととは無縁な存在だったのだ。
 王家は特別だから。この国だけでなく、この帝国でも。

 ともすれば彼女の体を気遣って、やめさせようとしてしまう俺たちの意識を変えたのはスピネルだ。
 
 スピネルだけは、最初からステラに適切な助言もできていたと思うし、ステラを甘やかしていなかった。
 公爵令息は王家の血は引いていても、王族ではないからこそ、受験生に必要な情報や知識を適切に手に入れて、ステラの力になることができたのだと思う。

 スピネルがステラに色気のない実用性しかないプレゼントをしたり、二人で勉強している姿を端から見ていると、ああ、こいつらは目線が一緒なんだと気づかされた。
 それに、スピネルはよく我慢しているよな、とも思っていた。
 何が嬉しくて、実のならない他人の勉強に付き合わなければならないのだろう。
 
 そして、俺には同じように誰かを支えることができるだろうかとも思ってしまった。 
 いや、俺にはきっと無理だろう。
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