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第十一話 大人って汚い

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「ねえ、カルマリンお兄様……私の場合、陛下へのご挨拶はどうなるの? でも教会の中で一番身分高いのって私になるんじゃないかしら……」

 誰に連れて行ってもらって陛下に後見人のお礼をすればいいのか。
 特士の王へのお礼の挨拶という習慣を知って、ずっと悩んでいたことを思い切って兄に相談してみた。

 忙しそうに書類をめくる兄は、そんな自分を思い切りバカにした目で見てくる。

「思い切り面識ある相手に対して挨拶ってなんだ? 何言ってんのお前」
「……建前が大事なのなら、私もしなきゃいけないと思ったんです!」

 露骨にバカにされて、むぅっとふくれっつらをした。


 特士は職業選びの時に王家に身元を保証して貰えるが、王と直接お目通りがかなうわけではない。
 そして一口に貴族といっても、王に直接お目通りができる地位と、できない地位の貴族がいるのだ。

 特士は自分の受け入れ先が決まると、身元を後見してくれる王に、そこの受け入れ先の一番身分が高い代表者と共に、礼を述べる決まりがある。
 しかし、特士が元々が上級貴族出身の者ならいいが、貴族でも末端だったり、平民であったりすると問題が発生する。
 王に対してお礼の面会ができないからだ。

 特士が入りたがったそこが上級貴族とのコネを作れているところならいいが、あまり爵位が高くない貴族としかコネが作れなければ、コネのコネあたりを使って宮中の園遊会などで偶然王に会った風を装い、面識を得るという技を使っている。
 もちろん王側も心得ていて、「××年の特士△△さんが□□さんといるので乾杯の後に、□□さんに話しかけて、そこで王から△△さんに声をかけ……」などと打合せをあらかじめしてあるのだが。
 なんともくだらないが、これも宮中は体面が大事な世界だからである。


 悩んでいたのは、もちろん、自分にとって陛下は父親。
 今さら、面識を得るもなにもなくて、この茶番は必要なの? ということだったのだが。

「王と面識ない特士のために作られたお約束なんだから、お前関係ないだろ。ほっとけよ」

 兄王子に、暗に王の仕事を増やすな、と言われてしまった。


 王子として、そしてこの国の第一位王位継承者として、兄は帝国最高試験の合格者が出た時には配属先について根回しや指示をだしている。
 基本、上がってきた報告を追認するだけのようだが、ほうほう、こうなっているのね、とわかるものがあって当事者目線から裏を見てても楽しい。
 バタバタしている執務室を一人で呑気に見ていた。

「公的機関の今年度の特士の受け入れ態勢はどうなっている?」

 兄の質問に、近くにいた官吏が即座に返事をする。

「特士側の配属希望はまだ出そろっていませんが、どこもほぼ受け入れは可能みたいですね。……どうしても無理そうなところだけには陛下名義でお声をかけていただければよいかと」
「そうだな……どっかの公爵家に婿入りして永久就職したいとかいう希望以外だったらな」

 下らない兄のジョークにはっはっは、とそこで作業している人達が一斉に笑う。
 みんな疲れているのだろうか。

 今年の帝国最高試験の合格者は帝国全てで総勢12名、そのうち、この国からの合格者は3名だそうだ。
 しかも、私は今年度の最年少合格者であり、この国で初の女性合格者にもなったわけだが。

 まだ配属希望を出していない人もいるんだなぁ、と部屋の隅で、自分の将来に関連する仕事をしている者たちに内心エールを送りながら見守っていた。

「俺はお前が特士になったなら、王宮の研究室で顕微鏡でも覗いてると思っていたなぁ」

 唐突に兄が自分に話しかけてきた。
 書類から離れておいてあった茶を片手にしているので、休憩に入ったのだろう。

「そんなピンポイントで研究職につくと思われていたとは意外ですけれどね。確かに生物学や公衆衛生学は得意分野でしたけれど」
「聖堂教会入り希望の方がよほど意外だ」

 カルマリン兄様は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。まだ言っているのか。

「どっかの横やりのせいで大聖母職が現大聖母様固定で凍結中ですからね……。さしあたっては聖堂教会の修道女になるということで希望を出して……」
「それ、お前はまだ希望すら出してないことになってるから。全部握りつぶしてるから」
「なんでですかっ!?」

 配属希望がまだ出そろってないというのは私のことだったの!? と目を見開いてしまった。
 職権乱用もいいところではないか。思わず反射的に腹違いの兄に噛みついてしまった。

「当たり前だろ!? 特士にならなくても誰でも修道女になれるんだぞ!? なんで特士の資格持ってるやつが修道院入らなきゃならないんだよ」

 ものすごい嫌味だぞ!? と言われるが、私の第一希望が認められないのはそちらの都合ではないだろうか。

「じゃあ、私が王女を辞めて修道院に入ると言ったら認めてもらえるんですか」
「俺はともかく誰も認めないどころか、本気にしないだろうな」
「……」

 それが世の中というものなのだろうか。いや、王女は血に由来することなので、私も無理だとは思っているけれど。

 どうしてみんな私のことを分かってくれないのだろう。
 確かに、単なる名誉職だった大聖母はともかく、修道女はちょっと……と自分でも思う部分はあるけれど、私が本気で修道女になりたいと思っていたら、私にも修道女にも失礼な話だというのに。
 私がしたいということを、なぜみんなしてことごとく潰してくるのだろうか。

 特士ってもっとスムーズに物事を進めるための特権だと思っていたが、甘かったようだ。
 大人って汚い……。


「長居してしまって申し訳ありません、私行きますわね」

 最初は王女という立場を利用し、特士を受け入れる側の仕事を楽しんで見ていたのに、最後は王女という立場ゆえのしがらみに気づかされ、見ちゃいけないものを見た気分にさせられた。

「出かけるのか?」
「聖堂教会に行って、お祈りでも捧げてきます!」

 ここまできたら、神様にだって縋りたくなってくるし、みせかけでも信仰心アピールでもしないと、希望が潰える気がする。
 出かける支度を、と侍女や護衛に指示を出していたら、黙って茶をすすっていたカルマリンに声を掛けられた。


「お前さ、あれからスピネルと話した?」
「ちょっとだけお話はいたしましたよ? なんかとても叱られてしまいましたけど」
「ちゃんと話し合えよ……あいつ、かなり素直じゃないからさ」

 困ったような、労わるような視線を私に向け、蜂蜜色の髪を掻きあげた兄様は少し口をとがらしている。

「そうですか? 私に対してはかなり素直なお方ですよ」
「……多分、色々、伝わってない気がする」

 兄のよくわからないため息を背に、私はその場を後にした。
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