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第二十六話 誤解

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 思ったより、スピネル様が訪れたという報告は早かった。
 応接室の方に彼を案内してもらって、お茶の用意などはするなと命じた。
 扉を開け、彼が待つ室内に入れば。

「以前の私の仕事に対することなら、謝罪も何も不要ですからね。用件だけ手短に言ってください」

 挨拶もなしに、開口一番相手にそう言い放ったのは、私がまだ相当機嫌が悪かったからだ。
 あと、怒っている演出をしていないと舐められそうな気がしたというのもあるが。
 一応、礼らしきものはしてはいるけれど、さっさと中に入りこみ、彼の前に堂々と立つ。

 我ながら可愛げのない女だなぁと思ってしまった。
 スピネル様は、そんな私の非礼を涼しい顔をして受け流している。
 元々そういう煩雑なことを大事にしない人だから、ラッキーとでも思っているのかもしれない。

「……心得ました。それでは、第一の用件を。姫が何か誤解をなさっていらっしゃるようなので、誤解を解きにまいりました」
「誤解?」
「司法庁でも調査をしてまいり、裏が取れましたので報告を。今もなお後追い調査をさせておりますが、あの平民の特士に他のところに希望を出すように私に迫らせたと誤解されていたでしょう? それは私のあずかり知らぬところでの話ですから」

 ――本当に?

 口ではなんとでも言えるし、証拠がないし。
 そんな疑り深い目で見たのを、どことなくスピネル様は困ったような目で見返してきている気がする。

「私はとことん貴女から信用がないですね……どうして、そんなことを私がしなくてはならないのですか。私ではないですからね」
「つじつまが合うからでしょう? 貴方が私を司法庁に勧誘していたのに、司法庁には既に希望者がいたんですもの」

 それと、今までの自分の行動を振り返ってみてほしい。どこに信用できるという要素があるのやら。
 今回のは誤解だとしても大聖母職の横やりに関しては許していない。

「まさか激務で有名な司法庁に3人しかいない特士の希望が来ると思わなかったのですよ。それに他の合格者は貴族でしたが、あの人は平民でしょう? 情報が横から入ってきませんでしたからね」
「真っ先に希望を出してたとリベラルタスが言っていたのに?」
「まだ司法庁の方に希望が下りてきてないのですよ。希望はいったん王宮で管理でしょう?」

 そこで、あ、と思いだした。
 兄が私の希望を握りつぶしている、と言っていたことを。
 私の希望を再考せよという風には言われていて、それを放置していると共に、他の特士二人の希望を配属先に出すこと自体も王宮で止めていたのか!
 私以外の二人に関しては王宮から配属先に向けてとっくに打診が行っているものだと思っていたが、そうではなかったらしい。他の特士は貴族だから噂話などから、どこに希望か類推もできるだろうが、リベラルタスとは情報が断絶されていてわからないというのも納得できた。

「これで、お分かりいただけましたか?」

 どことなく、彼がほっとしたような顔をしている。
 しかし、まだ油断なく彼の顔を見つめた。

「はぁ……わかりました。疑って申し訳ありませんでした。ですが、司法庁への配属は希望しませんからね」
「ええ、それはあの平民の特士が希望している以上は無理でしょうね」

 意外とあっさりとスピネル様は引き下がっている。
 平民平民連呼しているスピネルがいちいちうっとうしい。
 いい加減、名前で呼べばいいのに。この人の脳みそならリベラルタスの名前なんて、一度聴いたら覚えていられるだろうに。
 それにあの時もスピネルがその口で呼んでたのを私は覚えている。

「それならば、違うところに貴女を勧誘するまでですよ。聖堂教会以外にね」

 にやり、とスピネル様は腹黒い笑いを見せる。まるで肉食獣のような笑みに背筋がぞうっとした。

「そんな……私が自分で自分の考えを持ち、自分の手で何かをしようとするのを、貴方はそこまで邪魔するというのですか?」
「いいえ? ちっとも。教会がダメなだけです」

 スピネル様がふっと首を振る。その様は優雅でなんとも似合っていて、色気すら感じるのが悔しい。

「自分の本当に欲しいものを自分の力で手に入れようとすることもせずに諦めるような生命力のない男は願い下げなのでしょう? だから、私は欲しいものを諦めないでいるだけなのですよ」
「スピネル様の欲しいものとは?」
「さぁ、なんでしょうかね」

 胡散臭そうに彼を見ると、彼の肩越しの窓の外に目を奪われた。

「……おや、いつの間にか夜になってしまってますね」

 夕暮れの最後の光が地平線の向こうに吸い込まれた瞬間を奇しくも目撃したようだ。

「もう遅いですし、お見送りいたしましょう」

 早く帰れと言わんばかりに……内心はそう思っていたが、彼を扉に向かわせようとすると、控えていたロジャーが視線と口で、庭園に意識を行かせようとしているのが、スピネルの肩越しに見えた。
 言われていたことを思いだし、面倒くささに肩を落とした。
 こんな状況で、話しって何をすればいいのやら。しかし、とりあえず向かい合って話すべきだろう。

「スピネル様、よろしかったら庭園を一緒に散歩なさいませんか? 夜の明かりの元に見える花は、色より香りを楽しめますから」

 社交辞令にしては、我ながら上手な誘い方だと自分で自分を褒めてあげたい。
 そんな自分を少しだけ瞬きの数を多くしたスピネル様の目が見つめる。そして、口元だけでほほ笑んだ。

「ええ、喜んで」
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